虚構の中の日常を ~呑み会ウワバミ編~
うわばみ【蟒蛇】
大きなヘビの意。
主にボア科のヘビを指す。
伝説や神話上の大蛇の意味もある。
日本神話のヤマタノオロチが多量の酒を飲み退治されたことから、転じて大酒呑みを指す。
おおさけのみ【大酒呑み】
常習的かつ一度に多量の酒類を摂取する人物のこと。
何故人は酒を呑むのか?
そんな問いに誰か答えてくれる人間はいるのだろうか。
人は人生の苦痛や迷いを忘れ酒を呑み、そして呑まれるのだ。呑まれ一刻でも自身を変貌させて変わろうとしてみるのだ。
と、昔の友人は言っていた。
(酒も呑んだことない年にそんな事を言われてもピンとこなかったなぁ)
隣を歩く女子が蛇に見えるのは決して間違いではない、と思う。
いや、思いたい。
そして男は思う。
どうしてこうなった?
遡ること数時間前。
忘年会という名の乱痴気騒ぎ、新年会という名の乱痴気騒ぎを一年の締めくくりと一年の始めに敢行するこの国の国民性。
なにかと酒の席でコミュニケーションをとろうとする組織構造。数年かに一度は酒の流行りが訪れるこの国の社会性。
我が国の先祖が蛇だったと言われたら「やっぱり、そうだったニョロね」と、とある下町の制服警官もさぞ納得することだろう。
スミスさんちのクラークさんも鬼気として白眼をむいて喜ぶことだろう。
巳年生まれは鼻を高くして、トチ狂って禅智内供とか名のりだすかもしれない。
いや現実逃避はやめよう。
今、目の前にある危機をどう対処すべきかだ。
まずは落ち着いて、現状把握だ。
此処は居酒屋。
通う大学近くの馴染みの一つで、チェーン店で、店奥の座敷の大机の端だ。
今は、所属するサークルのコンパ…?
いやいや、今日は簡単なサークル費の徴収と飲み会…。
だった筈だ。
そう、野郎だけの飲み会だ。
いつもと変わりない飲み会。
寂しくとも楽しい飲み会。
男だけの。
悲しくとも愉しい飲み会。
男だけ。
…。
いかん、悲しみにうちひしがれている場合じゃない。
そう白眼をむいてる場合ではないのだ、思い出せ。
思い出すんだ、そもそもの原因はなんだ?
思考の彼方に飛んでいこうとしたが、雑音が多すぎて気が散る。
ヒゲな男爵な二人組の挨拶の如くな「カンパぁイ」と声とグラスがぶつかる音。
その主を見ると、ビールを弓手にスマホを馬手にニヤニヤと笑う男の顔が目に入った。どうやら隣に座っている女子たちに連絡先を聞きまくっているようだ。
あ、思い出した。
大机の対角線上に座る会計係、コイツだ。
サークル費の徴収も順調に終わり、流れで飲み会になった頃。
「あぁ、そうだ。オンにゃのコ呼ぶ?」
などとスマフォ片手に聞いてきたのが、原因だ。
来るはずない。
来るはずがなかったのだ。
毎回飲み会たびに、コイツは周りから囃し立てられ電話して断られ、周りが止めろと言っても電話をして断られる。
コイツの持ちネタのように扱われている事案だったのだ。
そう、今回も断られる筈だったのだ。
「あ、今日来れるってェ」
会計係がドヤ顔で告げたとき、喧騒が一瞬にして静まり返ったのは言うまでもない。
その後の阿鼻叫喚、いや狂喜乱舞は恐ろしかった。
耳をつんざくというのを身を持って体験した。
引っこ抜いたマンドレイクのような声を発する奴や勝ち鬨をあげる馬鹿もいた。
勝ってもないのに勝ち鬨あげるな、ボケがぁ。
何に勝つ気じゃ?!勝ったんじゃ?
