学校崩壊と華凛の策
「あんたってヤツはー! 少し考えてよ!!
もうあのお店行けないじゃないの!!」
「別に、普通に行けばいいではないか」
「恥ずかしくて行けるわけないでしょ!! 大体ねぇネームドとか何とか!!
あんたの! その偏った女性像! 何とかしなさい!!
あたしだって化粧品は試供品使ったり節約してるわよ!!
あー、又お腹痛くなってきた……」
おぼつかない足取りの咲良。
見かねた俊樹は、そっと手を差し出した。
「歩くのが辛いなら、手を貸すぞ」
「あ、ありがとう…まあ、あんたのせいなんだけど。
ていうか…なんか俊樹って、妙に女慣れしてない?
もしかして、彼女いたり…する?」
遠慮がちに質問する咲良に、どう答えたものかと考える俊樹。
流石にここで、前世で離婚歴がありますと正直に答える訳にもいかない。
幾分答えにくそうに目をそらしながら、あまり嘘にならない様、慎重に言葉を選ぶ。
「確かに、恋人…の様な女性は居た。
だが、今は居ない…この世界に、その人は居ない」
「そう……ゴメンね、悪い事聞いちゃった」
「気にするな、もう随分前の話だ」
咲良がその言葉を、どう捉えたのか俊樹は何となく理解していたが、あえて訂正する必要もないだろうと思った。
元妻が離婚後に亡くなったのは事実だし、この前世とよく似た世界には、彼女の墓すら無いのだから。
気まずい空気を変える様に、手を差し伸べた俊樹が口を開く。
「さて、急かすようで悪いが、龍成達を待たせる訳にもいかん。
そろそろ行こうか」
コーヒーショップを出た後、華凛からメールが有り、再び集合することになっていた。
あまり大っぴらには出来ない話をするらしく、華凛が用意する場所に集まって欲しいという。
その為、先程の公園に緋ノ宮家から迎えを出すという事になった。
「あ、そうよね…じゃあ悪いけど、少し手を借りるわ」
何処か遠くを見る様な表情の俊樹。
その、何処かに行ってしまいそうな表情に不安を駆られた咲良は、差し出された手を少し強めに握った。
そのまま二人は特に語る事も無く、集合場所である公園に向かう為、再び徒歩とバスで移動する。
公園には、既に龍成と雄大が居た。
雄大との事はもう大丈夫なのかと心配し咲良を見たが、それ程気にした様子もない、吹っ切れたのだろうか。
そんな事を考えていた俊樹だが、龍成に声を掛けられた。
「そういやよ、トシさんは今まで何やってたんだ?」
「ああ、我々はさっきまで――」
咲良に連れられて、俊樹の服を買いに行った事などを説明する。
話を聞きおえた龍成と、隣にいた雄大が、何やら複雑な表情で俊樹に話す。
「アイツはよ、男に依存っつーか、寄りかかっちまうタイプの女だかんな…そこを、涼子に目を付けられたんだがよ」
「トシさん…その話はよ、メメやお嬢達には黙ってた方いいぜ」
雄大の意味深な発言はともかく、龍成のいう事はもっともだと思う俊樹。
確かに、頑張って動いている彼女たちを放っておいて、遊んでいた様に見えるし、華凛たちにとっては気分がいい行動では無いだろう。
黙っていた方が良いか、俊樹もそう思っていると、緋ノ宮家の迎えらしい車がやってきた。
◇
やって来たのは、まだ分譲も始まっていない高級マンションの一室。
緋ノ宮家の所有らしいが、階層のフロア丸ごと1つの物件になっているらしい。
金額的な事を想像すると寒気がするが、そのフロアの一室で華凛と、既に到着していた芽々が出迎えた。
挨拶もそこそこに、用意された席に着く俊樹たち。
その空気は張り詰めており、芽々は、やや青ざめた表情で唇を噛み締め、華凛もノートPCのデータを何度も見直していた。
「あまり、良くない事態になっているのか?」
「最悪と言ってもいいです、もし事実なら…とてもまずいですよ……」
何やら深刻な表情を見せる華凛と芽々の二人。
この二人がここまで余裕を無くすとは、どれ程の事なのか。
やがて、芽々が重い口を開くき、語り始めた。
「いままでずっとわからなかったんです、何故宮内が、他の教師達にまで顔を効かせていられるのか」
「内申書や成績の改ざんも、あの女一人では難しいですものね」
「それは、例えば宮内が自分の”身体”を使って、男性教師陣を手懐けているのでは無いのか?」
「そうですね、ボクも最初はそんな予想をしてました」
話しながら、手元にあるプリントアウトした資料を指す芽々。
「この、日下部さんが持っていた『指導対象者リスト』には、男子だけじゃなく女子生徒も数多く載ってます」
「そのリストに載っている、既に卒業した生徒の名前は、私が調べた、内申書に改ざんの可能性が有る生徒と、一致していますわ……男女ともに」
「男子は分かりますよ、あの女は存在自体が色欲みたいなクズですから。
じゃあ女子は何の為に、何故あの宮内が女子まで優遇してるのか?
