ボクシング部
4人の前には、それぞれ龍成が自販機で買って来たドリンクが置かれている。
あれから少し時間を置いて、俊樹も落ち着きを取り戻した。
他の面々も深く追及出来る空気では無かった為に、有耶無耶のままその話は終わっていた。
「恐らく追い詰められた宮内は、すぐに次の手を打ってくると思います」
「つっても今動かせんのは、ボクシング部の連中しかいねーからな」
「荒事になる、と言う事か……」
「あら、私的にはむしろ好都合でしてよ」
何か好戦的な反応を示すご令嬢に、冷ややかな視線を送る俊樹。
権力だけでなく腕力にも自信が有るらしいが、正直自分まで巻き込むのは止めて欲しいと思う。
自慢ではないが、俊樹は運動が苦手なのだ。
そんな俊樹の内心など意に介さない様子で、華凛は言葉を続ける。
「ちょっかいを掛けてきた所を返り討ちにして、逆に証拠を掴んでやればいいのですわ」
「何て言うか、すごい脳筋な思考回路ですねーかりんさん」
「ホントに良い所のお嬢さんかよ、ヤクザの娘の間違いじゃねぇのか?」
「あら、全然違いますわ。緋ノ宮は、ああいう方々ほど優しく有りませんもの」
言いながら微笑む華凛。笑っている筈なのに迫力が有るのは何故だろうか。
そこで、ふと疑問に思った事を口に出す俊樹。
「生活委員会以外で敵対勢力は、ボクシング部だけなのか?」
言いながら、ちらりと芽々を見る俊樹。
その言葉を受けて、芽々が現状を説明する。
「ボクシング部ほどではないですが、運動部系の3年には宮内の”男”が多いです。
3年生は、宮内の影響力が一番大きいですから。
2年生は、ボクとたっちゃんが色々と邪魔してたので、3年生ほどじゃないですが…多少は宮内に取り込まれてしまってます。
1年生は入学したばかりですから、今の所影響はない筈ですね。
つまり旧3年生が卒業し、入れ替わりで1年生が入ったばかりの今は、学年順に宮内の力も弱体化してます。
その意味では、この入学直後に俊樹さんが引っ掻き回してくれたのは、偶然ですが絶好のタイミングだったと言えます」
恐らく、それほど時間が経たない内に、宮内の毒牙にかかってしまった新入生も出てしまっただろう。
俊樹の盛大な勘違いが原因ではあるが、新入生たちにとっては幸運であったと言える。
意図せずに、多くの若者達の未来を救っていた俊樹だった。
「天然男の偏見が原因で追い詰められるとは、普通は思いませんわね」
「もういいだろ、あんまトシさんいじめんな」
「むう、悪かったとは思ってる……」
ちくり、と言葉のトゲを刺す華凛。
実際、女子二人は既に怒っては居ないのだが、流石にさらっと流せるほどの内容でもなかったので。
それでも、出来るだけその話題から離れたかった俊樹は、丁度良く沸いた疑問を芽々に投げかける。
「しかし、それならこの【放送委員会】は宮内の影響下には無いのか?
