三本勝負
「それで、3本勝負というのは何をやるのだ」
「ん、くじ引きで決める」
「いいからー! さっさと引けっつーの!」
何でそんな物を持っているのか疑問に思ったが、カウンターで貸してくれるらしい。
アミューズメント施設だと、パーティー感覚で次のゲームを決める客も多いのだろうと、ピリピリする女子陣から目を背けつつ納得する。
「これ…ターゲットシュート?」
「あの、サッカーゴールの的を狙う遊戯か」
「ごめん、トシ君…アヤ蹴るのは、ちょっと無理かも」
結局、交互に蹴って合計3枚という散々な結果に終わる。
「マー君がんばるし!!」
「おう! まかせろって!」
彼氏の方が奮闘し、大学生組の結果は7枚だった。
「ぐぬぬぬ……」
「アハハハ! これぇうちらぁ負けなしで終わるんじゃね?」
だが、次の競技で運が味方をする。
「アーチェリー、だな」
「ふ、ふふふふ……」
「え、なにコイツ笑ってんの……?」
「やっぱあの女、何かヤベー奴だぜ……」
こういった施設なので、もっとオモチャみたいな作りの物を想像していたのだが、この店は結構本格的な作りの弓と矢を使用している。
「だが、弓道とアーチェリーは大分違うと、聞いた事が有るが」
「うん、洋弓は適当にやっても、真っ直ぐ飛ぶから、簡単」
そう言うと、次々と中心近くに当てる絢歌、水を得た魚と言うべきか。
技術的な物は洋弓と和弓では大分違うという話だが、単純に引く力が大きいので真っ直ぐ飛ばせているのかもしれない。
というか、道具を選ぶときも店員さんにあれこれ言って選んでいたし、絢歌の弓は、弦の張りが幾分強い。
「おい、矢普通そんな勢いで飛ばねえんじゃねえの?」
「ちょっと、おかしいし……」
とにかく、そのまま絢歌だけで他3人分ほどの得点を叩き出して終了する。
勝負は3本目の、最後の種目次第になった。
「マー君もっと頑張って! 次負けたらゆるさないし!!」
「いや、お前がケンカ吹っ掛けたんじゃねえか」
何か険悪なムードになりつつある大学生カップルを横目に見ながら、次で最後だし勝負はどうでもいいので、早めに終わらせたいと思う俊樹。
いっその事、わざと負けて向こうの彼氏に花を持たせてやるのも、後々面倒が無さそうで良いかもしれないと考える。
だが、隣にいる絢歌は、依然として闘志をみなぎらせており、手を抜ける雰囲気でもない。
もっとも、本気でやったとしても自分が活躍できる競技もないのだろうが。
あまり派手に運動する競技にならなければ良いな、などと考えながらクジを引いた俊樹。
「むっ……」
「ん、トシ君どうしたの……?」
思わず声を漏らした俊樹に振り向く、絢歌と大学生カップル。
引かれたクジの番号を見せながら、次の種目を宣言する俊樹。
「最後の種目は、パターゴルフだ」
◇
「何なのよありえないっしょ……」
「おいおいマジかよ……」
「んふ、トシ君またホールインワン」
まさか、接待ゴルフの経験がこんな所で役に立つとは、と思う俊樹。
わざとお得意さんより僅差で負ける為に、パターの技術は特に力を入れて練習した方がいいと上司に言われ、練習した結果だった。
芝の抵抗がない分最初は戸惑ったが、慣れてしまえば面白いようにボールがカップに吸い込まれていくので、俊樹も勝負の事など忘れてスコアを伸ばすのに夢中になった結果、残り2ホールで既に逆転不可能と思われる数字を叩き出している。
しかし、体育の授業などでも実感していたが、思ったより身体が随分良く動くなと思う。
階段の上りや重い物を持ち上げる時など、クセで間接に気を遣い、動作がおじさんぽくなっていたのだが、もっと自信をもって運動し、今の内に身体を鍛えた方が良いかもしれない、などと考えていた時だった。
賑わう人々に紛れて、見覚えのある人物がちらりと見えた。
物陰からこっそり様子を窺っているつもりなのだろう、眼鏡を買う前なら気が付かなかっただろうが、丁度走ってくる子供を避けようとして顔を出してしまったのだろう、タイミングが悪かった。
「……トシ君、ちょっと待ってて」
「い、いやアヤさん……?」
ややこしくなりそうなので黙っているつもりだったが、俊樹の視線に気が付いた絢歌にも感づかれてしまった。
ずかずかと歩いて行くと、その見知った人物に声を掛ける。
「……さらちゃ、何で居るの」
「あはは…いやー、ばれちゃった?」
ペロリと舌をだして誤魔化す、その仕草も可愛らしいミニスカート姿の女子は、やはり日下部咲良だった。
◇
やはりというか、咲良は俊樹達を尾行していたらしい。