それも男子と変わらない位の人数を、何を見返りに? となるわけです」
「見返り……? いや、まさか……!?」
俊樹の中に、ある”一番手っ取り早い”考えが浮かぶ。
だが、それは大人として、そして教師として、許される事では無い。
「私が、状況から推測しました考えを申し上げますわ。
宮内は、女子生徒で素行に問題のある者に声を掛けて、内申や成績と引き換えに……男性教師達と援助交際させている、と考えられますの。
多分、校長もその中に居ますわね」
「ボクも話を聞いて、そうだと思いますけど……ねえ、本当にそうなんですか?
他に見返りは考えられないんですか? 例えばお金とか……」
「一般家庭の高校生に、どうやってそのお金を稼ぐと仰いますの?
星野さんも、もうご理解なさっているでしょう?」
「そうですけど、でもそしたら……本当に……?」
言いながら、芽々の瞳が落ち着きなく動き、その場に居る面々を見廻す。
重苦しい雰囲気の中、華凛が雄大に目を向ける。
舌打ちをしながらも、雄大が重々しく口を開いた。
「チッ…詳しくは俺もしらねぇが、ウワサ程度なら聞いた事はあるぜ。
うちの女子どもに、”売り”をやってる連中がいるらしいってのは。
だが、まさか教師ども相手とはよ……。
卒業しちまった3年連中なら、もっと詳しかったかもしれねぇが、そんな危ねぇネタは多分、涼子が自分で動かしてんだろうよ。
あの用心深い女のこった、流石にその辺は漏らしちゃいねぇと思うぜ」
「クソが、雄大よ。
てめえ何で、あんな女の言いなりになっちまってたんだよ……」
「チッ、うるせぇよ……流石にオレだって、そこまで腐ってるとは思ってなかったぜ」
苦々しい表情の雄大を非難する龍成。
そして今の証言で、もはや疑惑は確信に限りなく近づいてしまった。
「ウソでしょ…涼子先生…そこまで…」
「咲良、もうあの女を…”先生”などと呼ぶな」
昨日まで恩師と思って居た女の所業に、小刻みに震える咲良。
俊樹の声色にも怒気がこもっている。
「日下部さんも、その事は知らされてなかったんですのね」
「チッ、咲良はな…いざって時に、ヤバイ事全部押し付けて切り捨てる為に”飼ってる”って、涼子が言ってたぜ。
ウラ側の事情なら、多分咲良以外の他の【生活委員】を使ってるだろうぜ。
あいつらは咲良とちがって、マジで頭と性格わりぃ連中だからよ」
華凛の質問をうけて答えた雄大。
咲良は、ショックですっかり顔が青くなっている。
そんな彼女を完全に使い捨てる気でいたらしい涼子に、先日まで咲良と敵対していた芽々も含め、俊樹達全員が怒りを覚えていた。
「しかし、これは大事では無いのか……?」
つまり、宮内涼子は学校内部で教師という立場を利用し、成績や進学などで不安のある生徒に声を掛け、便宜を図る見返りに男性教諭達の相手をさせていたのである。
そうやって男性教諭や校長の弱みを握り、実質上学校を好きな様に操っている、という事だ。
そもそも、華凛が持ってきた情報である『内申書や成績の改ざん』というのは、教師といえども涼子だけで出来る範囲を越えていた。
そして、校長まで関わっている可能性まである、完全に組織立った犯行だ。
そこに、教師達が生徒に手を出していた事が発覚する、しかも恐らくは複数。
もし、これが事実であれば……。
「これ、こんなのばれたら、どうやっても、学校が終わりますよ?
そん、な…ここまで、頑張ってきたのに…ボクたちの学校が…終わる……?
あ、ああ…何で、なんのためにボクは…う、うぁぁ……」
崩れ落ちる芽々。
龍成が慰めるように手を握ると、そのまま縋りつく様に嗚咽を漏らし始めた。
仮に、このまま教師たちを見過ごしても事態が良くなる訳でもない。
だが、告発すれば警察沙汰になり、マスコミにも騒がれ、学校の存続は難しいだろう。
完全に手詰まりだった。
だがその時、静寂を打ち破る様に華凛が立ち上がると、凛とした声で一堂に告げた。
「皆さん落ち着いて下さいまし、星野さんも冷静におなりなさい。
この”緋ノ宮華凛”が、こんな事を想定していないとでも思っておいでかしら?」
「え……? な、何か手があるんですか!?
