宮内涼子と生活委員会【2】
放課後、そこには咲良が期待した物とは違う光景が待っていた。
「な、なんであの二人が仲良くなってるの……?」
何故かすっかり高橋に懐いた円谷を見て、歯噛みする思いの咲良。
あの狂犬を、手懐けた? 信じられない。
考え無しに手を出す学校一番の不良で、ボクシング部ですら手を焼いた円谷を、あっさりと半日程で懐柔したとでも言うのか。
咲良の中で、高橋に対する警戒度が跳ね上がる。
とにかく、この状況をそのまま見過ごす訳にはいかない。
涼子の指導が必要だと言う生徒、その中でも要注意人物上位の2名が手を組んでは、先生に合わせる顔が無いと咲良は思った。
「待ちなさいよ、そこの二人!」
「テメェは、日下部……!」
露骨に敵意を見せる円谷に対し、こちらに向き直った高橋の表情は変わらない。
いや、円谷には見せていた僅かな気の緩みが、彼女に対しては消え失せ平坦ないつもの表情に戻っていた。
その、咲良の事など眼中に無いと言わんばかりの態度に、頭に上りそうになる血を必死に抑えながら話す彼女。
「いい? その円谷って男はね、所属していたボクシング部で日常的に暴力沙汰を起こした挙句、校内で喫煙して停学になって、ボクシング部を追われた最低なヤツなのよ!
特待生で入学するアンタの様な優等生が、こんな奴と付き合ってたら品格が疑われるわ、やめときなさい!」
「なんだとテメェ、宮内の犬が……!」
尊敬する恩師を侮辱する様な言い方に、爆発しそうになる咲良。
だが二人を抑える様に高橋が前に出る。
「ご忠告有難うございます。
今後、彼がその様な行為を行っていた場合、クラスメイトとして責任を持って止めますので。
もちろん、それが叶わない場合には、きちんとご報告させていただきます」
高橋の無関心な表情からの、その事務的な口調が余計に彼女の苛立ちを増幅させる。
丁寧では有るが、お前に興味は無いと言わんばかりの言い方。
慇懃無礼に感じられるその態度に、咲良の歪んだプライドが怒りを爆発させた。
「なんなのアンタ! 上級生に向かってその態度……!!
あたしは、円谷とは付き合うなって言ったのよ!? 耳付いてるの!?
あたしは【生活委員会】の委員長よ!? アンタの為を思って、善意で言ってあげてるの!!
特待生だか首席だか知らないけど、黙って言うとおりにしなさいよ!!!」
ヒステリックに喚き立てる咲良に、周りの生徒達も騒然とする。
だが、突然人垣が二つに割れると、腰まである黒髪をなびかせながら一人の女子生徒が歩み出てきた。
「騒がしいですわね、ここは学び舎では無くて?」
「アナタは…緋ノ宮華凛ね……!?」
この荒れた場でも、柔らかな微笑みを浮かべる彼女。
艶のある濡れ羽色の髪は、編み込まれてサイドから後ろで繋がっている。
歩いているだけで、可憐ながら高貴。
まさに、生まれそのものが違うという風格を出していた。
高橋と並ぶ最高成績で入学し、既に学校に多額の寄付を行っている彼女については、1番の要注意人物として敵対してはいけない、と涼子に言い含められていた。
だが、頭に血が上った咲良は、そんな崇拝する教師の言葉も忘れ、緋ノ宮に突っかかる。
「緋ノ宮華凛、アンタのその髪も長すぎるのよ!!
それに編み込みは校則で禁止されているの、今すぐやめなさい!!」
「あら、それはできませんわ」
「はぁ? なんですって!?」
緋ノ宮の様子は高橋とも違う、最初から咲良を見下した態度だった。
嘲笑うように鼻を鳴らすと、咲良の怒りなど意に介さない様子で言葉を続ける。
「長く美しい髪はね、維持するのにとても”お金”がかかるのよ?
つまり、この髪は人の上に立つ”緋ノ宮”として必要な物。権力者の義務みたいなものですわ。
貴女みたいな、性根から貧層な方には…まあ分からないでしょうけど。
それに理解する必要もございませんわ、別に貴方に許可を取る必要は有りませんから」
「な、に!? アンタ何を言って……!!!」
「大体、編み込みなら3年生の方もやっていらっしゃいます、まずそちらを注意なさってはいかがかしら?」
「3年生は…いいのよ!! この学校はそういうルールでやってきたの!! お嬢様だか知らないけどワガママばかり言って!!!」
煽る緋ノ宮に我を失い、自分を棚に上げて支離滅裂な事を言い放つ咲良。
すでに正常な思考を放棄しつつある彼女が、最後の一線を越えそうになった時、高橋が彼女たちの間に割って入った。
「生活委員長、貴女は今冷静な判断を欠いている。
周りを見て、少し落ち着いた方がいい」
「落ち着いた方が良い!? そもそもこんなになったのは高橋、アンタのせいでしょう!!
