女子会議
「――1学年の時に、パソコンを使う授業があったの。
私、それまでタッチパネルしか操作した事無かったので、マウスの使い方も分からずに、ずっと指でモニターをタッチしててクラスの子に笑われたのね。
凄く恥ずかしかったのだけれど、悠一だけは少しも笑わずに、真面目にパソコンの操作方法を教えてくれて。
部活動で使ってるから分かるけど、最近は結構似たような勘違いする人多いから、気にする事じゃないよって。
何でもない様に振舞う彼の横顔が、周りの男子に比べてとても大人に見えたんです。
あ、でも好きなパソコンの話してる時は、子供みたいにはしゃいでる時もあったり。
そうやって気にしている内に、気が付いたら好きになってて」
「あーでもでもさ、好きになる時って結構そんな感じよねー」
「うんうん、男の子ってたまにカッコイイ、アヤもそれ、わかるー」
「うふふ、そうですわねー普段子供っぽいのに自分の得意な事になると急に頼もしくて男らしくなったり……じゃなくて、何故皆さん恋バナしてますのよ」
暫しの休憩後、女子だけで一度話し合うという事で風紀委員会室に戻った華凛だったが、そこには何故か美夜子も合わせた3人の女子が、悠一との馴れ初め的な話で盛り上がっていた。
「ん、美夜子ちゃんだけ、戻って来た」
「いや、それは見れば分かりますわよ」
「何度もごめんなさい、緋ノ宮さん。
色々考えたのだけど、私やっぱり諦められなくて。
でも、このままじゃどうしても…悠一と仲直り出来る自信が無いの」
「まあそう言う事情だからさ、放っておけないじゃない。ただ、あたしらも事情知らないと相談も出来ないし、色々話してもらってたのよね」
「はぁ、まあ事情は分かりましたわ。
それで、いらっしゃったのは…美夜子さんだけですの?」
「ああー、あの愛梨って子は来てないわね」
聞けば、悠一と美夜子は同じクラスだが、愛梨は元々違うクラスで余り面識も無いという。
居ないものは仕方が無い、と一先ずは美夜子に集中しようと、思考を切り替えた華凛。
「まあ、さきほどは橘さんと日下部さんのお二人が暴走して、詳しい事情も聴いてませんでしたわね。
そもそも、別れる原因は何だったんですの?」
ジト目で3年女子二人を睨みながら、美夜子に詳しい話を聞く華凛。
悠一が美夜子の束縛に耐え切れなくなって、という簡単な事情自体は聴いていたが、さらに詳しい内容を聞き出す事に。
すると、授業中意外はかなりの頻度でメッセージを送っていたらしかった。
特に、部活動や夜の就寝前などに立て続けに送られる事に、不満を漏らされていたらしい。
「流石にやり過ぎだと思いますわねぇ」
「うん、相手の生活習慣に、悪影響だすのは駄目」
「部活とかも、好きでやってたんでしょ? 男って自分の趣味とか生き甲斐みたいなの邪魔されると、嫌がるでしょ」
「趣味に、打ち込んでる彼を…好きになったのに、なんで邪魔をしちゃったの?」
「うう、そう言われると、私結構酷い事してたんですね」
お互いに初めて付き合う恋人同士、最初は浮かれていたから、悠一も多少のワガママにも文句も言わなかったのだろう。
だが、それに甘えた美夜子の要求は段々とエスカレートし、やがてすれ違いを大きくしていった。
あまり面と向かって文句を言えない、悠一の性格も災いしたのだろう。
「ある日突然、友達に戻ろうって言われて……」
「どちらにも問題がある感じですわね」
「でも、橘先輩と日下部先輩は、あんなに重くても拒絶されてませんよね。
私との違いは何なのか、それが知りたくて……」
なるほど、だから美夜子は再び【風紀委員会】を訪れたのかと納得した華凛。
だが、そもそも美夜子と絢歌達には明確な違いがある。
話を聞いていた絢歌が、ゆっくりと美夜子に向かい話しはじめた。
「アヤはね、トシくんが、本当に嫌がることは、しないよ?