ボクたちの学校が無くならなくて済むんですか!?」
「おいメメ! 少し落ち着け!!」
掴みかかりそうな勢いの芽々を龍成が宥める中、華凛が言葉を続ける。
「私はね、この高校に入学する前から、あらゆる事態を想定して計画を進めておりましたのよ?
内申書や成績の改ざん、それが分かった時点で”複数の教師”が関わっているのでは、という予想も、可能性の一つとして考えておりましたの。
まあ、校長まで関わっているとは思いませんでしたが、その為に準備していたプランの一つが使えますわ。
幾分…いえ、かなり強引な手になりますけど」
華凛は、立ち上がった姿勢のまま、テーブルに置かれたティーカップから紅茶を一口含む。
気を落ち着けるために軽く息を吐き出し、再び語り出した。
「まず、第一に宮内涼子や、教師たちは一人も逃がさない為に、素早く決着を付ける必要がありますわね。
あのような女は、最悪何もかも捨てて逃げ出す可能性もありますもの。
関与した他の教師たちも、教育者連中の体質からいえば、身内に庇われてうやむやになるかもしれませんわ。
一気に勝負を付けなければ、成績の改ざんも含め、証拠をもみ消される可能性もありますの。
幸い、今は宮内の手駒のうち、【生活委員会】と【ボクシング部】両方とも動けない状態にありますわ。
今でしたら、宮内に察知されずに動けますのよ。
特に、咲良さん以外の【生活委員会】が体調不良で動けない現在、タイミングだけでしたら絶好の機会……明日の日曜日を挟んで、休み明けの月曜日には決着を付けたい所ですわね。
それ以降では、察知される可能性が上がりますわよ」
「いくらなんでも、そんな短時間で可能なんですか?」
「……問題がクリア出来ればギリギリ、それはこれから検証しますわ」
幾分冷静になった芽々の質問に答えると、改めて席に座りなおす華凛。
冷めていた紅茶は、華凛が演説している最中に、使用人の佐助が全員分を淹れ直している。
丁度いい温度の紅茶で舌を潤すと、再び華凛が計画の続きを語り出す。
「次に、首尾よく教師達を追い出せた後の話ですわね。
学校のトップを始めとした、主だった教師陣の犯罪行為が露見する訳ですから、そのまま学校を存続させるのは無理ですわ。
まず、世論を黙らせる必要が有りますが、中でもマスコミと保護者が問題ですわね。
普通は教師が淫行をしていた学校に、そのまま通わせたいと思う保護者はいませんもの。
マスコミも、おもにマイナス方向の印象を、ここぞとばかりに有る事無い事騒ぎ立てますわね。
そこで今回の事件に関して、”学校に通う良識ある生徒達が、その正義感で教師達の不正や犯罪行為を告発した”という、いわば”美談”に仕立て上げます。
保護者達は、自分の子供たちが学校の為に自分達で動いた、という美談が広まれば態度を軟化させるでしょう。
マスコミは、ある程度は仕方ありませんが、スポンサーには緋ノ宮の息がかかってますから、向こうが勝手に配慮してくれますわ。
ただ、それでも沈静化には1週間ほど掛かると思いますので、その間はマスコミを避ける意味でも、休校にでもするしかありませんわね」
「その位は仕方ありませんね。
つまり、この事件を”勧善懲悪”モノにしてしまう、と言う事ですか」
果たして、そう上手く行くのか疑問は有るが、華凛の事だから財力や権力で押し通す気なのだろう。
一息ついた華凛は、芽々の言葉に頷くと、再び話し始める。
「そして、”偶然にも在学中だった緋ノ宮家のご令嬢”である私を通じて、その訴えを聞いた緋ノ宮財閥が、”正義感溢れる生徒達に心打たれ”学校の再建に名乗り出る。
と、このような感じのシナリオですわ。
その為に、学校を存続させたいという、生徒達の署名も欲しいですわね。
緋ノ宮の傘下に入るので、この学校の名前は変わってしまうと思いますが、どの道マスコミにこの高校の名前は悪名として広められているでしょう。
外聞が悪い事を考えれば、校名が変わる方が都合も宜しいでしょうから、そこは諦めていただくしか無いですわね」
「まあ、学校が存続するなら、名前が変わるのは諦めますよ。
しかし…また無茶な計画ですね……」
「本来3ヶ月掛ける筈だった計画を元にしてますのよ、無茶にきまってますでしょう。
この際、なりふり構わずお兄様やお父様にも声を掛けて、使える手札は全部出しますわよ。
そして、細かい法律や面倒な団体は……金と権力で黙らせますわ」
最初の頃は帝王学の為、などと恰好いい事を言っていた華凛だが、ここに来て遠慮をやめるらしい。
恐らくは時間が無い為だろう。
「……まあそれで万事うまくいったとして、いなくなる教師や校長の代わりはどうするんですか?
