放送委員長
「このボクが! 満を持して登場しましたよ!!」
やたらハイテンションで現れたのは、放送委員会委員長【星野 芽々】。
色々と縁があり、風紀委員会とも関りが深い彼女は、突然訪れては面白おかしく場を引っ掻き回すので、風紀委員の面々の悩みの種でもあった。
緋ノ宮は慣れた様子で棚から胃薬を取り出し、円谷は苦い顔で首を横に振る。
そんな中俊樹は、唖然とした日野たち3人を押しのけ、星野の前に立つ。
「ご苦労だったな星野、今日はもう上がっていいぞ」
「その使えない社員を定時で帰らせる様な言い方なんですかー!」
「あとな、ドアは丁寧に開けろと言ったろうが。建付けが悪くなったらどうする」
「え、あ、ごめんなさい」
若干素で怒る俊樹に、素直に謝る星野。
俊樹は、みんなの備品や設備を乱暴に扱うのを許せないのだ。
「それより聞きましたよ!そこの朝日さんに桃井さんの件!」
「星野、又ドアの外で聞き耳立ててたな?」
「防音工事が必要ですわね」
「オマエな、あんまトシさんとお嬢に迷惑かけんな」
「まあそんな事は置いておきましょうよ!」
早々に復活すると、強引に話を進める星野。
毎回このペースなので、精神的に若くない俊樹は、特に色々と疲れるのだ。
「取り敢えずお二人は、翔太くんが心配だがら風紀委員会に出入りする口実が欲しいわけですよね?」
「そうですけど…あ、星野先輩、先日はお世話になりました」
「そうよ! アタシ達が見てない所で又違う女に…じゃなくて心配だからよ!」
先日の乱闘事件の際、人手が足りなかったので、桃井の事情聴取を星野にお願いしたのだ。ちなみに、朝日に話を聞いたのは緋ノ宮だ。
その為、桃井は星野と面識が有った。
「でしたら、ボクみたいに【非常勤の助っ人】的な扱いにしてもらえばいいんですよ!
風紀委員は男子ばかりで、かりんさんに女子の対応が集中して大変だからと説明すれば納得してもらえます!」
なるほど、考えてみれば二人は別に風紀委員になりたい訳ではなく、翔太が目の届く範囲に居れば良いので、それが一番無難に思える。
「私もその位であれば、別に構わないと思うが」
「何かあった時だけ、便利に使うと言う事ですわね」
非正規とはいえ関係者であれば、風紀委員会に出入りしても不自然ではないし、問題無いだろう。
その代わりに、組織の在籍名簿に名前は載らないし、朝日と桃井の二人は貴重な休みを雑用に取られるが。
「ボク情報ではお二人とも既に、部活内で実力を示して認められてますから、どの道辞めるのはオススメできませんけどね」
「星野先輩、その情報ってどんな話ですか?」
「ちょっと、気になるわね」
何か話が違う方向に進み始め、内心顔をしかめる俊樹。
女子が集まると、何故本題と外れた話題を必ず挟むのだろうか。
しかも、それを指摘すると逆にキレたり、ちゃんと繋がってるから同じ話題なんだと言い張る。
まあ、文句は有るが女子3人相手は分が悪過ぎるので、おくびにも出さない俊樹だった。
「【朝日 麻莉奈】、一年五組所属。
フェンシング部では身長152cmと小柄でリーチにやや不安ながらも、高い瞬発力から繰り出される見えない刺突と、無駄を省いた超薄型ボディによる回避力から【インビジブル】と呼ばれて注目されています」
「省いてる訳じゃないわよー! 少しはあるんだからー!」
「おまけに気が強そうに見えて土壇場でヘタれる内弁慶。
ツンデレなのに髪型は普通のセミロングなんて邪道ですよ、ツインテールにすべきだと思います」
「余計なお世話よー!」
「【桃井 由香】、一年三組所属。
身長164cmバレー部所属。
持ち前の運動神経と明るい性格で、一年生にして部のムードメーカー的な存在。
全身のバネとFカップの我儘ボディから繰り出される力強いスパイクは、自前のメロンと合わせて『どれがボールか分からなくなる』、と対戦相手から言われて恐れられています」
「あたし、そんな目で見られてるんだ」
「ちなみに、そのスパイクは余りの破壊力のために、同じ敷地内だと男子が前屈みになり練習に集中出来なくなる為、男女で場所を分ける原因になったそうです。
妬ましいですね、もぎとっていいですか?」
「男女別なのって、あたしのせいだったの……?」
急に騒がしくなった会議室で、ジャラジャラとガラスの小瓶から緑色の錠剤を取り出す緋ノ宮。常備された胃薬は、水が無くても飲める便利なタイプだ。
慣れた手つきで何粒かを俊樹に渡すと、二人共に同じ動作で飲み込む。円谷はニガイのが苦手なので飲まない。
「あたしって、胸だけの女なの……?」
「あるだけ良いと思うわよ……」
「胸なんて飾りです…エロい人には、それが分からんのですよ……」
三者三様にダメージを受ける女子達。
星野は自業自得だが、愚痴にまで何かネタを仕込んでいるので、本当は余り効いてないんじゃと思われるが。
「話は終わったな? じゃあ今日は三人とも上がっていいぞ」
「「ひっどーーーい!!」」