あと、ブルーなハーツの甲本さんみたいに飛び跳ねるな。
ロック舐めんな。
店に迷惑がかかるので騒ぐ奴に、STOでブン投げてから変型キャメルクラッチ=極楽固めで沈めていく。
白ずくめのアサシーンも惚れぼれする流れるような動作。
塔の上から藁の塊にダイブジャンプをするが如く高揚とした気分になるが、有象無象の輩はまだ残っている、気を引き締める。
こういう場合は、笑顔だ。
笑顔で接すれば分かってもらえるハズだ。
「飲み屋で騒ぐときは節度を考えましょうね?皆さん」「お前が一番節度ねぇよ!」「負けん、負けんよ!今日は負けられないのだよ」「アタらなければ、どうというコトはない!」「パターン赤!」「ばけものか!?」「暴走、ボウソウ!」「暴走してんのは、皆さんでしょう」「暴走してんのはお前じゃぁ!」「近接で奴に勝てん!超遠距離からの攻撃を立案しろ!」「メーデーメーデー」「衛生兵!衛生兵は?!」「ここで倒れても、自由は死せず…」「我が人生の一片の悔いは、今まで彼女がいないことだ…」
段々と静かになっていく座敷。原因は我なのだが。
何事かと店長が覗きにきたが、「いつものね?」「いつものです。煩くてすいません」「いいよ。はい、おしぼり」「ありがとうございます」とテンプレートな会話の後、受け取ったおしぼりで汗を拭う。
見渡せば粗方片付いたので襟を正して帰ろうとした。
しかし座敷の入り口を先輩がTOOSENBOU。
通せん坊?
何故にWhy?ナニヲシテルンデスカ?そこを通らせてクダサイヨー。
開通しテクダサイヨ。…。
オーケーOK、黒船の提督なオジさんになってる場合じゃない。
「先輩。お互い冗談は顔だけにしときましょう」
問いかけたが彼の表情はかたい。
何か思い詰めることがあるのだろうか?不安になり声をかけようとしたその時、先輩はフライング土下座をした。
ジャンプ中に座る姿勢になるだと?!座ったままの姿勢でジャンプではなく?膝の力とか関係ないな!
先輩のその姿勢に、あるポリゴンアニメが脳裏に浮かぶ。
まさか、先輩は超生命体だったのか、いや違うだろうけど。
「頼む、後生だ。帰らないでくれ」
ゴショウね、後輩だからカケてるんですか?と尋ねたが先輩は土下座に必死すぎてヨクワカラナイ。後輩がボケテルンデスヨー、ノリでも二重でもゐいんでツッコミをくださいよー。
よくよく話を聞いていくと、人数が変わると女の子たちが冷めるという理由をのたまう先輩。
…。
麦藁の兄並みのアイアンクローをきめてから、「帰りますよ、元々今日の飲み会は不参加予定ですしね。それに暴れん坊な八代将軍様の時代劇ティービードラマの再放送に間に合わなくなるので」と、笑顔で説明していると到着してしまったのだ。
こんばんわー。お邪魔します。と、姦しく現れる女子たち。
再起不能にしたはずの仲間たちは、即座に復活して対応している。
この場所でヴードゥーな魔術を行使したのは、誰ですか?
超回復ですね?不死属性か何かですか?
クソ、先輩のあの土下座すら時間稼ぎだったか!
…おのれ、謀ったな孔明。
ちくしょう、撤退だ撤退!戦略的撤退だ!
何故かって?
どうせ金の無駄遣いになるんだよ。
気づけよメーンども、後悔先にたたないんだよメーン。
こんな野郎しかいなくてオタクなサークルに女子がくる理由は、無料飯&無料酒以外ありえないダージェー。
世の中の大体の女子は、ブサメンな集団を眼にしたらテンションは下がるんザンス。
テンション下がったら奴らは“事務作業”に切り替わるん、ダヨォーン。
気づくんだメーンども、うちのサークルにイケメンは皆無だ。
イケメンは全滅した?違う、そもそもいないんだ。
“事務作業”に以降した女子っていうは、眼が全然笑ってない笑顔で「それ面白い」とか「凄いですね」とか「今度、教えてください」とかオベンチャラ言いながら喰らうだけ喰らって、呑むだけ呑んで、さっさと帰っていくもんなんだ。そんなモンだヨン。
あの眼はヤバい。
兎に角やばい。
どこの深淵を覗き込んだんだよって言いたくなるぐらいの深さがある。
「もっと聞かせてください(意訳:はやく、その話は終われよ)」とか「それ凄いですね(意訳:もういいから別の話しろよ)」とか、「今日はありがとうございました(意訳:飲み食い終わったから、帰るわ)」、と以前の死んだ眼をした女子たちがリビングなデッドな顔で受け答えをしているのを思い出してしまう。
は?何でそこまで断言できるかって?
経験者は語れるんだよ莫迦野郎チクショウ!トラウマだわ!
ふるえるぞハート!燃えつきるほどヒート!!
