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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【夏休み編】
58/68

 一行は、俊樹(としき)の住むマンションを出てから、徒歩で運動公園にやって来た。


「なゆさんは、本当にメイドのままで来たんですねー」

「今は仕事中でする、脱ぐのはなぁのポリシーに反するでするよ」


 妙なプロ意識を持つ那由(なゆ)だが、公園にぽつんとメイドが居れば目立つ。

 それを全く意に介さない那由(なゆ)を見ながら、意外に彼女の精神は太いなと思う俊樹(としき)

 そんな事を考えていると、何やら険しい表情の咲良(さら)絢歌(あやか)が目に入る。


「どうした二人とも、何か浮かない顔をしているが」

「…ちょっとうちら、個人的な悩みがあってね」

「ん、重大な懸念事項が有る」


 普段と変わらない芽々(めめ)那由(なゆ)に対して、難しい表情を見せている絢歌(あやか)咲良(さら)

 彼女達が考えているのは、もちろん今後の那由(なゆ)に対する対応についてだった。


「現状、此処にいるうちらで那由(なゆ)に対抗出来るのは、芽々(めめ)だけよね…」

「アヤ、あの子はちょっと、むり……」


 物怖じしない那由(なゆ)との相性が悪い咲良(さら)と、それ以上に相容れない絢歌(あやか)

 【乙女協定】は結ばれたが、彼女が夏休みの旅行中に何をするかは分からない。

 芽々(めめ)だけで彼女を監視するには、心許無いと考えていた二人。


 一方で、メイド服姿のままでやって来た那由(なゆ)の方も、表面上いつも通り振舞いながらも、先の事に思考を巡らせていた。


俊樹(としき)さんの妹さんだし、きっと頭の固い真面目ちゃんでする。

 しかも所詮同い年の中学生でする、簡単に味方に引き込めるでするね、ふふ…)


 実際、同年代のクラスメイト達では彼女の相手になるものはおらず、その地位を確立している彼女。

 普通であれば、その認識は間違ってはいなかった。


「えへへ、俊樹(としき)さんの妹さんに会うの、楽しみでする〜」

(はな)は田舎での生活しか知らないからな、友人になって色々教えてくれると助かる」

「もちろんでする〜、なぁも新しいお友達できるの楽しみでするよ〜」


 そして久しく会っていない妹と逢える為か、幾分そわそわとする俊樹(としき)に、いつもの調子で芽々(めめ)が話し掛ける。


「それで、としきさん。なんでまた公園で待ち合わせなんですかね?」

「いや、久し振りに会うからな…屋内や狭い場所だと迷惑が掛かるし、危ないかもしれん」

「あ、なんかボク、その情報だけでオチが少し見えてきましたよ」


 那由(なゆ)は楽観視しているが、なにせ俊樹(としき)の妹、一筋縄でいくはずがない。

 トラブルの気配を感じ、密かにニヤニヤと笑う芽々(めめ)だった。



 ◇



「……来たぞ」


 俊樹(としき)の声で、一同はその視線の先に注目する。

 まだ大分距離はあるが、一人の少女が俊樹(としき)を見つけ、大きく手を振りながら跳ねている。


「ああ…あのウエストポーチ付けた子? なんか活発な感じね」

「うん、体育会系? かわいいけど、元気そうな、女の子」

「ボーイッシュでするね…あれ? ポーチ以外の荷物、持って無いでする?」

「…いや、何か凄い勢いでこっちにきますよ?」


 俊樹(としき)を見つけて、砂煙を上げて走り寄って来る少女。

 ノースリーブスにショートパンツ姿で、腰のベルトには左右と正面にポーチが付いている。

 後ろに一本下げた、サソリの尻尾の如く伸びた三つ編みが見えなければ、男の子に見えるかもしれない。

 髪の根元には、セーラー服に使う赤いスカーフが括りつけられており、同じ物が右足にも巻かれていた。


「いかんな、お前達は離れろ…早く! 違うもっとだ!!!」

「あれ、ちょっと遠近感おかしくなったかな?」

「さらちゃ、すぐこっち来て巻き込まれる」

「ちょっと、あの子おっきくないでする、か……?」

「ぶはは!! ぶははハハハハハ!!」


 全員が避難し終わると同時に、まだ大分距離が開いていた筈の少女は、すでに俊樹(としき)の目前まで迫っていた。

 俊樹(としき)より”10cmは背の高い”彼女は、勢いを殺さず歓喜の声を上げながら飛びついて来た。


「おーーーーにいちゃぁーーーーーーーん!!!!!」

「おおおおお!! (はな)少し落ち着けっ!!!!」


 やたらテンションの高い少女と、今まで聞いた事も無い悲鳴を上げる俊樹(としき)