「むう、さらちゃ…邪魔しないって、約束したのに」
「じ、邪魔するつもりは無かったわよ…ただ、どうしても気になっちゃって……。
ていうかさ、アンタ達…途中からデートって感じじゃ無くなってたわよ」
言い訳をしながらも反論する咲良に対して、不服そうな絢歌だが、最早デートの雰囲気ではなかったのは事実なので反論出来ないでいた。
俊樹や大学生達はといえば、少し離れた場所のベンチに腰掛けている。
大学生カップルの彼女だけは姿が見えないのは、咲良が出てきてから、色々有って怒って立ち去ってしまったからだ。
ちなみに、勝負はあのまま俊樹が残り2ホールもホールインワンを決めて終了した。
がっくりと肩を落とし落ち込んだ様子のマー君を、隣に座る俊樹が宥めている、いつもの光景だった。
「……負けたー…勝負にも…男としても……」
「あー、そう落ち込む程では無いと思うが」
どうも、美少女二人に言い寄られている俊樹に、敗北感を覚えてしまったらしい。
誤解を解こうと「どちらとも恋人同士ではない」と言ったら、更に落ち込んでしまったのだが。
「後だな、彼女を怒らせたのは、お前が自分の彼女とあの二人を見比べたのも悪いと思うぞ」
「いや、それは…オレも悪かったって思ってるけどよ……」
不意打ちに近い咲良の登場もあり、思わず視線がいってしまったのだろう。
だが女子と言うのは、そういう男の視線に敏感なのだ。
「大体よ、ケンカふっかけたのはオレじゃなくアイツじゃね?
何で先にキレてるのか意味わかんねぇ……」
「女子なんて、大体そんなものだぞ」
そう話す俊樹を、若干恨めしそうに見ながら反論するマー君。
「アンタは良いじゃねぇか、あんな可愛い女二人に言い寄られてよ…いやマジで何でだよ……」
「何でと言われても、私自身分からんがな。
だがお前、これからあの二人に挟まれて行動しなきゃならない、私の身にもなってくれ……」
「ああ、そりゃまあ大変だよな……」
美少女二人、自分を挟んで火花を散らしながら取り合いをする光景。
どちらも無下にできない状況と、それを周囲の視線にさらされながら行動しなければいけない息苦しさは、想像に難くない。
「とりあえず、お前は今からでも彼女を追いかけて謝ってきたほうが良いと思うのだが」
「いや、どこ行ったかわかんねーし、ケータイも電源入ってねーのか繋がんねえんだよ……」
言いながら、深く溜息を付くマー君。
ベンチに腰掛ける二人の前では、休日という事もあり親子連れで賑わっていた。
小学校くらいのお子さん二人と遊ぶ母親の姿もある。
その、ふくよかな中年女性を眺めつつ愚痴を続けるマー君。
「オレの彼女も結婚したら、ああいうポチャポチャな感じになんのかねぇ…そう考えると、なんか、もうどうでもいい気がしてきた……」
「あまりやさぐれるな、八つ当たりしてどうする」
「ハハハ、まあ事実だから仕方ないね」
笑いながら話す声に振り向けば、見知らぬ中年男性がベンチの少し離れた場所に腰掛けていた。
やや疲れた様子の男性は、いかにも家族サービス中のパパといった感じである。
話の内容から察するに、この人が目の前で遊ぶ親子のお父さんなのだろう。
「あ…旦那さん!? す、すんませんオレそんな悪気があったわけじゃないんで!」
「ああ、いいんだよ分かっているさ。失礼だが、少し話が聞こえていたからね。
それに、うちの家内が…日々成長しているのは事実だ」
話ながら深いため息を吐き出す、旦那さんらしき人物。
そして何か思いついたのか、やや意地悪く笑いながら旦那さんが顔を上げ、俊樹たちに告げる。
「君達も、今は若いから大丈夫だがね…三十も過ぎればあっと言う間にこうなるよ?」
言いながら、自身の余ったお腹の肉を服の上からつまんで見せる旦那さん。
何と無くその光景が他人事ではない俊樹と、青ざめたマー君が揃って首を縦に振る。
「こういっては何だが、付き合い始めた大学時代は本当に美人だったんだよ。
高校時代はクラスでも一番の美少女と評判だったしね」
ふくよかな見た目に目が行くが、よく見れば顔立ちは悪くないし、今からでも体重を落とせば十分綺麗になるのでは、と俊樹も思った。
「まあ、ご主人は奥さんを見る目があったようですね」
「いや、今の話の流れで、何でそうなんだよ」
「ハハハ、無理に気を使わなくてもいいよ、眼鏡の君」
どうも、言いたい事が正確に伝わっていないようだと考えた俊樹。
これはきちんと言っておかねば、と何時もの如くスイッチが入る。