私だったら、報道機関など放っておかず、真っ先に取り込みにかかるが」
「それは、放送委員は全員部活と兼任してるんですが、今の委員はみんな【漫画研究部】所属なんです。
陰キャや濃い性格のオタク属性な面々なので、宮内の好みから大きく外れてますからね」
芽々の言いたい事を理解した俊樹。
龍成も若干苦い表情をしているが、そこまでキャラの濃い面々なのだろうかと、少し心配になる。
一応彼らも、宮内のやっている事はある程度理解しているらしく、何かあれば協力してくれるらしい。
「そういう訳ですから、今日これから何か仕掛けてくるとしたら、ボクシング部以外は無いと思います。
ヤツらの一部は、他校や街の悪い連中とつるんでますから、20人位ならすぐに集められます」
「随分と物騒な連中なのだな」
「あら、素人が何人来ようと、物の数ではありませんわ」
「オレ一人じゃキツイけど、お嬢が思った通りの強さなら、そうかもしれねぇ」
何時の間にか、華凛の呼び方が”お嬢”になっている龍成。
多分彼の中では、すっかりヤクザの娘的なイメージになってしまったのだろう。
「それじゃあ、この4人で帰宅するフリをしつつ、獲物をおびき寄せるという事で、宜しいですわね?」
「良い所のご令嬢が、そんな物騒な事をして許されるのか?」
「私より強いボディーガードは居ませんもの、一応周囲に人は手配しますわ」
「ボクもスタンガンは持ち歩いているので、自分の身位は守りますよ!」
「メメはあんま無理すんな」
なんとか回避出来ないかと思う俊樹だが、既に宮内にマークされている。
ならば分かり易いタイミングで迎え撃った方が良いだろう、という芽々と華凛。
いざとなったら警察に連絡する心構えはしておこう、と思う俊樹だった。
◇
「本当に来たな」
「ですねー、でも思ったより少ないです」
校内で話し込んでいたため、すっかり暗くなった帰り道。
俊樹達は、わざわざ人気のない公園を通り、襲撃者立ちをおびき寄せていた。
目の前に居るのは、全員高校生であろう10人程のガラが悪そうな男子。
その中で明らかにリーダー格であろう、身長180cm程のがっしりした体格の男が前に出た。
「チッ、わざとらしく誘導しやがって。
やけに落ち着いてやがると思ったが、こっちの動きは織り込み済みかよ」
「よお、久しぶりじゃねぇか。篠塚センパイよ」
篠塚 雄大、3年生にしてボクシング部部長である。
校外のワル達にも顔が効き、宮内の配下で最も暴力の得意な男だった。
「チッ、あんなに涼子がビビってんのは驚いたがよ。
お前ら4人、グルだったって訳かよ。
とんでもねえ野郎らしいな、その高橋俊樹ってヤツはよ」
「いや、誤解しているぞ」
「としきさん、解かなくていいんですよ」
律儀に誤解を解こうとする俊樹を、ジト目で制する芽々。
その、あまり緊張感の無いやりとりに舌打ちする篠塚。
そして、自分が矢面に立つべく、歩み出てきた龍成が口を開いた。
「しっかしボクシング部の部長さんよ、やけに人数が少ないんじゃねぇか?」
「あぁ、何だかしらねぇが…生活委員の女どもとカラオケで遊んでた連中が、みんなハラこわして出てきやがらねぇ。
そこの高橋だけだったら問題なかったんだがよ。チッ、ふざけた話だぜ」
「あらあら、それは大変でしたわねぇー」
いち早くわざとらしい声をあげる華凛。
生活委員と言えば、俊樹も保健室で聞いた食中毒の話を思い出していたが、それは流石に偶然過ぎるのではと思っていたが。
だが、篠塚を見ている内に、それよりも気になる点があった俊樹。
もやもやと考え込んでいる内に、篠塚がボキリと指を鳴らし始める。
「チッ、とにかくそこに居る高橋ってヤツは、ちとキツイ目に遭ってもらわないといけねぇ。
他のヤツに用はねぇんだ、大人しくどけろ」
「おいおい、オレがんな事言われて大人しくどけるわけ――」
「はいビリビリー」
「あばばばばばばばばばば!!」
いきなり奇声を発し、弾かれたように倒れた篠塚。
何時の間にか龍成の陰から近寄っていた芽々が、隙をついて篠塚にスタンガンを押し当てたのだった。
その空気を読まない、あまりな行動に一同は呆気に取られる。
「やりました! 敵将篠塚、討ち取ったりー!!」
「おいメメお前は前に出てくんなっていったろうが!!」
「ああ! これから私の見せ場が始まる予定でしたのに!!」
騒ぐ華凛を無視しつつ、どこからともなく取り出した粘着テープのような物で、自由の利かない篠塚の手足をグルグル巻きにしていく芽々。
緊張感なく騒ぐ面々を前に、ようやく再起動した篠塚の取り巻き達。
「このアマよくも篠塚さんに!」「こいつ本気スタンガンあてやがった!」「テメェら無事に帰れると思うな!」
殺気立つ取り巻き達に身構える龍成。
だが、前に出ようとする彼を片手で制する華凛。
その手には、何時の間にか白い皮手袋がはめられていた。
「はぁ、一番美味しい所はもって行かれてしまいましたわね。
しょうがないので、アナタ達で我慢して差し上げますわ」
「お、おいお嬢。さすがに一人で行くのはキツイぜ」
「邪魔よ、お下がりなさい」
薄暗い公園で、濡れ羽色の髪をなびかせながら、不良連中に歩み寄る華凛。
威勢が良かった連中も、その異様な雰囲気を感じ取り静かになる。
耳にかかる髪をかき上げながら微笑む華凛は、その笑顔のままで宣言する。
「怯えなくてよろしくてよ、大丈夫。ちゃんと、手加減してさしあげますわ」
◇
「いやー、全員即落ち2コマって、これ手加減って言うんですかねー?」
「あら、ちゃんと皆さま気絶だけで済んでるではありませんの」
「おいおい、これマジでオレが3人でも勝てねぇか」
如何なる方法か意識を刈り取られた9人は、公園の床に転がされていた。
「…あの程度の輩に苦戦するような鍛え方は、しておりませんので」
「うおお! おいジイさんどっから出てきた!!」
「ご苦労様、佐助」
言いながら、執事姿の老人からドリンクを受け取る華凛。
緋ノ宮家に仕える使用人、菱方佐助であった。
「随分とお優しく扱われましたな、お嬢様」
「同じ学校の生徒でしたら、今はこの方が面倒が無くて良いでしょう?」
「左様にございますな」
不敵に笑う華凛と、表情を変えない佐助。
もしかするとヤクザより危ないかもしれないと、密かに思う龍成だった。
「取り敢えず、さっさと宮内を追い詰める証拠をさがしましょう!
