フードコート
テンションのおかしくなっていた俊樹と橘を、何とか落ち着かせた緋ノ宮達。
「くぅー疲れました!」
「メメ、お前何もやってねぇだろ」
2個目のLサイズポップコーンを間食した星野は、やたら太いストローの刺さったチョコドリンクを飲んでいた。
上に乗った巻き巻きのクリームが、高カロリーを激しく主張している。
「そんだけ食ってんのに成長しねーな」
「それは言わないで」
一瞬真顔になる星野。現在の身長は145cmだ。
残念ながら、これ以上伸びる兆しは無い。
「本当に、なんで私が、こんなに疲れなくてはいけませんの……」
二人を落ち着かせたのは、緋ノ宮の功績だった。
星野と円谷は役に立たなかったので。
「何か、閉店間際の居酒屋で新人に絡む上司に『終電近いですから』とか言って帰らせる部下みたいでしたね」
「何なんだよ、その例えは」
まあ、星野の例えは的を射ているのだが。
当事者の俊樹と橘は、若干気まずそうに謝る。
「うん、まあ、済まなかったな」
「はしゃいじゃって、ごめんなさい…」
話しながらも、視線はチラチラと俊樹に向いている橘。
憂いを帯びた先程までの顔とは違う。
視線の中に熱を込めて時折微笑むその表情は、先程までとは別人の様だ。
少女の様な儚さは残しているが、言うなれば『女の顔』だった。
「あーあーアレ完全にメスの顔じゃないですかーやだー」
「ぐぬぬぬぬ」
微妙な表情のまま小声で話す星野と、何故かハンカチを噛み締める緋ノ宮。
このお嬢様は、どうも古典的な表現を好む様だった。
「かりんさんが悔しがるのは意外ですね」
「こう、遊んでいたオモチャを横からさらわれた気分ですわ」
「としきさんは、そういう扱いなんですね」
「お前達、馬鹿な事を言ってないで、話を進めるぞ」
自分の事は棚に上げる俊樹を睨む二人。案外、自分自身の事は分からないものだが、俊樹の場合それが酷い傾向にある様だった。
「一応、今回の件はこれで解決したという事で良いだろう。
橘先輩も、今後自棄になることはないと約束してくれたしな」
「橘じゃ、だめ。アヤって、呼んで?」
「ん、いや、橘先輩?」
「…………。」
「絢歌先輩?」
「………………。」
「…アヤさん」
「それで妥協する」
橘の迫力に押し切られる俊樹。
その何とも言えない威圧感に、あまり外見や性格は似て無い筈の、前世の妻を思い出すのだった。
「何てこと! 既にヤツのスタ○ド攻撃は始まっていますよ!」
「メメ、あの先輩なんか急に存在感増してねーか?」
過去のトラウマを吹っ切ると同時に、色々と覚醒してしまったらしい橘だが、しょうがない。恋しちゃったから。
恋しろって言った俊樹にも、多少責任は有るのだ。
こうして、今回の事件は俊樹にとっても、今後の高校生活を左右するものになるのだった。
◇
「思うんだが、アヤさんにはその服、あまり似合わんな」
「あうっ……」
「あ、いつものとしきさんです! お帰りなさい!」
「もう少し女性に対して、お気遣いをなさってくださいまし」
「オレは取り繕ってもしょうがねーと思うがなぁ」
相変わらず女性にも直球で物事を言う俊樹に、がやがやと反応する面々。いつもの光景だった。
あれから、昼時も過ぎていた事も有り、1階のフードコートまで降りてきて、全員で一緒に食事を摂ったのだ。
色々とあった橘だが、胸の内を吐き出し、お腹も満たされたお陰だろう。風紀委員の面々ともすっかり打ち解けた様子だ。
俊樹たちの方も、どちらかと言えば橘に同情的であり、なにより佐々木たちのイチャイチャぶりに少しイラっとしていたため、むしろ良い空気で接していた。
「ほら、タイツも少しほつれているぞ」
「え…、ひゃあっ」
「俊樹さま、もう喋らないでくださいまし」
何だか、この流れで橘の事も風紀委員会で面倒見ることになりそうだ、と内心思いながら、フリードリンクの緑茶をすする俊樹。
俊樹の吐いた自然な毒に、若干ショックを受けつつ、肩まで伸ばした髪を指でとかしながら、橘が話し出す。
「いい…アヤも、自覚あったの」
「まーボクも、あやさんの雰囲気だと、がっちりフェミニンな服では相性悪い気がしますね」
身長170cmの俊樹ほどではないにしろ、女子にしては背丈がある橘。
切れ長の瞳や凛とした雰囲気も、可愛いというより綺麗といった言葉が似合いそうな彼女。
