呆気ない幕切れ
◇本日 2話投稿します◇
※こちらは1話目です
俊樹の案を聞いた一同は、それを元に計画を練り、休み明けの登校日までに準備を進めることになった。
「自業自得でございますけど、果たして何組のカップルが駄目になりますかしら」
華凛の言葉に、俊樹を非難する色は無い。
むしろ、宮内の誘惑に負け、馬鹿な事をした生徒へ突き放すような態度だった。
それでも、俊樹は考えずにはいられない。
「……本当に、これが正しい選択だと思うか?」
「私たちが間違っている訳ではありませんわ。
間違えたのは、彼ら自身の責任ですもの」
俊樹の切実な問いに、きっぱりと答える華凛。
「いずれ誰かが正さないといけませんし、それが偶然私達になっただけですわよ。
でなければ、被害は広がるばかりですもの」
「無理矢理でも、はやく止めた方が良いでしょうね」
「宮内をほっとけば、次狙われんのは一学年の番だぜ?」
だが、この計画を実行すれば、間違いなく学校中が大混乱に陥る。
教師の中で学校に残れるのは、どれだけ居るだろうか。
不幸になる生徒も多数出る筈だ、学校中が男女の修羅場と化すだろう。
「チッ、頼むからよ…もう涼子に、引導を渡してやってくれ」
「俊樹のせいじゃないんだから……気にする必要ないと思うわよ」
雄大と咲良が口にするその言葉を、目を閉じて聞く俊樹。
いずれにせよ、このまま何もしなければ学校自体が崩壊するのは分かり切っている。
俊樹たちが入学するずっと前に、取り返しの利く最後のラインは越えてしまっていたのだ。
「ならば……なるべく、早く終わらせよう」
「出来るだけ、派手にぶちかましますわよ」
「ただ勝つだけじゃダメです、大勝ちしますよ」
「二度とバカな事出来ねぇようにな」
これから、今日の残りと明日の休みを使い、月曜日までに全ての準備を終わらせる。
かなりの強行軍になるが、宮内涼子や他の教師達に気取られるにはいかない。
連中を確実に一網打尽にするには、何としても準備を終わらせなければいけなかった。
「では、咲良と雄大は3年生に。
芽々と龍成は2年生。
華凛は緋ノ宮家から各機関への根回しだな」
「トシさんはどうすんだ?」
「1年生への接触は不要だからな、咲良に付いて行こうと思う」
俊樹が生活委員に目を付けられ、逆にやりかえしたという噂は、一部では既に広まっているらしい。
そこで、生活委員長である咲良に俊樹がついて行けば、話の信ぴょう性も増すだろう。
男子は雄大、女子は咲良が根回しに行くが、今回特に重要なのは、教師陣を追い詰める為の証言をしてもらう予定の女子達。
万全を期す意味でも、悪い選択ではない。
「としきさん、あんまり変な事は言わないでくださいよ?」
「俊樹さまは、だまって日下部さんの後ろに立ってて下さいませ」
「お前達、少しは信用しろ……」
大丈夫だ、と言う俊樹に疑惑の眼を向ける女子二人。
何故か咲良が張り切っているのも気になる。
「日下部さんは…前向きになってるみたいですし、大丈夫ですかね」
「色々気になりますけど、今は時間がありませんわね」
「な、何よ……大丈夫よ、今更怖気づいたりしないから」
まあ、問題は無いだろう。
こうして俊樹たちは残りの休日を、慌ただしく動く事になるのだった。
◇
休日明けの【清崚高等学校】。
宮内涼子は清々しい気分で出勤していた。
雄大から、高橋俊樹の”躾け”に成功したと連絡があったのは昨日だ。
奴が入学以来、気が気では無い日々が続き、鬱憤が溜まっていた涼子。
休日を利用して、昨日は3人もの生徒を呼び出して”指導”してしまった。
だが、こうして蓋を開けてみればあっさりと終わったものだ。
誤算だったのは龍成も一緒だった為、雄大が反撃を受けて負傷してしまったという事。
その為に雄大達は学校を休んだが、別に涼子本人に危害が有った訳でも無い。
常に自分の利益を中心に物事を考える彼女には、どうでもいい事だ。
