終業式
本日、2話掲載します。
こちらは、1話目です。
一学期最後のテストも無事に終わり、その後も何事も無く終業式を迎えた今日。
授業も無い為、既に一般生徒は下校を始めている。
部外者である咲良や、放送委員である芽々を除いて、【風紀委員会】の面々は委員会室に集まっていた。
真夏日が続き、すっかり暑くなってしまったが、委員会の会議室はエアコンが効いて涼しい。
「――という訳で、全員がテストで平均以上の結果を出し、風紀委員としての模範を行動で示してくれた事、大変嬉しく思う。
テスト後も、公募していた学校名決定に関する雑務や、先送りになっていた新生徒会の選挙等、急な業務にも対応してくれた事に感謝する」
公募の件は、結局【緋ノ宮学園】という名前に決定した。
多数の候補があったのだが、学校での華凛の存在感が強すぎたのだろう。結局緋ノ宮の名をそのまま使う事になったのだった。
「私としては、緋桜学園とかも良かったのですが」
「…まあ、生徒たちが華凛に配慮した結果だろう」
学校中の不良と単独でやり合ったとまで噂された龍成を、校内でノックアウトしてしまったのがいけない。
一時期、【深窓の令嬢】【高嶺の花】などと呼ばれていたのが、今はすっかり【龍殺しの女帝】になっている。
まあ、入学当時から陰では【女帝】と言われていたらしいが。
そして、生徒会の入れ替えは本来夏休み明けに行う予定だったが、体育祭等のイベントの兼ね合いを考え、急遽前倒しで行う事になった。
候補者自体は決まっていた為、それほど混乱はしなかったが、急な事で生徒会だけでは手が回らずに、風紀委員も駆り出される事になったのだった。
「やはり、教師と生徒の連携が思う様にいきませんわね」
「教員の皆さんもギリギリでやっているのだ、仕方あるまい」
「それを考えると、夏休みの部活を全面休止にしたのは正解でしたね」
翔太の言葉に頷く一同。
部活組の麻莉奈と由香にとっては、やや複雑な思いがあるかもしれないが。
「あたしもだけど、正直バレー部のみんなは、休みになって喜んでるけどね。
ここ数日かなり暑くなったし…はー、この会議室涼しくて気持ちいい」
「ちょっと、伸びながら机に胸乗せて休むの止めなさいよ…くっ……」
「旅行の件があったから、俺たちには丁度良かったね。
ああ、その件では本当すいません、折角誘ってもらったのに」
申し訳なさそうに華凛に謝る翔太。
テスト前に話していた夏休み中の旅行の件で、最初は翔太たち3人も同行する予定だった。
だが、翔太が近所の商店街の福引きで、特賞の【温泉宿泊券】を当てたらしく、彼ら3人はそちらに行く事になり同行出来なくなった。
今時、商店街で福引きなどあまり聞かないが、当ててしまったのは事実だ。
「それは仕方ないですわ、でも夏場に温泉ですのね」
「山の方にある温泉旅館だから、案外涼しいらしいですよ」
「街中よりは大分過ごしやすいだろうな、そう考えると温泉というのも悪くない」
近くには綺麗な川もあり、釣りや渓流下りも楽しめるらしい。
ラフティングは遠慮したいが、釣り糸を垂らし静かに過ごすのも悪くないな、と思う俊樹。
「まあ、我々は”海”で、翔太達は”山”に行く事になる訳か」
「俊樹さんの妹さんに会えないのは、残念ですけどね」
「うん、妹さんもだけど…ようやく、トシ君の家、メイドに会える」
絢歌の言葉に、一瞬身を固くする俊樹。
謎の中学生メイドを見極める目的で、俊樹の住むマンションに来る話は、テスト後思ったより忙しかった為に、先送りになっていた。
流石にこの後真っ直ぐ俊樹の住居に来る、とまでは行かないものの、日々射貫く様な視線で急かされて、気が気では無かったのだ。
結局、俊樹の妹がやって来る日に合わせて、絢歌と咲良も遊びに来るという話になり、メイドの那由に会う話も、必然的にその日になったのだが。
「それにしてもトシさんよ、妹さん明日来るって話だけど、早くねぇか?」
「まあ、荷物は既に一部届いているし、問題は無いだろう」
「そういった話では無いと思いますわよ……」
俊樹としても、可愛がっていた妹に再会できるのは嬉しい。
それに普段の彼女を知っていれば、行動的なスケジュールについては気にならないと思う俊樹。
「ん、とにかく明日は、さらちゃと一緒に行く」
