第一期 風紀委員会
絢歌の風紀委員会入りが決定し、落ち着いた俊樹達は、そのまま手早く昼食を済ませた。
「龍成君…コーヒーは、無いの?」
「トシさんコーヒー苦手だから、置いてないぜ?」
「そうなの。大丈夫、アヤもお茶の方が…好き」
最後の『好き』の部分で俊樹を見たのは何故なのか。
絢歌の加入は早計だったかもしれない、と思う俊樹だが、今更である。
龍成に急須や湯呑の場所を聞くと、手際よくお茶を入れて運んでくる絢歌。
既に風紀委員会での立ち位置を決めるべく動いている。
佐々木の件もそうだが、見た目と違い行動力のある女子である。
絢歌の運んできたお茶をすすりながら、のんびりとしていた俊樹だが、ふと思い出し時計を見る。
「そろそろ、昼の放送が始まるな」
「おう、もうそんな時間かよ」
「トシ君…電話番号とアドレスと住所、早く教えて?」
そんな事を話している内に、設置されたモニターに映像が映し出された。
◇
丁度、その頃である。
緋ノ宮 華凛は食後のティータイムを楽しんでいた。
【GO GO! 紅茶! ストレートティー】と、やたら勢いある文字で書かれた紙パックには、紳士風の恰好をした、口髭でマッチョな褐色のボクサーが、右ストレートを放ちながら紅茶を飲むイラストが描かれている。
ボクシンググローブをはめたまま、どうやってティーカップを持っているのかは謎だ。
「はぁ、やはり食後は【ゴゴ・ティー】ですわねぇ……」
コンビニ限定商品だが、用意したのは黒服スーツの方々である。
黒服の仕事は本当に大変なのだ。
食後のまったりとした空気を、級友たち数人と過ごす華凛。
流行り物やドラマの話に相槌を打ちながら、穏やかな午後を過ごしていた彼女。
色々あったので、流石に華凛も疲れていたのだ。
そんな風にのんびりとした空気の流れていた1−6組。
ふと、設置されたモニターに視線が集まっているのに気が付いた華凛。
映し出された俊樹の姿に、そういえば今日は風紀委員会の校内放送が有ったと思い出す。
平和な午後を過ごしていた華凛だが、どうも嫌な予感がする。
そうこう考えている内に、モニターの中の俊樹が話し出す。
『――生徒並びに職員のみなさん、こんにちは。
風紀委員会からのお知らせだ。
まず、今回も目立った校則違反者などは出ていない。
健全な学校生活を送れる様に日々努力している、生徒並びに教職員皆さんのご協力に、感謝したいと思う。
次に、風紀委員会からの連絡だが――』
特に当たり障りのない内容に、内心ほっとする華凛。
だが、俊樹がそんな”当たり障りない”話しだけで終わるはずも無いのだ。
『――さて、つい先日風紀委員会で受けた相談で、女子を喜ばせるための”サプライズ”についてのトラブルが有った。
今日は、男子生徒諸君の為に、この”サプライズ”について少し話をしようと思う――』
この時、華凛は嫌な予感がした。
いや、すでに確信だったかもしれない。
『――誕生日や記念日、何か祝い事をしたい時。
その対象を喜ばせる為に、直前まで計画を隠して驚かせ、喜びを演出する目的等で、日本では使われる言葉だ。
男子生徒諸君にも、その有効性を知り、実践した者が既にいると思う。
たしかにサプライズは有効だ。
不意打ちで行われる愛のささやき、素敵なプレゼント、そのドラマ性に心打たれる女子も多いだろう――』
ここまでは良い、まだ大丈夫、別におかしな事は言って無い。
そう言い聞かせる華凛だが、心の警笛は鳴りやまない。
そして、案の定次第に話の流れが変わっていく。
『――だが、思い出してほしい。以前私が放送で話した内容を。
”女子に隠し事は通じない”という事をだ。
彼女達のネットワークは、正確さには欠けるが、素早く濃密で深い。
