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Evangelium02-3:恐るべき大人達

「よーし、席に着いてー」

 伏見が部屋に入ってくると、騒がしかった子供たちは慌てて着席した。

 伏見の図書館の三階は、子供たちの教室になっていた。寄せ集めの不揃いの机が並べられ、正面には古びた電子黒板が置かれている。伏見が電源を入れると、屋上に設置された蓄電式ソーラーパネルの電力で、辛うじて起動した。

「よし、それじゃバッテリーが切れる前にさっさと始めるよ。今日の授業は、戦争について」

 教室の後方で見学をしていたイヴの目が、動揺によってわずかに動く。

「戦争が何か、説明できる人はいる?」

「はい!」

 伏見の目の前に座っていた男の子が手を挙げた。

「銃とか爆弾を使って戦うやつ! 漫画で読んだことある!」

「うん、大体合ってる。じゃあなぜ戦うかはわかる?」

「んー、難しくてよくわからなかった。でもかっこ良かったよ!」

「やっぱりいつの時代でも、男の子は武器を使って戦うのに憧れるもんだね。……バン」

「ぐわー!」

 男の子は伏見の指の銃で撃たれ、楽しそうに悶えた。イヴを除いて、教室に笑いが起こる。

「それじゃあ、戦争がなぜ起こるのか説明できる人はいる?」

 今度は思春期真っ只中の少年が、気だるそうに挙手する。

「国と国が喧嘩するんでしょ。領地とかを奪い合ったりして」

「そうだね。領地やお金、資源なんかを奪ったりして、とにかく利益を上げるための戦争がある。これは戦争に限らず、人が争う原因の一つだね。人が持っているものが欲しいから、力ずくで奪う。君たちがシチューを取り合って喧嘩したのと同じだ」

「も、もうしないよ。ハナが怒るから」

 シチュー戦争の当事者だった男の子が、慌てて口を開いた。

「偉い偉い。今は世界の国々の人たちも、そういう戦争を始めることが結果的に不利益になることを学んで、利益を巡った戦争はほとんど起こらなくなった。でももう一つ、戦争の原因になるものがある。わかる人は?」

 これは難問だったらしく、子供たちは顔を見合わせた。そんな中、イヴが手を挙げる。

「何かを守るため」

 伏見はその答えに頷く。

「仲の良い友だちがいじめられていたら、守りたくなるよね。そしたらいじめっ子と戦わなきゃいけない。好きな漫画を貶されたら、そんなことないって反論したくなる。好きなものの名誉を守るために、意見を戦わせる必要がある。これが一人対一人なら喧嘩で済むけど、それが多数対多数になると、戦争になってしまうことがあるんだ」

「漫画が原因で戦争になるの?」

「ああ、それは例え話ね。さすがに漫画が戦争の原因になった例は、聞いたことがないなあ」

 子供の純粋な質問に、伏見は微笑む。

「でも、近いといえば近いね。何かを守るための戦争の原因の一つに、宗教がある」

「神様を守るんだね」

 窓際に座っていた女の子が言う。伏見は一瞬イヴと視線を合わせ、続ける。

「そういうこと。利益を巡った戦争と違って、宗教を巡る戦争は今も起こっている。続いていると言った方がいいかな。最近も中東で、大きな宗教戦争があったんだ。まず、どんな宗教があるか簡単に説明するね」

 伏見はここでようやく、電子黒板にペンで書き込んでいく。中央に円が描かれ、その中にはユダヤ教という文字が。

「まずはユダヤ教から。これは現存する宗教の中で、最も歴史がある古い宗教。ヤハウェという唯一の神様を信じてる。そして」

 伏見は電子黒板に触れてユダヤ教の円を少し上に持っていくと、そこから斜めに線を引いて、もう一つの円を描いた。その中にはキリスト教という文字が書き入れられる。

「そのユダヤ教から生まれたのがキリスト教。かつてイエス・キリストという人は、善人も悪人も等しく神に愛されていると説いた。この言葉に救われた人たちが、後にキリスト教を作ったわけだね。さらにもう一つ」

 伏見はユダヤ教の円からキリスト教とは逆方向に線を引き、その先にイスラム教の円を作る。

「ユダヤ教やキリスト教から影響を受けてできたのが、イスラム教。この三つの宗教が、古くから複雑に対立してきた」

「同じ宗教から生まれたのに、どうして仲が悪いの?」

「発想を転換してごらん。対立する考えを持っていたから、袂を分かつ必要があったってこと。分かれたあとに対立したわけじゃないんだ。考え方が違うと、時には喧嘩しちゃうこともあるよね」

「あー、そっか」

「でも実際のところ、宗教が建前に使われることも多い。本質的には利益を生むための戦争だったりするし、宗教を利用して自分の思うように世界を作り変えようなんて思ってる人もいる」

