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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【夏休み編】
57/68

乙女協定

 3人の女子高生の前で、ニタリと嗤う中学生――菱方(ひしかた)那由(なゆ)


「いやぁ、大した名探偵ぶり、でするねぇ…でも、それが何でするぅ?

 チョコなんて、たまたま付いちゃったダケでするぅ。

 そんなのが証拠になる訳ないですぅ、おかしい人でするねえ。

 仮に、それを俊樹(としき)さんにチクッてどうするでする?

 オバサン達(・・・・・)は知るハズないでするが、年下に激甘な俊樹(としき)さんが、その程度で怒る訳ないでするよ?

 可愛い女の子のイタズラと言いつつ、笑って流して終わりでするよぉ〜?」


 その嘲笑うような物言いは、半ば正体を晒しているのと同じなのだが、その上でわざとらしく白を切る那由(なゆ)

 だが、彼女の言い分も的外れとは言えない。


「…那由(なゆ)ちゃん、騙してた……?」

「アヤ、あんたはもう少し、人を疑って生きた方がいいわね。

 でも星野(ほしの)、あんたってヤツは…人間性を嗅ぎ分ける感覚は流石ね」


 3人の中で、ひとり余裕の態度を崩さない芽々(めめ)

 そして、何を思ったのか証拠品だったコースターを放り投げる。

 放物線を描いて、部屋の隅にあるゴミ箱に吸い込まれていくソレを見ながら、(いぶか)しげな眼差しで芽々(めめ)を見る那由(なゆ)


「どういうつもりでする? 唯一の証拠品を手放して…ああ、どうにもならないと悟って、諦めたでるすかぁ?」

「いやですねー、あんなもの元々オマケみたいなものですよ。

 正直、あなたとボクでは勝負にすらなりません。

 なゆさんが、ボクに出会ってしまった時点で…もう終わってるんですよ」


 そう言い放つと、持っていたスマートフォンを起動し、動画を再生し始める芽々(めめ)

 そこには、深夜アニメのキャラに扮したコスプレで踊る、一人の少女が映っていた。

 定点カメラの前でくるくると踊る少女は、スカートが短い為に、回転する時かなり際どい所まで色々と(・・・)見えてしまっている。

 髪型はロング、眼鏡も掛けていないが、その姿は目の前の那由(なゆ)と何処か被る。


「ふ、え? それは…なん、で……知ってるです……?」

「いやーボクも驚きましたよ? こんな所で本人に会えるなんて。

 ねえ、動画投稿サイト【配信者になろう】で話題急上昇中の、コスプレイヤー踊り手『ラッコなゆゆたん』さん!!」


 ビシッ! と音が出そうな勢いで、人差し指を突きつける芽々(めめ)

 展開が急すぎて、未だにちょっと頭が追い付いて行かない咲良(さら)絢歌(あやか)は、まだ動画を凝視しているが。


「コスプレ? ゆゆたん? いや何でラッコ?」

「……これ、かわいい」

「え? かわいい? いや、それほどでもないでするぅ〜えへへっ」


 突然の展開に、流石に混乱を隠せない咲良(さら)

 絢歌(あやか)は、可愛い衣装が気になるのか、動画に見入っていた。

 そして、案外チョロそうな反応をした那由(なゆ)は、ハッとして芽々(めめ)を見る。


「まさか、いや…お前は……!!

 人気動画配信者、『バーチャル小学生アイドル 姫☆(ひめほし)ちゃん17歳』!!」


 その、『ラッコなゆゆたん』を寄せ付けない程のパワーと、ツッコミ所満載のネーミングを聞き、思わず芽々(めめ)を凝視する絢歌(あやか)咲良(さら)


「え、星野(ほしの)が? 小学生? 17歳?」

「メメちゃん、何やってるの……?」

「おう、ボクの金策(バイト)に文句あるなら、相手になりますよ」


 開き直る芽々(めめ)をジト目で見る女子高生二人。

 そして、先程までとは打って変わり、ギリギリと歯を食いしばって怒りをあらわにする那由(なゆ)


「『姫☆(ひめほし)ちゃん』と言えば、そのツッコミ所が満載の設定、お子様チックな外見に見合わない豊富なオタク知識、それらを活かした軽快なトーク、そしてシュールかつ体当たりな企画などなどで人気を出し、先月の『【配信者になろう】 エモい女性ランキング 月間1位』に躍り出た、今もっともエモーい! と評判の配信者……!」

「へー、星野(ほしの)すごいのね」

「さらちゃ、エモいって…何?」


 イマイチ反応が薄い咲良(さら)と、よく分かっていない絢歌(あやか)

 そんな二人を、わざとらしく咳ばらいをしてスルーしつつ、あまり目立たない胸を張る芽々(めめ)


「おのれ…なぁより目立つ【配信者】なんて、邪魔でしかないでする……!!」

「まあ、そう言う訳ですから、もしこのアップされている動画を、としきさんに見せたら、どうなるかわかりますか?