「終わってませんよ! むしろ何も決まってませんよ!」
そう、俊樹は面倒くさくなっていた。
当初の予定だった、日野翔太の顔合わせは終わったので、他に活動が無ければ、後は定時に帰りたいので仕事に移りたい。
だが、面倒だというのを表情にだすと、更に文句を言われるので、結構頑張って表情を隠している。
こうして女子が集まると話が脱線し、予定より長引いてしまうのはいかがなものか。
あまり女子メンバーは増やさない方向でいこう、と俊樹は思うのだった。
「そうだな…星野と同じ扱いで良いなら、私は別に構わない。
基本は自分達の部活動を優先して欲しいがな。
あとは、先日のお前たちの様なトラブルが起きた時は協力してもらうかもしれん。
風紀委員会の会議室には、中に誰か居れば許可を取れば入って構わない。
だが、日野への干渉が目に余る場合は出入り禁止だ。
華凛と龍成もそれで良いか?」
話を進める為に、俊樹は手っ取り早く結論を出す事にした。
緋ノ宮と円谷も頷く、細かい調整は彼女らがやってくれるだろう。
俊樹は部下が動けるなら遠慮なく使う。
朝日と桃井も、それで構わないという事だった。
◇
「それで、何故お前は未だ此処に居る」
「いやぁ、えへへへ♪」
問いかける俊樹に何故か照れる星野に、俊樹は少しイラッとした。
部屋には既に朝日と桃井の姿は無く、円谷は掲示物のチェックを、緋ノ宮は部屋の反対側で、日野に仕事内容を教えている所だった。
そんな中、星野芽々(ほしの めめ)は特に何をするでもなく、たまに俊樹を冷やかしたりしている。
新たに入った日野達をはじめ、俊樹たち風紀委員会は現在、一応全員一学年生で構成されている。
星野は2学年で先輩に当たるが、中学生並みの小柄な体系と、童顔に加えて個性が強すぎるため、先輩の威厳と胸囲は無い。
だが、明るい性格と可愛らしい容姿で、男女共に受けが良かった。
緋ノ宮華凛も【高嶺の花】と言われる位の容姿ではあるが、星野は【放送委員のアイドル】的な存在で、放送委員長というよりもマスコット的な人気を獲得している。
俊樹の扱いは多少ぞんざいだが、緋ノ宮や星野はそれぞれ男子から人気が高いのだった。
「としきさんは、ボクのような愛らしい女の子が近くにいたら、もっと喜ぶべきだとおもうですけどねー」
「自分の仕事はどうした、放送委員長」
「放送委員なんて、大した仕事ありませんよっ」
若干不貞腐れながら答える星野。
彼女が、俊樹の事を【異性】としてどの程度見ているかは分からないが、それとは別に余りに塩対応が過ぎると、女子としては面白くない、という感じだろう。
もっとも、俊樹は一緒に居る機会の多い緋ノ宮にしても、星野よりはマシな程度の態度なので今更だが。
(としきさんの女子に対するこの距離感は、何故なんでしょうねー)
書類の整理をする俊樹をみながら思う星野。
少し眼つきが悪いが、それなりにカッコイイとは思う。
別に女子に対して特別嫌悪感がある訳でもない。
ただ、やたら現実ばかり見ようとして、踏み込もうとすると離れてしまう。
それに加え、俊樹自身が女性に対して枯れ気味である。
興味が無い訳ではないが、同じ年頃の男子にありがちな、恋愛や女性に対してがっつく様なものが無い。
【枯れている】とか【お父さんみたい】などと言われるので、周りにどれだけキラキラした女子がいても、浮いた噂が立たないのだ。
それらは俊樹の前世の記憶や経験が原因だが、知らない人間からみれば当然の疑問だった。
「はぁー、まあ一応今日はココに来た理由もあるんですよ」
「だったら何故さっさと要件を言わない」
「一応ボクもタイミングを計ってたんですよ?
ももいさんにあさひさんは、ちょっと部外者って感じですが…そこのひのくんは、もう風紀委員って事でいいんですよね?」
少し考えてから頷く俊樹。
やや流されやすい所のある日野翔太だが、口が軽い男ではないし、大丈夫だろうと思う俊樹。
「実はですね、ボクのクラスメイトなんですが、ちょっと恋愛関係でトラブってそうなんです」
「む、相談か…なら今日連れてくるのか?」
「いえ、今日は本人が外せない用事があるので、明日ボクが連れてこようと思ってます」
普通、恋愛がらみの相談ごとなど、一般の風紀委員会なら管轄外になるだろう。
俊樹たち風紀委員会が進んで恋愛や異性絡みの相談事を引き受けるのは、この学校の風紀委員会設立時の特殊な背景が有る為だった。
そして、2学年の情報に通じる星野は、厄介事に発展しそうな問題を事前に知らせてくれる様お願いしている。
この所の働きで少し疲れている俊樹だったが、無下には出来ない話だった。
「とりあえず要点だけ最初に言ってしまいますけど、うちのクラスの女子が付き合ってる男子がですね、浮気してるんじゃないかなーという話になってる訳ですよ」
「浮気、か…」
その言葉に脳裏をよぎる、前世での記憶。
俊樹にとって、あまり思い出したくない過去だった。