プロローグ
開け放たれた校門の前、使い込まれた竹箒を握りしめる彼女。
膝下まである地味な色合いのスカートに、上着として羽織ったジャージが少々アンバランスだったが、背中の【清崚高校】という文字を見れば理由が分かった。
邪魔にならない様アップに纏められた髪を気にしながら、今しがた校門前で行った自分の仕事を確認する。
いつも道り綺麗になった校門前の様子に、腰に手を当てて一人満足気に頷いた。
今日は【清崚高校】入学式当日、何時もより大分早く学び舎に着いた彼女は、春とは言え肌寒さの残る早朝から、この学校の顔とも言える校門を自主的に清掃している所だった。
学校とはいえ雑用は下から順にやらされる傾向にあるのは、普通の会社とあまり変わらないが、人間関係の構築が上手い彼女は、立場に関係無く常に率先してやって来た。
その為か彼女の評価は高く、生徒教師問わず頼りにされる事も多い。
ともあれ、それとは別に朝の掃除は嫌いでは無い。
毎朝この校門で生徒達を出迎え、笑顔で挨拶し続けてきた彼女。
そして今日は入学式、普段よりも気持ちが入り、自然と顔が綻ぶ。
今日からこの学校に通う新入生たち、その一人一人の希望に満ちた顔を見るのが楽しみでもあった。
まだ染み一つ無いブレザーを来て、期待と不安に胸を高鳴らせながら登校してくる彼ら。
彼女から見れば中学を出たばかりの、あどけなさの残る子供だ。
その彼らを自分が指導いていく、自分が彼らの人生を左右するのだ。
責任は重いが、その事を考えれば自然と気分が高揚して、身体が熱くなる。
その過程で多少つまみ食いはしてしまうが、誰が損をする訳でも無いのだ、問題は無い。
本心からそう考える、その傲慢とも言える彼女の内心を知る者は居るのだろうか。
彼女の美しい容姿からは想像できない、身勝手でおぞましい思考を頭に巡らせていた。
ふと、こちらに歩く人の姿を捉え、淫らな妄想を抑え込む彼女。
着ている制服はこの学校の物だが、生徒が来るには随分と早すぎる。今日は入学式という事もあり部活動は全て休み、朝練も無い筈だった。
背丈は170cm程だろうか、低くは無い。
あまり鍛えている様には見えないが、やせ型という程でもない。
眉間に寄ったしわと、鋭い眼つきが目立つ顔。
浮ついた様子は一切ない、言ってしまえばあまり高校生らしくなかった。
学生服を着ているからといって、中身がそうである保証はない。
万が一不審者だった場合も考えながら、警戒しつつも笑顔で彼女は尋ねた。
「失礼だけど…貴方はウチの生徒? 随分早い時間だけど」
「ああ、申し訳ありません。
今日は入学式の挨拶を任されまして、早めに来て欲しいと言う事でしたので。
少し早すぎましたか?」
「新入生代表? じゃあ貴方が首席入学の特待生?」
言われて思い出す、そう言えば今年は数年ぶりに、学力で【特待生S】枠に入った生徒が居たのだ。
今年は最高点で試験に受かった生徒が二人も居たが、もう一人は辞退したので、彼が新入生代表の挨拶を行う事になったのだと、あの気に入らない校長が自慢げに話していた。
その時見せてもらった写真が、確か彼だった筈だ。
その紛らわしさに内心毒づきながら、こういう子供らしくない男の子もたまに良いかも知れない、と思い微笑みかけた。
「高橋俊樹です、お初にお目にかかります……」
「あら、ゴメンなさい。自己紹介がまだだったわね」
にこりともせず、きっちりと30度のお辞儀をする俊樹をみて、高校生と言うよりサラリーマンの様だと内心苦笑しながらも、【特S】で入学する様な秀才ならば、この高校生らしからぬ振る舞いもおかしくは無いか、と自分を納得させる彼女。
若干やりにくさを覚えながら、咳払いをしてごまかすと、気を取り直して俊樹に向き直る。
「改めて入学おめでとう、ようこそ【学校法人清崚学園 清崚高等学校】へ。
私は生活指導教諭の、”宮内 涼子”よ」
その教師という立場を利用し、自身の欲望のまま学校を食い物にした、後に【清崚の魔女】と言われる女、【宮内 涼子】。
その魔女を追い詰める事になる生徒【高橋 俊樹】。
学校全体を揺るがし、その存続すら左右する事件の引き金となる二人の出会いは、誰も居ない静かな早朝の校門前だった。