 年端も行かない中学生が、パンツを見せつけてくる。

 そんなハレンチ動画をネットに上げるのを、あの俊樹(としき)さんが見過ごす訳ないです。

 最悪動画は…全部消去する事になるでしょうね」


 露骨に動揺する那由(なゆ)

 彼女の反論を待たず、畳みかける様に芽々(めめ)は言葉を続ける。


「ボクは、純粋にお金稼ぎでやってますけど、あなたは違いますよね。

 男の気を引く露出の多い衣装や、再生数に対する執着、あなたは自己顕示欲や承認欲求を満たす為に、配信者をやってるんじゃないんですか?

 そんなあなたが、その(あかし)ともいえる動画を消す事になったら……」

「……なぁは、お前のような勘のいいガキは嫌いでするよ」


 先程までの見下すような態度は消え去り、露骨に芽々(めめ)達に敵意を向ける那由(なゆ)

 睨み合う二人に、ふと疑問をもった咲良(さら)が割って入った。


「それでさ、何でアンタは…俊樹(としき)にちょっかいかけてたのよ」

「そんなの決まってるでする。

 頭脳明晰な上に、華凛(かりん)お嬢様にやたら気に入られてるでするよ?

 そんな将来有望そうな男、とりあえずキープしといたほうが良いにきまってるでする」

「こいつ、最低ね……」

「さらちゃ、ここで消す?」


 最早、裏の顔を隠そうともしない那由(なゆ)に、ゴミを見る様な嫌悪の眼差しを向ける咲良(さら)と、殺意すら見せ始める絢歌(あやか)

 暴走しそうな女子高生二人を、芽々(めめ)が抑える。


「まあ落ち着いてください、しかし今までよくまあ、としきさんが無事でしたねー」

「…今までは、アホの龍成(たつなり)やお嬢様が一緒で、アプローチする隙がなかったでする。

 せっかく夏休みに入って、チャンスが巡って来たと思えば…余計な邪魔が入ったのは計算外だったでするよ。

 俊樹(としき)さん…来客とかはもっと早く言って欲しいでする」

「たっちゃんは、グラス落としても床に落ちる途中で受け止めますからね。

 かりんさんにいたっては…そんな隙もないですか。

 それにしても、何でとしきさんなんです?

 そりゃ有望株かもしれませんが、あの人は攻略難易度が高めなキャラだと思いますが」


 芽々(めめ)の問い掛けももっともだった。

 そんな彼女の疑問を聞いた那由(なゆ)は、それまでの様子を一転させ、頬を赤らめる。


「それわぁ…まあ俊樹(としき)さん、特別カッコイイ訳じゃないでするが、なぁが失敗しても怒らないし、優しいでするしぃ〜。

 料理とか苦手だって言ったら教えてくれるし、上手く出来ると褒めてくれるし、他の男子みたくエッチな目で見ないし…えへへ〜♪

 確かに、なぁの夢は『売れっ子漫画家とかの高給取りなチョロい童貞オタクを篭絡して、家事もせずに遊んで暮らす』事でするけどぉ。

 俊樹(としき)さんみたいな人だったら…真面目な奥さんになってあげても良いでするって……キャー!

 いや、本気じゃないでするよ? あくまで可能性と言うか…なぁは、みんなのアイドルでいたいでするからぁ。

 でもまあ、俊樹(としき)さんがどーーーしても奥さんになれって言うならまあ、そういう選択肢も――」


 自分の世界に入ってしまった那由(なゆ)を、呆れた表情で見る女子高生達。


「うわぁ、うわぁ……。

 ややこしい惚れ方してますねー」

「ああもう好きなのか違うのか、どっちなのよ……」

「めんどくさい、こいつ消そう」


 自身の承認欲求と損得勘定に、俊樹(としき)への淡い恋心がせめぎあい、よく分からない事になっているらしい那由(なゆ)

 暫く思案していた芽々(めめ)は、一先ず事態を収拾するべく動き出した。


「まあ…ボクとしても、なゆさんの動画を消しても、得る物はないですからね。

 と言う訳で、一つここは”取り引き”といきましょうか」



 ◇



 汚れた服を着替え終わり、客間に戻って来た俊樹(としき)

