真実
篠塚達との一件から一夜明けた。
今日は土曜日で学校は休み、俊樹たちは日下部咲良を、朝から彼女の自宅近くの公園に呼び出していた。
休日の公園には、親子連れやチワワを散歩させるご婦人などが見える。
天気も良く、のんびりとした空気に包まれていた。
「アンタたちは…緋ノ宮と星野!!
今日は、雄大からスマホが壊れたから買い替えるのに付き合って欲しいって呼び出された筈なのに、どうしてアンタたちがいるのよ?!」
「くっくっく、どうしてでしょうねぇ!!」
「まんまと誘き出されてくれましたわねぇ、オーホッホッホ!!」
天気も良く爽やかな空気に包まれた公園に、緋ノ宮華凛の高笑いが響き渡る。
その場違いな笑い声が、可愛らしいチワワを警戒させ、公園で遊んでいる子供などの視線を集めているが、本人は気にした様子は無い。
咲良の目の下にはクマが出来ているが、メイクで隠せる範囲を越えているらしく、結構目立つ。
寝付けなかったのだろう、可哀想に。
「どういう事よ! アンタたち二人でグルになって、何を企んでいるのよ?!」
「随分と威勢がよろしいのね。でもそれが、いつまで続きますかしら?」
「大人しくボクたちの言う事を聞いた方がいいですよぉ?
篠塚の事が心配なら!!」
「ハッ!? アンタ達、雄大に何かしたら、タダじゃおかないわよ!!」
「アッハッハ! そんな余裕が有るのも、今のうちだけですよ!!」
「この男の話を聞いたら、そんな態度を取っていられませんわよ……?」
華凛に促されて、現れたのは高橋俊樹。
咲良の安寧を脅かすその男は、不敵な笑いを浮かべ……ていない。
何かこう、バツが悪そうな感じで、頭をポリポリと掻きながら、嫌々前に出てくる。
「お前は、高橋俊樹?!
何故ここに?! やめて! 家族には手を出さないって約束したじゃない!?
ハッ!? これも全部…アンタが仕組んだのね!!
緋ノ宮や星野と手を組んで、今度は雄大にまで手を出したのね!! この悪魔め!!」
「……本当に、誤解されているのだな」
「ほれみろ!! だから言ってるじゃないですか!!」
俊樹を責める芽々を余所に、ゆっくりと咲良に近づく華凛。
そこに慈愛の笑みさえ浮かべながら話しかけてくる様子に、咲良は例えようが無い不気味さを覚えた。
「日下部さん、いいこと?
これからこの男の話す事を、最後まで冷静に聞かないとダメですわよ?」
「え、なによ? これからアタシ、何をされるのよ……?」
これから何をされるかは分からない。
だが、恐らくは碌でも無い事だろうと予想し、身を震わせる咲良。
そんな咲良に、敵対している芽々までもが、諭す様にゆっくりと語り掛けてくる。
「まず深呼吸して、としきさんがこれから話す事を、冷静に聞いてくださいね……」
「日下部さん、いいこと?
途中でぶん殴りたくなると思いますけど、最後まで我慢しないとダメですわよ?」
「え、は? アンタらの空気おかしくない? どういうことなの??」
訳が分からないまま、相変わらず苦い表情の俊樹から語られる話を聞く事になるのだった。
◇
「――え? なになに? コイツ本気で言ってるの??
ウソでしょ? 意味わかんないんだけど……?」
「まあ、そう思いますよねー」
「残念ながら、全て真実ですわよ」
「え? うそ? そんなバカなこと――」
◇
「はぁぁぁ!? ばっかじゃないの?! そんなの生理で機嫌が悪くなるワケないでしょ!!」
「ですよね!! ですよねぇ!!」
「もっと言っておやりなさいな!!」
「世間話で気が合って親と仲良くなったぁ!? アンタ精神年齢何歳なのよ!!
「おっさん並みじゃないですか?」
「枯れてるのは確かですわね」
何時の間にか、女子全員が俊樹を攻撃する側に回っているため、もはや何も言えなくなっていた。
女子がこうなったら、下手な言い訳をしてはいけない。
とにかく、嵐が過ぎ去るまで『君の言う通り』と言い続けるしかないのだが、口を挟む暇もないので黙るしかなかった。
「ウチの家庭事情に! 口出さないでよ!!
ああー!! 朝からお父さんがトイレ掃除はじめたのアンタのせいだったのね!!」
「そうですよ! そーですよ!!」
「まあ、それは良い事じゃありませんこと?」
どうも、咲良の父はきちんと俊樹の助言を実行している様だ。
部下の意見も素直に聞き入れる度量は、上司としても中々有能なのではないかと思う俊樹。
そんな事を考えていると、お腹を押さえうずくまる咲良。
「うう、何だか生理痛が酷くなった気がするわ……」
「なんだ、やっぱり生理ではないか」
「ストレスで早く始まっちゃったのよ!