何回でも言うぞぉぉ。うちのサークルにイケメンはいないィィィ。
…冷静に考えても、このままでは集金したサークル費がこの呑み会で消えてしまう可能性がある。不味い。
「あの」
声をかけられ思考を遮られた。
目の前の女子が心配したように此方を見ていた。前髪パッツン黒髪ロングの可憐な少女といえば解りよいだろうか。
見返すと微笑んで返してくる。
(微笑んだら男は大体騙せる訳じゃねぇんだからな、大体は騙せるけどな!あと、昔は我も騙されたけどな)
心中、独りツンデレをしとる状況ではなかった。
先程からガン見されてる。
駄目だわーコイツ苦手だわームリだわー。どうも調子が狂うわー。
酔ったフリをして目線を外している。
が、異常な視線を前方十二時方向から感じるのだ。
「お代わり頼まれますか?」
あおったグラスを机に置くと、目の前の女子は聞いてくる。
「あぁ」
何故苦手か?
コイツ《名前不詳》は、思考の先回りしてくるのだ。ツマミが机上から少なくなると無料のキャベツを注文してくれ、酒をこぼすとおしぼりを頼んでくれる。所謂、“気の利く”女子という奴なのだろうが、気の利く範囲ではない“何か”がある。それがなんなのか分からないが、一挙手一投足を監視されている気がするのだ。
そのうち直接脳に問いかけてきそうな勢いだ。
自分を勘違いクソ野郎と思いたいので、尋ねたい。
(アナタはワタシを観察されてマスカ?ワタシ、アナタに、何かしたカ?)
いや、しかしどうやってそんな事を聞けばいいのか分かるはずもない。それに切っ掛けやらスキルやらサムシングもないぞ。こっちはいたって健康にDT《童貞》を拗らせてるんだよ、どんな無理ゲーだよ。詰んでるだろ、この状況。
やや、やはり黙って飲んでるくらいしか、ほほ、方法はないのか。
どど動揺などしていない。
そもそも初対面の人間と話すコトなどないし、こっちとしては興味のない人間を目の前にして黙々と酒を呑んでいるのだ。ぇえーまったく僕は悪くないと思いたいですね、デュフフ。
話す気が初めからなかったので、適当に相槌をうっていたら席替えをさっさとするだろうと思っていた。が、眼前の女子は頑なにその席から動こうとしなかったのだ。
「お酒強いんですね」
「あんたもな」
おっと、反射的に答えてしまった。
ようやく会話らしいキャッチボールをした気がする。いや、するだけだ。
目の前の女子──名前はなんて言ってたか?──が、両手を小さく振って必死否定している。
「そ、そんなコトないです」
ナナシの女子の顔は赤くなっている。ブツブツと呪文みたく話しているが声が小さすぎて聞こえん。よし、スルーしよう。顔が赤いのは、おそらく酒のせいではない。間違いなく照れている。
か、可愛いとか思わないんだからネ。
…ウワバミと言われて喜ぶ女子も世の中にはいるものなのだろう、そういうことにしとこう。
ふむ、我ながら名推理。そして、自己判断で自意識過剰野郎にランクアップ。
と、自画自賛を心中でしながら店員を呼び止めて、泡盛のロックを2つ注文した。すると間髪入れずに出てくる酒。
手持ち無沙汰な状態とまさにこの事だろう。
聞き取れない陀羅尼を唱える雌蛇を無視して、持ち運んだ店員がついでに空いたグラスを片づけていくのを眺めていた。
「あ、…その、凄いですね…、呑み…、で…」
こちらに何か話しかけられているのか、それとも独り言なのか判断がつかないので、パス。ワンパス。
すぐに酒に手を付けるとまたやることがなくなってしまう、などと思いつつ店員の手際をみながら片されるグラスを数えてみた。
1、2…、8、9……、32杯だと…。
「緊張していて、今も何呑んでるか味わかんなくて」
呑んでるのは酒だ。度数お高い目のアルコール飲料でございますですよ。
勿体ないから味わって呑め。
ヤマタノオロチでも、もう少し味わって呑んだと思いますけどね。なので、この発言に対して、ツーパス。
「櫛那田ちゃぁぁん」
唐突に、会計係が目の前の女子に抱きついた。いつの間にか机の向こう側にいたのに音もなく現れるとは、何処かのアッサシーンなのか?相当酔っているらしくフラフラと危うい。
あぁ、なんだ彼氏つきか。なんだ焦る必要はなかったな。
「会計係よ、関心ないな。こんな可愛い“彼女”がいるのに、他の女子の連絡先を聞きまくるのは」
「へ?」
同じサークル仲間として注意を促しておこう。
この櫛那田とかいう女子は、どうやらサークル内での彼氏の様子を聞きたかったのだろう。しかし、どうやら口下手でなかなか話すキッカケがなかったのだろうな。
我ながら名推理。
まぁ、こちらとしても壁を作って沈黙に徹していたからな、申し訳ないことをしたと少し罪悪感を感じてしまう。まぁ、カレシ《会計係》には口頭で注意したんだから、いいよね?いいことしたよね、僕?