「いいですか、普通”クラス一の美少女”などと持て囃された経験のある女子が結婚したら、どうなると思います?」
「どうって、それは結婚後も綺麗なままなんじゃないのかい?」
「ああ、歳とっても綺麗な奥さんっているよな、あれか?」
「それは、何もしないで勝手にそうなる訳じゃ無いのですよ」
やや真面目な顔つきになる俊樹に、ゴクリと唾を飲み込むと聞き入る体制に入る2人。
「若い内から美貌に恵まれ、周囲から持て囃された彼女達は、常にその環境のカースト上位に君臨していたことでしょう。
人間、一度高みを知ってしまえば、堕ちる事を極端に恐がるものです。
だから彼女たちの様に美しく、カースト上位に居た女子たちは、その地位を守るために生涯美容やおしゃれに金をつぎ込み続ける。
それは、結婚後も変わらない」
俊樹の言いたい事を理解し始めたのだろう、マー君も旦那さんも血の気が引いて青い顔をしながら話に聞き入っている。
「子供を産んでからも、週一回の女子会や、何時開かれるか分からない同窓会で『若いころと変わらず綺麗で羨ましいわ』と言われたい為だけに、費用対効果の定かではない美容サプリを買いあさり、碌に通いもしないスポーツジムの会員証を更新し続ける。
その一方で、夫には『健康のため』と言って飲酒や喫煙を辞めさせ、浮いた費用は妻の”健康維持費”にまわされる。
同じ目的でも旦那さんに使う金額は減額され、奥さんは何故か増額される。
”クラス一の美少女”などという肩書き持ちと付き合い結婚するというのは、男にとってリスクしかない。
本気で愛し合っているなら別だが、見た目に惹かれ、浮ついた気持ちで付き合うなら辞めた方が良い選択です」
「な、何だって? うちの妻は、そんなに危険な女だったのか……!?」
その内容に驚愕するご主人と、カタカタと震えて声も出せないマー君。
そんな二人を安心させる様に、再びゆっくりと口を開く俊樹。
「いえ、奥さんは実に良い”お母さん”ですよ。
ご自分の容姿など二の次で、お子さんに愛情を注いでいるからこそ、活発な子供の運動量に対応すべく、あのように成長なさったのでしょう。
お子さんも元気で明るいご様子だし、ご主人を連れてきたのも、運動不足を心配しての事でしょう。
私ごときが言うのも差し出がましいですが、奥さんを中心にご家庭が円満に回っているのが良く分かります。
これが、先程言ったような女子であれば、旦那の休日は子供達の世話を旦那に任せて、自分は『今日は主婦の休日』などと言いながら、女子会やエステに時間を使っている筈ですから」
「そ、そうかい?」
「ええ、旦那さんは奥さんを誇っていいと、私は思いますよ」
なるほど、そういう見方もあるのかと頷く二人。
どうやら理解してもらえたようだと、俊樹も満足げだ。
「しかし眼鏡の君は、若いのに世の中をきちんと分かっているね」
「そうだな、アンタもオレと同じ大学1年くらいだろ?」
「いえ、自分は高校1年生ですが」
「「……はぁ!?」」
驚きの声をハモらせた二人。
こういったやり取りは慣れている俊樹は、流れる様な動作で生徒手帳を取り出し確認させる。
「俊樹君か…何だか君には驚かされっぱなしだね」
「オレ、高校生相手に…つかあっちの二人は女子高生か、いや後からきた子は分かるけどよ……」
眼鏡を掛けて以前よりも雰囲気が柔らかくなったとはいえ、まだまだ大学生位には見られてしまうらしい。
流石にもう、社会人には見られないだろうと思いたい俊樹。
「まあ、そういう訳ですから旦那さんは、奥さんを大事にして下さい。
まず、専業主婦で健康診断など定期的に受けていないのなら、今後は定期的に受けた方が良いかと思います」
成人病のリスクが上がり始める年頃だろうご夫婦。
お子さんの為にも、ご夫婦には健康には気をつかってもらいたいと思う。
「ありがとう、今まで妻の事を軽く見ていた事に気が付けたよ。
じゃあ私は、家族サービスの続きに行くとするか。
そこの大学生の君も、もう少し頑張ってみた方が良いよ」
言いながら家族の元に戻る旦那さんを見送る、残された二人の男子。
その背中が人込みに紛れた後、俊樹が話し始める。
「分かっただろう、あれが良い夫婦の見本だ。
それで、お前はどうするんだ?」
「…アイツ、謝って許してくれっかなぁ」
「簡単にはいかんだろうな、だが何もしなければ、このまま終わるだけだぞ」
「そうだよなぁ…でも何処いったんだアイツ……」
そんな話をしていると、絢歌と話していた咲良が、気が付けばこちらに来ていた。
「そっちの彼氏の彼女なら、多分化粧直しにいったんじゃない?