 女子たちは着替えが長引いているのか、誰も居ない為、独り手持ち無沙汰にしていた。


 ふと廊下が賑やかになる、どうやら戻って来た様だと思いそちらを見る。

 すると席を外していた女子達が、かしましい様子で入って来た。


「来たか、随分時間が掛ったな」

「わかってないですねー、女の子の着替えは時間がかかるものなんですよ!」


 芽々(めめ)の言う事は分かるが、それにしても随分時間が掛ったように思う俊樹(としき)

 まあ、いちいち細かい疑問に反論しても仕方が無いな、とも思う。

 きっと、着替え中に色々と話も弾んでいたのだろう、芽々(めめ)達と那由(なゆ)の距離も大分近づいた様子に見える。


「えへへ、お着替え手伝ってもらったでするぅ」

那由(なゆ)ちゃんのメイド服、かわいいのいっぱいあるのね」

「うん、アヤもちょっと着てみたい」

「お姉さん達なら、なぁよりも似合うと思うでするよ、えへへ」


 終始にこやかに話す様子を見て、これなら夏休みの旅行中も仲良くやってくれるだろう、と思う俊樹(としき)


那由(なゆ)は少し落ち着かない所もあるが、良い子だからな、よろしく頼む。

 アヤさんと咲良(さら)は、こう見えて面倒見がいいから、那由(なゆ)も色々と頼って勉強するといい」

「はいでするぅ、絢歌(あやか)さんも咲良(さら)さんも、とぉーっても良くしてくれたでするぅ」

「まあさ、ウチにも中学生の妹いるし、こういうのは慣れてるから任せてよ」

「うん、那由(なゆ)ちゃん素直だから、アヤも別に負担にならない…任せて」


 那由(なゆ)が色々失敗してしまい心配していたが、すでに彼女達は上手くやってくれている様子だと確認し、安堵した俊樹(としき)

 その時、彼のポケットに入っているスマートフォンが震えて着信を知らせる。


「すまない、少し席を外す」


 言いながら廊下に出て行く俊樹(としき)を、にこやかに見送る女子一同。

 4人の間に、沈黙が流れる。

 ―――。

 ――。

 ―。


「うっざ…猫かぶってんじゃないわよ」


 ギロリと那由(なゆ)を睨む咲良(さら)


「ちょっとぉ〜先輩(パイセン)? バレちゃうじゃないですかぁ〜言葉には気を付けるでするよぉ? キャハハ」


 挑発するように嘲笑う那由(なゆ)


「忌々しい、虫唾が走る、消えろ」


 殺気を隠そうともしない絢歌(あやか)


「お、おもしろっぷっ! ぷぷぷっ! うぶふぉっ!」


 笑い声を必死に押さえつける芽々(めめ)


 俊樹(としき)のあずかり知らない所で、女子達の間で結ばれた【乙女協定】。

 那由(なゆ)の本性を明かさないという条件で、過激な誘惑や接触を禁止する、という約束を交わしていた彼女達は、表面上は友好的に振舞っていたのだった。


 そんな那由(なゆ)を忌々しく横目で見ながら、芽々(めめ)に耳打ちする咲良(さら)


「でもさ、あいつ(那由)が約束を守る保証はあるの?」

「自分の作品を大事にしないオタクはいません、少なくとも…夏休み中は大丈夫ですよ」


 それは、逆に言えば間に合わせの対応、という意味でもあった。

 実際、那由(なゆ)が動画の事を捨て、なりふり構わず動けばどうなるかは分からない。

 一緒に住んでいる訳ではないが、メイドという立場を利用して、俊樹(としき)のプライベート空間に居座る彼女。

 その全てを監視する術を、絢歌(あやか)咲良(さら)は持たないのだから。


 その時、廊下に繋がるドアを開けて、俊樹(としき)が戻って来た。

 扉が開く前から気配を察した女子達は、すでに臨戦態勢を解除しており、俊樹(としき)がその変化を知る事は無い。

 そんな俊樹(としき)たちが彼女たちに向かい、やや申し訳なさそうに話し始める。


「落ち着いたばかりで申し訳ないのだが、こちらに妹が向かっているので、迎えに行かなくてはならなくなった」


 せっかく女子同士で仲良くなったのだし、積もる話もあるだろう。何も知らない俊樹(としき)はそう考えて、一人で迎えに行ってもいいと思っていた。

 だが、妹との関係は今後の俊樹(としき)との付き合いに大きな影響を及ぼすだろうと考えた女子たちが、この機会を逃す筈も無い。

 結局、この場にいる全員で、迎えに行く事になるのだった。


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