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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【風紀委員会の日常編】
16/68

勝負

 日野翔太と話し合った翌日の昼休み、風紀委員会室。


「いくら”おっぱい”が怖いからってオトコに言い寄るなんて最低!!

 翔太のアホ!! 野獣!! BL!! うえぇぇぇぇぇぇん!!!」

「ああ!! 待って逃げないで!! その誤解はシャレにならない!!」

「まりちー! 食べ物は投げちゃダメだよーーーーー!!」


 両手に持っていたメロンパンを、翔太の顔面に投げつけて逃げ出したのは、朝日麻莉奈。

 それを翔太と桃井由香が追いかける、いつもの微笑ましい光景が、俊樹の目の前で繰り広げられていた。


 昨日、翔太が人相が悪いと言ったのを根に持っていた龍成が、ふざけ半分で翔太に絡んでいた時。

 話の流れで「友達(ダチならオレの良い所上げてみろよ」と龍成が言った。


 素直な翔太は、龍成がぶっきらぼうな言い方ながらも、風紀委員に来た時から色々教えてくれた面倒見の良さ、などを例に挙げる。


 褒められてまんざらでもない龍成に、「だから、最初会った時から龍成君の事は好きですよ」と翔太が言った時、丁度いいタイミングで麻莉奈が入って来たのだ。

 その時の体勢もまずかった。体育会系な龍成のノリで、まあ肩組んだりと距離感が近かったのだ。


 それを色々と、風紀に反する方向に誤解した麻莉奈が、何時ものように逆上して逃げ出したのだ。

 しかし、流石にアレだけで誤解されるのはいかがなものか、雰囲気で判るだろうに。後、いつも廊下は走るなと言っただろう、と思う俊樹。


 室内の空気が落ち着きを取り戻すと、取り敢えず麻莉奈が投げた2個のメロンパンを拾い上げ、軽くホコリを払う様に叩いてからテーブルの上に置いた。


 ふと、珍しく疲れた様子の龍成と目が合う俊樹。少し気まずい空気が流れる。


「トシさん、オレにアッチの趣味はねぇからな……」

「ああ…分かっている。

 しかし、朝日は何故昼飯がメロンパン2個なのだ?」

「確か『御利益(ごりやく)』とか言ってたぜ」


 メロンパンを食べても、胸がメロンになる訳は無いのだが。


 その、(わら)をも掴む様な麻莉奈の努力。

 見ている方まで涙を誘う。

 豊胸のコツを調べておくか、と思う俊樹だった。


「そういやトシさん、何で今日は風紀委員会室(コッチ)で飯食おうなんて言ったんだ?」

「今日は昼の放送で『風紀委員会活動報告』が流れるからな」

「あの録画したヤツだな」


 毎週、風紀委員会からのお知らせという事で、放送委員会にお願いして週一回、放送枠を貰っているのだ。

 昼休みは時間が限られるので、前もってカメラに録画し、それを流してもらっている。

 それに、失敗できない生放送ではハードルも高い。


「クラスメイトが居る中で、自分の姿がモニターに映るのは気恥ずかしくてな」

「そりゃそうだ」


 言いながら笑い合う俊樹と龍成。

 翔太達が出て行った為、今この部屋に居るのは二人だけだった。

 華凛は自分のクラスである1−6組に居るのだろう。委員会活動では無いので、特に声は掛けなかった。


 翔太は移動中に出会ったので、そのまま流れで付いてきたが、それを知った由香と麻莉奈がやって来て、あの騒ぎになった。

 麻莉奈がメロンパンを取りに来るのか、少し心配な俊樹である。


 そんな事を考えていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。

 この【風紀委員会】のドアをノックする人物は、今の所は少ない。

