ダーツ
「全く、懲りないヤツだ……」
毎回面白がって場を引っ掻き回す芽々の行動だが、そういえば今日は龍成がジムに通う日であり、ストッパー役が居なかったなと思う俊樹。
大方、華凛あたりも一緒なのだろうが、毎回よくもまあ飽きもせず首を突っ込んでくるものだと、呆れ半分諦め半分の俊樹だった。
「…アヤさん、私には内緒にしていた様子だったが、良かったのか?」
「うん、いい。トシ君が最優先」
彼女の中では、すべてにおいて俊樹が最上位にきているのだろうか。
清々しく言い切った絢歌を見ながら、少し寒気を感じる俊樹。
気が付けば一度離していた手は再び握られているし、行動は真っ直ぐだが性格は蛇の様だなと失礼な事を考えながら、そもそも天然な彼女を制御しきるのも無理な話かと、強引に納得するのだった。
視力が良くなってから表情の変化がよく分かる様になったのか、白い頬を少し染めて、はにかんでいるのが良くわかる。
先程までは、その儚げな雰囲気に動揺していた俊樹。
だが、道端で突然スキップし始める、残念な行動を目の当たりにしたお陰か、自分がしっかりしなければいけない、という保護意識の方が強くなっていた。
そんな風に考えていると、上機嫌だった絢歌が何かに気が付いた様子で、少し気まずそうに俊樹を見る。
「アヤ、弓道で出来たタコ…有るけど、手つなぐと気になる?」
「いや、何も努力せずに手がまっさらな女よりは、余程信用できるな」
「トシ君は、そういう基準、本当にぶれない…好き」
今の会話で、頬を赤らめ語尾を”好き”にする要因が何処にあったのか分からない俊樹だったが、何時までも歩道で話し込むのも時間が勿体ない。
取り敢えず目的地に向かうか、と絢歌を促して歩き出すのだった。
◇
休日という事もあり、アミューズメント施設は親子連れやカップルなどで賑わっていた。
「正直、元々運動に自信はないが…たまには身体を動かすのも悪くないだろう」
「ふふ……トシ君がんば、アヤがついてる」
前世では元妻も俊樹自身もインドア派だったので、こういった施設には来たことがなかったし、現世の田舎にも勿論ある訳が無いので、中々新鮮だった。
それに加えて、周りの賑わいにも釣られたのか、俊樹に絢歌の二人もテンションが上がっていた。
だが、眼鏡に慣れない内に派手な動きは出来ない、という事で二人の意見は一致していた。
「とりあえず、コレ?」
「”ダーツ”か…しかしアヤさん、ルールが分からんぞ」
「大丈夫…機械が全部、計算してくれる」
便利な世の中になったものだと感心しつつ、受付を済ませると待ち時間無しですぐ遊べるらしい。
そのまま台に案内される俊樹達。
「この、”カウントアップ”というのが一番簡単なルールだな」
「うん、それでいい…アヤもダーツなんてよく知らない」
身も蓋も無い事を言う絢歌だが、他にも同じ様に、ルールなど理解してなさそうなカップルが遊んでいる様子なので、問題ないだろう。
慣れない手つきでダーツマシンを操作する俊樹、交代で3投して最後に合計点を競うらしい。
お互い未経験者なのだし、こういうのは男性がリードする物だろうと考え、まず俊樹から投げる事に。
見よう見まねで投げたダーツは、俊樹が思ったよりも勢いよく飛んでいき、綺麗にボードに刺さった。
「うむ、やはりよく見えるな」
「トシ君、2点」
見えてはいても、それで運動能力が良くなる訳ではなかった。
非情な現実を指摘されるが、その後の2投も似たような結果になり、やや悔しそうにする俊樹。
そんな彼を横目に、ダーツボードの前に立つ絢歌は、予想外に可愛らしい「えいっ」という掛け声とともに、女の子投げのモーションを繰り出す。
片足立ちで投げられたダーツは、放物線を描きながら飛んで行き、べしっと音を立てながらボードに当たった。
「うん、17点」
「いや、アヤさんのは刺さってないが……」
「大丈夫、ボードが感知したら…得点になる」
確かにそう書いてあるが、あの投げ方で自分より高得点なのは、何か納得いかないといった表情の俊樹。
マシンもお店の物なのだし、あまり変な所に当てるのは悪いのではと考え、近くに居た店員さんに頭を下げるが、慣れているのか「大丈夫ですよ」とにこやかな返事が返ってくる。
その様子に、中々従業員の教育が行き届いた良い店だな、と感心していると、絢歌が気まずそうに口を開いた。
「しょうがない、投げるのは苦手、アヤだって矢なら何でも扱える訳じゃない…」
視線から逃れる様に顔を背けると、両手の人差し指をくりくり合わせながら口をとがらせる。
相変わらず余り表情筋を使わないが、たまに見せる彼女らしくないリアクションは何処から仕入れて身につけているのか。
まあ女子には色々なネットワークが有るし、こういう所も絢歌が天然と言われる由縁なのだろうな、と考える俊樹。
その時ふと、嘲笑うような声が聞こえてきたのに気が付く。
見れば、隣のマシンでプレイしてした、ノリの軽そうな大学生らしきカップルが、俊樹達を見て笑っている。
「ダッセェな、まともに出来ねえならボーリングでも転がしてろよ」
「アハハ、そんな事いっちゃ駄目っしょー」
