帰宅する俊樹
◇本日 2話投稿します◇
※こちらは2話目です
校内は、混乱を極めていた。
「なんでなのよ……!? 愛してるって言ってたじゃない!!」
「い、いや違うんだ! ちょっとした気の迷いっていうか……!!」
「あぁぁぁぁぁぁ!!! この浮気オトコめぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「おいみんなおちつけ!!!」
「殺してやる!! そしてアタシも死んでやる!!!」
「暴れちゃダメよ! 警察も居るのよ!! みんな押さえて!!」
「お前だって浮気してただろう!!!」
「あ、アレは浮気じゃないし!! ちょっと出席ヤバかったからしょうがないじゃん!!」
「そんな事いって! 本当はアナタも先生と浮気してたんでしょ!!」
「お、俺はやってねぇっつてんだろ!!!」
「おい! 生活委員は!? 生徒会は何やってんだよ!!」
教師の内、3分の1が警察に任意同行した上に、その一部教師陣が行っていた悪行が芽々の校内放送で白日の下に晒された。
その為この場を纏めるには、残りの教師だけでは足りない上に、疑心暗鬼の生徒達は残った教師達も信頼せず、耳を貸さない。
生徒たちの暴走を止める者が居なかったのだ。
警察は、教師達の不正や淫行の証拠集めの為の人員しか想定しておらず、精々生徒達が職員室になだれ込もうとするのを止める事しか出来ない。
そして、宮内涼子と関係を持ってしまった男子は勿論の事、それ以外の男子も恋人から疑いの目で見られる事になる。
なにせ、やった証拠は分かり易いが、やってない証拠を出せと言われれば難しい。
そんな周りの空気に流された、被害とは無関係な生徒達まで、皆ここぞとばかりに普段の不満を恋人に爆発させる。
結局騒ぎが収まるまで半日掛かり、この日を境に【清崚高等学校】のカップル数は、ほぼ壊滅と言っていい状況まで落ち込んだのだった。
◇
場所は変わり、雄大を除く俊樹達5人は現在【放送室】の休憩所に避難していた。
あの後、観念した涼子や校長たち教師陣は、大人しく警察の任意同行に従った。
雄大は、過去に涼子から命令されて行った傷害事件、その事情聴取の為に、警察に向かったのだった。
「……まさか、ここまでの騒ぎになるとはな」
「少し、甘く見てましたわね」
警察への根回しは、既に昨日の内に済んでいた。
教師達の”被害”に遭った女子生徒達の証言に加え、SNSやメールのやりとりも提出済みだ。
だが、警察や関係各所への根回しばかりに意識を向けたため、生徒達の反応まで予測できなかったのだった。
それも、僅かな時間しかなかった事を考えれば、当然の事ではあった。
「まあ、これで宮内達の逮捕は確実ですわね、成績の改ざんも、もう既に証拠が出てきた様ですわよ」
そして、数人の女子は驚くことに、彼氏のスマートフォンからデータを抜き取り、宮内との逢瀬の証拠まで持って来たと言う。
その時の彼女たちの様子は、鬼気迫るものがあったらしい。
盗んだデータなので、証拠として使えるかは疑問だったが、校内放送に信ぴょう性を持たせる役には立ってくれた、と芽々は言っていた。
校内放送を見ていない俊樹には、それが何のデータだったのかは分からないのだが、恐いので敢えて聞かない様にしていた。
「ああ、男子生徒がこっそり撮影した、宮内の盛ってる写真ですよ。
見ますか?」
「やめろ、そんなものを私に見せるな」
「いやーさすがに冗談ですよ」
誰が好きこのんで、アラサー女子のお盛んな写真など見なければいけないのか。
冗談でも勘弁して欲しい、と思う俊樹だった。
念のため芽々に、その様なデータは全て消すよう厳命する。
「宮内は、あれで男子にはかなり人気有ったハズなんですけどね」
「俊樹はさ、大丈夫なの? ちょっと枯れ過ぎてない?」
「これでは、この先が不安ですわねぇ……」
口々に好き勝手言う女子達。
もっとも、思春期男子らしい反応をしても、どうせ彼女達は好き勝手言うのだから、などと考える俊樹。
いつもならば、このまま放って置くのだが、流石に今日はそんな訳にもいかない。
「とにかく、話を進めるぞ……。
明日から最低1週間は、マスコミ対策も兼ねて学校を休学にして、その間に補充の教師を手配する訳だな」
