乙女協定
3人の女子高生の前で、ニタリと嗤う中学生――菱方那由。
「いやぁ、大した名探偵ぶり、でするねぇ…でも、それが何でするぅ?
チョコなんて、たまたま付いちゃったダケでするぅ。
そんなのが証拠になる訳ないですぅ、おかしい人でするねえ。
仮に、それを俊樹さんにチクッてどうするでする?
オバサン達は知るハズないでするが、年下に激甘な俊樹さんが、その程度で怒る訳ないでするよ?
可愛い女の子のイタズラと言いつつ、笑って流して終わりでするよぉ〜?」
その嘲笑うような物言いは、半ば正体を晒しているのと同じなのだが、その上でわざとらしく白を切る那由。
だが、彼女の言い分も的外れとは言えない。
「…那由ちゃん、騙してた……?」
「アヤ、あんたはもう少し、人を疑って生きた方がいいわね。
でも星野、あんたってヤツは…人間性を嗅ぎ分ける感覚は流石ね」
3人の中で、ひとり余裕の態度を崩さない芽々。
そして、何を思ったのか証拠品だったコースターを放り投げる。
放物線を描いて、部屋の隅にあるゴミ箱に吸い込まれていくソレを見ながら、訝しげな眼差しで芽々を見る那由。
「どういうつもりでする? 唯一の証拠品を手放して…ああ、どうにもならないと悟って、諦めたでるすかぁ?」
「いやですねー、あんなもの元々オマケみたいなものですよ。
正直、あなたとボクでは勝負にすらなりません。
なゆさんが、ボクに出会ってしまった時点で…もう終わってるんですよ」
そう言い放つと、持っていたスマートフォンを起動し、動画を再生し始める芽々。
そこには、深夜アニメのキャラに扮したコスプレで踊る、一人の少女が映っていた。
定点カメラの前でくるくると踊る少女は、スカートが短い為に、回転する時かなり際どい所まで色々と見えてしまっている。
髪型はロング、眼鏡も掛けていないが、その姿は目の前の那由と何処か被る。
「ふ、え? それは…なん、で……知ってるです……?」
「いやーボクも驚きましたよ? こんな所で本人に会えるなんて。
ねえ、動画投稿サイト【配信者になろう】で話題急上昇中の、コスプレイヤー踊り手『ラッコなゆゆたん』さん!!」
ビシッ! と音が出そうな勢いで、人差し指を突きつける芽々。
展開が急すぎて、未だにちょっと頭が追い付いて行かない咲良と絢歌は、まだ動画を凝視しているが。
「コスプレ? ゆゆたん? いや何でラッコ?」
「……これ、かわいい」
「え? かわいい? いや、それほどでもないでするぅ〜えへへっ」
突然の展開に、流石に混乱を隠せない咲良。
絢歌は、可愛い衣装が気になるのか、動画に見入っていた。
そして、案外チョロそうな反応をした那由は、ハッとして芽々を見る。
「まさか、いや…お前は……!!
人気動画配信者、『バーチャル小学生アイドル 姫☆ちゃん17歳』!!」
その、『ラッコなゆゆたん』を寄せ付けない程のパワーと、ツッコミ所満載のネーミングを聞き、思わず芽々を凝視する絢歌と咲良。
「え、星野が? 小学生? 17歳?」
「メメちゃん、何やってるの……?」
「おう、ボクの金策に文句あるなら、相手になりますよ」
開き直る芽々をジト目で見る女子高生二人。
そして、先程までとは打って変わり、ギリギリと歯を食いしばって怒りをあらわにする那由。
「『姫☆ちゃん』と言えば、そのツッコミ所が満載の設定、お子様チックな外見に見合わない豊富なオタク知識、それらを活かした軽快なトーク、そしてシュールかつ体当たりな企画などなどで人気を出し、先月の『【配信者になろう】 エモい女性ランキング 月間1位』に躍り出た、今もっともエモーい! と評判の配信者……!」
「へー、星野すごいのね」
「さらちゃ、エモいって…何?」
イマイチ反応が薄い咲良と、よく分かっていない絢歌。
そんな二人を、わざとらしく咳ばらいをしてスルーしつつ、あまり目立たない胸を張る芽々。
「おのれ…なぁより目立つ【配信者】なんて、邪魔でしかないでする……!!」
「まあ、そう言う訳ですから、もしこのアップされている動画を、としきさんに見せたら、どうなるかわかりますか?
