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Evangelium03-1:主よ、人の望みの喜びよ

『当機は間もなく新福岡空港に着陸致します。シートベルトを締め、座席にてお待ちください』

 覚醒しつつあるイヴの意識に、機内アナウンスの声が滑りこんできた。はっきりと目を開けると、窓の外の光が眩しく、思わず手で顔を覆った。

「あ、おはよう。はい眼鏡」

 隣でラップトップ端末のキーボードを叩いていた伏見が、気づいて眼鏡を差し出す。

「おはようございます」

「良く眠れた?」

「とても。もう到着しますか?」

「うん。でもゆっくりしてていいよ」

「はい。……夢を見ました」

 イヴは座席にもたれたまま、夢見心地な様子で言う。

「どんな?」

「知らない場所でした。知らない場所を夢に見ることがあるんでしょうか」

「イデアを夢見たんだね」

 伏見は端末をたたんで微笑む。

「イデアを?」

「僕もよく知らない場所を夢に見た。その度に母さんがそう言ったんだ」

「伏見さんの、お母様ですか……。お会いできますか?」

「タイミング次第かな。でも別に普通の人だよ」

「私には、おそらく特別に見えると思います」

「……そうだね。ごめん」

「いいえ」

 会話が途切れたところで、輸送機が旋回を始める。見える景色がわずかに動いて、イヴは窓に釘づけになった。

 福岡は、かつての東京を思わせる、あるいはそれ以上の都市になっていた。

東京と一線を画するのは、秩序。国会議事堂を中心とした建築物の整然とした配置、統一された外観などから、いかに計算されて作られた都市なのかが見て取れる。

 しかしその画一的な光景はある種、墓標のようにも見えた。

 徐々に機体が水平に戻ると、高度が下がっていく。イヴは久しぶりの浮遊感を感じながら、この先自分に何が起こるのかを考えないように努めた。

 数分もしないうちに小さな衝撃があって、輸送機は新福岡空港へと着陸する。機体が完全に停止したのを確認すると、二人はシートベルトを外した。

「あ、そうだ。服を用意してあるから着替えてくれる?」

「私は今の服を気に入っていますが」

「似合ってるけど、それだとちょっと目立っちゃうんだ」

 イヴは立って自分の姿を確認する。ブラウスとセーター、ロングスカート。そのどれもがハナのおさがりで、それなりに着古されていた。

「この服は捨ててしまうのですか?」

「まさか。そんなことしたらハナにボコボコにされちゃうよ」

 伏見が笑って、イヴも釣られて笑みを浮かべた。

「さ、あっちにシャワールームがあるから。良かったら浴びてもいいよ」

「それでは、お言葉に甘えます」


「わお」

 座席に座って携帯端末を操作していた伏見は、シャワールームから姿を現したイヴを見て、思わず立ち上がった。

「どうしました?」

「いや……いいね」

 白いワンピース、焦げ茶色のタイツ、黒のコート。イヴにはその落ち着いた配色が良く似合っていた。

「ありがとうございます。何か間違えていませんか?」

「完璧。だけどもう一つおまけね」

 伏見は用意していたかぎ編みのストールをイヴの首に巻いてあげた。

「外は寒いから」


 長い間暖房の効いた場所にいたこともあって、外に出るとイヴは思わず身震いをする。輸送機から伸びるタラップを下りると、すでに佐伯が車を用意して待機していた。

「あの……」

 イヴは佐伯の正面に立ち、口を開いた。

「あなたが私を運んでくださったんですか?」

「ああ」

 佐伯はイヴを見下ろして頷く。

「ありがとうございます。手間をかけてしまってすいません」

「……仕事だからな」

 佐伯はそれだけ言って黙った。

「はい、乗って乗って」

 後ろからやってきた伏見が、大げさに寒がりながらイヴの背を押した。イヴは慌ててドアを開け、車に乗り込む。奥の座席に座ると、伏見も乗り込んできてドアを閉めた。車内には暖房が効いており、伏見は安堵する。佐伯も運転席に乗り込み、車を発進させた。