特に、教師の悪行で名前が売れた高校の校長なんて、誰もやりたがりませんよ」
「その辺りは既に手配済みですわ。
それと、信用を失った学校の校長に、どんな人物を据えるかですけれども、私に良い考えがありましてよ。
社会的信用が無くなってしまったのなら、あらかじめ"信用の高い肩書"を持った人物を、校長に据えてしまえばよろしいのですわ、ふふふ……」
不敵に微笑む華凛の顔を見ながら、一体どんな人物を連れてくる気なのか不安になる面々。
それでも、現状緋ノ宮家に頼るしか手が無いのだった。
大分落ち着いて来た芽々が溜息を付きながら、話を続ける。
「本当に大丈夫なんですかね。
まあ…ボクたちはもう、緋ノ宮家にすがるしか無いんですけど」
「まあ、お任せになってくださいまし。
さて、ここまでは良いとして……一番大きな問題が残ってますのよ。
それは、今現在”証拠”が無い、という事ですわ。
この案を月曜日までに実行するには、今日中に決定的な証拠が必要ですわ」
それこそが、最大の問題でもあった。
内申書改ざんの件も、結局はデータが怪しいというだけで、確たる証拠ではないのだ。
教師達の援助交際を立証出来れば、そこから警察の手が入り、芋づる式に全ての悪事が明るみになるだろう。
それらの証拠を消されない為にも、事は一気に終わらせたいと、華凛は考えていた。
だが、今の所は推測だけで証拠は無い。
「出来れば物的な証拠か、もしくは女子の誰かが証言してくれればいいんですけどね……」
そこに、龍成が声をあげる。
「”売り”やってるヤツが大体分かってんならよ、そいつらに協力させりゃいいんじゃねぇのか?」
「たっちゃん、自分達が不利になるような証言を、彼女たちが素直にしてくれると思いますか?」
「最悪、協力を仰いだ所を宮内に密告されて、証拠隠滅をさせる事になりかねませんわ」
協力的な女子生徒も居るかもしれないが、手当たり次第にあたっては、間違いなく宮内涼子に情報が洩れる。
下手に動けない以上、手詰まりな状態だった。
その時、置かれていたリストを手に取り思案していた俊樹が、何事かを咲良に聞いていた。
リストを見ながら、彼女は俊樹の質問に答える。
「そうね…パッと見ても結構いるわよ、コイツとコイツとか。
ああ、2年生はアタシより、星野の方が詳しいんじゃない?」
「そうか、なら彼女達は協力してくれるかもしれんな……気は進まないが」
言いながらため息をつく俊樹。
その言葉を聞き、華凛は俊樹に詰め寄った。
「協力者に心当たりがありますの!?」
「まあ、そうなんだが……」
動けない状況を打開できるかもしれない、そう聞いて希望の光が目に灯る芽々。
だが、歯切れ悪く言葉を濁しながら咲良を見る俊樹は、あまり喜ばしい雰囲気ではなかった。
「お前達に聞くがな……咲良は、なぜ我々に協力している?
そして雄大は、なぜ宮内を裏切り我々についた?」
その言葉に、表情を硬くする咲良。
雄大も舌打ちをして、奥歯を噛み締めた。
「例えばだ……このリストに載っている女子生徒たちの”恋人”が浮気したとしよう。
彼女達が、恋人や浮気相手を許すと思うか?」
その言葉に一同は目を見開き、顔を見合わせる。
ここまでくれば、俊樹が何を言いたいのか分かったのだろう。
「正直、利用する様で、あまり使いたい手では無いが……リストにある宮内と関係を持った男子達が居るだろう。
その彼らと、恋人関係にある相手の女子を、リストから洗い出せ。
彼女達ならば、まず協力してくれるだろう。
――男以上に、女というのは裏切りを……絶対に許しはしないのだから」
〇活動報告では、次回の更新時期や、作品について竹天からの疑問などを載せてます。
もしお時間があれば、そちらも目を通して頂ければ幸いです。