年端も行かない中学生が、パンツを見せつけてくる。
そんなハレンチ動画をネットに上げるのを、あの俊樹さんが見過ごす訳ないです。
最悪動画は…全部消去する事になるでしょうね」
露骨に動揺する那由。
彼女の反論を待たず、畳みかける様に芽々は言葉を続ける。
「ボクは、純粋にお金稼ぎでやってますけど、あなたは違いますよね。
男の気を引く露出の多い衣装や、再生数に対する執着、あなたは自己顕示欲や承認欲求を満たす為に、配信者をやってるんじゃないんですか?
そんなあなたが、その証ともいえる動画を消す事になったら……」
「……なぁは、お前のような勘のいいガキは嫌いでするよ」
先程までの見下すような態度は消え去り、露骨に芽々達に敵意を向ける那由。
睨み合う二人に、ふと疑問をもった咲良が割って入った。
「それでさ、何でアンタは…俊樹にちょっかいかけてたのよ」
「そんなの決まってるでする。
頭脳明晰な上に、華凛お嬢様にやたら気に入られてるでするよ?
そんな将来有望そうな男、とりあえずキープしといたほうが良いにきまってるでする」
「こいつ、最低ね……」
「さらちゃ、ここで消す?」
最早、裏の顔を隠そうともしない那由に、ゴミを見る様な嫌悪の眼差しを向ける咲良と、殺意すら見せ始める絢歌。
暴走しそうな女子高生二人を、芽々が抑える。
「まあ落ち着いてください、しかし今までよくまあ、としきさんが無事でしたねー」
「…今までは、アホの龍成やお嬢様が一緒で、アプローチする隙がなかったでする。
せっかく夏休みに入って、チャンスが巡って来たと思えば…余計な邪魔が入ったのは計算外だったでするよ。
俊樹さん…来客とかはもっと早く言って欲しいでする」
「たっちゃんは、グラス落としても床に落ちる途中で受け止めますからね。
かりんさんにいたっては…そんな隙もないですか。
それにしても、何でとしきさんなんです?
そりゃ有望株かもしれませんが、あの人は攻略難易度が高めなキャラだと思いますが」
芽々の問い掛けももっともだった。
そんな彼女の疑問を聞いた那由は、それまでの様子を一転させ、頬を赤らめる。
「それわぁ…まあ俊樹さん、特別カッコイイ訳じゃないでするが、なぁが失敗しても怒らないし、優しいでするしぃ〜。
料理とか苦手だって言ったら教えてくれるし、上手く出来ると褒めてくれるし、他の男子みたくエッチな目で見ないし…えへへ〜♪
確かに、なぁの夢は『売れっ子漫画家とかの高給取りなチョロい童貞オタクを篭絡して、家事もせずに遊んで暮らす』事でするけどぉ。
俊樹さんみたいな人だったら…真面目な奥さんになってあげても良いでするって……キャー!