アンタが素直にあたしの言う事を聞いてれば良かったのよ!!」
割って入った高橋に八つ当たりし、今にも掴みかからんばかりの咲良。
だが、それが実行に移される前に、騒ぎを聞きつけた教師がやってくる。
一人は咲良の敬愛する涼子。
もう一人は60歳位の白髪の男性、この学校の校長だった。
校長は、綺麗に白髪に染まった頭を床に擦り付けんばかりの勢いで、緋ノ宮の前で土下座をする。
その様子に、周囲の生徒たちも呆気に取られ、まるで時間が止まったかの様に固まった。
「も、申し訳ございません緋ノ宮様!!」
「校長先生、頭をお上げになって? 私は生徒なのですから。
ところで、この髪型が校則違反だという指摘を受けたのだけど、変える必要は有るのかしら?」
「あ、あれは古い校則でして…今の時代には合いませんので、その程度なら問題ありません、すぐにその項を改定します!!
派手に染められては困りますが、緋ノ宮様はそのあたりの分別は十分ついている方だと理解しておりますので、問題ありません!!」
「あらそう、良かったわ。
それじゃあ、私は失礼しますわね」
そして、ごきげんようと言いながらも、咲良には一瞥もくれずに去って行く緋ノ宮と、それを慌てて追いかける校長。
そのあまりな態度に、再び激昂しそうになる咲良を宥める涼子。
後ろには騒ぎを聞きつけたのか、何時の間にか他の生活委員のメンバー達が集まり、心配そうな表情で成り行きを見守っていた。
すっかり憔悴した咲良を見て、どうしたものかと考える涼子。
その時、1年の生徒数人が慌てた様子でこちらに走って来た。
「せ、先生! すいません男子生徒が倒れて!!」
「ああ、ごめんなさい待ってて。今日は色々と起こるわね……」
柄にもなく多少苛立ちを口に出してしまった涼子は、とにかく事態を収拾すべく動き出す。
「生活委員の皆さんは、倒れた生徒を保健室に連れて行って!
先生は咲良さんを見てるから。大変だけどお願いね!?」
「は、はい! わかりました!」
咲良は自分が面倒を見るべきだろうと思い、居合わせた生活委員達に指示を飛ばすと、咲良を連れて生活指導室に向けて歩き出す。
ふと、少し遠巻きの位置に移動していた高橋達と眼が合う。
咲良が何故こうなったのかは分からないが、やはり高橋は厄介な生徒だと内心で考えつつ、一応声を掛けた。
「ごめんなさいね、咲良さんも真面目過ぎるだけで悪気は無いの。
彼女には先生から言っておくから、貴方達も今日は帰りなさい」
「…はい先生、それでは失礼いたします」
何やら言いたそうな円谷を制し、きっちりと30度のお辞儀をすると、そのまま立ち去る高橋と円谷。
咲良はそんな二人をずっと睨み続けていたが、その肩に手を置きなだめる。
去って行く二人の後姿を見送りながら、思わず舌打ちが漏れそうになる涼子だった。
◇
「あれは少し失敗だったわね。咲良さん」
「す、すいません先生……!」
なるべく諭すよう話し掛ける涼子の言葉に、泣きそうな顔で謝る咲良。
他校の男子生徒に、ストーカーまがいの嫌がらせを受けていた所を相談に乗り、助けて以来彼女は涼子の忠実で優秀な駒として動いてくれた。
もっとも、それ自体涼子が仕組んだ事なのだが。
だが、些か忠誠心が強すぎるのか、こうやって時折暴走してしまう。
いざとなったら切り捨てればいいのだが、又新しい駒を育てるのも時間がかかるので、彼女にはもう少し頑張って貰いたい。
涼子は現状をどうすべきか考える。
緋ノ宮には手出し出来ない、彼女は金と権力で入学前から学校の上層部に顔を利かせている。
何を考えてこんな高校に入学したのか、今の所さっぱり分からないが、敵対するには危険な相手だった。現状では関わらないのが一番。
円谷は、放っておいて問題ないだろう。
ヤツは既にボクシング部を退部になり、留年までした。
時間が経てば耐え切れず、勝手に学校を去るだろう。そうでなくても特に問題は無い。
となれば、問題はやはり【高橋俊樹】。
「少し時期が早いけど、高橋君には”強めの指導”が必要ね」
「涼子先生…分かりました」
微笑む涼子の言葉に、咲良の口角がいやらしく吊り上がった。