 飛びついた彼女は俊樹(としき)の両脇に腕を廻して抱え上げると、そのままジャイアントスイングの様にぐるぐる回し始める。

 遠心力で俊樹(としき)の右足のクツが吹っ飛び、メガネがズレた。


(はな)!! はーなーーー話を聞きなさい!!!」

「おーーーにぃちゃんだぁぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁい!!!」


 さらに回転数が上がり、残された左足のクツも吹っ飛んでいく。

 呆気に取られる女子一同を余所に、俊樹(としき)を使用したフルスイングは、彼女が落ち着くまで続けられた。



 ◇



 ズレたメガネを直しつつ、怒られてしょんぼりする妹の肩を借りながら靴を履く俊樹(としき)


「…靴を拾ってくれてありがとう…アヤさん、咲良(さら)

「ああ、いやまあ、あたしは良いんだけど」

「ん、トシ君、その子が…?」

「ああ、そうだな…(はな)、皆さんに自己紹介しなさい」


 そう促され、それまで落ち込んでいた少女は、ぱぁっと顔を明るくさせる。

 あどけない顔つきだが、俊樹(としき)に似た凛々しい眉。

 引き締まってはいるが女の子らしさも見える身体つき、高校生級の身長と小学生男子の雰囲気を併せ持つ、アンバランスな少女だった。

 その彼女が、やたらキレのあるポーズを交えながら、自己紹介を始める。


「はーい!! アタイは高橋(たかはし)花火(はなび)!! 中学2ねんせい!! です!!」


 その様子を見て思う所があった芽々(めめ)

 一歩前にでると花火(はなび)に質問をなげかける。


花火(はなび)ちゃんよろしくですよ!

 ところで、将来の夢はなんですか?」

「うん! 正義の味方!!」

「よーし、こういう子ですか」


 襟足の辺りで赤いマフラーをなびかせながら、ビシッとポーズを決めて元気よく答える花火(はなび)

 裏表のない、男子小学生の様な思考回路を持つ彼女の本質を、芽々(めめ)は一瞬で見極めていた。そして必死に笑いをこらえていた。


「少しお転婆なのが悩みだがな、可愛い妹だろう」

「えへへ、お兄ちゃんだいすき!!」


 冗談ではないかと思えるほど、かつてない穏やかな表情を浮かべる俊樹(としき)

 無邪気に甘える花火(はなび)は、中学生というより小学校高学年に近い――その身長差が無ければ。


 彼女に続く様に、残りの女子高生2人組もそれぞれ、花火(はなび)と自己紹介を交わしていく。


花火(はなび)ちゃんて言うの、カワイイ名前ね。

 それに背高いのね、いま何cmか教えてもらっていい?」

「はい! アタイ今、180cmです!!」

「おっきい、素直でいい子、カワイイ…ふふ」


 早くも打ち解け始めている3人。

 一方で、那由(なゆ)は頭を抱えていた。


「ふぇぇ…や、やばい…アレは、なぁの苦手なタイプでする……」


 真面目な委員長タイプの人物像を想定していた那由(なゆ)は、意表を突いた花火(はなび)のキャラに、早くも手詰まりの様相だった。

 体育会系で体力にまかせて突っ走り、細かい事を気に掛けない、腹芸や駆け引きの成立しない相手は、那由(なゆ)の天敵であった。


 そんな彼女の考えをつゆ知らず、俊樹(としき)花火(はなび)那由(なゆ)に声をかける。


(はな)、こちらは”菱方(ひしかた)那由(なゆ)”さん。

 編入先の中学校に通う、(はな)と同い年の子だ。

 (はな)の事を話したら、友人になってくれると言ってな。

 今日はわざわざ来てくれたのだ、よかったな」

「ふぇぇ!? あぁぁぁそそそ、そうでするよぉぉぉよろしくおねがいしますでするるる」


 考え込んでいる最中に話を振られ、盛大に挙動をブレさせる那由(なゆ)

 それでもぎこちなく作り笑いを浮かべる彼女と、きょとんとした目で見つめる花火(はなび)

