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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【清崚高校 俊樹入学編】
41/68

そして現在

 場面は再び現在、【風紀委員会】の会議室に戻る。

 俊樹(としき)華凛(かりん)たちが交代で話し終えると、固唾を飲んで聞いていた日野(ひの)翔太(しょうた)達は、誰からともなく拍手を送っていた。

 発表を終えると拍手したくなるのは、この国の風習なのだろうか。


俊樹(としき)さん……想像してたよりも凄い内容でしたよ」

「あと、所々酷い内容だったよね、まりちー」

俊樹(としき)さんなんだから、当たり前じゃない、ゆっちー」


 酷い内容というのは、最初の俊樹(としき)の”勘違い”の事を指しているのだろう。


「そういえば、お話していて気が付いたのですけれど、入学早々食中毒で倒れた生徒と言うのは……」

「あ、ハイ俺です。父の貰って来た牡蠣にあたって……」

「アタシ、あの時に初めて翔太(しょうた)と会ったのよね……」



 ◇



 入学直後、日野(ひの)翔太(しょうた)は原因不明の激しい腹痛に襲われていた。


「……っていうかコレ絶対昨日父さんの貰って来た牡蠣の所為だ…由香(ゆか)も登校してないし、巻き込んでごめん由香(ゆか)……」


 朝方、少し調子が悪い気はしていたのだが、入学式翌日という事もあり、少し無理をしてでも登校しようとしたのがいけなかった。

 男子トイレに向かう為に強烈な吐き気をこらえながら、壁を支えにおぼつかない足取りで歩く翔太(しょうた)


 やがて何とかトイレが見えてくると、焦りから少し足を早める。

 だが、朦朧としたまま足を早めた翔太(しょうた)は、彼から見て男子トイレの手前の女子トイレ入り口から出てくる、一人の女子の存在に気が付かなかった。


 女子トイレ入り口を通り過ぎる所まで来ても、そこに壁があるように手を付きながら歩こうとする。

 当然壁はないので、普通であればその寄りかかった姿勢のまま倒れてしまう所だったが、運悪く出てきた女子の丁度胸の辺りを壁と思い、手を付いてしまった。


「―――っ!!!」

「……ん、ここの壁動くな…しかも少しあったかい……」


 丁度女子トイレから出てきた、壁こと朝日(あさひ)麻莉奈(まりな)は、羞恥のあまり顔を真っ赤にしてわなわなと震えだす。

 そして、彼女を建造物扱いしたイケメンを睨み、怒りのまま彼のみぞおちに向けて鋭く右手を突きだした。


「ダレが壁よ!! このヘンタイ!!!」

「ぐぅ!! ぷっ、オロロロロロロロ」

「キャー!! アタシの制服にゲロがー!!!」

「オロロロロロロロ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ロロロロロロロロ――」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ――」


 その後駆け付けた生活委員会の女子達は後始末を嫌がり、全く役に立たなかったのだが、人の良さそうな用務員のお爺さんが来て色々と片づけてくれたのだった。


 そして、もはや吐しゃ物まみれになった麻莉奈(まりな)は、感染に関しては諦めた様子で日野(ひの)翔太(しょうた)を介抱し、翌日当然の様に翔太(しょうた)と同じ症状で学校を休んだのだった。



 ◇



「最悪の出会いですねー、何故それで付き合う流れになったんでしょうね」


 男と女と言うのは、何が切欠で結ばれるかわからない、という事なのだろう。


「ショウとゆっちーとおすそ分け貰ったあたし、3人とも1週間学校を休んで寝込んだのよね」

「お前達、やけに何も知らないと思ったら…そういう理由だったのだな」

「当時はニュースでも取り上げられて大騒ぎだったみたいですけど、家族も含めて俺たちそれどころじゃなかったので」


 そのお陰で翔太(しょうた)ら三人は巻き込まれずに済んだのだから、タイミングが良かったと言うべきか。

 ラッキースケベの頻度と言い、翔太(しょうた)は運が良いのかもしれない……?