もちろん、心配する演技は忘れないのだが。
何か弱みを握ったという報告だが、裸に剥いて土下座写真でも撮らせたのかもしれない。
今日、高橋俊樹が登校して来ていない事を考えても、手酷く雄大にやられたのだろう。
そんな俊樹の姿を想像しながら、思わず笑みがこぼれる涼子だった。
心なしか、すれ違う顔見知りの女子生徒たちの、涼子に向ける笑顔が目立つ気がするが、あまり気にする事も無く職員室に戻った涼子。
そこに、生徒達のホームルームの前にやる、教職員での朝礼をするために校長がやってきたのだが。
「緊急の職員会議……ですか?」
「え、ええ……すみませんが、宮内先生も一時間目は、自習にして欲しい訳でして」
真っ白な頭髪をきっちり分けた、皺の目立つ温和そうな顔を、申し訳なさそうに下げる校長。
還暦まであと数年程だったろうか。
腰の低いこの校長の、ケダモノの様な本性を知る涼子からすれば、人の好さそうな外見や態度も滑稽にしか見えないのだが。
事情を聞くが、とにかく詳しい話は会議でと話す校長に、不審に思う涼子。
だが、朝の忙しさで疲れていた事もあり、始まれば分かるかと思い追及はしなかった。
彼女はその事を、後に深く後悔する事になるのだった。
◇
職員会議開始から30分程経過した頃だった。
「これは…どういう事……なの?」
宮内涼子は、事態を把握できずにいた。
職員用会議室のドアを開けて入って来たのは、今日此処に居ないはずの高橋俊樹・緋ノ宮華凛・円谷龍成の3人だった。
そもそも、一般生徒に聞かれたくない話も出来る様、窓も無く防音性も高い会議室は、入り口にも鍵が掛けられていた筈だった。
どうやって鍵を開けたかと思えば、華凛の手には合鍵らしき物が見えている。
このお嬢様が、どうにかして鍵を調達していたらしいと理解した涼子。
「ひ、緋ノ宮様! 何故ここに…お怪我をなさっていた筈では!?」
狼狽する校長、居並ぶ教師陣にも動揺が走る。
そもそも、この会議自体『昨日緋ノ宮華凛が、この学校の生徒らしき人物に暴行を受け入院した』という事件を受けて招集された筈だった。
勿論、それは教員達を集める為の、緋ノ宮華凛が張った罠だったのだが。
学校の大口スポンサー、そのご令嬢に一大事が有ったという事で、校長の狼狽ぶりは酷い物だったが、今は更に混乱に拍車がかかっている。
「何故ですって? お分かりにならないかしら?」
「アンタら教師も、年貢の納め時ってこったぜ」
耳に掛かった濡れ羽色の髪をかき上げながら、冷たく微笑む華凛。
龍成は怒りの表情を隠そうともせず、涼子達を睨み付けていた。
3人の中央に立つ俊樹は、会議室を見渡し教師達の人数を確認すると、この場に居ない芽々に合図を送る為に、通話状態にしていた携帯電話を口元に持っていく。
「大丈夫だ、間違いなく全員居る……やってくれ」
その言葉は、放送室に居る芽々や放送委員たちに伝わり、今までオフにされていた職員会議室のモニターにも映像が映し出された。
そこに映るのは、この場に居ない星野芽々。
そして、今日は学校に来ていない筈の篠塚雄大と、日下部咲良だった。
二人をバックに、3人の中で一際小柄な少女が、満面の笑みを浮かべたままカメラに向かって話し始めた。
『はい! と言う訳でみんなのアイドル、メメちゃんでーす!!
今日は朝から校内放送の報道特番やってまーーす!!
さっきまで映像の届いて無かった教職員の皆さんにも、かんたんに説明しますよ!!
さきほど、日下部さんと篠塚さんが、ここで全部白状しました!!
お前ら校長含めた宮内一派の教師連中がやってた悪事や淫行も、ボクがていねいに説明させてもらいました!!
ですから、お前らの悪事ですけどね……学校中にぜーーーーーんぶばれちゃってるんですよ!!!
あははははは!! おもしろいですね!!!
面倒なので短くまとめますが、つまりこういうことです!!
