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Evangelium03-3:主よ、人の望みの喜びよ

「まず、情報を整理するね。こうなった以上、すべてを君に話すよ」

 伏見はテーブルの上に三人分の紅茶が用意されたのを確認して、話を切り出した。佐伯は仕事を終えると、二人の対面の椅子に腰かける。

「改めて、自己紹介をさせて。僕は伏見ヒロト。“暦史書管理機構”に所属するコロニストで、東京の旧アーカイヴの番人をしていた」

「伏見さんが東京にいた理由は、そういうことだったんですね」

「うん。もちろん、東京に住んでいたハナたちの役に立ちたかったのもあるんだけどね。一石二鳥ってわけ。で、彼は佐伯サネヨシ。同じく管理機構に所属している諜報員。伏見家専属の執事みたいなことをしてもらってる」

 紹介を受けて、佐伯は頭を下げる。

「まず、コロニストのことから説明するよ」

「はい」

「コロンシリーズを書いたコロニストの始祖たちは、ユダヤ戦争を機に世界中に離散していくんだけど、彼らは行く先々の土地に根づいていった。そしてその知恵を駆使して、表舞台に姿を現さないように注意しつつ、世界を誘導してきたと言われている。その秘密は血によって……つまり家系だね。代々受け継がれてきた。日本に現存するコロニストの末裔の家系の一つが、僕たち伏見家なんだ」

「……とても面白い話です」

「実際は退屈で、地味な話だよ。本を作っては内輪で読んでいただけだからね。それに、ついには秘密が漏れて、大変な惨事の引き金になってしまった」

 イヴはまた、しまったという様子で口をつぐんだ。

「気にしなくていいから。……ところで、君は倉島博士を知っているね?」

「倉島……養護教諭の倉島先生のことですか?」

「モナドアカデミーでは養護教諭だったのか……。彼は日本を代表する生物学者で、今はドイツのヘルムホルツ研究所に所属し、研究に従事している。というのが、僕らの知っている倉島博士だ」

「そんな話は、聞いたことがありません」

「おそらく養護教諭という役割を演じさせられていたんだろう。九月頃、その倉島博士から父さんに直接連絡があったんだ。前も話したように、コロンシリーズの流出は作為的なもので、宗教紛争を発生させるために仕組まれたものだ、ってね」

「倉島先生とお父様は、お知り合いなのですか?」

「うちは両親とも倉島博士と同じ大学に通っていて、面識があった。父さんは表向き宗教考古学者ということになっているし、それなりに顔も利くから、頼ったんだろうね。父さんはコロンシリーズ流出の調査でとても動けそうになかったから、僕が代役を名乗り出たんだ」

「……不思議な縁ですね」

「……本当にね。君と出会えたことも、誰かに仕組まれたような気さえしているよ。倉島博士からは、君を逃がしたあとの移動経路の予想しか知らされていなかったからね」

 伏見は適温になった紅茶をすする。

「見つけていただいて、ありがとうございます」

「お礼は佐伯に言って。いったい管理機構でどういう教育がされたのかはわからないけど、ひと月もかからずに君の目撃情報を持ってきたんだから」

 イヴは視線を送るが、佐伯は特に気にした様子もなく、カップに口をつけている。

「で、僕たちは無事君という証人を見つけることができた。あとは君を守りながら裏を取って、この一連の事態を引き起こした張本人に証拠を突きつける。……という予定だった」

「見つかってしまったのですね」

「うん。迂闊だったよ。箕輪さんが来た時、すぐに君を隠すべきだった」

「いいえ。私がいなければハナさんや子供たちを守れませんでした」

「……そうだね。その点については、本当に助かったよ。ありがとう」

 イヴはカップとソーサーを持ったまま頷いた。

「まあ、過ぎてしまったことは考えてもしょうがない。問題はこれからどうするかなんだ」

「その、張本人に見当はついているのですか?」

「おそらく、及川防衛副大臣。この国の防衛を司る省庁で、二番目に偉い人だ」

「及川……?」

 伏見は身を乗り出す。

「知っているの?」

「アカデミーで私たちを教育してくれた司祭様が、及川という名前ですが……偶然かもしれません」

 伏見はそれを聞いて、今度は背もたれに全体重を預ける。

「間違いない。同一人物だ」

「そんな……。司祭様は規律には厳しかったですが、私たちのことを大切にしてくださっていました」

「不快に思ったらごめんね。宗教というのは、人をコントロールするのにもってこいのツールなんだ」

 イヴは口を半開きにして硬直する。

「おそらくは及川も倉島博士と同様に、司祭という役割を演じていたんだろう。君たちをコントロールして、従順な兵士へと育て上げるために」

 気持ちを落ち着けるためにイヴは紅茶を口にするが、その手はわずかに震えていた。

「いずれ罪は償ってもらうよ。君たちの分まで」

「……はい」

 伏見は苦しそうなイヴを見て、それ以上に苦しげな表情を浮かべる。

「……それと、もう一つ。隠し事はもうしたくないから、言うね」

「……なんですか?」

「君は……普通の人間じゃない。おそらく、デザイナーベビー」

「デザイナーベビー……?」

「受精卵の段階で遺伝子を操作することによって、望む子供を生み出す技術だ。君はとても身体能力が高いし、傷の治りも早い。そして……その目」

 伏見はイヴの灰色の目を見つめる。

「君の目には輝板がある。輝板っていうのは猫なんかの目にある構造物で、光を目の中で反射させて、わずかな光でもしっかりと捉えることができるようになる。人間にはないものだ。君が光を眩しがるのは、単にメラニンの問題というだけじゃない」

 イヴは伏見から視線を反らし、カップの中の赤い液体に目を落した。

「私が他の皆さんと違うことは、日本を放浪していた時に、なんとなく気づきました。……私は、そんなにおかしいですか」

 伏見は笑みを浮かべて、首を振った。

「そんなことはない。とても素敵な目だと思う。神田のみんなだって、君を気味悪がったりしなかっただろう?」

「……はい」

「神田には色々な人種が集まっているし、それぞれを認め合ってるからね。君の目だって、コーヤの目が青いのと一緒さ。もしかしたら君を受け入れられない人もいたかもしれないけど、それは単に自分の知らないものを恐れているだけなんだ。わかったかい?」

 イヴは一度頷いて、紅茶に口をつけた。

「それじゃ、今後について。佐伯にはドイツのラインハルト家と連携して、モナドアカデミーに関する調査をしてもらう。ラインハルト家は流出騒動の渦中にあって大変だろうけど、この件については協力してくれるはずだ。真実を明かすことができれば、多少はコロンシリーズから世間の目を背けられるだろうから。僕はコネを使って、国内の政治家から及川周辺の話を聞いてみるよ」

「私は、どうすればいいですか?」

「イヴには申し訳ないけど、しばらくはこの家にいて。ここは住宅街だし、法が及ぶ首都だから、及川も派手には動けないはず」

「待機ですか? 私も、何か協力を――」

 イヴの言葉は、イヴの腹の虫が鳴いて遮られた。一瞬の沈黙のあと、伏見が吹き出した。

「お腹空いたの?」

「お腹が空いたようです」

「朝から何も食べてないもんね。……それじゃ、君にも協力してもらおう」

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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