メールは送るけど…SNSとか、トシ君嫌がるから」
「そう、なんですか…じゃあメールって、どうしてるんですか」
「そもそも、無駄な矢を射っても、中らない。
メールも同じ…アヤは質で、勝負してる。これ、さんぷる」
そう話すと、自らのスマートフォンから俊樹宛てに送ったと思われるメールフォルダを開く絢歌。
「一日2・3通しか送ってないんですね…って、どれも容量大きくないですか?」
「何ですのこれ、動画でも添付してますの……?」
「…アンタ、メールまで重いのね」
「その日の、べすとしょっと、毎回送ってる」
どうも、動画や写真を添付するなどして、毎回送信できる限界の容量で送っているらしい。勿論本文も凝った内容になっている。
『本当に重い女は、メールまで重い』。美夜子の常識に、新たな項目が追加されたのだった。
「トシ君、律儀だから…アヤが写真とか送ると、自分も送ってくれる。
自分の部屋の、写真とか。自撮りは、まだだけど…いつか…ふふふ……」
「アンタ、そこまで計算してるのね……」
「橘先輩、凄いです……」
キラキラした瞳で絢歌を見る美夜子。
重い先輩として尊敬の眼差しを送る、重い後輩の図だった。
そういう所は、見習って精進しないでほしいと思う華凛。
すぐ傍では、咲良が幾分悔しそうな表情を絢歌に向けていた。
「本当に好きなら、その人が好きな事、邪魔しちゃ駄目。
ワガママを言うのは、しょうがないけど、本気で嫌がる事も、駄目。
だからアヤ、トシ君には「好き」って気持ち…隠さない。
あの人は、恋するのも、されるのも恐がってる。
だったらせめて、真正面から。陰でコソコソしたら、余計恐がる」
前半は美夜子に向けた言葉だが、後半は咲良に向けた言葉だろう。
恋愛に対し、頑なに距離を置こうとする俊樹。忍ぶ恋と言えば聞こえはいいが、本人が既に気が付いている以上、その遠慮がちな態度は『俊樹が恋愛を嫌がるからそうしている』という、相手に罪悪感を与える様な行為でもある。
結果、より俊樹の【恋愛恐怖症】を拗れされるかもしれない、そう絢歌は考えていたのだった。
「そう…だからアンタは、あんなに怒ってたのね、橘絢歌」
「橘先輩、咲良先輩……」
卑怯だ、そう言っていた絢歌の言葉の意味が、痛いほど理解できた咲良。
事情を察した美夜子も、自分との境遇と重ね合わせ、色々と思う事があったのだろう。先程までの迷いは表情に出ていなかった。
「…ゴメン、アンタの言う通りだったわ」
「私も…色々勉強になりました。
お互い好きって言い合えるって…それだけで、恵まれてたんですね」
「愛っていうのは難しいものですわね。
押しが強すぎてもダメ、引きすぎてもダメ、ですものね」
華凛の言葉に頷く一同。
遠い眼をしながら、ため息を付く美夜子の口から、思わず愚痴が漏れる。
「自分が愛した分だけ、男の人も愛してくれたらいいのに……」
「無理、男の子の愛と…女の子の愛は、違うもの」
「まあ、それでも好きになっちゃうから、仕方ないけどね……」
「難儀ですわねぇ……」
少し暗くなった雰囲気を変えようと、人数分のほうじ茶を淹れる華凛。
お茶が行き渡ったのを確認すると、椅子に座り湯呑を手に取る。
女子高生4人分のお茶をすする音が、しばしの間響き渡る室内。
「しかし、美夜子さんはこれから、どうやって悠一さんとヨリを戻しますの?」
「そうね…とりあえず、電話して謝ってみようかと思ってるわ」
「ん、こっちから謝るのは、お勧めしない」
「そうよね、悠一とかいう男も悪いと思うし。
やり直すにしてもさ、あんまり甘い顔すると、また後々こういう事になるわよ?」
いくらヨリを戻したいとはいえ、こちらから下手に出ると、又同じような事が起こるかも知れない。
女子達の話は、次第に『いかに主導権を握るか』にシフトしていた。
「――そうね、やはり悠一から先に謝らせないと」
「うんうん、こっちから電話するのはいいけど、向こうから先に謝らせなきゃ」
「大丈夫、あの感じなら…多分まだ悠一君、未練が有る」
「あとは、美夜子さんの話術次第ですわよ」
「分かったわ、私頑張るわよ」
男を尻に敷く為の作戦会議は終わり、最後に礼を言うと【風紀委員会】を後にした美夜子。
これから自宅に帰り、悠一に連絡する事になっているのだが、丁度家に着いた所で彼女は、俊樹達に説得された悠一からの電話を受けることになる。
「終わりましたわね」
「うん、あとは…こっちの問題だけ」
「分かってるわよ」
そう言うと、絢歌の方へ向き直る咲良。
二人の間には、昇降口で言い争った時の、ドロドロとした険悪な雰囲気は無い。
かわりに、仕合前の武闘家の様な張り詰めた空気が漂っていた。
「でも、後悔するわよ…あたしをやる気にさせたこと」
「目の前で腐って居られるよりいい」
「言うじゃない、もう取り消せないわよ」
「それに、どうせアヤが勝つ」
「面白い冗談ね、あたしが俊樹の恋人になっても、友達でいていいわよ」
「さらちゃんも、結婚式には呼んであげる」