――あななたちは終わりよ、観念しなさい』
底冷えするようなその言葉を聞き、”身に覚えのある”数名の教師と校長、そして宮内涼子は青ざめる。
動きの止まった教師一同の中で、いち早く我に返ったのは涼子だった。
咲良や雄大が裏切ったのは大きな誤算だ、今すぐにでも怒鳴り散らしたい衝動に駆られていたが、所詮あの二人もただの駒。
生徒との逢瀬や成績の改ざん等、知られてはいても決定的な証拠は渡していない筈。
そうなれば、こいつらは状況証拠だけで動いている。警察が動き出すまでに決定的な証拠は隠滅してしまえばいい。
所詮子供だけの集まり、大人が強引に動こうとするのを止められる筈もない。
最悪、それも無理ならば逃げてしまうのも手だ。
学校を卒業した男子達にも、涼子が熱心に可愛がった子たちが居る。
彼らなら、喜んで涼子を匿ってくれるだろう。
そんな事を都合よく考えていた涼子は、冷静には見えても、既に正常では無かったのかもしれない。
『あ! 証拠が無いから言い逃れできるかもなーんて考えてません?
無駄ですよー? と言う訳で現場に映像をきりかえます!!』
そのセリフと共に、モニターの画面が切り替わる。
そこには、職員会議室前の廊下に、ひしめく様に集結した女子生徒達の映像が映し出されていた。
怒りのあまり、ギリギリと奥歯を噛み締める者や、張り付けたように無表情で居る女子など様々だったが、どの生徒にも皆見覚えがある。いずれも他の教師たちへ仕事を”斡旋”した生徒だ。
何人かは今朝、涼子を見て、不自然に笑っていた生徒だった。
彼女達はこれから地獄に突き落とす女の顔を見て、ほの暗く愉悦していたのだった。
校長を始めとした、生徒達と関係をもった事のある教師達も、居並ぶ女子生徒の中に見知った顔を見つけ、絶望の表情を浮かべている。
「な、何故…? あいつら女子達が、自分から証言したとでも言うの……?」
涼子には信じられなかった。
そもそも、援助交際の件をばらせば、最悪自分たちも退学の憂き目にあう。
その事は十分説明していたし、彼女達もそれを理解していた筈だ。
その利害と共犯関係が有ったからこそ、これまで他の生徒や教師にも知られずにやってこれたのだから。
「宮内…貴様は、本気で異性を好きになった事が無いのだな」
「……は、何を言っているの? 先生ほど、男子のみんなを愛している人は居ないわよ?」
「……だからお前は、雄大にも見限られたのだ」
涼子には本気で理解できなかった。
大体、指導を受け入れた男子も、成績のために身体を売った女子たちも、別に無理強いした訳ではない。
最終的に、みんな”良い思い”をしたのだ。何も悪い事などない。
それなのにだ……何故目の前のガキどもは、余計な事をしているのだろうか。
それが若者の未来を奪う事になっているとも思わず、身勝手な怒りを募らせる涼子。
「貴様のそれはな、”愛”ではない……ただの”欲”だ」
だから、目の前の俊樹がそう言い放った言葉も、涼子の耳には届かない。
「許さない…こんなこと…許されない……」
ぶつぶつと呪詛の様に言葉を吐き出しながら、懐から工作用のカッターナイフを取り出す涼子。
チキチキと軽い音を立てて刃を伸ばしながら席を立ち俊樹の元に向かう。
並ぶ他の教師は、立て続けに起きる事態に付いて行けずに固まったままだ。
俊樹の両側に控えていた龍成と華凛が、それを阻む様に前に出る。
だが、ガチャリと開け放たれたドアを切欠に、その凶行はあっけなく終わりを迎える事になる。
「……時間通りですわね、ご苦労様です」
「緋ノ宮さん、ご協力感謝します。
恐れ入りますが……後は、我々の仕事ですので」
背広姿の男性と、その後ろから続く”制服”姿の男性。
「け、警察……?」
涼子の握っていたカッターが手から抜け落ち、軽い音を立てて床に落ちた。
ドアが開けられた事で、廊下からは女子たちの怒号が聞こえるが、モニターにはその間を縫うように、警察関係者がやってきている様子が見えた。
まさか……既にに警察にまで手を回していたというの?
俊樹達が入学して、まだ1週間しか経って居ない。
涼子がここまで学校を掌握するのに3年は掛けたのだ、それが1週間で終わる?
最早まともに思考する事も出来ずに、涼子はその場に崩れ落ちる事しか出来なかった。
そんな涼子の惨めな姿を前にしても、俊樹の心は晴れない。
目の前には、校長を始めとした宮内一派の教師たちが揃って項垂れている。
だが、何をしてもこの犯罪者たちのやった事が消える訳でも無いのだ、生徒達の心のキズやわだかまりは、残ったままになる。
やり切れない思いを抱えながら、崩れ落ちたままの涼子に声を掛ける俊樹。
「お前はもう”教師”では無いのだ……犯した罪を、償って来い」