Evangelium03-2:主よ、人の望みの喜びよ
教会を出てしばらく車を走らせると、閑静な住宅街に入った。入り組んだ路地を進み、住宅街の端まで来ると、わずかに視界が開ける。先には手入れの行き届いた芝生が広がっていた。そしてその芝生の庭を有する、西欧風の洋館が姿を現した。車はその洋館へと続く舗装された道の前で停まる。
「着いたよ」
「ここが、伏見さんの家なのですか?」
「うん。無駄に広いけど、ほんとに無駄なんだ」
伏見は心底呆れた様子だった。佐伯が車を降りて、イヴのいる席のドアを開ける。
佐伯の差し出した手を取って、イヴは車を降りた。続いて車を降りた伏見は、移動が続いて疲れたのか、猫のように体を伸ばす。佐伯は再度車に乗り込み、駐車スペースへと車を移動させる。
「さ、行こう」
と言って伏見が歩き出すのとほぼ同時に、その洋館の正面玄関が開いた。二人の男女が、何やら話をしながら出てくる。
「……間に合っちゃったか」
落胆した様子の伏見に、イヴが小走りで追いついてくる。
「おお、ヒロト」
歩み寄ってくる伏見に気づいた男が、声と手を上げる。
「ただいま。父さん」
「あら、おかえりなさい」
「母さんも」
伏見の母は、かけようとしていた玄関の鍵をコートのポケットにしまった。
二人が玄関に辿り着くと、伏見の両親はイヴに目をやった。
「彼女が……」
「うん。イヴだよ」
息子の紹介に、父と母は感慨深そうに目を合わせた。
「話は聞いているよ。伏見ヒロユキだ。よろしくね」
「伏見カナコです。よく来たわね」
イヴは二人と順番に握手を交わす。
「よろしくお願いします。……あの、よく似ていますね」
イヴは伏見カナコと伏見ヒロトの顔を見比べる。間違いなく遺伝子を受け継いだ親子だった。
「そうでしょう? 私似なのよ」
「おかげで整った顔に生まれてくれたが、私としてはもう少し男らしく育ってほしかったな」
「うるさいよ……」
これには伏見もたじたじだった。イヴは初めて見る伏見の表情に、わずかに口元がほころぶ。
「これから議会でしょ? 急がなくていいの?」
「おお、そうだった。すまないねイヴ、私たちはこれからイタリアに飛ぶんだ」
「ヒロトだけじゃ頼りないけれど、何かあったら佐伯が守ってくれるから大丈夫よ」
「はいはい! 無駄話はいいから!」
伏見はあからさまに不機嫌な様子で両親の背を押した。
「お土産楽しみにしてるのよー」
二人は手をひらひらと振って、駐車スペースへと歩いていった。
「はあ……。行こうか」
「はい」
肩を落とした伏見と共に、イヴはその洋館に足を踏み入れた。吹き抜けのエントランスが二人を迎える。
内装も外観と同じく凝った造りになっていたが、無駄に金をかけた嫌味な雰囲気ではなかった。深い色の木材は、むしろ歴史を感じさせる厳かさがある。
「イヴ。とりあえず、こっちにおいで」
イヴが正面の階段や頭上のシャンデリアに見惚れているうちに、伏見は向かって右側のドアの前に移動していた。イヴが慌てて傍にやってくると、伏見はドアを開けて中に入るように促す。
その部屋は客間だった。イヴはその内装が、どことなく東京の地下で見た客間に似ていることに気づく。しかしそこにはしっかりと窓があり、伏見がカーテンを開けると冬の白い光が差し込んできた。
「ストールとコート、預かるよ」
言いながら、伏見自身もコートを脱いで部屋の隅にあるポールハンガーへとかける。イヴもストールとコートを脱ぎ、自分でハンガーへとかけた。その間に伏見は古めかしいストーブに火を入れる。
今度は伏見がソファに腰かけたので、イヴも隣に腰かけた。
妙によそよそしい動作に、伏見は小さく吹き出した。
「緊張してるの?」
「圧倒されています。本の中の世界のようです」
「うちの家系もみんな本が大好きでね。この洋館も、古いミステリー小説の影響を受けて建てられたらしいよ」
「素敵です」
「正直、僕も気に入っているんだけどね」
雑談をしていると、突然客間のドアが開いた。佐伯が隙間から顔を出す。
「紅茶でよろしいですか」
「うん。佐伯の分も用意して。これからのこと、三人で話し合おう」
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/