 頻繁に来る部外者の芽々はノックなどしないし、教師以外の関係者もノックの習慣があるのは俊樹位だ。


 何と無く、誰が来たのか予想が付いた俊樹は、やや躊躇しながらも、どうぞと声をかけると、静かにドアが開く。


 そこにはやはり、黒髪をポニーテールに纏めた3年の女子、橘絢歌(たちばな あやか)の姿があった。

 制服姿の彼女は、可憐で凛としたスミレの花の様で、日曜のクールで大人びたパンツスタイルとは違う魅力を出していた。


 表情に乏しいく分かりにくいが、若干頬を染めた彼女。

 普段の余り表情を変えない絢歌を知る人間が見れば、その変化に驚くであろう。


「えへへ、来ちゃった」



 ◇



 立ち話も何なので、絢歌に席をすすめる俊樹。

 用件は大体分かるが、どうしたものかと思っていた。


「アヤ先輩、さっきのセリフは芽々の入れ知恵だよな?」

「うん、なんで…わかったの?」

「余りに似ていたからだ。アヤさん」


 独特の間が有る話し方も消えるほど、かなりレベルの高いモノマネだった。

 芽々は、『こういう感じでいけば掴みはオッケーですよ!』などと言っていたのだが、それをそのまま本人レベルで真似てしまったので、誰のセリフなのかバレバレなのだった。

 絢歌の思わぬ特技に出鼻を挫かれつつも、用件を聞きだすべく話を切り出す俊樹。


「それで、アヤさんはどういったご用件で?」

「うん。アヤ、風紀委員会に入ります」

「それは決定事項なのか」


 有無を言わせない言い方に、半ばあきらめつつも、一応確認をするべく話を進める俊樹。


「アヤさん、貴女は引退するとはいえ【弓道部】に所属しているでしょう」

「昨日、辞めてきた。だから、大丈夫」

「ああ、だから今日になったのだな」


 絢歌の様子から、翌日にでも来ると思って居た俊樹。

 一日開いたのは、色々と準備をしていた為だと知り、納得する。


「書類も、全部書いて来た。後は…トシ君だけ」


 そう言われて出された書類を見れば、俊樹のハンコを押す欄以外全て埋まっている。

 校長のハンコまで押してあるのはどういう事なのだろうか。そこは最後の筈だが、どうやって押させたのか。

 婚姻届を手に、結婚を迫られている様な錯覚に陥る俊樹。

 まだ未成年で結婚出来ない歳だが、絢歌なら実家の住所を教えようものなら、適正年齢になった瞬間に保護者の同意書を獲得してきそうだ。


 うっかり現実から逃げそうになった思考を、元に戻す俊樹。

 一応、絢歌が来たら説得するつもりでいた俊樹だが、こうなると考えていた断り文句も全て無駄だ。

 そう、戦う前から勝負が決まっていた。絢歌の重い女としての実力は、既に”孫子”並みなのではないだろうか。


 だが、もう一つ確認しなければいけない事がある。


「アヤさんのやる気は、まあ、凄く分かった。

 だが、それでも最後に確認したい。

 日曜日の件でも分かると思うが、我々は【宮内の事件】で、一部の生徒や元生徒等に恨まれている。

 一緒に居るだけで、逆恨みに巻き込まれる可能性もある。その時、都合よく助けられるかも分からない。

 それでも貴女は、【風紀委員会】に入りたいと?」

「うん、それでも入る」


 『入りたい』では無く、『入る』と断言する絢歌に苦笑いしながら、俊樹は最後に自分の気持ちを語り出す。

 絢歌も俊樹にとって、もう【友達】だ。


「…正直に言うとな、個人的にアヤさんを危険な目に遭わせたくない。

 これは、貴女の友人としての、嘘偽りない気持ちだ」

「…トシ君と、仲良くなりたいの」

「別に、友人として会いに来るなら構わないし、連絡先位なら教える。

 【風紀委員】にこだわる理由は無いと思うが」