言いながら、慣れた手つきで男の方がスムーズに3連投したダーツは、真っ直ぐボードに吸い込まれていく。
こちらと同じルールでほぼ同時に初めていたのは横目で何となく分かっていたが、言うだけあり高得点を叩き出している。
「マー君すごーい!」
「まあオレ結構やってっけどさー、普通こんぐらい出来ねーとダサくね?」
「たしかに”カレシの方はダサい”けどぉ、マー君と比べたらかわいそー」
「ファッションもセンスねぇよな、あの”メガネとか”よ………お?」
パキリ、と音がした方を見れば、絢歌が握っていたダーツがへし折れて、床に滑り落ちた。
しまった、と思いながらその顔を見れば、好きな男と自分の選んだ眼鏡を馬鹿にされた彼女の瞳孔は、既に完全に開きっぱなしだった。
無言のまま、その視線を射貫く様にカップルに視線を向けている絢歌。
そんな彼女を目の当たりにして、学校で咲良とやり合った時の絢歌が思い出される。
ああ、これは駄目な流れだ、覚醒めてしまった、と思わず逃げ出したくなる俊樹。
「ひぃぃっ、な、なによっ」
「な、なんだこの女ヤベェんじゃねえか……?」
表情は完全に抜け落ち、もはや”無”と言っていい。
以前に学校で咲良とやり合った時以上の冷気を感じさせる怒りに、そのカップルだけでなく店員さんまでもが「ひぃっ」と悲鳴を上げている。
これは本格的に不味いぞと思いながら、床に落ちたダーツの残骸を回収し、「すいません弁償します」と謝りながら店員に渡す俊樹。
代えのダーツを受け取りながら、何とか絢歌を宥めなくてはと思いながら振り返ると、何時の間にか彼女が居ない。
よく見ると、一番端のボードでプレイしてる玄人っぽい男性のプレイを視ている。モーションを観察しているらしい。
集中しているのか、絢歌の存在に気が付かずプレイしている玄人男性。
だが、通りかかった小さなお子さんが威圧感で泣き出す声で、幽鬼の如く立ち自分を見る絢歌に気が付くき、悲鳴を上げダーツを取り落とす。
「かまわない、続けて」
「え、あ、はいっ」
やや震えて投げた1投目は外周に外すが、続けて綺麗なフォームから放たれた2投は、まっすぐボードに飛んでいく。
驚異的な精神力だと、見ていて感心する俊樹。
すると絢歌は、何度かモーションをトレースする様にシャドーを繰り返すと満足し、「ありがとう」と言いながらこちらに戻ってきた。
放心する大学生カップルの前を、わざとらしく横切りながらボードの前に立つ。
そして、観察していた玄人男性のフォームをなぞるような見事な動きで放ったダーツは、鋭い風切り音と共に2本続けてブルに命中した。
そういえば、と以前に彼女が芽々ソックリのモノマネをしながら【風紀委員会】に来たことを思い出した俊樹。
今回のはモノマネというよりトレースだが、こうも見たまま動きを真似出来るのは見事な特技だな、と内心で絢歌の身体能力を称賛する。
そんな現実逃避をしていると、絢歌がカップルに向かって話し始めた。
「”オレ結構やってけどさ”だっけ…? ふふ、それで、あの程度なの?」
「は、はぁ? な、何よアンタ、ウチらに喧嘩売ってるわけ?」
「先に売ったのはそっち、頭の軽そうな馬鹿どもがトシ君を語るな、眼鏡恰好良いのに」
「あぁ?! そんな冴えないオトコがマー君よりイケてるわけないしっ!!」
「服装と髪型で誤魔化してるだけの頭スカスカチャラ男がトシ君より上の筈がない」
「はぁぁ!? 言わせておけばイキってんじゃないわよ! 上等じゃんこうなったら白黒ハッキリさせるしー!!」
「望むところ、お前ら二人が今日この日を、愉しめると思うな」
呆気にとられる男性陣を置いたまま、トントン拍子に話が進んでいく。
「大丈夫、トシ君の名誉はアヤが守る」
「う、うむ…程々にな」
「マー君! あいつら二人ボコボコに負かすし!!」
「え、ああ…ま、まかせろ!」
向こうの大学生カップルの男の方も、彼女にカッコイイ所を見せたいのか、戸惑いつつも頷く。
そして女子達の話し合いの結果、3本勝負で負けた方が双方のゲーム料金を支払う、と言う内容で落ち着いたらしい。
前世で元妻と高校時代にデートした時は、こうも騒がしい事になった記憶はないのだが、最近はこのノリが普通なのだろうか、いや流石にそれは無いかと思いながら、ずり下がった眼鏡を直す。
久々の動作に一瞬感慨深くなるが、絢歌の顔が目に入り現実に引き戻される俊樹。
最初は、何処となく絢歌と彼女が似ているなと思ってはいたが、こうして付き合いが長くなると、実際は大分違うという事が分かってくる。
理解が深まったのは良い事なのだろうかと思うのだが、もう少し平穏に生活したいと考える。
咲良との喧嘩の時も思ったが、絢歌は大人しそうな見た目に反し、案外好戦的な性格なのかもしれない、と思った俊樹だった。
「しかしアヤさん、私は本当にスポーツは苦手なのだが……」
「大丈夫、あいつら二人ともアヤが、たおす」
”勝つ”ではなく”倒す”という表現から、彼女の怒りが窺い知れる。
ついでに、最初から俊樹に期待していないのも分かり、複雑な心境にもなったが。
これは、適当にお茶を濁してさっさと負けて終わらせる、という選択は出来ないかと思い、やれるだけは頑張ろうと覚悟を決める俊樹だった。