いや、本気じゃないでするよ? あくまで可能性と言うか…なぁは、みんなのアイドルでいたいでするからぁ。
でもまあ、俊樹さんがどーーーしても奥さんになれって言うならまあ、そういう選択肢も――」
自分の世界に入ってしまった那由を、呆れた表情で見る女子高生達。
「うわぁ、うわぁ……。
ややこしい惚れ方してますねー」
「ああもう好きなのか違うのか、どっちなのよ……」
「めんどくさい、こいつ消そう」
自身の承認欲求と損得勘定に、俊樹への淡い恋心がせめぎあい、よく分からない事になっているらしい那由。
暫く思案していた芽々は、一先ず事態を収拾するべく動き出した。
「まあ…ボクとしても、なゆさんの動画を消しても、得る物はないですからね。
と言う訳で、一つここは”取り引き”といきましょうか」
◇
汚れた服を着替え終わり、客間に戻って来た俊樹。
女子たちは着替えが長引いているのか、誰も居ない為、独り手持ち無沙汰にしていた。
ふと廊下が賑やかになる、どうやら戻って来た様だと思いそちらを見る。
すると席を外していた女子達が、かしましい様子で入って来た。
「来たか、随分時間が掛ったな」
「わかってないですねー、女の子の着替えは時間がかかるものなんですよ!」
芽々の言う事は分かるが、それにしても随分時間が掛ったように思う俊樹。
まあ、いちいち細かい疑問に反論しても仕方が無いな、とも思う。
きっと、着替え中に色々と話も弾んでいたのだろう、芽々達と那由の距離も大分近づいた様子に見える。
「えへへ、お着替え手伝ってもらったでするぅ」
「那由ちゃんのメイド服、かわいいのいっぱいあるのね」
「うん、アヤもちょっと着てみたい」
「お姉さん達なら、なぁよりも似合うと思うでするよ、えへへ」
終始にこやかに話す様子を見て、これなら夏休みの旅行中も仲良くやってくれるだろう、と思う俊樹。
「那由は少し落ち着かない所もあるが、良い子だからな、よろしく頼む。
アヤさんと咲良は、こう見えて面倒見がいいから、那由も色々と頼って勉強するといい」
「はいでするぅ、絢歌さんも咲良さんも、とぉーっても良くしてくれたでするぅ」
「まあさ、ウチにも中学生の妹いるし、こういうのは慣れてるから任せてよ」
「うん、那由ちゃん素直だから、アヤも別に負担にならない…任せて」
那由が色々失敗してしまい心配していたが、すでに彼女達は上手くやってくれている様子だと確認し、安堵した俊樹。
その時、彼のポケットに入っているスマートフォンが震えて着信を知らせる。
「すまない、少し席を外す」
言いながら廊下に出て行く俊樹を、にこやかに見送る女子一同。
4人の間に、沈黙が流れる。
―――。
――。
―。
「うっざ…猫かぶってんじゃないわよ」
ギロリと那由を睨む咲良。
「ちょっとぉ〜先輩? バレちゃうじゃないですかぁ〜言葉には気を付けるでするよぉ? キャハハ」
挑発するように嘲笑う那由。
「忌々しい、虫唾が走る、消えろ」
殺気を隠そうともしない絢歌。
「お、おもしろっぷっ! ぷぷぷっ! うぶふぉっ!」
笑い声を必死に押さえつける芽々。
俊樹のあずかり知らない所で、女子達の間で結ばれた【乙女協定】。
那由の本性を明かさないという条件で、過激な誘惑や接触を禁止する、という約束を交わしていた彼女達は、表面上は友好的に振舞っていたのだった。
そんな那由を忌々しく横目で見ながら、芽々に耳打ちする咲良。
「でもさ、あいつが約束を守る保証はあるの?」
「自分の作品を大事にしないオタクはいません、少なくとも…夏休み中は大丈夫ですよ」
それは、逆に言えば間に合わせの対応、という意味でもあった。
実際、那由が動画の事を捨て、なりふり構わず動けばどうなるかは分からない。
一緒に住んでいる訳ではないが、メイドという立場を利用して、俊樹のプライベート空間に居座る彼女。
その全てを監視する術を、絢歌や咲良は持たないのだから。
その時、廊下に繋がるドアを開けて、俊樹が戻って来た。
扉が開く前から気配を察した女子達は、すでに臨戦態勢を解除しており、俊樹がその変化を知る事は無い。
そんな俊樹たちが彼女たちに向かい、やや申し訳なさそうに話し始める。
「落ち着いたばかりで申し訳ないのだが、こちらに妹が向かっているので、迎えに行かなくてはならなくなった」
せっかく女子同士で仲良くなったのだし、積もる話もあるだろう。何も知らない俊樹はそう考えて、一人で迎えに行ってもいいと思っていた。
だが、妹との関係は今後の俊樹との付き合いに大きな影響を及ぼすだろうと考えた女子たちが、この機会を逃す筈も無い。
結局、この場にいる全員で、迎えに行く事になるのだった。