「あの、所でさっきから……(たちばな)先輩がコワいんですが」

「あ、ああ。う、うむ…いや、まあ……」


 俊樹(としき)が、『そこに触るな』と言わんばかりに翔太(しょうた)を睨む。

 既に話の途中から様子はおかしかったのだが、絢歌(あやか)の表情はすっかり抜け落ちて、マネキンの様に微動だにしていない。

 据わった眼のままで、一言も発していなかった彼女が、その重い口をゆっくりと開く。


「…アヤ、トシ君を手に入れるには、まずかりんちゃんを何とかすれば、と思ってた。

 でも、違った…日下部(くさかべ)咲良(さら)…最大の敵……ソコに居たのね」


 一体、どこに居たと言うのだろうか。

 あまりの冷え切った声色に、室内の温度が数度下がった様な錯覚を覚える俊樹(としき)


 逃げる様に逸らしていた視線を、恐る恐る絢歌(あやか)の方に向けようとして……何時の間にか彼女が俊樹(としき)の背後にいた。

 助けを求める様に周囲に視線を向けるが、皆一斉に顔を背けて、俊樹(としき)と目を合わせない。


「トシ君、みせて」

「な、な、なにを……」

「タンブラー、日下部(くさかべ)さんに貰った、確認したいの」

「わ、わかった」


 言いながらも最速でバッグからタンブラーを取り出す俊樹(としき)

 キラキラしていて人前で使うのは少し気が引けるのだが、使い勝手は良いので人目にあまりつかない様に、学校でも使用していた。


「……やっぱり、無作為な英文字に、紛れて…ココに、英語で、『I LOVE YOU』って、書いてあ…る……!?」

「隠しメッセージですか、やりますねーくさかべさんも……ってどうしたんですか?」

絢歌(あやか)さん、固まってますけど何かありましたの?」


 目を見開いて、わなわなと震え出した絢歌(あやか)

 何かとんでもない物を見つけた様だが、さっきの隠し告白より酷い物なのは確かだと思い、俊樹(としき)は戦々恐々とした。


「こ、れ……このキスマーク、本物」

「な、何だ…と……?」

「え、マジですか、あの人そこまでやりますか? うははははは!」

「ちょ、ちょっと見せてくださいまし!!」


 絢歌(あやか)からタンブラーを取り上げ観察する華凛(かりん)

 よく見れば、目立つラメやらCOOLなーシールに紛れているため、キスマークが違和感なく配置されている。

 透明な防水シールが貼られ巧妙に偽装されているが、言われて見れば確かに本物だと分かった。

 誰のキスマークなのかは、言うまでもないだろう。


「うん、アヤちょっと日下部(くさかべ)さんの所行ってくる」

「あ、アヤさんまってくれ! 翔太(しょうた)アヤさんを止めろ!」

「え? 俺ですか!? たたた(たちばな)先輩落ち着いて!!」

「ムリよ翔太(しょうた)! ああなったら女は止められないの!!」

「まりちー! 自分の経験談語ってる場合じゃないよ!!」

絢歌(あやか)さん落ち着いてくださいまし! ヤケになってはダメですわよ!!」

「大丈夫アヤはへいじょうしんちょっと”おはなし”するだけ」

「あははは!! おもしろ!!」

「笑いごとじゃねぇぞメメ!」


 結局この日、日下部(くさかべ)咲良(さら)は既に下校していたために、それ以上の騒ぎにならずに済んだのだった。



 ◇



 薄暗い部屋で黙々と机に向かう、作務衣姿の男性。

 綺麗に剃られた頭を掻きながら、明らかに今日中には終わらない量の書類を黙々と処理しているのはこの学校の校長、不動(ふどう)明夫(あきお)だった。

 元々は一般的な校長室だったが、今はこの僧侶の手で色々と手が加えられた結果、仏像や掛け軸が配置されて、さながらお寺の様になっている。

 そのツッコミ所満載の校長室のドアがノックされ、どうぞと入室を促せば入って来たのは黒髪の令嬢、緋ノ宮(ひのみや)華凛(かりん)である。


「ごきげんよう、お仕事は慣れまして?」

「ハハハ、貴女のお陰で外部対応に事務処理、おまけに授業まで受け持ちさせてもらってますからね。

 無理矢理にでも慣れないとやっていけませんよ」

「それは(わたくし)も、心苦しいと思っておりますのよ?」

「そう思うのでしたら、今からでも最初の予定通り”用務員”にしてくれれば良いのではありませんか?」


 書類から手を離すと、少し休憩とばかりに肩を鳴らしながら、軽い非難の目を華凛(かりん)に向ける明夫(あきお)

