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Evangelium01-3:ガレキの楽園

 二一〇八年。日本の総人口、約六千万人。これは過去の人口予測を大きく上回る数値だった。ただし、その内訳を見ると、それが決して良い傾向にはないことがわかる。

 日本人人口、約二千七百万人。対して外国人人口、約三千三百万人。これが今の日本の現実だった。

 二〇二〇年の第三次大戦。その後の仮想現実の発展と少子化。加えて、忘れたころにやってきた首都直下型地震。人口減少は一世紀も前から危ぶまれていたが、数々の試練が日本を襲ったことによって、人口は加速度的に減っていった。

 そして隙間だらけになった日本には、大量の移民や難民が押し寄せることになる。職を求めてきた者。日本企業の乗っ取りを謀った者。祖国での居場所を失い、それらの移民に紛れてやってきた不法入国者など。当時の政権が海外からの人材受け入れを強化したこともあり、外国人人口が日本人人口を上回るのはあっという間だった。

 神奈川東管理区横浜。ここも無数の移民がなだれ込んできた町の一つだった。

「間一髪だったね」

「そのようです」

「軍用車両と、あの車は……あ、出てきた」

 娼館の前に停められた黒塗りの高級車から、黒のロングコートを身にまとった老紳士が降りてきた。

「あれは……及川防衛副大臣ですね」

「なるほど、なんとなく配役と筋書きが見えてきたよ。目的は果たせた。今のうちに失礼しよう」

「急ぎましょう。車まで辿り着ければあとはなんとでもなります」

「そうだね。それじゃ、お邪魔しました」

「おやすみのところを申し訳ない」

 戸惑う難民を残して、三人はかなりしっかりとした造りの段ボールハウスを出た。

 佐伯の先導でそのまま入り組んだ路地を進み、人気のない裏通りへと出る。そこには黒塗りの軽自動車が駐車してあった。

 伏見は佐伯からイヴを預かると、後部座席へと乗せ、続いて自分も乗り込んだ。佐伯も運転席へと乗り込み、すぐにエンジンをかける。周囲に人がいないことを確認して、車を発進させた。

 すぐに車は一般車両の列へと紛れ、高速道路を目指す。

「まだ検問はないようですね」

「邪魔が入るとは思わなかったんだろうね。動きが鈍くて助かったよ。イヴ、寒くない?」

「……少し」

「ごめんね、すぐに暖かくなるから」

 伏見は言いながら、イヴが羽織っているコートのボタンを留めていく。

「あなたは、神様ですか?」

 不意にかけられた言葉に、伏見は微笑んだ。

「神様は死んだよ。遠い昔にね」

「いいえ、神は死んでいません」

「……どうしてそう思うの?」

「私は神の使いですから」

「そう教えられたから?」

 イヴは虚ろな目で頷く。すべてのボタンを留めると、伏見は座席に背をもたれて息を吐いた。

「それじゃあ聞くけど、その神様はどこにいるんだい?」

「それは……ここではないどこかに」

「昔は沢山の人が神様を信じていた。でも時が経つにつれ、信仰は薄れていく。当然だよね。誰一人その姿を見た者もいなければ、存在を証明できた人もいないんだから。それはつまりね、今のところいないっていうことと同じなんだよ」

 諭されて、イヴは押し黙った。それを見て、伏見は続ける。

「でもね、神様を信じちゃいけないわけじゃない。むしろ、誰もその存在を証明できないからこそ、信じるということができる」

「では、私の信仰が足りなかったから――」

「それは違う。君が救われない理由は一つ。他人に与えられた神様を信じようとしているからさ」

「しかし、神様は一人です」

「……実はね、僕は神様がどこにいるのか知っているんだ」

 それを聞いて、虚ろだったイヴの目に光が戻る。相変わらず表情はなかったが、すがるように伏見の手を握った。

「教えてください。私はどうしても、彼に会わなければいけません」

「幸せになるために?」

「はい。そして救われるために」

 車が高速道路に入った。雨の中、照明灯の光が等間隔のリズムで車内を照らしては影を作る。

 伏見はイヴに手を握られたまま、窓の外に目をやった。闇夜の中に、ちらほらと光が灯っている。首都直下型地震からの復興もままらなないまま、瓦礫の中で、その日を生き延びるために人々は必死だった。

「イヴ。神様はね、君の中にいるんだよ」

「私の、中に?」

「君だけじゃない。僕の中にもいる。佐伯の中にもいる。この星に生きるすべての人や物の中に、神様はいるんだ。それを人は心って呼んでる」

「……あなたが何を言っているのか、私にはわかりません」

「君の神様は、他の神様に支配されてしまっていた。だけどその支配から解き放たれた今、君は自分の中の神様を信じて生きていくしかない。自分の中の神様に救われるしかないんだよ」

「……わかりません」

「考えるんだ、イヴ。自分の心で」

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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