友達
「俺、そんなに頼りなく見えますか?」
「廊下で暴れる女子二人、止められん男だろう?」
冗談交じりに返された俊樹の言葉に、苦笑いする翔太。
「あれは私でも止める自信は無いがな」
「じゃあ、言わないで下さいよ」
それもそうだ、と二人で笑い合うと、やや真面目な顔になった翔太が話を続けた。
「見くびらないで下さい、俺だって男ですよ。
そんな話されたら、尚更手助けしたいって思うじゃないですか。
何ていうか、俊樹さんてあんまり高校生っぽくない所ありますけど、俺はもう『友達』だって勝手に決めてますから」
「友達…友達か、そうか」
言われた言葉を反復して噛み締める俊樹。初めて意識したが、今まで無意識に同級生達を『下』に見ていたのだと思ったのだ。
前世の記憶。曖昧ではあるが、自分では精神年齢40代位だと思う。
見下している訳ではないが、見守る様な保護者的視点で接してしまう事が多かった。
現実に自分は今、高校生なのに。
いや、違うな。と俊樹は気が付く。
結局自分は怖かったのだ。
見た目の若さと中身がちぐはぐな、この世界では異質な自分が、素直に受け入れて貰えるのか。
だから、見守るなどと言い訳をして、距離を取っていたのだろう。
人の事をとやかく言えない、自分はただ年上ぶっているだけの、臆病な子供だ。
だが、そんな自分に日野翔太は、素直に好意をぶつけてくれた。
友達と言われて、それが俊樹を懐かしくも心地よい気分にさせてくれたのだ。
こんな照れ臭い気持ち、いつ以来だろうかと思う。でもその気持ちが、俊樹が今『高校生』だという証拠なのだな、そう思った。
だったら、年上ぶるのは止めよう。素直にならない自分より、翔太のほうがよほど『大人』なのだ。そう思ったのだった。
「そうだな、我々は『友達』だな、日野…いや、翔太」
「そうですよ俊樹さん」
「『さん』は取れないのか?」
「ああー、さん付けた呼び方に慣れすぎちゃって……」
「ふっ、そうか。ハハハ」
男同士で爽やかな空間を作り出す二人。
龍成も、すぐそばで黙って頷いている。
その少し引いた場所から、華凛は入学以来見せた事も無いような、ほっこりした笑顔を浮かべていた。
男同士の友情は、時には女子にとっての癒しになるらしい。
「そういう訳ですから、俺絶対に風紀委員会入りますよ」
「分かった、友人として私を助けてくれ、宜しくな」
「おう、当然オレも『友達』だよな!」
「勿論ですけど、龍成君あんまり顔近いと恐いです」
「ああ? なんだとコラ?」
冗談ですよと言う翔太、案外図太いヤツである。その軽口に笑い合う3人の男子高校生。
華凛の表情はいよいよ、ちょっとヤバイ位のニヤけ方になっているが、本人は気が付いているのだろうか。幸い3人の視界には入っていない様だが。
「まあ、危ない時には遠慮せず逃げろ。
何なら、華凛に鍛えてもらえば良いかもしれん」
「宜しいんですの? 最悪死にますわよ?」
「俺、死にたくないんで遠慮します」
「龍成はどうだ?」
「いいぜ、取り敢えずぶっ倒れるまで走れ」
「どっちも地獄っぽいんですが……」
どうも、小西の件から学習しているのか怪しい俊樹。
この先も振り回されそうな予感のする翔太だった。
そして無理ですと繰り返し言う翔太の背中を、龍成が任せろといいながら叩く。
いつの間にか空になった湯呑を弄びながら、これが青春かと柄にも無く思う俊樹だった。
◇
日野翔太との話し合いが終わり、緋ノ宮華凛は校長室に向かっていた。
廊下を歩く華凛がふと、正面からやってくる小柄な女子に気が付く。
ぺたぺた子供っぽい走り方、放送委員長の星野芽々だった。
「やー、かりんさん! 昨日は美味しかったですね!!」
「ごきげんよう星野さん。相変わらず美味い話が好きですのね」
開口一番スイーツの話をする芽々に、表現に捻りを加えながら答える華凛。
帰りの不良との一件など、どうでもいい事の様に振舞う辺り、中々大物だと思われる。
「今度は華凛さんオススメのお店に連れてってくださいよ!」
「いいですけど、私が薦めるお店は、ドレスコードが厳しいですわよ」
「ええー、庶民的なお店は無いんですか?」
「調べておきますわ」
「期待してますよー!
それで、話し変わりますけど――昨日はやりすぎじゃない?」
脈絡なく素の声色に変わる芽々に、一瞬寒気を覚え表情を硬くする華凛。
突然話題を変えた芽々は、その表情を読むかの様に、じっと華凛を見つめていた。
それも長く続かず、いつもの緩い表情に戻った芽々。
この小さな上級生が何を考えているのかは、華凛でも分からなかった。
華凛は会話のイニシアティブを取る為か、いつもより饒舌に話を進め始める。
「私の性格はご存知でしょう? あんな下劣な輩に手加減など無用ですわ」
「あれれー? 勘違いしてます? ボクが言ってるのは、”橘 絢歌”を巻き込んだ事ですよ」
煽り気味に話す芽々に痛い所を突かれ、内心舌打ちする華凛。
そう、薮内たちの件をわざと遅れて報告し、絢歌が引けない状況にして巻き込んだのは、華凛だった。
そもそも、絢歌は風紀委員では無い。あの場に居る必要も無かったのだ。
傍から見れば、華凛の僅かな動揺は分からない。
だが、星野芽々という女には、些細な心情の変化も察知されてしまう可能性が有る。
華凛は、彼女をそう評価していた。
そんな内心はおくびにも出さずに、華凛は言葉を続けた。
「彼女は風紀委員に興味を持っていました。動機は不純ですけど、いずれ委員会の門を叩いていたでしょう。
だから、早めに風紀委員の現状を知ってもらった方が良いと、判断したのですわ。
もっとも、あの様子では引きそうにありませんが」
「ええー、でも日野翔太にはそんな事してませんよね?」
「日野君にも、昨日の事は既に俊樹さまから説明しましたわ。
それに、彼にはいつも、桃井さんと朝日さんがついてらっしゃいます。
流石に、あの子達二人まで巻き込めないでしょう?」
「なるほど、それもそうですねー。
わかりました! ボク納得しました!!」
そして、唐突に会話を切り上げると、去り際に「今度、風紀委員新人歓迎会やりましょうね!」と言い残し、現れた時と同じくペタペタと走りながら去って行く。
廊下の角を曲がる直前に芽々が振り向くと、華凛に向かってこう言った。
「かりんさーん! ボクたち、『友達』ですよね!!」
「ええ、もちろん『友達』ですわ」
それを聞くと、笑顔のまま曲がり角に消えた芽々。
いつもと同じように、微笑みを浮かべたまま見送る華凛。
彼女達が何を考えていたのか、その表情からは分らなかった。
 




