俊樹の恋愛相談室
「俊樹さん! 俊樹さん!」
「…八卷か、何だ?」
あの『放課後の三角関係乱闘事件』から数日、特に目立つ問題も無く、校内には平穏が訪れていた。
昼休憩に入るなり俊樹に声を掛けてきたクラスメイトは、バスケットボール部の八卷君。
笑うと歯が光るさわやかな印象の男子だ。
彼には他のクラスに交際中の彼女が居る。
そんな彼は何故か俊樹に懐き、休憩時間などに俊樹の所に来ては、恋愛関係の相談事を持ってきていた。
クラスメイトなのに先輩扱いの口調だ。
少し納得いかない俊樹だが、言っても治らないのだ。
「今度は一体何事だ?」
「あのですね、ちょっとコレ見てもらえません?」
そう言うなりスマホを取り出すと、流行りのSNSアプリ【RAIN】(雨の日はお家でRAIN! がキャッチコピー)でやり取りされたメッセージが画面に映し出された。
やたら会話に絵文字が使われた、目が疲れるやり取りが延々と表示されている。
あまり目を通すと甘さで胸やけを起こす為、俊樹は余計な部分は見ない様にしながら、八卷が指さす一文に目を向けた。
『あたしの事ぉ~どの位好きぃ~?(*'∀'人)』
俊樹は目を閉じて軽く溜息をつきから、重々しく八卷の方を向き直った。
「『世界一愛してるよ』は?」
「もう使いました、『宇宙一』も一昨日つかっちゃって」
「『キミがボクを好きな気持ちより好き』もダメか」
「それだと『あたしのほうが絶対好き!』って言って、怒ります」
「なるほど、厄介だな……」
これは『正解のない問題』だろうと俊樹は確信した。
八卷の彼女は模範解答など用意していないし、考えても無いだろう。ただ、『今度はどんなステキな言葉で愛を語ってくれるのだろう』『きっと自分では思いつかないような言葉を返してくれるに違いない』と言った、過剰な期待で返事を待っている。
要するに、無茶ぶりであった。今の八卷には荷が重い。
八卷はスポーツマンタイプ。いつもポシティブで居るだけで場が盛り上がるヤツだが、いかんせん語彙が乏しい。
デートなどの直接な接触では持ち前の明るさと勢いで、例えお通夜の様な状態からでも盛り上げるだろうが、メッセ等文字でのコミュニケーションは逆に苦手分野であろう。
その為か、八卷はこういったメール的なやり取りでよく俊樹に相談を持ち掛けていた。
(これは、どんな返事をしても失敗する可能性が高いな)
最早言葉は通じないだろう、俊樹は無茶ぶりをする女子の厄介さを理解していた。
俊樹は皺の寄った眉間に指を当てた。もし眼鏡を掛けて居たら、その動作が『眼鏡クイッ』と呼ばれる動作だと判っただろう。考え事をする時はいつも、眼鏡の位置を直す前世での癖が出てしまう。
生まれ変わってから、空いた時間は遠くの緑や山々等を眺め、近視防止に努めつづけた俊樹の視力は現在0.8。近い将来運転免許を取得する際には若干の不安が残る視力だ。
(もはや”言葉”は通じない)
俊樹は窓の外に目を向ける。校庭に面した窓際の席が俊樹の席だ。夏は直射日光があたり厄介だろう。昼休みに入ったばかりで、校庭に人は居ない。
やがて一つの答えを出した俊樹は、八卷に向き直りこう言った。
「八卷、ちょっと校庭の真ん中で逆立ちしてきてくれ」
「え? さ、逆立ちすか?」
「ああ、私に良い考えがある」
一見死亡フラグの様なセリフを言う俊樹だが、八卷は素直に従い、あっと言う間に校庭の真ん中まで走り、見事な逆立ちを披露して戻って来た。八卷の俊樹に対する信頼値は振り切れているようだ。
「それで、どうするんすか?」
「コレを見てくれ」
そこには、八卷のスマホを上下逆さにして撮った写真が写っていた。
真っ直ぐ美しい逆立ちを見せつけたソレは、逆さにする事でまるで『地球をもちあげている』様に錯覚させる。
その時、八卷の背中に電流が奔った。
思わず息を飲んで俊樹の方を見やると、気付いたかとばかりにニヤリと笑う俊樹の顔がある。
「そうだ、このトリック写真を添付し『このくらい好きだよ!!』とRAINで返信してやればいい」
「と、俊樹さん!!!」
そう、”言葉”が通じないなら”視覚”に訴えればいい。
しかも、昼休憩時間に意味も無く校庭のど真ん中で逆立ちする八卷の姿は目立つ。
正直ちょっとアレだ。
だが写真に加え、それが彼女の耳に入れば、友人からは『わざわざ大好きな彼女の為、に校庭のど真ん中で逆立ちした写真を送る男子』と映る。こういった周囲にも分かり易いアピールは、八卷の彼女の様な独占欲の強い傾向にある女子には受けは良い筈。
そして、今回送った写真は彼女にとって、恋敵に対する牽制用の『武器』にもなりうるのだ。八卷は結構モテる。
きっと、「八卷君ったら、あたしの為にこんな写真送ってきて」などとのたまって周囲に見せびらかすだろう。
女子は『感情』の他に『打算』でも動く。利用価値がある以上、送られた写真に文句は言わない、つまり八卷が彼女の機嫌を損ねる心配もない、と言う考えだった。
恋愛するなら、常に幾つもの安全策を打たなければいけない。
女子との恋愛は甘くは無い、そう俊樹は思うのだった。
「又、真面目な顔で何をなさってるかと思えば……」
俊樹が振り返れば、呆れ顔の緋ノ宮華凛が立っていた。
「今日のお昼は、風紀委員会室で。と仰ったのは、風紀委員長ではありませんでした? お馬鹿な事なさってないで、行きますわよ」
「ああ、すまない今行く」
ややトゲのある華凛の言葉に促されて俊樹は立ち上がり、八卷に「絵文字は分からんから自分で付けろ」と言い残し、教室を後にした。