Evangelium02-5:恐るべき大人達
「……なんですか、これは」
茫然としたイヴの前に、湯気の立つ巨大な鉄製のコンテナが横たわっていた。
イヴは夕食を終えてすぐ、ハナに連れられてコンテナの並ぶ区画へとやってきた。そこは沢山の女性で賑わっており、皆が服を脱いで、梯子からコンテナの中に飛び込んでいた。
「はい、タオル」
ハナがタオルを持って戻ってきたので、イヴは同じ質問を繰り返す。
「なんですか、これは」
「お風呂だよ。ちょろちょろシャワーだけじゃ物足りないでしょ?」
「お風呂……?」
イヴが知っている風呂とは似ても似つかない。コンテナは骨組みによって高い場所へと固定されており、その下には火が焚かれていた。隙間は溶接され、中にはお湯が入っているらしかった。
「さ、脱いで脱いで」
ハナが服を脱ぎ出したので、イヴも言われるがままに裸になった。
「うー、寒い! こっちこっち!」
ハナに促され、イヴは近くにあったコンテナへと続く梯子を上る。コンテナの中には透き通ったお湯が張られていて、すでに何人かが入浴を楽しんでいた。
「コンテナに触らないように気をつけてね。熱いから」
下からハナの注意を受けて、イヴはコンテナの縁に触れないように気をつけながら、内側に取りつけられた梯子を下りていく。足先が熱いお湯に触れて一瞬驚いたが、ゆっくりと体を沈めていく。底には木製のすのこが固定されていたので、足を火傷することはなかった。
「おりゃー!」
あとからハナが飛び込んできて、飛沫が上がった。
「ちょっとハナ、危ないでしょ!」
先に入浴していたハナと同年代らしい少女が、楽しげに声を上げる。
「ごめんごめん。ふー、生き返るー」
ハナは泳ぐようにして移動し、イヴの隣に腰を下ろした。
「こんな場所があったのですね」
「うん。雨水がある程度溜まったら、ゴミを取って沸かすの」
「とても気持ちが良いです」
「でしょ」
ハナは屈託のない笑顔を見せる。
「どう? ここでの生活には慣れてきた?」
「……まだ戸惑うことも多いですが、皆さんとても親切なので、おかげさまで」
「そんなに気を使わなくていいんだよ。荒っぽいやつも多いし」
「いいえ、本当に」
イヴは真顔で念を押す。
「不思議な子だね。どうやったらそんなに純粋でいられるんだろう」
「……きっと、何も知らないだけなんだと思います」
「イヴちゃんて、お嬢様だったの?」
「いいえ」
「お父さんとかお母さんは? 何してた人?」
「両親と呼べる方は、いません」
「イヴちゃんもそうなんだね」
ハナは膝を抱え、リズムを取るように体を揺らす。
「移民や難民もこの街には多いけど、ほとんどは親が育てられなくなって捨てられた子たちなんだ。そういう子供が暮らしてるって知って、みんなわざわざここに捨てていくの。中にはへその緒がついたまま捨てられてた子もいるんだよ。酷い話だよね」
「ハナさんは……」
「私は七歳くらいの時かな。元々もっと北の方に住んでたんだけど、領土問題とか首都移転のこともあって、南下することになったんだ。その時にね。兄弟の中で一番お姉さんだからって、ここに置いていかれちゃった。あとから知ったんだけど、口減らしってやつなのかな。食べていくために家族を減らすの」
「……酷い話ですね」
「ね。最初の数年は本当に大変だったんだ。みんな飢えて殺伐としてて、身を守るのに必死だった。その辺にいるカエルとかバッタを捕まえて食べたりもしてたな。でもね、五年前に伏見先生が来てから、一気にここは変わったの」
「伏見さんが?」
ハナは火照って赤くなった顔で微笑む。
「うん。みんなに食べ物の作り方とか、飲み水の作り方とか、生きる術を教えてくれた。須藤先生を呼んでくれたり、本と一緒に沢山の知識も与えてくれて……。伏見先生あんなだからいじって遊んでるけど、みんな心の底では感謝してると思うんだ。……私もね」
「……私も、感謝しています」
「イヴちゃんも両親いないんだもんね。きっと大変だったよね」
「両親はいませんでしたが、私を育ててくれた方はいました。失礼かもしれませんが、ハナさんよりは相当恵まれていたのだと思います」
「そうなんだ。どんな人なの?」
訊ねられて、イヴはうつむく。
「……難しい質問です。適当な言葉が思い浮かびません」
「女の人? 男の人?」
「男性です。紳士的でしたが、とても厳しい人でした」
「お父さんみたいな感じかな。それとも先生?」
「強いて言うのなら……飼い主でしょうか」
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/