以前言った、”君の恋人のスパイは、何処にでも潜んでいる”と言う私の言葉を、今一度思い出してほしい。
女子達の情報収集能力は、その生活圏に限定すれば”国際警察”をも上回る。
もし男子諸君が本気でサプライズを成功させたいと思い、周囲の人間を一切排除した、地元以外の場所で計画を進めても無駄だ、アリバイの空白時間ですぐに怪しまれる――』
華凛は、その話を聞きながら、握りつぶした空の紙パックをゴミ箱に投げ捨てると、真顔で席に座った。
何やら、ガサガサと自分のバッグに手を突っ込んでいる。
『――そして、女子達は”隠し事”を嫌う。
たとえそれが、諸君が良かれと思ってやった事でも関係ない。
内心は喜んでいても、それを彼女たちのプライドが、表に出す事を良しとしないのだ。
そのため隠し事が発覚すれば、女子達はその内容に関わらず激怒し、一週間は会話すら出来無いだろう。
その間、男子諸君の弁当の中身は、”米と厚焼き玉子”の2色弁当になる――』
探っていたバッグから、白い革製の手袋を取り出した華凛。
左右それぞれに、見事な【鳳翼】が金糸で刺繍されている。
その手袋に、優雅に手を滑り込ませる華凛。
手首の辺りでパチンと音を立て、留め金が固定されたのを確認すると立ち上がる。
ギョッとした級友達に「ちょっと行ってきますわ」とだけ声を掛けて、風紀委員会室に歩き出した。
『――では、どうすれば良いか?
ここで私は男子諸君に、一つの策を提示したい。
”サプライズは事前に漏らせ”。
これは、自分がサプライズの準備をしていることを敢えて吹聴し、”バレた事に気が付いていない”というスタンスで計画を進めると言う事だ――』
音声だけが響く廊下、身も蓋も無い俊樹のセリフを聞きながら肩を震わせ、やや強い歩調で歩く華凛。
その歩みが、ふと止まった。
「よお……お嬢」
「……おどきなさい、円谷君」
「はは…わりぃ。それは出来ねぇ」
「…その、俊樹さまへの忠誠心を、少しは”幼馴染”に向けてあげなさいな」
「メメのことなら、あいつは幼馴染みじゃねぇ、”親友”だぜ」
「はぁ、これだから男は……」
そんなやり取りの最中も、俊樹の演説は流れ続ける。
『――注意としてこの際、何が目的でサプライズを計画しているかを、一緒に広めなければいけない。
隠し事をしている、とだけ伝わっては意味が無いのだ。
その時に一緒に”こんなプレゼントを用意している”、”ここまでするほど愛している”と思わせなければいけない。
逆に、それさえ伝われば、結果的にサプライズが成功したも同然、と言える――』
「”青龍”対”朱雀”、と言った所かしら。手加減は期待出来ませんわよ?」
「こんな形でお嬢と、本気でやりあう事になるとはなぁ。
まあオレなんざアンタに比べりゃ、タツノオトシゴみてーなもんだがよ。
……正直、嬉しくてたまらねぇ」
身構える龍成、その両の拳はわずかに震えている。
それは恐怖なのか、それとも歓喜故か。
対する華凛は、脱力し両手を下げたままの自然体。
その、ただならぬ様子に、居合わせた周囲の女子は怯え、男子は若干キラキラした目で見ている。
学園格闘黙示録な光景の中、俊樹の演説は更に続く。
『――彼女の友人数人に、「内緒で相談なんだけど」と言いふらせば確実に広まる筈だ。
その上で、さりげなく彼女の目の前で映画のチケットを落としたり、アクセサリーショップのチラシを見たりすれば更に効果的だろう。
携帯端末の履歴も、それらを調べた形跡を多く残す必要がある。
以前も言ったが、パートナーに対し男子諸君の携帯端末には、プライベートなど無い。
確実にチェックされている、それを逆手に取れ――』