いやぁしかし危なく勘違いクソ発言をしてしまうところだった危ないアブナイ。そして、自己判断で自意識過剰ランクダウン。
「離れてください」
櫛那田女史が、会計係の顔を文字通りの足蹴にしながら、こちらを潤んだ瞳で睨んでいる。え?なんで?
まぁ目の前でイチャつかれると目のやり場に困るんだけど。いや、羨ましくなんてないよ。本当に。
ただ少し、公共の場で、ソレハどうかと思ウンダ。
オレ、イイ奴。ダカラ、神様。コノ会計係ハ、爆発シロ。
なんならボガードさん家のテリー君にパワーな間欠泉とかブッ放されて下さいお願いしますコノ野郎。
「ちち、違うんです」
「櫛那田ちゃぁぁん」
眼を細めにして二人を観察したが、まだ戯れ合っている。イラっとするな。
…なんでイライラせにゃならんのだろうか。
阿呆らしくなってきた、帰ろう。
机の上に虎の子の諭吉を出して立ち上がる。
あ、そうだ、サークル費から飲み代を出さないように会計係に釘を刺しておかねば。
「そろそろ帰るが、今日の呑み会はサークル費から賄うなよ」
「えー」
「えーじゃねーよ」
「足りないんですケド」
「かか帰られるのですか?」
「お前が呼んだんだろ、お前が身銭で払え、ボぉケがぁ。帰ります、では」
立ち上がると酔いが回っているのか、浮遊感で足取りが危うい気がする。よし、真っすぐには歩けるな。
しかし帰りの自転車を押して帰らねばならんな。
「あ、わたしも帰ります!」
「えぇーぇ、櫛那田ちゃん帰るのぉぉ?」
後方でイチャラブまじウゼェ。振り返ると、会計係が甘えた声でクネクネと櫛那田女史に迫っている。
「うるせぇ」
静まりそうだった嫉妬心が向くりと起き上がって、咆哮をあげた。そんな衝動が会計係の内太股を叩く。親の仇のように叩く。
「痛、痛いっす。ちょ、ちょっと待って、本当に痛いホントに痛いって」
イチャイチャしやがって、彼女いない歴が実年齢でファイナルアンサーの妬みを知れ!くそが。
爆発しろ。爆発しろ。爆発しろ。爆滅しろ。リア充、爆発しろ。
ひとしきり叩くと会計係は動かなくなった。帰り道は跛をひくこと間違いないだろう。彼女に介抱されながら帰るんだろうな!うらやましくなどないんだからね!
…。
冷静になれ。びーくーるビークール。
「おさきでぇす」
急激な運動という名の極度のプロレス技と動揺という魔物がハシャぎすぎて飲み過ぎた酒のせいで、呂律が回らない。千鳥足もちどりあし。意識だけはまだ自分というモノを成立させようと必至だ。
会計係への内太股太鼓が臨界点だったのだろう。別れの挨拶をすると疎らに返ってくるレスポンス。メーンどもは女子の接待や会話に夢中らしく返事はおざなりだ。
居酒屋を出てため息一つ。
店内から大きな歓声が聞こえる。何か盛り上がることがあったのか、まぁ、明日誰かに聞くことにしよう。
と、隣に影。
「ため息つくと幸せが逃げるんですよ」
あぁ、知ってる。と、自転車を駐輪した場所に歩き出して、ため息がまたこぼれた。
櫛那田女史が隣についてやってくる。チラリと横目で見たが、相変わらずの下向きな顔でその表情は見えない。
「おぉ、送って、行くよ」
動悸と息切れで言葉が上手く紡げない。まだ二十代前半なのに?
首が、オズの国のブリキさんの様にギギギと音を立てながら櫛那田女史の方を向く。
櫛那田は妖艶な微笑で答える。
「---」
その答えに、僕の中の“何か”が落ちた。
ニュートンさんよろしく林檎か?酒呑な童子よろしく酒精か?
誑かされた最初の人よろしく…?
へび【蛇】
爬虫綱有鱗目ヘビ亜目に分類される爬虫類の総称。
古今東西の伝承、神話で「死と再生」や「豊穣」など様々な象徴に意味付けされている。
聖書の創世記によれば、ヘビは悪魔の化身あるいは悪魔そのものとされる。
書きっぱなしジャーマンツースプレックス。
書き逃げという奴です。
作中の思考は、主人公の偏見です。
オチなどないのです。