「そうですわね、その間に緋ノ宮家で手を回して…といっても既に動いてますけど、学校を完全に傘下にしますわよ」
自信たっぷりな華凛の様子。
時間的に、本当に出来るのか心配であった一同だが、ここまで来ればもう全て任せるしかない。
「署名の件ですが、2年はもう7割位は集まりましたよ」
「1年生は今日から集め始めてますけど、今のところ皆さん協力的ですから、すぐ集まると思いますわ」
「3年はやっと半分ね、大分混乱してるから……」
バツが悪そうに目を伏せる咲良。
だが、それも無理もない事だった。
宮内涼子の影響が一番大きかったのも、現3年生だったのだから。
そして、それに関係する懸念はまだある。
「それで……宮内や教師達の被害に遭った生徒達のケアは、どうなるのだ?」
「予定通りですわ、あくまで被害者として扱い、希望者は転入学させる準備も進めてますので。
ただ、余りに悪質な生徒に関しては…正直フォロー出来かねますわね。
例えば、生活委員の面々がそうですわ。
宮内の指示もありますが、彼女たちは日下部さんを持ち上げながら目立つ仕事は任せて、自分達は証拠を残さない様に動いてましたもの。
影では、かなり悪質なイジメを行った事も有る様ですわよ……ご存知無かったでしょう?」
言いながら、咲良を見る華凛。
今までの話から、ある程度は察していた咲良だったが、改めて聞かされるとショックが大きいのだろう。
下唇を噛みながら堪えているが、その肩は小刻みに震えていた。
「援助交際も、教師以外にも金銭を要求して、積極的に行っていた様ですわよ。
ついでに、ガラの悪い連中と盛り場で飲酒や喫煙も。正直救う手立ては無いですわ。
彼女達は、大人しく退学なさるしかございませんわね」
仕方が無いか、そう思いつつ溜息を付く俊樹。
「流石にそれでは無理だろうな……その他の一般生徒は、出来る限り助けてやってくれないか。
確かに間違えたのは生徒達自身だが、一度の間違いで人生を棒に振らせるのは忍びない。
やり直すチャンスくらいは、与えてやりたいと思っている」
「そうですわね、一番悪いのは宮内達ですもの。
出来る限り、転入学出来る様取り計らいますわ。
……もちろん、咲良さんも含めて」
華凛の言葉を聞き、一同は咲良を見る。
一瞬目を見開いた彼女は、その華凛の提案を肯定するでもなく、言葉を詰まらせて黙っていた。
確かに、咲良もイジメや嫌がらせに関与した事はあるが、基本的には涼子の指示通りにしか動いたことはない。
それも、目立ちはするが基本的には後から取り返しの利く形でだ。
そうやって咲良を動かし目立たせた後に、他の生活委員が悪質かつ訴えるのが困難な形のイジメを仕掛けていたらしいと、雄大が言っていた。
それでも、彼女がやった事実は消えないのだ。
「日下部さん、貴女がどういった理由で学校に残りたいのか…私も察する所はありますわ。
けど、貴女がこのまま学校に残れば、針の山を登る様な生活を送る羽目になりますわよ?」
半ば涼子にマインドコントロールされていたも同然の彼女。
雄大の話によれば、繋がりのある他校の素行が悪い生徒に協力させ、咲良をストーキングさせた上で涼子が相談にのり、雄大が協力して相手に話を付けて諦めさせた、というシナリオでマッチポンプを行ったらしい。
その洗脳状態から解放された咲良は、昨日主だった女子達に謝罪を行っている。
どの程度わだかまりが残っているかは分からないが、その時俊樹と、そして雄大が自ら進んで付き添い、自分が咲良を騙したせいだと謝ったお陰で、表立ってわだかまりを残した者は居ない筈だった。
だが、人間の心と言うのは割り切れる物ではない。
今まで対立していた生徒達が、今後咲良に対してどう行動するかは、分からないのだ。
「悪い事は言いませんわ、私が手を貸せる内に…ご決断なさったほうが宜しいですわよ」
「あ、あたしは……」
ちらりと俊樹の方を窺う咲良。
華凛の言葉に、咲良は答えを出す事が出来ない。
その時、放送室に華凛の持つ携帯電話の着信音が響く。
「そう、分かったわ……。
そろそろ、抑えていたマスコミが動きだしますわ、今日の所は囲まれる前に帰宅しませんと。