篠塚のスマホでも探れば、きっとヤツとやり取りした危ない内容が沢山出てきますよ!」
「ああ、まあそうだな…勝手にあさるのは気が引けるがよ」
言いながら、何時の間にか猿ぐつわの上に粘着テープで目隠しまでされていた、篠塚の持ち物を探る龍成。
ポケットに入っていたスマートフォンを引っ張り出すと、あれこれと操作しようとする。
「あれ、これ電源が入らねぇぞ? 電池切れか?」
「ちょっと貸してください…壊れてませんかコレ、おかしいですねー」
「星野さん、アナタこの方にスタンガン当ててましたわよね……?」
「あ、あーあー……」
言いながら目が泳ぎまくる芽々。
責める様な華凛の視線が痛い。
「ちょっと、どうしますのよ! 折角の手がかりを!!」
「ちょ、不可抗力! ふかこーりょくですよ!!」
「私に任せておけば、もっとスマートに出来ましたのに!!」
「そそそんなこと言われても、顔近っ! あ、まつ毛長い」
詰め寄る華凛に後退る芽々。
そんな2人を余所に、今まで口を開かずにいた俊樹が問いかけた。
「おい、星野。
この篠塚とかいう生徒も…宮内と関係を持っている、という事なのか?」
「え? ええ。現場を押さえた訳じゃないですけど、ボクの調べでは間違いないと思いますよ」
「そうか、そうなのか……」
そんな事を話していた俊樹が、篠塚の猿ぐつわと目隠しになっていたテープを剥がす。
頭を振りながら周囲を確認し、俊樹たち4人を視界に入れると舌打ちをする篠塚。
突然の俊樹の行動に驚きつつ、暴れ出さないか警戒する龍成。
俊樹は、静かに篠塚に詰め寄った。
「おい、篠塚と言ったか、聞きたい事が有る。
お前は、宮内と男女の関係を持っているのか?」
「……チッ」
質問に答える気は無い、と言わんばかりに舌打ちをして視線をそらす篠塚。
その行動が肯定しているようなものだが、俊樹は追及を止めない。
「答えろ、お前は宮内と関係を持っているのか?」
「…俺が、テメェらの為になる様な事を、言う訳ねえだろ」
「そんな事はどうでもいい……!」
珍しく、やや怒気の含まれた口調で話す俊樹。
篠塚を刺激するのではと慌てた華凛が間に入ろうとするが、その前に再び俊樹が篠塚を問い詰める。
「篠塚…お前は、日下部咲良と付き合っているのではないのか……?」
「なっ……!?」
その言葉で、俊樹が何を言いたいのかを察した面々。
咲良の定期入れを拾った際、そこに貼られていたプリントシールには、彼女と篠塚が並んで写っていた。
怒りを理性で抑えようと顔を歪ませた俊樹は、気圧されて下がる篠塚に詰め寄った。
最早答えは分かり切っているが、それでも俊樹は追及する。
それが、間違いであって欲しいと思いながら。
「おい、答えろ篠塚。
お前は、日下部を裏切って…宮内と関係を持っているのか……!?」