「あ、ああ、分かったが…あまり威圧しない様に、那由は中学生だからな」
鬼気迫る様子に大丈夫だろうかと不安になり、年上らしい大人の対応をお願いしたいと思う俊樹だった。
◇
【風紀委員会】一学期最後の会議が終わった後、華凛は校長室に居た。
「明夫校長もお疲れ様でした、夏季休暇中は”本山”の方に、お戻りになられても大丈夫でしてよ」
「ええ、報告がてら一度帰省させてもらいますよ。
個人的には、緋ノ宮さんの休暇に同行したかったのですけどね」
「そこまでしていただかなくて結構ですわ」
口ではそう言いながら、華凛は初めから不動を連れていくつもりはなかった。
あくまで仕事としての関係以外では、信用出来るとは言い難い彼。同行させるのは、リスクの方が大きいと考えていた。
「しかし、夏休みの半分近くを使って無人島に旅行とは、又無茶な計画ですが…これも、彼女をおびき出すための作戦ですか」
「ええ、夏休みの貴重な時間を、あの女が無駄にする筈がありませんもの。
絶対に潜り込んで来ようとする筈ですわ」
「その意味では、日野翔太達3人は”白”ですか」
そう、今回立てた旅の計画も、全て”母”をあぶり出す為の作戦だった。
無人島と言っても、元々緋ノ宮家で所有している避暑地の一つであり、並みのホテルより設備は充実している。
富豪らしくプライバシーも守られており、一般人が島の所在地を知る事はまず無い。
島に行くには、華凛に同行するしか無いのだ。
「随分と焦っておられる様子ですね、もしや…あまり時間が残されてないのですか?」
「……余計な詮索はなさらない事ですわ」
「ははは、これは失礼…まあ、拙僧はいつでもご協力しますよ」
華凛冷たい視線を受け流しながら、あからさまな作り笑いで取り繕う不動。
暫しの沈黙の後、話題を変えようと不動が口を開く。
「それにしても、本当にそこまで警戒するほど、”お母様”は危険なのですか?」
「危険よ、あの女は、何をしてくるか分からないわ」
迷いなく断言する華凛。
話す彼女の表情は、怒りの色に染まっている。
「私事ですから敢えて聞かない様にしていましたが…そこまで緋ノ宮さんが仰る理由、伺いたいですね」
「…別に、難しい話ではありませんわ」
深く息を吐き出し、気を落ち着ける華凛。
どうにか冷静になると、重々しく語り出す。
「前世であの女は…俊樹さまを憑り殺したのよ」
◇
【放送室】では、長期休暇に向けた最後の戸締りや点検を終えてくつろぐ、星野芽々――鴉子の姿があった。
「それにしても今回の旅行の件、”大好きなお父さん”の為とはいえ、あの子の行動は本当に大胆ね〜。
多分あたしの存在を警戒して、夏休み中に、一気に決めてしまうつもりでしょうけど、少し焦り過ぎじゃないかしら〜?」
考えを纏めているのだろうが、独り言は癖なのか、誰も居ない放送室で彼女の声だけが響いていた。
暑くなり始めてからは、ホットからアイスに代わったコーヒーに手を伸ばす。
ガムシロップを切らせていた為に、代わりに入れた砂糖が溶け残って、コップの底にざらついていた。
「まあ、こちらが先に決めてしまえば良いだけの話よね〜。
絢歌ちゃんも咲良ちゃんも来てくれるし、どちらかときー君が良い仲になってくれたら、予定通りあたしは芽々ちゃんから離れて、その子に憑くだけだしね〜」
前回のデートでは、絢歌の天然を計算に入れていなかった為に失敗したが、今回は長期隔絶された島に行く、いわば逃げ場のない状況である。
華凛が狙って作った状況だろうとは思うが、それは鴉子にとっても都合のいい条件であった。
「出来れば絢歌ちゃんが理想なんだけど、あの子はちょっと…何するか分からないのが困ったちゃんよね…はあ〜。
咲良ちゃんも、根は真面目そうだから問題ないのだけれど〜。
でも〜もしあの子が邪魔してきたら、どうしようかしら〜?
う〜ん…その時は、あたしも正体バレるリスクを負って、キツめにお灸を据えるしかないわねぇ、それが親の務めだもの……あ、あはは、アガガガガガー!!」
本来瞳と口のある場所は、底なしの穴の様に黒く染まり、彼女が笑う度に濡れた黒羽がぼたぼたと落ち続けている。
それぞれの思惑が交差する中、明日から夏休みを迎える俊樹達の運命は、しかし――。