 二人が暫し見つめ合う、不思議な時間が流れた。



 ◇



「ともだち……」

「と、友達、でするよ……?」


 あまり内容を飲み込めていない様子だった花火(はなび)だが、その言葉を改めて聞くと、ぱあっと顔を明るくさせた。


「わぁ! はじめてのともだちだぁ!!!」

「……え? 初めてって…どういうことでする?」

「じーちゃんの田舎、お兄ちゃんしか年の近い子居なかった。

 お兄ちゃんが都会に行ってから、アタイずっと独りで遊んでたから」

「ああ、そういう事でするか……」


 元々人口の少ない山間の田舎、分校に通う生徒も俊樹(としき)花火(はなび)だけで、その分校も花火(はなび)が転校する事で、休校する事になっている。

 他に誰も居ない小さな分校で、独り寂しく勉強をしていた花火(はなび)を想像し、少し同情的になる那由(なゆ)


「だから、なゆちゃんが初めてのともだち!! うれしいなぁ!!」

「そ、そうでするか…初めて…う、うふふ。

 な、なぁも花火(はなび)ちゃんと友達になれて、嬉しいでするよ……?」

「ホント! わぁい!! なゆちゃん大好き!!」

「え、ふぇぇぇぇ!?」


 勢いよく那由(なゆ)に抱きつく花火(はなび)

 身長差が有るために抱え込むような形になり、少しほこりっぽい胸に那由(なゆ)の顔が埋まる。

 彼女のメイド服が着崩れ、メガネはずり下がった。

 そのまま那由(なゆ)が顔を上げると、すぐ近くに花火(はなび)の満開の笑顔があった。


「えへへ、なゆちゃんだーいすき!!」


 その瞬間、那由(なゆ)の中にあった何かが、ぷつりと切れた。


 そっと花火(はなび)を押しのけて身体を離すと、メイド服をととのえながら深呼吸して気を落ち着かせる。


「…友達っていっても、そっちだけ”初めて”なんて不公平でする。

 それに、なぁはそんなので満足する、器の小さいオンナじゃないでするよ……。

 そう! 花火(はなび)ちゃんは今日から、なぁの初めての”親友”でする!!

 これでお互い”初めて”で、平等でするよ!!!」


 普段那由(なゆ)が見せない、やけくそ気味な宣言を目の当たりにし、一瞬固まる一同。


 すると、那由(なゆ)の目の前にいる花火(はなび)が、大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら泣き始めた。

 突然嗚咽を漏らす花火(はなび)を目前にして、困惑する那由(なゆ)


「ふぇ? ちょ、どうしたでするか!?」

「えぇぇぇぇぇぇん!! うれしいよぉぉぉぉ!!

 じーちゃんが『都会の人間はずる賢いから騙されない様に』って言ってたけど、みんなやさしい人ばっかりだよぉぉぉ!!」

「ははは、違うぞ(はな)那由(なゆ)が特別良い子なだけだ」


 その瞬間、那由(なゆ)の中にあった何か太いものが、ブッツリと千切れた。


「ああーーーもう!! 何なんでするか!!

 もう!! もう!! もう!! もう!!!

 こいつらときたら!!

 ずっと好きでした!!!

 もう何言ってもずっと一生離れないでするよ!!

 裏切ったら承知しないでするよ!!

 勝手にどっかいったらゆるさないでするからね!!!」

「うぇぇぇぇぇん!! アタイとなゆちゃんはずっと親友だよーーー!!!

 」

「ふぇぇぇ!? ちょ、ちょっと待ってドコに連れて行きまするかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 お互いにしっかりと抱きしめあっていたかと思えば、感極まった花火(はなび)那由(なゆ)を抱え、そのまま何処かに走り去っていく。

 こうなると実の妹を止める手立てはない事を知っている俊樹(としき)は、花火(はなび)に親友が出来たことを喜びながら、後で説教しなければと心のメモに書き留める。


 ふと傍にいる咲良(さら)絢歌(あやか)が目に入る。

 彼女達は先程までと打って変わり、憑き物が落ちたような清々しい顔つきを見せていた。


「二人とも、やけにさっぱりした顔をしているが…悩みがあるとか言っていなかったか」

「何いってんのよ、その事ならもう解決したわ」

「トシ君の情報は古い、それじゃ女子の流行に、ついていけない」


 全く意味が分からない俊樹(としき)だったが、女子の考える事だし、そういうものなのだろうと無理に自分を納得させる。


 すでに豆粒ほどにしか見えない程遠くまで行った那由(なゆ)花火(はなび)を見守りながら、微笑ましい想いに包まれる俊樹(としき)だった。


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