「うふふふ……」
「くすくす……」
こうして俊樹のあずかり知らない所で、二人の女子の戦いが始まるのだった。
◇
咲良も下校し、【風紀委員会】の室内には華凛と絢歌だけが残り、片づけと簡単な清掃を行っていた。
「…でも、本当に橘さんは、何故日下部さんを焚きつける様な事をなさったのです?」
絢歌の言い分はわかる、だがそれでもライバルが少ない方が良い筈だと思っていた華凛は、掃除する手を止めずに疑問を投げかけた。
「…アヤ達やさらちゃんには、時間が無い。
正直、アヤ一人でトシ君の、閉じこもった殻をやぶるの、残りの在学期間だと、きびしい、そう思ってた。
でも、さらちゃんも居れば…ギリギリ、卒業までに、なんとか出来るかも、しれない。
それに、確かにあの子は…手ごわいけど、それでもアヤが勝つ」
「苦肉の策、という訳ですわね…まあ、それで俊樹さまの態度が軟化するなら、私も協力しますが、今日の様な騒ぎは勘弁してくださいまし」
「それは、ごめんなさい。
でも、アヤ…一番わからないのは、かりんちゃん、アナタ。
最初、かりんちゃんが…一番の強敵になると思ってた。
でも、貴女のトシ君への感情は、恋とは何か違う。
なんていうか、過保護。かりんちゃん…あなたは、何を想ってるの?」
「それは……俊樹さまは面白い人ですから、かまって差し上げてるだけですわ。
私の場合はそんな、ただの気まぐれですわよ……」
やや苦しい言い訳で逃げる華凛。
絢歌の疑惑の目は晴れないが、その場ではそれ以上追及する材料もない。
掃除も終え、うやむやのまま【風紀委員会】を後にする華凛を、見送るしかなかった。
◇
一仕事終えた華凛は、今日も屋上で物思いにふけっていた。
「…まあ、咲良さんが前向きになってくれたのは、結果的には良かったのかもしれませんわね」
校庭では、何時ものように部活動に励む生徒達の姿が見える。
そろそろ暗くなりはじめる時間だろう、彼ら全員が下校するまで付き合うつもりでもない、自分も帰宅しようかと考えはじめた時だった。
「やはり、こちらに居ましたか」
「あら、ごきげんよう校長先生」
いつもの作務衣に坊主頭の、不動校長だった。
「来ると言いながら来ないので、心配して探していたのですよ」
「ああ、ごめんなさいね、色々とありましたの」
一連の騒動のために、校長室に窺う約束をすっかり忘れていた華凛。
折角だからと、ここで用件を済ませてしまおうと話を始める。
「それで、結局あれから”転生者”は見つかってませんのね?」
「…あまり、大っぴらに話すべき内容ではないと思いますが?」
「屋上なら誰にも聞かれませんわよ」
「そこのカラスが見ていますが?」
「冗談はやめてくださいまし」
冗談めかした不動の言葉に、やや苛立つ華凛。
その様子に苦笑いを浮かべながら、彼は話を進める。
「それなりに準備が必要ですから、未だに全生徒確認した訳ではありませんがね。
確認した転生者は”高橋俊樹”君、ただ一人ですよ」
その言葉を聞くと、軽く肩を落としため息を付く華凛。
「しかし、こういっては何ですが本当に居るのですかね」
「あの女…母さんが俊樹さまと付き合い始めたのが、高校生の時ですの。
だから、やり直したいと考えているヤツの事、絶対に同じ時期に学校に入学している筈ですわ」
「来年入学してくる、という可能性は?」
「…無くは無いですが、あの女が1年もの時間を無駄にするとは考えにくいですわね。
その間、他の女に言い寄られる危険もありますし」
「そこまでおっしゃるのでしたら、僕ももう少し頑張ってみますよ。
当面は、1年生を中心に”視れば”いいですね?」
「お願いしますわ」
そう言うと、肩に流れる黒髪を靡かせながら、屋上出入口に向かう華凛。
彼女に続き校内に入り、屋上の扉を閉める不動。
その眼に、一瞬だが羽を休めるカラスの姿が見えた。
◇
同時刻、校庭の片隅には、一人の少女の姿があった。
双眼鏡を片手に、空いた手でノートにメモを殴り書く彼女。
ここ暫く華凛を観察していた彼女は、一人になりたい時や考え事をする時、屋上に行くクセを知り、機会をうかがっていた。
屋上なら確かに声は聞こえない、だが緋ノ宮華凛は、もっと彼女――星野芽々を警戒すべきだったのだろう。
そうすれば、俊樹達と絢歌が始めて会ったあの時、彼女がショッピングモールで見せた特技を思い出していた筈だ。
”――星野さん、聞こえますの?”
”――読唇術的なアレです、モグモグ…ごっくん”
”――メメは無駄な技能覚えるのは得意だかんなー”
細かいニュアンスなどは見ただけではわからない、だからこうやってノートなどにメモをとり、後から文字を繋げて意味を推測する。
「――て・ん・せ・い・しゃ」
唇を読むことに集中している彼女には、まだ意味が頭に入っていない。
もう少し時間が遅ければ、暗くなり視界も確保出来なかっただろう。
「――か・あ・さ・ん・が」
彼女がその意味を理解するまで、もう間もなく。