「えー! それじゃ結局シチューの話と同じじゃん!」

「ずるいー!」

 教室中から非難の声が上がる。

「そうなんだよね。でもそういう宗教を利用した戦争も、今じゃ滅多に起こらなくなってた。それなのにどうしてまた戦争が起こってしまったのか」

 言いながら、三つの宗教の三角形の中心にもう一つの円を描き、そこに文字を書く。

「新しい火種、“コロンシリーズ”が見つかってしまった」

 伏見はペンで中心の円を指した。

「ころんしりーず?」

「また別の宗教?」

 子供たちの質問に、伏見は首を振る。

「宗教ではないかな。でも宗教と深い関わりがある。コロンシリーズっていうのは、ある本のことなんだ」

「本?」

「うん。この三つの宗教のうち、まだユダヤ教しか存在しなかった時代のこと。ユダヤ教からキリスト教が生まれた時に、そのどちらにも属さない一団がいたんだ。のちに彼らはコロニストと呼ばれる集団になるんだけど、そのコロニストが書いたのがコロンシリーズ」

「どういう本なの?」

「その時代にあったことを、できるだけニュートラル……えっと、中立的な立場で記録した本。歴史の教科書みたいなものかな」

「うえー、眠くなりそう」

「多分全部読もうとしたら眠っちゃうね。それも永遠に」

「え……」

「正式なコロンシリーズは、確認されているだけで合計で二一〇七巻ある」

 それまで本能の赴くままに疑問をぶつけてきた子供たちも、これには言葉を失った。

「察しの良い子はわかると思うけど、コロンシリーズは年に一冊、コロニストたちの審査で決められているんだ。だから西暦が始まってから二一〇七年間。つまり去年までだね。毎年発行されていたわけ」

「今年のはないの?」

「今のところはね。そこでさっきの戦争の話に戻ることになる。コロンシリーズっていうのは、コロニストたちが内緒で発行していたものなんだけど、それが去年、世界中に知られてしまったんだ」

「なんで内緒にしてたの?」

「んー、説明が難しいんだけど、その本には普通の人に知られちゃいけないことが沢山書いてあった。それは政治的なことだったり、宗教的なことだったりするんだけどね」

「それが火種になって、戦争が起こったわけね」

 思春期の少年が得意顔で発言する。

「その通り。その本にはこれまでの宗教のあり方をすべて覆すようなことが書いてあったんだ。それが事実かどうかはさておき、そんな本が二千年以上も前から存在し、隠されていたということが問題になって、しばらくは落ち着いていた三つの宗教の対立が激化することになってしまった。戦争が起きるくらいに」

 子供たちはそれぞれ、「うーん」と悩んだり、悩んでいる素振りを見せた。そのうち一人が手を挙げる。

「もう仲良くはできないの?」

「一応戦争そのものは……終わったんだけどね。仲良くするのは、難しいかな」

 それを聞いて、子供たちは完全に沈黙してしまった。伏見がイヴに目をやると、その表情も険しかった。

「……それでね、みんなに訊きたいことがあるんだ。最初の授業で話した、イデアのエーフェスの話を覚えてる?」

 うつむいていたイヴが顔を上げた。

「うん!」

「覚えてるよ!」

「実はあの話には続きがあってね。“エーフェスは青い星で暮らしていくうちに思いました。『この世界はまだ本当の意味では実在していない。ゼロから生まれたまやかしの世界に過ぎない。真の実在を創らなければいけない』”」

 子供たちは首を傾げる。

「しんのじつざい?」

「この世界にあるものは、みんな等しく正の側面と負の側面を持ってる。ゼロから生まれたものだからね。だけどエーフェスは、本当の意味での“一”を創ろうとし始めたんだ」

「難しくてよくわかんない」

「んー、そうだな……。ざっくり言うと、“幸せしかない世界”。嫌だなって思うことがなにもない世界のこと」

「ええー、そんなのつくれるの?」

「そう思うよね。訊きたいのはそこなんだ。嫌だと思うことが一切ない、誰もが幸せな世界って、想像できる?」

「できるよ! 美味しいご飯がいっぱいで、お手伝いしなくてもいい世界!」

 シチュー戦争を戦った戦士の言葉で、教室に笑いが起こる。

「それは幸せそうだ。でもその世界じゃ、お手伝いのあとに食べるご飯の美味しさは味わえないよ? 汗を流して乾いた喉を潤す水の味も」

「えー、別にいいよー。きっとお手伝いしなくたってご飯も水も美味しいよ」

「私は嫌だよ! お手伝いして褒められるの好きだもん!」

 隣に座っていた女の子が反論する。

「それじゃ、君が思う幸せしかない世界はどういうところ?」

「えーと……。沢山勉強して、偉い人になって、いっぱい人の役に立つ仕事ができる世界!」

 これには主に男子一同からブーイングが起こる。

「まあまあ、あくまで想像の話だからさ。でも今のでわかったみたいに、誰もが幸せな世界っていうのは本当に難しい。誰かにとっての幸せが、誰かにとっては不幸せだったりするからね」

「先生はわかるの? 誰もが幸せな世界」

「え? わからないから訊いてるんだよ?」

 教室は一瞬静まり返った。直後、子供たちは暴徒と化した。

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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