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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【風紀委員会の日常編】
2/68

風紀委員長

 第三者の立場で今回の事件を考えてみる。


 まず、朝日麻莉奈について。

 彼女の最大の失敗は初動だろう。状況だけ見れば翔太の浮気を疑ってもおかしくは無いが、そこで感情に任せて激昂せずに話せば、ここまではこじれなかった筈だ。女と言うのは何時でも感情に任せて行動する。

 あまつさえ、彼女は自分の言いたい事だけ言って『逃げて』しまった。

 一度逃げという手を取ってしまうと、人間とは悪い方向に転がってしまうものだ。


 その後のメールでも一方的に翔太を咎めるだけで、悪く言えば自分の言いたい事だけ言って、あとは翔太が謝る以外無しという、相手に全く選択肢を与えないやり方。

 これでは翔太が憤るのも無理はない。


 その後も自分から動かず時間を開けてしまったのもいけなかったろう。

 人間はエスパーではない、話をしなければ何も伝わらないのだ。いくらクラスが違っても、その気になれば会う時間位は作れたはずだ。ここでも話し合いという選択肢から『逃げ』ている。


 恐らく、麻莉奈の普段からの強気な態度や振る舞いは、トラブルや本人の処理を超える事態に陥った時に出る『逃げ癖』という本質を隠すためのものなのだと思う。本来の彼女は臆病で傷つき易く、とても弱い。翔太と連絡の取れなかった間は家で泣いていたのではないだろうかと思う。


「だからといって全て許される訳ではない。

 そもそも謝罪として土下座やデート代を要求するのは、場合によっては【強要罪】や【恐喝罪】と取られかねない、一歩間違えば犯罪だ、あまりに思慮が浅いと言えるだろう」


「は、はい……ごめんなさいっ……」



 次に、桃井由香についてだ。

 そもそも、麻莉奈と翔太が付き合っていたのは彼女も知っていた。

 確かに二人が付き合う以前から、翔太と由香の距離は大分近かったらしいし、実際この二人が付き合っていると思って居た生徒も多かったらしい。

 だが、常識的な人間であれば彼女持ちの男にベタベタとするだろうか、いやない。

 聞き込みなどから、彼女持ちになったからといって、自分の生き方を変えるのはイヤだなどと言って依然と変わらない距離で接していたらしいが、それでも学校でのボディタッチは大分大人しくなっていたらしい。

 つまり、あの日はたまたまふざけて腕を組んでいた所を見られてしまったという。


 これは、どの程度かは不明だが由香の計算もあったと思う。

 腕を組んでいる所を見られるタイミングが良すぎる上に、その後に翔太と麻莉奈が別れたという話が広まるまでが早すぎる。

 まず翔太本人はわざわざそんな話を触れ回らない、まあ男は大体そんなものだ、精々仲の良い男友達に愚痴る程度だろう。

 次に麻莉奈だが、そもそも彼女は昨日まで別れたとは思っていなかった。そんな彼女が噂を広めることはない。

 ならば誰が噂を広め、外堀を埋めたのかと言えば、由香しかいないだろう。協力し広めたのはお節介キューピット系女子達だろう。


 最初は、軽い嫉妬からの当てつけだったのかもしれない、おそらく由香も別れ話になるほど大事になるとは思わなかったのだろう。こちらの情報網からも由香はすでに諦めていた様子だという話が伝わっている。

 だが、思いがけずチャンスが来てしまった。飛行機のチケットを取り損ね、駄目元で空港ロビーでキャンセル待ちをして途方に暮れて居たら、空席が出来たと知らされれば恥も外聞も無く飛びつく。誰だってそうするだろう、私もそうする。

 彼女の行いを全て非難はできない。


「だが、それで君の行いを正当化するには無理がある。

 あまり実感していない様子だが、もし今回の事が配偶者の居る男性だったなら、それは世間では『不倫』と呼ばれる行為だ。

 大体正面から堂々と告白するならまだしも、相手の弱みにつけ入る形で外堀から埋めて既成事実にしようなど、褒められた話ではない。そんなやり方では周囲の賛同も得られず、いずれ孤立し破局していただろう」


