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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【渦巻く愛の嵐編】
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それぞれの思惑

「えへへ、来ちゃった♪」

「”来ちゃった”じゃない……」


 約束の時間より大分早い時間、案の定彼は何の準備も出来ていない。

 玄関先に立つ彼。私服には着替え終わっていたが、不機嫌そうな顔で頭には寝癖が目立つ。


「いーじゃない、早く行って色々見たいし」

「…予定ではそんな事、話して無いだろうが」

「もうっ! 恋人同士になって初めてのデートなんだから、もっと楽しそうにしてよね!」

「…別に、付き合う前も一緒に買い物くらいした事あるだろう」


 言いながらも、頬を染めて少し照れ臭そうにする彼。

 恋人っていうのは魔法の言葉、それだけで二人の関係が今までと違う、ドキドキしたもになる。


きー君(・・・)は乙女心をもっと理解すべきよねー」

「うるさいな…俺も準備するから、少しまっててくれ」


 何処か浮足立った彼の様子から、渋々といった口調は照れ隠しだって分かる。

 トレードマークの眼鏡は、眼つきの悪い人相を少し隠してくれるけど、あたしは素顔も好き。


「…それで今日は映画を見るんだったな。

 原作は面白かったが、少し内容が変わってるのだっけか?」

「さー? あのね、あの映画の主題歌が凄く良いのよ!!」

鴉子(あこ)、お前そんな理由で映画を見たがったのか……」

「いいから、ほら行きましょー!」


 言いながら強引に彼の腕をとる。

 まだ恋人同士のやり取りに慣れていない彼は、少しよろめいて照れた表情をあたしに向けた。


「いや、あのな! 近所の人に見られるだろうが!」

「いーじゃないの。それとも、見られたら困る女でもいるの……?」

「ひっ!? い、いや居ないけど…歩きにくいだろ!」

「照れちゃってー、これからもっとえっちな事もする様になるんだから、慣れていかないとダメよー?」

「だから声を抑えろ! 俺のご近所付き合いがやりにくくなる…ああ、もう行くぞ!」

「はいはーい」





 【放送委員会】の、くたびれたパソコンの前に座る少女、星野(ほしの)芽々(めめ)

 施錠され、彼女以外誰も居ない室内で、先程から一人でモニターに向けて話し掛ける姿は、見る者が居れば異様に映る事だろう。


「――とまあ、そんな甘酸っぱい青春時代もあったのよ、あたしたちも。

 芽々(めめ)ちゃん聞いてる? 聞いてる訳無いわよねー聞いてたら困るし」


 ”いつも通り”に淹れたコーヒーのマグカップを傾けながらモニターに話しかけるのは、芽々(めめ)自身だった。

 だが、口調は普段の彼女とはまるで別人。

 電源の落ちたモニターには、鏡の様に反射する彼女自身しか映していなかった。


「お砂糖が少なくなってきたわねー、それに誰かポットの温度上げたのかしら、ちょっと熱いわ…まったくもうっ。

 しかしねえ、まさかあの子までこっち(・・・)に来てるなんて、びっくりしたわねー。

 あの子も(カラス)の式神を使って、こっちに来たのかしら? まあ来ちゃったものは考えてもしょうがないわよねー。

 ”母親”のやる事を邪魔しようとしてるのは、感心しないけれど。

 そういえば、最初にここで”前世と同じに”淹れてあげた、きー君のコーヒーを捨てたのもあの子だったわねー、泣く程喜んでたのにねー……余計な事を。

 でも、上手くやったわねーお金持ちのご令嬢に生まれ変わるなんて。

 まーそれもどうでもいいわね。

 【転生者】を探してるみたいだけれども、そのお陰であたしに気が付かなかったのかしら?

 あーでも、あの胡散臭い坊主が手を抜いたのかしら。

 んー、どっちにしてもお馬鹿よねー、【転生】なんて不確実な事する訳ないじゃない。

 俊樹(きーくん)の傍に、運よく生まれるかなんて分かんないのに。

 そんな事しなくても……きー君の傍で彼が好きになりそうな女子が出来たら、その子に憑りついて(・・・・・)しまう方が確実なのにねー」


 モニターには相変わらず電源は入っていない筈だった。

 だがそこには、何時の間にか黒髪の少女の姿が、うっすらと浮かび上がっていた。


 胸から上しか見えないが、肩より長い黒髪はクセがあるのか、やや扇状に広がっている。

 切りそろえた前髪で隠れ気味の顔には、瞳が存在する筈の場所には、ぽっかりと穴の空いた様に闇があるだけ。


「まー、先手を取れたのは良かったわねー。

 これも芽々(めめ)ちゃんのお陰ねー本当に良い子ね。

 でも、見つかるのも面倒だしー暫くは引っ込んで、大人しくする方が良いわねー。

 まだ高校生活は始まったばかりだし、絢歌(あやか)ちゃんと咲良(さら)ちゃんがダメなら、他の女の子を探せばいいダケなんだから。

 出来れば推しの絢歌(あやか)ちゃんに決まればいいんだけどねー、あの子はお家が神社だったり、ちょっとだけあたしと似通った所あるから、いいと思うのよねー。

 でもまあ、慌てる事も無いわね。どうせこっちから派手に動かない限り、見つかるワケないんだし、ねー?