「それはそれで、言質は取ったけど。それダケじゃ駄目」

「なっ……!!」


 ペースを崩された為か、恋する重い女の前で、迂闊な発言をした俊樹。

 何と切り返そうか迷っていると、真剣な面持ちになった絢歌が、何時の間にかすぐ傍に居た。


「アヤがおかしくなって、自棄になった時に、君は怒らないで話を聞いて、聞いた後に叱って、アヤは悪くないって一緒に泣いてくれた。

 年下の君に、お父さんみたいに、頭を撫でられて、凄く嬉しかった」


 普段より饒舌に話す、絢歌の真剣な雰囲気に押され、俊樹も龍成も息を殺し唾を飲み込む。


「そうやって、閉じこもってたアヤの殻を、全部壊してくれた。

 だから、アヤは好きになった」

「トシさん、トシさん、今先輩に告白されたんじゃねえか?」

「いや、違うだろう。名前言って無いし」

「うん、まだ告白してない」


 告白では無かった様だ。

 そんなわけあるか、と内心突っ込みたくなる龍成だが、俊樹の目は泳ぎまくり、正常な思考を保てていないのが傍目でも分かる。

 完全に主導権を握った絢歌が、言葉を続ける。


「…でも、今はまだ駄目。

 トシ君の殻は、アヤよりずっと硬くて、重なって、分厚いから。

 どんなに頑張ってもアヤの好きは、トシ君の心まで届かない」


 その言葉に、ズキリと胸に痛みが走る俊樹。


 前世での断片的な記憶。

 幸せだった時の彼女の顔、楽しかった思い出、そして裏切られた時の胸の痛み。

 良くも悪くも想いが強い出来事ほど、しっかりと思い出す。

 その度に、自分では女性を幸せに出来ないのでは、そんな感情で全身を締め付けられた。


 自分が幸せになる方法は分からない。だからせめて人には幸せになって欲しいと思う。

 その矛盾した感情が、俊樹のお節介の原動力でもあった。


 ふと、目の前にいる絢歌を見る俊樹。

 彼女は泣いていた、泣きながら怒っている様な顔にも見える。

 そこには、絶対に自分を曲げないと言う意思が感じられた。


「学校に居られる時間、アヤには残り1年も無い。3年生には、受験もある。


 だから、全力で走る。走って殴って、的に届くまで壊す。

 もう道を間違わない、迷わない。真っ直ぐ行く。


 ずっとトシ君の隣に居たい。

 風紀委員なんて関係無い、君の居るとこが、アヤの居場所。

 トシ君が行くなら、何処にだって行く。


 アヤの恋、誰にも邪魔させない。

 トシ君が邪魔するなら、君にだって…負けない!」


 正面から、きっぱりと言い切る絢歌。

 不意に、俊樹の口から、小さな笑い声が漏れた。

 その清々しい表情に、どんな意味があったのか、言葉では表現出来ない。

 まだ、トラウマを克服出来た訳でも無いが、ふと思った言葉がそのまま口に出てしまう。


「今回は、負け、か……」

「うん、アヤの勝ち」

「…私は手ごわいぞ、正直女子は苦手だし、結婚したら男なんぞ銀行扱いされるものだと思ってる」

「大丈夫、アヤが養うから」

「勘弁してくれ……」


 ゆっくりと立ち上がる俊樹。

 後ろの方では、珍しくコテンパンに言い負かされた俊樹を見て、龍成が必死に笑いを抑えて居る。


 それを横目で見ながら苦笑いをしつつ、右手を絢歌の前に出し、お決まりのセリフを言う。


「歓迎しよう、ようこそ風紀委員会へ」

「うん…よろしくね」


 ポニーテールを揺らしながら、普段見せない笑顔を見せる絢歌。

 それを意識したのか、少し手をそわそわとさせる俊樹。

 絢歌の細い指が、その手を握りしめた。


 後に名簿に記される、【清崚高校 第一期風紀委員会】のメンバー5人が揃った瞬間だった。


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