「うう、ひっく……ご、ごめんなさい」



 最後に、日野翔太だ。

 彼については一言『責任感の欠如』という他ない。


 大体、既に彼女がいるにもかかわらず、幼馴染とはいえ他の女性と過剰に接触するなど、どちらの女性に対しても失礼だ。

 付き合っていた麻莉奈に対しての思いが有れば、他の女性と仲良くすれば彼女を傷つける事は容易に理解出来た筈。

 それでも拒否しなかったのは、幼馴染ゆえの気安さ…などでは断じてない。

 要は、誘惑に負けたのだ。


 どんな男でも、由香くらいに可愛らしい、しかも巨乳の女子にくっつかれて嫌な筈はない、要はおっぱいだ。

 鼻の下を伸ばしている所を彼女に目撃され、激昂された。それだけのことだ、救いようが無い。

 気持ちは分かる。男ならば、女性のおっぱいに勝つのは難しいものだ。だがそれを乗り越えなければ、将来待っているのはセクハラ社員のレッテルを張られて退職という惨めな末路だ。


「大体、状況をみれば浮気と言われても否定はできない。

 そもそも、君は男女の関係を甘く見過ぎている、少しモテ期が来て浮かれているだけの愚か者だ。

 もし君が既婚者だった場合、今回の件で離婚すれば慰謝料300万円は支払わなければならなかったろう。

 それだけの事をしたと自覚することだ、気を引き締めろ」


「は、はい! 申し訳ありませんでした!!」



 今、この風紀委員会の一室には5人の男女がいた。

 風紀委員長である私と、昨日の当事者である3人、それに副委員長である彼女【緋ノひのみや 華凛(かりん)】。

 華凛は黒髪ロングの一部を編み込んで…アレしたような…正直髪型の名前など分からんが、とにかくお嬢様然とした容姿だ。実際お嬢様だから仕方がない。

 常に優雅な彼女が口を開くと、鈴のような声が紡がれてどんな状況でも空気が弛緩する。

 その微笑みを忘れない華凛が、普段より真面目な口調で話し始める。


「今回の一件ですが、委員長が仰った通りにそれぞれ皆さんに非がある、と風紀委員会は考えました。

 何か、意見はございまして?」


 日常であればその声と仕草だけで男女問わず虜にするが、彼女の纏う雰囲気と状況が変わるだけで、その効果は180度変わる。

 同年代の令嬢が放つ気配が冷気のように刺さり、三人は首を縦に振る事しか出来なかった。


「さて、今回の一件は幸いにも怪我人や器物破損などもなく、それほど重い処分はしなくて良いという事だ。

 だが、何もしなくて良いという訳にはいかない。

 君達三人にはそれぞれ、校外で別々の場所での【奉仕活動】をしてもらう、要はゴミ拾いだな」


 (言ってしまえばただの痴話喧嘩だ、校内で起こしたので無ければ何もしなくても良かっただろうが、他の生徒に見られている。示しを付けるのにも、分かり易い形で何かやらせなくてはいけない、とは面倒な話だ)


 内心の思考に、俊樹の口から軽く溜息が漏れた。

 実際、口で言う程に俊樹は3人を非難する気持ちは無い。

 ただ、全員にきちんと自分の非を認めさせ、平等に罰則を受けさせるために、敢えて厳しい意見を出したのだ。


 (私も高校時代、こうも色恋沙汰に情熱的になっていただろうか。いや今も又高校生だが)


 虫食いの記憶の、さらに遠い過去を呼び覚ますように思い返していると、それまで俯いていた翔太が、意を決したように立ち上がった。


「あの、会長にお願いが有ります!」

「いや、会長だと生徒会長と被るから俊樹でいい」


 俊樹は、被りが好きではないのだ。

 それに普通は委員長だと思われる。学級委員長と被るが。


「俺を、風紀委員会に入れてもらえませんか。下っ端でも何でもいいです!」

「ちょっと、翔太」

「何を言い出すのショウ」

「静かに。話を聞こうか」


 俊樹に促され、再び静まり返る3人。華凛は終始同じ微笑みを張り付けたまま、俊樹の左に控えている。再び意を決した翔太が話し始めた。


「俺、気が付いたんです。自分がガキでバカで、恋愛の事も女性の事も何も分かって無かったって。

 さっき言われましたけど、ちょっとモテて浮かれてるだけのバカだったんだなって。

 今回の事だって、俺が無責任じゃなければ起こらなかった事だと思うんです」


 それに反論しようと口を開きかけた幼馴染と元カノを、まあまあと掌で制しつつ、続きを促す俊樹。

 こんな時に女に喋らせると、話が脱線しまくり収拾が付かなくなる事を分かっている、だからこその反応の早さだ。女性に対しては行動の先を予測して動く事の重要さを俊樹は理解している。


「だから俺、彼女達に迷惑かけた罪滅ぼしも兼ねて、俊樹さんの下で働きたい…いや、勉強したんです!!