勘違いしないでよ! 全部アンタのせいなんだから!!」
「新手のツンデレですかーこれ」
「キレてるだけですわよ」
公園に来たときは俊樹に対して異常に警戒し、怯えの色すら見えた咲良。
だが真実を知ってから、怒りとか呆れとか、時々泣きそうな顔になったりとか。
まあ、何か納得いかない様子であるが、少なくとも既に怯えてはいない様子だった。
「うう、これアレだわ胃が痛くなってきたのね……」
「丁度いい物が有りますわ、ほらお飲みなさい」
華凛が取り出したのは、ビンに入った錠剤タイプの胃薬だった。
水なしでも飲める、携帯にも便利な優れモノである。
「本当に探してたんですね、そしてもう持って来たんですね」
「水なしでも大丈夫なのですけど、飲み物が有る方が宜しいかしら?」
「ああ…ありがとう大丈夫よ……。
あ、これ胃がスッキリするわ」
速攻性と持続性両方に優れ、天然ハーブが飲んですぐに清涼感を与える逸品である。
余談だが、後にこの薬は風紀委員会にも常備される事になるのだった。
「はぁ、いったいあたしの、昨日までの心配は何だったの……」
「まあ、とにかくだ…誤解させたのは申し訳なかった」
「この男に関しては、これからきっちりと矯正していく予定ですわ。
それはともかく……」
言いながら、俊樹に視線を向ける華凛。
いよいよ本題か、と気を引き締めて咲良に向き直る。
「さて、日下部よ。
今日はまだ、大事な話がある。
この話は、君にとっては辛い話になってしまうのだが。
冷静に、聞いて欲しい」
「いや、これ以上何があるって言うのよ……」
文句を口にして、しかし俊樹の真剣な様子を察した咲良は、少し緩んでいた気を再び引き締めた。
そして、何時の間にか場を離れていた芽々に促されて、それまで顔を見せなかった龍成と、篠塚雄大がやってきた。
雄大は、相変わらず不機嫌そうだが、その顔はケンカでもしたような痕があり、あちこち腫れている。
龍成も多少怪我を負っている様子だが、見た所そこまで酷くはない様子だった。
「おら、さっさと話せよ」
「チッ、うるせぇヤロウだな分かってんだよ」
そう言った雄大は、咲良を視界に入れると真剣な面持ちになり、彼女の正面に立つ。
その雄大を見つめる咲良は、戸惑いながらも何かを察した様な表情で、語られる言葉を待っていた。
◇
「条件がある」
昨日、俊樹たちを襲った雄大。
俊樹に問い詰められた彼が言い放った言葉がそれだった。
「対等な交渉を出来る立場だと、思ってますの?」
「チッ、飲まねえならコッチも何もしゃべらねえダケだ」
頑なな態度を取る雄大。
とにかく聞くだけ聞こうという事になり、その要求を聞いてみることになった。
「別に難しい話じゃねえ、ちょっと龍成とサシでやらせろ。
俺が負けたら全部話してやる」
「おいおい、随分優しい条件じゃねぇか部長さん。
オレが負ける訳ねぇのによ」
雄大が勝ったらどうするか、などと聞かずに煽る龍成。
その言葉には、本気で自分が負けることは無いという自信があらわれていた。
「チッ、腹のたつヤロウだぜ」
「んで、ここでやんのか? それともリングでの話か?」
「…出来れば最後に、テメェをリングで沈めてやりたかったがな、場所が無ぇだろう」
「”最後に”、かよ。
どうもお前にしちゃあ今日は、やる事がヌルいと思ったが。
大体、薮内でも呼べば、あと10人は数も揃えられたんじゃねぇか。
やる気がねぇんだよ、今日のテメェはよ」
「チッ、うるせぇガキだな…テメェは入部した時からそうだったぜ。
別に、難しいことじゃねぇ。
ただ、そろそろ始末付けなきゃなんねぇかって、そう思ってたダケだ」
「だったら、ちっとはやる気だせや!
腑抜けたヤロウなんざ殴る気にならねえんだよ!」
睨み付ける龍成の視線を、意に介さない雄大。
地面に胡坐をかき、腕を組んだままの姿勢は、反抗する意思はないが意思は曲げないという姿勢の表れだった。
そこで、不意に華凛が声をあげる。
「一試合やりたいと言うのでしたら、場所をご用意できますわよ。
ねえ? 佐助」
「近隣に緋ノ宮のジムがございます、問題ございません」
その華凛の提案に、願っても無いと笑い合う龍成と雄大。
「助かるぜ、お嬢さんよ。
この生意気なガキを、思いっきりぶん殴れるチャンスをくれてよ」
「はっ、アンタのトロくせぇパンチなんざ、かすりもしねぇよ」
先程までの不貞腐れた様子から一変し、気力をみなぎらせはじめた雄大。
龍成も軽く足を動かし、既に身体を温め始めている。
緋ノ宮華凛に先導されながら、二人の”ボクサー”は”試合会場”へと歩き出した。