元が良いので悪くはないが、魔法使いを殺せる服との相性は悪い。
「絢歌さん、もしや普段着を途中で着替えて、こちらに来たのか?」
「え? うん、なんでわかったの?」
「着馴れていないのだろう? タイツも引っ掛けるし、何かソワソワとしている様にみえるからな」
タイツはそうかもしれないが、ソワソワしてるのは、恋しちゃってるからだろう。
「男の子に、受けそうな服。ネットで調べて…通販で、取り寄せたの。
でも、此処まで、着てくる勇気、無くて…」
どうも、道中着るのが恥ずかしく、ショッピングモールのトイレで着替えたらしい。
そして、普段着をロッカーに預けて佐々木と会ったのだと言う。
「色々拗らせてたんですね」
「今、思うと…アヤ、何やってたんだろ、て思う」
「まあ、慣れた服装の方が楽だろう。
着替えて来たらどうだ?」
「うん、可愛い服、少し憧れてたけど、もういい」
「ご自分の趣味も入ってたのですわね」
いつでも、女子というのはカワイイに憧れるものなので。
だが橘としても、何時までも黒歴史の服装を着ているのは居心地が悪いらしく、着替える事になったのだった。
◇
「してやられましたよ」
着替え終えた橘と共に戻って来た星野が、苦々しく言う。
着替えた橘は、足首からウエストまでのラインを魅せるスキニーパンツに、シンプルな七分袖のカットソー。
全体的にブルーを基調としたカラーで揃え、下ろしていた髪はポニーテールに纏めている。
高校生らしくない大人びた魅力は、雑誌のモデルと言われても納得出来る。
「まさか『黒髪姫カット清楚系』じゃなく、『ポニテクール系お姉さん』だったとは……!!」
「こういう落ち着いたファッションの方が、似合いますわね」
身長165cmの橘。並んで立つと、162cmの緋ノ宮より少し背が高い。
どこか凛とした空気を纏う彼女は、先程とは違い緋ノ宮と並んでも全く存在感が薄れない。
因みに星野も並んでいるが、背が低すぎて見切れている為、よくわからない。
「いつも歳、少し上に見られるから…髪も、下ろしてた」
「だから、あんな恰好してたんですね」
「そういえば、俊樹さまもよく間違われてますわね」
確かにそうだが、俊樹の場合は教師に間違われたりするので、少し上では済まないのだ。
その為か、同級生も大体『さん』付けで呼ぶ。
「じゃあ、アヤもこの服で、いい」
「まあ先程の服装よりは、アヤさんらしいと思う」
「トシ君、いっしょ」
「そ、そうか」
橘から、何となく前世でも味わった事が有る、沼にはまった様なプレッシャーを感じる俊樹。
多少強引に多嶋との失恋を乗り越え、その後初めて自分から異性に恋をした彼女は、急激に成長していた。重い女として。
「そういえば、着ていた服はどうしたんだ?」
分が悪いので露骨に話題を変える俊樹。
普段であれば、黙っていてもコロコロと話題を変えるクセに、こちらが変えて欲しい時にはそうならない事に、女子の理不尽さを感じる俊樹だった。
「いらない、から…捨てよう、と思った」
「ボクが貰ったんですが、サイズが合わなかったんです、フフッ……」
遠い眼をしながら語る星野。
20cmも身長が違えば、それはもうあちこちフィットしない事だろう。着る前に分からない物かと俊樹は思ったが、星野も少し夢をみたかったのだ。
「なので、偶然再会した桃井由香さんに与えました!!」
星野のその言葉を聞き、俊樹達に電流が走る。
あの、メロンの悪魔が、やたらと胸部を強調されたあの服を着る。
その公序良俗に反する事実を想像し、目を見開く俊樹。
「星野、貴様自分が何をしたか分かっているのか……?」
「いやぁ、乳袋って本当にあるんですねー、ハハッ」
「あの服の意味、分かった…あれは、存在しちゃ、いけない……」
「だから、桃井さん達は未だに戻って来ないのですわね」
自分でやっておきながら、死んだ魚の目をする星野。
橘は、何か射殺すような視線で遠くを見ていた。
取り敢えず日野翔太の無事を祈りつつ、【RAIN】で『今日はもう上がっていい』とメッセージを残す俊樹。
本音を言うと、面倒な事になってそうなので、こっちに来て欲しくなかったのだ。
自分の幼馴染なのだし、日野がなんとかするだろう。都合よく考える俊樹だった。