「……暖かいですね」

 言いながら、イヴはストールを一旦取って膝の上に置く。

「一度味わった贅沢はなかなか忘れられないよね……」

「贅沢は敵だと教えられてきましたが、こういうことだったんですね。……あ」

 イヴはしまったという顔をした。伏見は瞬時にその気持ちを察する。

「気にしなくていいよ。別にモナドアカデミーで教わったことが、すべて間違っているわけじゃない。自分で考えるっていうのは、間違ってそうなものを全否定することじゃなくて、その都度取捨選択することだから」

 言われて、イヴはぽかんとする。

「どうしたの?」

「……伏見さんは、人の心が読めるのですか? 読心術という技術があると聞いたことがあります」

「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、自分が君の立場だったら、この時どう思うかなって考えてるだけ」

「……なるほど。恐れ入りました」

 伏見はいまいち言いたいことが伝わらず、苦笑する。

「人の心は複雑で難しい。エーフェスの話を信じるなら、人の心を理解するということは、この世界がどう始まったのかを理解するのと同じことだからね」

 そんな話をしているうちに、車が公道に出た。正面には整然と建ち並ぶビル群が姿を現す。

 市街地へ入っていくと、イヴは窓に張りつくようにして外の景色を観察した。

「人が沢山います」

 人口が大幅に減少したとはいえ、首都では多くの日本人が生活していた。仕事で移動中の者や買い物客、学生など、様々な人生がそこにはあった。

「どうして皆さん、黒い服を着ているのですか?」

 通行人が皆一様に黒や紺などの彩度の低い服を着ていることに、イヴは気がついた。

「流行ってるからさ。ファッションは時代を象徴するって言うけど、まさにそういうこと。喪服みたいでしょ? それだけこの国は行き詰まってる。笑えないよね」

 言われてみると、通行人の顔には表情がない。それどころか、ほとんどの人がうつむきながら歩いていた。

 無味簡素な街の風景も相まって、暖かい車内にいても寒さを感じるようだった。

「美味しい食べ物と少しの娯楽、親しい友人や愛する家族がいれば、人は幸せになれる。なのに人は、それを得るための過程を複雑にしすぎてしまった。それでみんな疲れてるんだ」

「神田は豊かな街だったのですね」

「……そうだね。本当に」

 車は次第に人通りの少ない場所へと進んでいき、市街地の外れまでやってきた。そこで、イヴが窓の外に何かを見つける。

「あれは……」

 伏見がイヴの視線の先に目をやると、他の無個性なものとは一風変わった建物があった。三角形の屋根の頂点には、十字架が取りつけられている。

「教会だね」

「……少し、寄ってもいいでしょうか」

 伏見は運転席の佐伯の肩に手を置いた。


 首都福岡の街並みとは違い、教会内は沢山の色に溢れていた。赤い絨毯、木の長椅子、そして太陽の光を受けて輝くステンドグラス。イヴはようやく、世界がモノクロになったような錯覚から抜け出すことができた。

 年老いた夫婦が一組、長椅子に座って目を閉じている。他に人はいない。

 イヴは正面の十字架に目をやると、近くの長椅子に腰を下ろした。そして目を閉じ、手を口の前で組み合わせる。

 伏見は通路をはさんで反対側の席に座って、イヴの姿を見守った。イヴが今何を思っているのか、伏見にはわからない。ただ、神に祈るその横顔は、とても美しかった。

 しばらくして、イヴは組んだ手を解き、席を立った。伏見も立ち上がる。

「すいません、他人に与えられた神様を信じてはいけないと、理解してはいるのですが……。ああしていると、落ち着くんです」

「夜の話、もう忘れちゃった? 例え他人から与えられた神様でも、自分がそれを本当に信じたいと思うなら、それはもう君の神様だよ。それでいいんだ」

「……ありがとうございます」

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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