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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【清崚高校 俊樹入学編】
22/68

宮内涼子と生活委員会【4】

 憂さ晴らしにと一人で街に繰り出したが、咲良(さら)の気持ちが晴れる事はなかった。


 結局余り気が乗らず、少し遅め程度に帰宅した咲良(さら)は、自宅で信じられない光景を目の当たりにする。


「な、なんでアンタが此処に……?」


 リビングでは、家族と一緒に食事をする”高橋(たかはし)俊樹(としき)”の姿があった。


 にこやかな笑顔を浮かべて自分の両親と談笑する高橋(たかはし)を見て、今度こそ彼女の中の恐怖が怒りを超える。


咲良(さら)ったら、やっと帰ったのね。

 俊樹(としき)君はアナタの定期を届けてくれたのよ? ちゃんとお礼言いなさい」

「いえいえ、”咲良(さら)先輩”には入学直後から、”色々とお世話に”なりましたので。

 この位は当然の事ですから」

「ごめんなさいね、俊樹(としき)君。

 本当にもう困った子ね、メールも又見てないんでしょう?」


 確かに咲良(さら)はバスの定期を落としていた。

 苛立っていた事も有り、大事には捉えず明日探せばいいと思っていたが、高橋(たかはし)が拾っていたとは。

 いや、もしかするとあのバッグが当たった時、盗られた……?

 高橋(たかはし)なら、この悪魔ならばやりかねないと、そう思った咲良(さら)


 目の前では、両親と微笑ましく談笑しながら食事をする、高橋(たかはし)の姿。

 中学生の妹は、又見たい番組があったのか、既に食事を終わらせてテレビにかじりついている。


 その、普段自分が居る日常の光景に、平然と割り込んでいる高橋(たかはし)という”異物”に、吐き気を覚える咲良(さら)


 せめてもの抵抗にと、高橋(たかはし)から一番離れた食卓に座る咲良(さら)

 混乱した頭には、もはや両親と高橋(たかはし)が何を話しているのかも、耳に入らない。

 胃が痙攣しそうになった。

 あまり食の進まない咲良(さら)を心配した父が声を掛けてくるが、すぐそばに座る高橋(たかはし)が、こちらに聞こえない様何事か話すと、父も母も揃って笑いだす。


 唯一気兼ねなく安らげる筈だった、家庭という居場所を奪われた咲良(さら)

 もはや何が正しいか理解も出来ず、その思考は完全に高橋(たかはし)に屈服していた。




 夕食を半分以上残した咲良(さら)の体調を気遣ってか、二階の自室に上がろうとする咲良(さら)に対し、何故か高橋(たかはし)に付き添いをお願いする母。

 もはや言い返す気力もなく、ただその提案に頷くと、差し出された高橋(たかはし)の手を否応なく取り、おぼつかない足取りで階段を上がる。


 その途中で、学校では見せた事の無い笑顔のままの高橋(たかはし)が、静かに語り掛ける。


「…良い、ご家族ですね」


 ビクリ、と咲良(さら)の肩が上がる。

 この瞬間彼女は理解した、家族を人質に取られたのだと。


「先輩の行動次第で、この平和な家庭にも亀裂(・・)が入ってしまうかもしれない」


 もはや恐怖が抑えられずに、全身を震わせる咲良(さら)


「それは、私も望む所では無い、分かりますね?」


 彼女の中で、確かに涼子(りょうこ)は大きな存在だった。

 だが、家族の事はどうする?


 少しうっとおしいが、子供の頃から何かと甘やかしてくれた優しい父。

 口うるさいが、いつも咲良(さら)を気にかけてくれる頼りになる母。

 妹は最近生意気になってきたが、お気に入りのアイドルやファッションについて盛り上がれる友人の様な関係だ。


 皆、大切な家族だった。


「…申し訳ありません、高橋(たかはし)さんの言うとおりにします。

 今後、高橋(たかはし)さんに関わったり、嫌がらせをしたり一切しません。

 だから、お願いします、家族と、涼子(りょうこ)先生には、どうか……」


 涙で視界が霞む。

 何時の間にか、自室の前まで来ていた。

 高橋(たかはし)の手が、処刑台への案内人の手に感じられる。

 握った手をそのままに、ゆっくりとこちらに向き直った悪魔が、不気味なほど優しく微笑みかけながら言う。


「その点はご安心下さい…先輩も、ご理解いただけた様ですから」



 その日、彼女は一晩中、布団の中で震えながら過ごした。



 ◇



日下部(くさかべ)さんが休み?」

「はい、体調を崩したって聞きました」


 翌日の昼休み。

 生活委員会の一人から、そう報告を受ける涼子(りょうこ)

 詳しい話を聞き出そうとするが、彼女もそれ以上のことは分からないらしい。

 その報告にきた女子生徒も顔色が悪く、落ち着きが無い。


「すいません先生…わたしも今日は、気分悪いので早退します」

「あら、そう……判ったわ、お大事にね」


 言い終える前に、そそくさと慌てた様子で指導室を出ていく

 昨日から、体調不良を理由に何人かの生活委員が休んでいたが、これでメンバーの大半は学校を休んだ事になる。

 しかも、休んだのは普段からよく動いてくれる咲良(さら)を始めとした、主要なメンバーばかりだった。

 流石に偶然だとは思うが、涼子(りょうこ)の頭にはどうにも”高橋(たかはし)俊樹(としき)”の存在がちらつく。


 休んでいる所悪いが、詳しい事情を聞いた方が良いと判断した涼子(りょうこ)は、咲良(さら)に電話を掛けるが出る様子が無い。

 代わりに、暫くすると一通のメールが届いた。


涼子(りょうこ)先生、すいません。

 あたしはもう、高橋(たかはし)俊樹(としき)とは戦えないです。

 アイツは普通じゃないんです、悪魔でした。

 こんな事なら、関わらなければ良かったです。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさ――。』


 そのメールの内容を一瞬理解出来なかった涼子(りょうこ)

 あの咲良(さら)が、僅か数日で完全に心を折られた……?

 涼子(りょうこ)を崇拝し、猟犬の様に命令をこなしてきた咲良(さら)が。

 自らが育てた中でも、狂信的なまでに涼子(りょうこ)を信頼する最も頼もしい手駒。

 その咲良(さら)が数日で、涼子(りょうこ)の声すら拒絶するほどに心折られた事実。


 この分では、休んでいる他の生活委員も何か手を回された可能性がある。

 理性ではそれは不可能だと言っていたが、涼子(りょうこ)はもう”高橋(たかはし)俊樹(としき)”を過小評価しないと決めていた。

 用心するに越したことはない。


 もはや生活委員会は壊滅状態。

 たかが数日で、何故ここまで追い詰められたのか。

 恐ろしくも有るが、あまり悠長に構えては手遅れになる。


 こうなった以上、多少強引な手に出るしかないだろうと判断した涼子(りょうこ)

 ボクシング部を動かすか考える。だが、生活委員会が動けない今、彼らだけで解決しようとすれば、どうやっても暴力沙汰になる。

 それは最後の手だろう。


 ならば、涼子(りょうこ)自らが動くしかない。

 覚悟を決めた彼女は、高橋(たかはし)を放課後呼び出すべく、生活指導室を後にした。

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