昨日までの疲れもありますから、皆さんしっかり休んでくださいまし。
進展があれば、こちらから連絡して迎えをだしますから、それまでは外出は控える様にして下さいませ」
◇
結局、色々と問題を残したまま、あの場は解散した俊樹たち。
緋ノ宮家の車で、引っ越したばかりのアパートまで送ってもらった俊樹は、先延ばしになっていた宅配便の受け取りや、夕食の買い出しの為に、私服に着替えてから出かけた。
俊樹自信は別に学生服のままでも気にしないのだが、制服姿ではマスコミに目を付けられるかもしれないと思ったのだ。
学校にはバスで通う為、まだ自転車を用意していなかった俊樹。
近隣の地理にも疎く、馴れないバスを乗り継いだ為に少し時間を掛けながら、宅配物の受け取りや買い物を済ませると、帰りのバスに乗る頃にはすっかり薄暗くなってしまっていた。
バスに揺られながら、手持ち無沙汰だった俊樹は行儀が悪いかと思いながらも、実家から送られた手荷物程度の大きさだった宅配物を開封してみる。
「……ああ、花が送って来たのか」
荷物を送ったと電話してきたのは祖父だった為、てっきり祖父が送り主だと思って居たが、どうやらそれが田舎に残してきた妹が差出人だと分かると、目元を緩ませる俊樹。
何が入っているのかと思えば、中には映画か何かのディスクが入っている。
少し変わった性格の妹が、暇を持て余さないようにという気遣いで送ってきたのだろうが、俊樹の住んでいた田舎とは違い、この辺りにはレンタル出来る店も多いので困らないのだがな、と苦笑する。
それでも、今日までの一連の事件ですっかり疲れ切っていた俊樹には、不器用で可愛い家族の気遣いが有り難く、心癒された。
夏休みには遊びに来たいと言っていたので、それまでに寝具の都合を付けなければ、と思う俊樹だった。
バスが目的の停留所に停まる。
途中のコンビニのゴミ箱に、映像ディスクの梱包材だけ捨てて、中身を買い物袋に入れると、街灯の明かりもまばらな住宅街に向けて歩き出す俊樹。
新築だが手ごろな値段のアパートは、まだ入居者がまばらだったことも、俊樹にとっては不幸だったのだろう。
あるいは『外出は控える様に』という華凛の言葉を、もっと重く受け止めておくべきだったのかもしれない。
薄暗い玄関、ポケットから鍵を取り出すと、手探りで鍵穴に差し込む。
ワンルームの室内は、当然電気など付けていないので暗い。
ようやく慣れ始めたばかりの間取りで、暗闇の中スイッチを探す事に、俊樹は集中していた。
その為、出かけるときは開けていたカーテンが閉まっていることも。
後ろ手に入り口のドアを閉め、ノブの鍵を掛けた後に感じた、外からの風の流れにも。
ベランダ側のサッシのガラスが飛び散り、僅かにきらめいていた事にも、気が付かなかった。
せめて灯りを付ける前に違和感を持っていれば、逃げ出せたかもしれない。
だが、そんな事を知らない俊樹は、慣れない手つきで灯りのスイッチを探し当てると、パチリと音を立ててスイッチを入れた。
「……あら」
聞き覚えのある声と、部屋の中央にいる人影。
「随分遅かったわね?」
普段アップに纏められていた髪は、髪留めが外れ背中に流れ、素肌に張り付いている。
「駄目よ? 学生なんだから早く帰って来ないと」
床には脱ぎ散らかされた白いブラウスに、ストッキングとフレアスカートが。
「ああ、これね。ちょっと此処まで走って来て……暑いし汗でベタベタしてたから、脱がせてもらったわよ。
それに着たままだと、これから”汚れてしまう”予定だから、気にしなくて良いのよ?」
身に着けているのは、誘うような色気のある、黒いランジェリーのみ。
柔らかな肌と男受けするプロポーションを晒したままの彼女の右手には、俊樹が台所に置いておいた筈の”包丁”が握られている。
「少し、包丁借りるわね。
包丁握るのも久し振りね……一応さっき練習したけど、先生上手く出来るかしら……?」
目の前には、ズタズタに引き裂かれた俊樹の制服が、勉強用に購入したデスクチェアの背もたれに掛けられている。
「ほら、先生もう授業を始めるわよ……自分の席に座りなさい。
それじゃあ、これから”高橋君”を材料に……"調理実習"の授業を始めます」
宮内涼子が、そこには居た。