 は、はははは! あははははははは!! アッアッアガー!!!」


 カラスの鳴き声を思わせる音で、モニターの中の少女が(わら)い出す。

 少し遅れて、星野(ほしの)芽々(めめ)(わら)い始めた


 不快な音が【放送室】に響き渡ると、モニターの画面から大量の(カラス)の羽が噴出する。芽々(めめ)の口からも黒い羽が噴き出し、室内が何も見えない程の黒で染まる。


 星野(ほしの)芽々(めめ)に自覚は無い、彼女自身はいつも通りの高校生活をしており、その行動はすべて自分の意思によるものだと認識させられて(・・・・・・・)いた。

 そうやって自覚なく、今まで鴉子(あこ)の思惑に沿う様に動いていたのだった。


 モニターの中に視える鴉子(あこ)、肉体を持たずに現世にとどまる彼女を、第三者が見れば恐らくはこう表現するだろう。




 ――悪霊、と。





 放課後の相撲部、校長としての職務で時間が限られる中でも、顧問として欠かさず指導を続ける不動(ふどう)

 それでもこうして身体を動かし汗を流すのは、忙しい中で気分転換するには丁度良い機会だった。


不動(ふどう)先生! 今日も胸をお借りしますばい!!」

「ハハハ、いつでもかかってきなさい!!」


 土俵の上で対峙するのは、期待の新入部員である小西(こにし)君。

 そして、マワシを締める時間が勿体ないからと、毎回フンドシ姿で土俵に上がる不動(ふどう)明夫(あきお)校長だった。


「うおおおおおおおお!!」

「ハハハ! 勢いが足りないなぁ、もっと腰を落として!!」

「ハハハ! 相変わらずタイヤの様に分厚い筋肉ですばい!!」

「鍛えているからね、さあ遠慮せず頭からきなさい!!」

「もちろんですばい!!」

「おお! 今のは良いぶちかましだ!!」

「ハハハハ!!!」

「ハハハハ!!!」


 土俵上の熱気は、暫く冷める事は無かった。





 運動部で使われるシャワー室で、その逞しい身体に付いた汗と砂を洗い流す、不動(ふどう)明夫(あきお)校長。

 火照った身体が清められたのを確認し、タオルで身体を拭きながら備え付けのベンチに腰掛け、一人物思いにふける。


「…どうも、少し疑われていますかね。

 心外ですねぇ、嘘は言っていないのですが…ええ、【転生者】は居ませんよ。

 アレ(・・)は【転生者】では有りませんからね、まあ詳しくは拙僧も分かりませんが」


 そうして思い出すのは、中学生ほどに幼く見える少女――星野(ほしの)芽々(めめ)

 何かに憑かれているらしい、そこまでは分かる。


「…人の魂であれば分かるのですが、あれは霊媒師辺りの専門でしょうね。

 まあ、折角見逃してあげたのですから、上手に引っ掻き回して…拙僧が()に近づく隙を、作ってくれると良いのですが」


 そうして、彼――俊樹(としき)の事を思い浮かべる不動(ふどう)

 その恍惚とした表情は、彼と付き合いのある人間でも見た事が無い顔だった。


「あんな訳のわからないモノや、上辺だけの紛い物(・・・)でしかない華凛(かりん)お嬢様とは違いますよね。

 彼の、本物の【転生】した魂の燃える色……あの、美しい色……」


 【転生者】という存在については、世間一般では知られていない。

 だが、不動(ふどう)の様なその道の人間で、ごく限られた者には認知されていた。

 それでも実物を視たのは初めてであり、不動(ふどう)の周りにも今まで実際に見た者は居なかった。

 それを、初めて目の当たりにした時以来、彼はすっかりその魂に魅入られていたのだった。


「普段から視れないのが残念でなりません…拙僧でも、何も準備無しでは視えませんからね……僕以上の術者は居ませんが、今更ながら修行不足を後悔してますよ、もっと高みを目指しておけばよかったと。

 ああ、出来ればずっと彼の魂を視ていたい…そして直にこの手で、僕自身の魂で触れてみたい……」


 気が付くと、収まっていた筈の熱が肉体の内側から溢れ出し、火照った身体から蒸気の様に汗が立ち上っていた。


「ああ、いけないいけない…又煩悩(・・)が溢れてしまった」


 湧き上がる熱と欲望を抑え込む為に、再びシャワールームに飛び込むと、その全身に冷水を浴びる不動(ふどう)

 冷えた水を浴びながらも、その熱は中々収まらない。


「全く、拙僧をこの様にしてしまうとは……いけないなぁ、俊樹(としき)君」


 身を沈めようと冷水を浴び続けるが、その口元のゆるみは一向に収まらない。

 歪めた口のまま、不動(ふどう)は降り注ぐ水粒の中で(つぶや)く。


「ああ、俊樹(としき)君…本当に本当に、キミという生徒は…いけない子だ……」

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