【夏休み編】 ~プロローグ~
本日、2話掲載します。
こちらは、2話目です。
月と星々の明かりが、静かな海辺をかろうじて照らしていた。
夏休みに入った俊樹達は、緋ノ宮家の所有する無人島に来ていた。
その砂浜に、物々しい雰囲気で、数人の人影が見えている。
「本当に、驚きましたわよ。
――いえ、驚いたわ。
お前が、芽々さんに…憑りついてたなんて!」
華凛の口調は静かだが、明確な敵意を含んでいた。
いつもは編み込んでいた髪をほどき、艶のある烏羽色は扇の様に広がり、闇に溶け込んでいる。
「いやーボクだって信じられませんよ、こんな事で…正体がばれてしまうなんてね。
――でもね、実の母親に”お前”なんて口の利き方は無いんじゃないかしら〜?
お母さんが死んだあとの、実家での教育が良くなかったのかしらねえ…鴉樹ちゃん〜? あ、あは、アガガガガアガー!!」
挑発するような口調は、普段の芽々とは明らかに違う。
甲高く、鳥の鳴く様な嗤い声が、辺りに響き渡った。
その顔の、本来瞳や口があるべき場所がぽっかりと暗黒に染まっているのは、夜の闇の所為ではないだろう。
そして、その二人に対して丁度正三角形を描く位置には、見慣れない一人の少女が立っていた。
凛々しい眉毛は何処となく俊樹に似ており、背中に一本下がった長い三つ編みの根元を、赤いスカーフで纏めている。
歯を剥き出しにして敵意を露わにした少女は、後ろにいる俊樹達をかばう様に立ち、叫ぶ。
「お兄ちゃんに! それ以上近づかないで!!」
その少女から少し離れた後方には、俊樹と――見慣れない中学生位の少女が居た。
黒い髪をツインテールに纏めた彼女は、狼狽えた様子で俊樹に話しかける。
「あ、あの…これ…どうするの、かしら?」
「いや…半分は、お前の所為だと思うのだが」
軽く溜息をつくと、少し離れた場所に居る最後の人物――大きめの丸眼鏡を掛けた、ボブヘアーの少女に目を向ける俊樹。
「ふぇぇぇ? ふ、ふぇぇ? えぇぇぇ〜!?」
胸の前で両手を握り、内股でオロオロと視線を泳がせている様子を見るに、事態は彼女の許容範囲を超えてしたっまようだ。
巻き込んでしまった事に心の中で謝罪しつつ、取り敢えず目の前の事の成り行きを見守ろうと思う俊樹。
「とにかく正体が分かった以上、もう好き勝手はさせないわ!
今すぐ芽々さんの身体から出て、成仏しなさい!! 烏丸鴉子!!」
「あらあら、鴉樹ちゃんったら何処までも邪魔をする気なのね〜。
それに母親を呼び捨てなんて〜、これは躾けの意味で…お灸を据えてあげるべきね?」
一触即発といった雰囲気の母娘、三つ編みの少女はその気を受けて、俊樹達をかばう様に後ずさりした。
「あなたのような外道が、母親ぶらないで!
まさか、転生せず悪霊のまま現世に留まっているなんて…でも、これであなたの目的は判ったわ!!」
「あらあら、悪霊呼ばわりなんて心外ね〜、母さんは天使よ?」
「なんて図々しい事を…あなたの考えなんてお見通しよ!
芽々さんに憑りついた様に、俊樹――お父さんの恋人になった人に憑りついて、その人格ごと乗っ取るつもりね!!
なんて卑劣で…恐ろしい事を考える女なの……!!」
まるで鴉子の罪を告発する様に、その指を勢いよく突きつける華凛――鴉樹。
その様子を俊樹の隣で見ていた、ツインテールの少女が問いかけてくる。
「あの…凄く物騒な内容口走ってるけど、大丈夫なのかしら?」
「うむ…いや、もう少し様子を見よう、多分大丈夫だ」
話す俊樹を「本当かしら…」と疑いの眼差しで見つめる少女。
そうしている間に、暫し沈黙していた鴉子が黒い目を見開き、話し始める。
「…え、なにそれ怖っ!! よくそんな事思い付くわね〜!?