すでに演説も終わりが見えているが、華凛は前に進む事を諦めてはいない。
「つかお嬢よ、放送止めんなら放送室じゃねえのか?」
「星野芽々がこんな面白そうな放送、素直に止めてくれると思って?」
「ハハ、違いねえな」
「とにかく、私は…もうね、高橋俊樹に、一発”おみまい”してやらないと、気がすまないのですわ……」
そして、自然体のまま華凛はゆっくり歩を進める。
龍成の握った拳に、ひやりとした物が流れた。
◇
その後まもなく、風紀委員会の扉が騒がしく叩かれた。
『俊樹さま! た・か・は・し・と・し・き!! 居るのは分かってますわよ!!』
「ん、龍成君やっぱりダメだった」
「そ、そうか……」
放送が始まり間もなく、俊樹の危険を予感した絢歌と龍成は、華凛から俊樹を守るべく行動に移していた。
龍成が時間を稼ぎ、休憩時間終了の予鈴が鳴るまで此処に立て籠もれば逃げ切れる筈だったのだが、やはり華凛には勝てなかった様だ。
「龍成君、案外、根性が無い」
「いや、それは酷だろう」
そもそも、校内で華凛に唯一勝てる可能性が有るのも龍成位だろう。
その可能性が、かなり低いのは置いておくとして。
そんな事を話している内にも、ドアの外からは賑やかな声が聞こえてくる。
『開けなさい! この大馬鹿野郎!! 今日と言う今日は! おみまいしてやりますわよ!!
くっ! 鍵が!! このドアぶち破ってやりますわ!!』
『お困りの様ですね! かりんさん!! ここはボクにまかせてください!!』
『ぜーぜー…ほ、星野さん何か考えがありまして?』
『ボクの鍵開けのスキルを舐めてもらっちゃーこまりますね!!
このヘアピンを鍵穴に差し込んで、何かパキって音が…ん!? まちがったかな…』
『あああ!! 悪化させてどうしますの!!』
『緋ノ宮さん、合い鍵持ってきましたよ! って、アレ? 鍵が刺さらない??』
『翔太早く開けて! あたしのメロンパン!!』
『まりちーメロンパンじゃなくて、お肉を食べた方が良いよ?』
『おおーフラフラするぜ、お嬢さっきの技なんだ? 痛くねぇのに意識が飛んだぞ』
『このバトル馬鹿は、もう少し寝てれば良いんですよ!』
『まさか、秘伝”打水朧”を使う事になるとは思いませんでしたわ』
『え? かりんさん何それ見たい!!』
『いいからアナタは鍵穴を直しなさい!』
……風紀委員会も随分と騒がしくなってしまったな、と感じる俊樹。
指導する立場としては褒められた事ではないが、こういう賑やかなのも悪くないと思っていた。
「ふふ…トシ君、笑ってる」
「ん……そうだな」
気が付かないうちに、笑って居た様だ。
そんな絢歌も微笑みを浮かべている。
出会った時に比べて、本当に穏やかに笑う様になった。
頑張って良かった、そう思う。
無意識に上がった口角を撫でながら、とにかく鍵を開けてやろうかと考える。
さて、入って来た華凛に何と謝ったら良いだろうか、と苦笑いしながら眉間に皺をよせ、頭を悩ませる俊樹だった。
◇
放課後、風紀委員会全員が会議室に集まった。
あの後、俊樹は誠心誠意謝罪し、今後校内放送は華凛が一度検閲する、という事で納得してもらった。
俊樹としては嘘を言った訳では無いのだが、嘘じゃなきゃ何でもいいって訳でも無いのだった。
本当に恐かったので、少し反省した俊樹だった。
「本当に、次やったら”マジおこ”ですわよ!」
「ああ…本当にすまない華凛」
ちなみに、絢歌の風紀委員会での役職は【書記】という事になった。
これはもう生徒会じゃないかな? と翔太あたりは思っていたが、他の生徒達の認識も実は近い物が有る。
3年生中心で構成された現在の【生徒会】は、【宮内涼子の事件】の影響で信用度が下がっている。