ここ、トイレどこも混んでるから時間掛かってるだろうけど、そろそろ終わったなら電話も通じるでしょ」
「え、まじか…本当だ既読になってる」
SNSでやり取りをするマー君。どうも別のフロアに居るらしいと分かり、意を決して立ち上がる。
「オレ、いってくるわ。なんか悪かったな…因縁つけた上に世話になっちまってさ」
「うむ、気にするな。今度は変に恰好つけようと避けない事はせず、彼女だけ見てやるといい」
「ああ、ホントごめんな? なんか勝負も結局うやむやなってるし」
「別に気にするな、それよりも女は気まぐれだ…早く行ってやれ」
最後に「ありがとうな!」と言いながら走り去るマー君を見送る俊樹。
絢歌も気が付けば隣に寄り添っている、さり気なくカップル感を出そうとしているのか。
そんな二人をジトっとした目で見る咲良が、おもむろに口を開く。
「いや、こっそり尾行してたあたしが言うのもおかしいけど…何でアンタ達は、まともにデートできないわけ?」
「今回は私の所為ではないぞ」
「うん、かえすことばも、無いです」
そう言いながら少し俯く絢歌。
咲良を見れば、尾行用の服装なのか、普段より地味めなカラーではある。
だが、相変わらず足の露出面積が気になる。眼鏡のお陰で解像度が上がり、あまり近寄られなくても意識してしまう。
切れ長で吊り目がちな絢歌に比べて、ぱっちりとした二重まぶたの可愛らしい眼が俊樹を見つめる。
「へー、中々似合ってるじゃない、その眼鏡。
どう、良く見える? 惚れなおした?」
「……足を隠せ、目のやり場に困る」
「さらちゃ、今日はアヤのばん、誘惑禁止」
「いいじゃない、あたしが俊樹とデートしたのだって同じ位の時間だったし、これで丁度イーブンじゃないの」
そんな風に二人が言い争っていると、丁度俊樹の正面からよく知る二人の女子が歩いてくるのが見えた。
一人は、白いワンピースに黒髪の令嬢。
『THE お嬢様』こと緋ノ宮華凛。
もう一人は、ややボーイッシュな恰好の、中学生にしか見えない女子高生。
『THE ちびっ子』こと星野芽々だった。
「お前達、やはり今日も後を尾行けていたのか」
「ええ…でも途中から雰囲気台無しになった上に、日下部さんまで出てきたので、隠れている意味も無いと思いまして…出てきましたの」
「もう! あっさりバラすから! ボクの計画がだいなしじゃないですかー!!
橘さーん!! 何故裏切ったんですかー!!」
「裏切ってない、最初からアヤは…トシ君の味方」
「あのね星野、この天然娘を制御出来る訳ないでしょ……」
一気に騒がしくなったが、よく考えれば何時もの光景だった、と納得する俊樹。
違いといえば、翔太や龍成が不在の為に男子が俊樹だけなので、やや肩身が狭い事だろう。
羨ましい、などと周囲からは見られているかもしれないが、多数の女子集団に男子独り放り込まれても、居心地が悪いだけなのだが。
さて、どうしたものかと考えて、そういえば腹が減ったなと思う。
勝負に熱中し、昼過ぎだと言うのに昼食も取っていなかった。
「取り敢えず、どこかで軽く食事をとって、それから…まあ、全員で遊ぶか」
「ん、もうしょうがないから…それでいい」
「いや、アヤがケンカ売ったのが原因だからね?」
「あまり食べると動けませんから、下のフードコートで良いですわね?」
「この人数だとボーリングですかね? としきさん眼鏡は慣れましたか?」
「まあ大丈夫だろう、それでは行くか」
結局、皆で普通に遊ぶ流れになってしまったが、これはこれで悪くないかと、少しずり下がった新品の眼鏡を持ち上げ直す俊樹だった。