 その視線を意に介さない様子の華凛(かりん)は、柔らかな物腰のまま室内のソファに腰を掛ける。


「そうしたいのは山々ですけど、既に用務員の枠は埋まってますの……ねえ、佐助(さすけ)


 言いながら部屋の片隅に目を向ける華凛(かりん)

 そこには何時の間にか長靴に作業服を着た、人の良さそうな笑顔の老人が居た。

 執事服姿の時とは明らかに人相が違うが、彼は間違いなく緋ノ宮(ひのみや)家の使用人”菱方(ひしかた)佐助(さすけ)”であった。


「左様でございます、それとも不動(ふどう)様は、この老いぼれの仕事を奪うおつもりですか?」

「これはこれは……何時から其処にいらっしゃったのですか?」

「いえいえ、ほんの10分ほど前でございますよ」


 いくら不動(ふどう)が作業に没頭していたとはいえ、ドアを開ける気配もなく室内に侵入されていた事は驚きなのだが、その割には彼の反応は薄い。

 もっとも、菱方(ひしかた)という一族がどういった者たちかを知る者であれば、別に驚くべき事でも無かった。


「流石は古くから緋ノ宮(ひのみや)家に仕えると言われている、隠密【菱方(ひしかた)衆】の現当主ですね」

「今は古武術を多少使えるだけの、ただの使用人でございますよ」


 そして、何時の間にか執事服に着替えていた佐助(さすけ)

 当然の様に紅茶淹れ始める姿を見て、流石に不動(ふどう)の背にも寒気が走る。


「これはやはり、諦めて校長を続けるしか無い様ですね」

「ふふ、佐助(さすけ)は本当に良く働いてくれますから。

 特に入学から警察を踏み込ませるまでの1週間は、大変でしたでしょう?」

「お嬢様が突然”計画を早める”と仰りましたからな。

 老骨には少々こたえましたぞ」


 菱方(ひしかた)佐助(さすけ)は、華凛(かりん)達が入学する半年前から、この学校に潜入していた。

 そして、華凛(かりん)俊樹(としき)達が入学してからは、陰ながら見守りさり気なく手助けしていたのだ。


 彼らが入学する前から、宮内(みやうち)涼子(りょうこ)を監視し。


 予備の机を探す俊樹(としき)に、机を用意してやり。


 俊樹(としき)咲良(さら)に廊下で絡まれれば、その事を華凛(かりん)に教えた。


 そして校内で食中毒で倒れた日野(ひの)翔太(しょうた)の件を、これ幸いと利用して生活委員の面々を追い詰めたのも佐助(さすけ)であった。


「しかし菱方(ひしかた)さん、食中毒に見せかけて”毒”を盛るとは、些か過激ではないですか?」

「あれは毒ではありませんぞ、少々お通じを良くして体内を綺麗にしてくれる”漢方”でございます。

 まあ、お酒などと一緒に服用すると効果が数倍になるという”副作用”はございますが。

 ですから、若者たちが法律を守らず飲酒して”副作用”が出たとして、自業自得でございましょう」

「ですわね、その後搬送された病院がたまたま緋ノ宮(ひのみや)の系列でしたが。

 その病院で一週間安静にするように言われたのも、万が一を考えれば当然の診断ですわよ。

 お陰で(わたくし)達は誰にも邪魔されずに動く事ができましたが、それも偶然」


 日野(ひの)翔太(しょうた)の食中毒の件や、生活委員女子とボクシング部の集まったタイミングは偶然だったが、それを利用して彼らを追い詰めたのは佐助(さすけ)の機転であった。


「日頃の行いが良いので、運が良かったのですな。

 一人一人潰すのは手間がかかると悩んでいた所でございました」

「本当にそうね、お陰で計画も1ヶ月以上早めることが出来ましたわ」

「そのせいで僕は、1ヶ月も早く呼ばれたのですがね」


 苦笑いをする不動(ふどう)に、愛想笑いで答える華凛(かりん)

 暫し間を置き、本題に入るとばかりに真剣な表情になる彼女。


「…それで、(たちばな)絢歌(あやか)はどうでしたの?」

「その事でしたら、僕が【風紀委員会】入りを認めたのですから、お分かりになるでしょう?