 昨日の話も、凄い為になったし、俺ガツンと来たんです!

 どうか、俊樹さんの下で働かせてください!!」

「「「昨日の話?」」」


 3人の女子の声がハモった。微笑みを絶やさない令嬢華凛は一切変わらなかった表情が崩れ、あれれ? って顔になってる。


「もちろん風紀委員会に居る間は、浮ついた気持ちは一切捨てます!

 彼女だって作りません! 絶対に!!」

「「「えっ??」」」


 再び一つになった3人の少女の想い。

 麻莉奈と由香は、どうしてそうなったという困惑の顔。

 華凛に至っては、何を吹き込んだと言いたげに俊樹を睨んでいる。

 眉間に皺をよせて眼光を飛ばすヤンキー顔だ、ご令嬢にあるまじき顔芸だった。


 俊樹は表情を崩さず、肘を立ててゆっくりと両掌を合わせて口元に持っていく。

 ここで少女たちのペースに合わせる必要は無い、帰宅時間が遅くなる、俊樹も出来れば定時で帰り勉強したいからだ。

 そのための【質問は受け付けない】という意思表示、雰囲気作りだ。


「…それは、彼女たち二人とはもう付き合わない、という事か?」

「いえ、違います」


 翔太ははっきりと答えた。


「俺、上手く言えないんですけど、ちゃんとしたいんです。周りに流されず、自分で考えて、それで責任も持って。

 だから俊樹さんの下で、そういうの学んだら、卒業式の日にきちんと自分で告白したいんです。それまでは一人の友人として付き合います。愛想尽かされるかもしれないけど、それでも後悔しません、きっちりしたいんです。

 それに、今は俺いい加減ですけど、将来ちゃんと結婚したら嫁さんと子供も養えるようにならないといけないし、だから彼女作るとか浮かれてないで、きちんと良い大学行ける様がんばろうって思って。

 『常に最悪を考えろ、いつの間にか外堀を埋め立てられ、両親同士が知り合いになってて、気が付けば婚約してたなんて事もあるんだぞ』って、昨日俊樹さんに言われて俺も目が覚めました」


 三人の少女の顔が、ぐるん! と一斉に俊樹に向けられた。

 ちょっとしたホラーだったが、組んだ両手に顔を乗せ、肘の骨で支える俊樹は微動だにしない。俊樹は骨で支える。


「風紀委員はラクではないぞ」

「覚悟の上です!」

「お前の選んだ道は厳しい道のりだ、わかってるのか?」

「はい! 『ローンや家庭の為に毎日残業続きのなか、珍しく早く帰ってみたら、夫婦の寝室で妻が間男と逢引きしていた』としても、冷静さを失わない位にメンタルを鍛えます!!」

「そこまでの覚悟が、あるのか…」


 もはや無表情で俊樹を見つめる少女たち、ご令嬢のは特に怖い。

 俊樹は、その場の三人の冷たい視線は一先ず保留とし、重々しく立ち上がると右手を翔太の前に差し出した。


「歓迎しよう、ようこそ風紀委員会へ」

「あ、ありがとうございます!!!」


 差し出された俊樹の右手を両手でしっかりと握る興奮気味の翔太、感動のあまり涙がこぼれそうだった。



 後に『放課後の三角関係乱闘(デルタアタック)事件』と言われたそれは、三者痛み分けでカップル0、風紀委員プラス1という結果を残し、また一つ学校の伝説になったのだった。





 ―――【高橋俊樹】には前世の記憶がある。―――

 

 所々穴の開いた記憶は、長年連れ添った妻の不貞が原因で離婚した、苦い記憶だった。


 バツイチ高校生【高橋俊樹】は、2度目の高校生活で恋愛と青春を謳歌できるのか。

 それはまだ分からない。


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