今現在は、この【風紀委員会】が生徒たちのトップにいる、と言ってもいい。
「【書記】の絢歌さん、入ったばかりで大変でしょう? お茶くみは私がやりましてよ?」
「大丈夫、もう慣れた。【副委員長】の華凛ちゃんに雑事は、任せられない」
「絢歌さん、俊樹さんはコーヒーが苦手なので、持ってきてはダメよ?」
「知ってます」
……何か、嫁と姑のようなやり取りをする絢歌と華凛を、見ないふりをすることに決めた俊樹。
お互い、仮面のような笑顔を向け合っている、あんな恐い状況に突っ込む気力は無いのだ。
能面の様な笑顔をする絢歌を見て、本当によく笑う様になったな、と現実逃避する俊樹だった。
「…まあ、会議を始める前に全員揃っているか確認する。
まず【風紀委員会】より。
【副委員長】緋ノ宮 華凛
【書記】橘 絢歌
【正規委員】円谷 龍成
【正規委員】日野 翔太
【準委員】桃井 由香
【準委員】朝日 麻莉奈
そして放送委員会より。
【放送委員長】星野 芽々
進行は私、【風紀委員会 委員長】高橋 俊樹が行う」
今日の会議には、俊樹をはじめとした正規メンバーである5人と、芽々たち準メンバーの3人、合計8人が揃っていた。
会議の内容は、まず全員の顔合わせ。
そして、以前翔太にも約束したが、【風紀委員会】発足の理由を、現在のメンバー全員で共有する為だった。
「これから話す内容は、すべて極秘事項だ。決して口外しない様に。
又、あまり気分の良い話では無い。特に、巻き込まれたアヤさんにとっては、辛い事を思い出させてしまう事になる」
「ううん、トシ君が居るから…もうアヤは、大丈夫だよ?」
絢歌の瞳に迷いは見えない。
その事を確認すると、再び話を薦める俊樹。
「今日これから話すのは、【宮内涼子の事件】の、ほぼ全容と言っていい。
その事件こそが、我々が【生活委員会】を潰し【風紀委員会】を立ち上げた理由になる。
今後、我が【風紀委員会】で活動する諸君には、知っておいて欲しい」
その内容の重大さに、緊張で唾を飲み込む翔太。
張り詰めた空気の中、さらに言葉を続ける俊樹。
「すべて聞き終えれば、何故我々が【風紀委員会】を立ち上げたか分かるだろう。
そして、なぜ我が校の校長が【お坊さん】なのかも」
事情を知らない絢歌と翔太たち3人は、『え、お坊さんも関係あるの?』という驚愕の顔をしてる。
そんな事はお構いないしに、俊樹は更に話を進める。
「さらに、何故”龍成と私”がルームシェアしているのか、それも分かる」
「ああ、そういや今日の晩飯当番オレだっけか?」
その言葉を聞いた翔太達3人は『初耳なんですけど!』という顔をしている。
絢歌の方は、なにやら殺気立った眼つきで龍成を睨み始めた。
「同棲…トシ君が龍成君と、同棲……」
「龍成君、やっぱりBLなのね!? 翔太は渡さないわ!!」
「龍成くんと俊樹さんが、一つ屋根の下で……やだ、ショウは駄目よ!?」
「…おい、お前ら変な誤解すんじゃねえ。メチャメチャ広い所だから部屋は別々だぞ」
殺し屋の眼をした絢歌と、誤解をぶり返した麻莉奈達を説得する龍成。
「お前達、静かにしろ。まず最後まで話を聞け」
「俊樹さまが余計な事を言ったからですわよ……」
「いやー、やっぱとしきさんは面白いですね!!」
静粛に、と言いながら手を叩く俊樹。
強引に場を鎮めると、わざとらしく咳ばらいをする。
そして、普段から寄っている眉間の皺を更に深くさせながら、真剣な表情になる。
「それでは、聞いて欲しい。
【風紀委員会】の前身である、本来は学校の風紀を正す役目をしていた【生活委員会】。
そのトップとも言える立場に在りながら、自らの欲の為に組織を私物化し悪用した悪女。
【宮内涼子】の起こした事件の話を」