それじゃまるっきりホラー映画じゃない、やめてよね〜母さん怖いの苦手なんだから〜!」
予想外の鴉子の反応に、一瞬静まり返る一同。
俊樹の隣にいる少女が、再び小声で話しかけてくる。
「ちょっと……あの人、自分がホラーなのに気が付いてないわっ」
「ああ…というか菊田よ、お前ツッコミとか普通に出来るのだな」
「余計なお世話よ……っ」
そんな事を小声で話している内に、思考停止していた鴉樹が再起動し、再び鴉子を追及する。
「な、なによ白々しい…あなたがお父さんを諦めきれないから、転生させてやり直そうとしたんでしょう!?」
「何を言ってるのよ〜諦めきれないのは鴉樹ちゃんでしょう? 母さん知ってるのよ?
あなたがパパ大好きな…トロットロのファザコンだって事をね〜」
「え、ちょっと、何いって、やめてよ人前でそういう事言うの!
ち、違うのよお父さん! ぜんっぜんそんなんじゃないの!!」
俊樹の方に顔を向け、必死に弁解する鴉樹。
三つ編みの少女がむーっと唸りながらほっぺたを膨らませ始め、丸眼鏡の少女はドン引きしていた。
そこに、追い打ちを掛ける様に鴉子が言葉を続ける。
「でもね、だからって転生までしてお父さん追いかけてきちゃ駄目でしょ〜?
鴉樹ちゃんの事だから、『生まれ変わっちゃえば親子とか関係無く付き合えるよね!』とか考えてるんでしょうけど、お母さん流石にソレは見過ごせないわ〜」
「は、はぁ!? そそ、そんな事考えてないわよ!!
まあでも、そういうのも…い、いや、思ってないわよ!!」
それまで必死に声を抑えていた丸眼鏡の少女が、思わず「うわぁ…」と声を上げる。
聞きとめた鴉樹が少女を睨むと、慌てて両手で口を押さえたが、すでに遅い。
「とにかく、鴉樹ちゃんはお母さんの【ドキドキ! 愛の天使大作戦】を大人しく見ていればいいの。
あまり我儘を言うなら、お母さん怒るわよ〜?」
「いや、何よ、そのレトロ感溢れるネーミングは…。
ていうか本当に、何をするつもりなの……?」
その言葉を受けると、一瞬俊樹を視界に入れた後、何処か遠い眼をする鴉子。
哀愁を漂わせながら、ゆっくりと彼女は語り始めた。
「そうね、もうきー君にもばれてしまったし、いっそ話した方が良いかしらね……。
あたし達夫婦は…一度失敗しちゃったわ。
だからこそ、折角生まれ変わったこの世界では…同じ間違いを繰り返しちゃ駄目なのよ。
だってあの人、ああ見えてうっかりするし…肝心な時に運が無いから」
運が無い、そう言われてがっくりと肩を落とす俊樹。
その様子を見て、隣に居る菊田が、またまた小声で話しかけてくる。
「思い当たる節、あるのねっ?」
「いちいち確認するな……」
そもそも、今のこの状況がまず不運の重なった結果だろうと思う俊樹。
彼が落ち込んでいる間にも、鴉子の話は核心へと進んでいく。
「だからこそ…次の奥さんはしっかりした人を見極めないと。
今度こそ、ちゃんとした”お嫁さん”を見つけてあげるのよ。
――でも、それだけじゃ完璧とはいえないわ、結婚後も奥さんがちゃんとやってるか心配よね~。
だから、その上であたしが”守護霊”として憑いて、結婚後も導いてあげれば完璧でしょう?
転生なんてしたら、そうやって見守る事も出来ないじゃない~」
何処か得意げな口調で俊樹を見る鴉子に、唖然とするその場の一同。
相変わらず真っ黒な口と瞳から、カラスの羽根をまきちらしながら、気合と共に胸の前でぐっと両手の拳を握りしめた。
「だから大丈夫よ、”きー君”」
◇
砂浜に、長い沈黙が流れる。
母娘はほぼ同じ目的で動いていたのだった。
ただし――母のほうが、より徹底して。
「お、重すぎるわよ…っ」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「お兄ちゃん、やっつけないの?」
「花は、こっちに来て座ってなさい……」
何故こうなってしまったのか。
頭を抱えながら、俊樹は今までの出来事を思い返していた―――。
〇お知らせ〇
6/12(火)14:00 から 6/26(火)13:59 までの期間、
『今日の一冊』で、この作品を紹介していただく事になりました。
丁寧な担当さんが纏めてくれた、分かり易い紹介文ですので、すでに『俊樹くん』を読んで頂いてる方も、是非一度ご覧になってみていただければと思います。