 呼ぼうと思っていた所に、突然校長室を訪ねて来たと思えば、他を全部抜かして【風紀委員会】に入りたいと校長(トップ)を訪ねて来るとは、彼女も意外に思い切りのいい性格ですね」

「…あの行動力は(わたくし)も予想外でしたが。

 それよりも、一応きちんと不動(ふどう)様の口から、結果を聞いておきたいのですわ」


 華凛(かりん)の言葉に、大きく深呼吸をするように溜息を吐く不動(ふどう)

 もったいぶった感じなのは、この学校に来てから今までこき使われた、ちょっとした意趣返しを兼ねていた。


「ええ、問題有りませんでした。

 彼女の魂は輪廻を経て”転生”した物ではありませんでしたよ」

「そう……彼女も”転生者”では無かったのですね」

「【武法僧】の最高位である【不動】が言うのですから、間違いないのでしょうな」

「僕の様な愚僧を、そのように持ち上げられても…いや、今は”教師”でしたね」

「本当に、貴方が教員免許をお持ちで助かりましたわよ」


 言いながら、佐助(さすけ)の淹れた紅茶に手を伸ばす華凛(かりん)

 釣られる様に不動(ふどう)もティーカップを手に取ると、香りと堪能した後、口に含んで一息付く。


「しかしまあ、”未成年に淫行して失墜した前校長の信頼を補う為”に、”徳の高い僧侶を校長に据えた”、という言い訳を聞いた時は、流石に笑いましたよ」

「あら、いいアイデアでしょう?

 お陰で貴方のような不審者が校内に居ても、怪しまれませんし」

「ハハハ、否定できませんね。

 僕からみれば貴女ほど、校内で目立つ存在は居ないと思うのですがね。

 まあ、我々が目立てば”彼”の異常性も目立たなくなる、という思惑もあるのでしょうか」

「それは否定しませんわ」

「その前に、お嬢様に”目立たない様に”と言うのは無理ですからな」


 佐助(さすけ)の言葉に、それもそうだと二人の笑い声が聞こえる。


「しかし、本当にこの学校に居るのでしょうか」

「必ず居るはずですわ、”転生者”が。

 その為にわざわざ貴方を、この学校に引き入れたのですから。

 今度は油断して…失敗したりしない」


 しっかりとした口調で語る彼女の髪が、濡れ羽色の艶を放ちながら揺れていた。



 ◇



 【放送室】の一角、古びた機材や用途の分からない小道具などが乱雑に置かれた場所で、型落ちの古びたパソコンに向かう少女の姿があった。


 繋いだヘッドフォンを耳から外すと、大きなため息をつきながら、前髪を纏めた3つのヘアピンを手癖でなぞる。

 放送委員長の星野(ほしの)芽々(めめ)だった。


「うーん、やっぱりボクの『ぱーふぇくと校内盗聴システム』が上手く機能してないですねー」


 彼女しか起動できない、表向き型落ちのPCにしか見えないパソコンの電源を落とすと、手元に置いたコーヒーに手を伸ばす。


「特に”校長室”はもう全ッ然ダメですね、一番アヤシイのがあそこなんですけど」


 多めの砂糖を入れた甘口コーヒーを飲み干す。

 暫く唸りながら、オフィスチェアをぐるぐる回転させていた芽々(めめ)だが、やがて飽きたのかその反動のままイスから飛び降りる。


「ああーやっぱ情報が足りませんね。

 本当に何が目的なんですかねー。

 うーん、取り敢えず考えるのは止めて、情報を集めながら様子見するしか無いですね」


 棚から取り出したインスタントコーヒーと多めの砂糖を、再びマグカップに入れる。

 ポットからお湯を入れると雑にかき混ぜて口に運んだ。

 そのコーヒーの香りと多めの糖分が、苛立った彼女を落ち着かせていた。

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