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【最終話】その5

 ここ2ヶ月ほど毎週土曜日、エヌ氏は市内の病院を尋ねている。

 休職中のH山氏の見舞いである。


 エヌ氏は通勤電車でたまにH山氏と同じ車両に乗り合わせることがあったが、H山氏はある日ちらりとエヌ氏のTwitter画面を背中越しにみてしまったそうだ。


 経理をやっていたH山氏はエヌ氏が婚歴なしの独身であることを知っていたが、エヌ氏は妻子のことについてつぶやいていた。むろんH山氏とてまじまじと見たわけではないのだが、一瞬確かにそう見えた。


 抑えきれぬ好奇心から自宅でエヌ氏のアカウントを調べてつぶやきをのぞいた彼女はエヌ氏が妻子持ちではないかと最初は疑っていたが、ついには妻子持ちであると確信してしまった。


 職場の人間関係などから心が病み始めていたH山氏はエヌ氏に執着するようになる。


 妻子はいるのに職場では隠すエヌ氏は不正をしているのではないか。

 病気と正義が融合し、H山氏は暴走を始める。


 彼女はエヌ氏の過去ログを漁り、つぶやきを分析した。執着が高じてしまいにはエヌ氏の自宅アパートをかぎまわるようにもなった。


 この時点ですでに彼女は休職に入っていたため日中に時間はいくらでもあった。さらにはネットであれこれ調べ、エヌ氏宅アパートの合い鍵まで作ったのだという。


 ある日彼女はついに気付いた。エヌ氏に妻子はいない。

 しかしTwitter上は確かにいる。


 この矛盾は埋めなければならない。どうしても埋めなければならない。


 そう、何者かがH山氏にささやくのだ。

 月が、木漏れ日が、ドアのノブが。

 彼女に言い聞かせる。


「エヌ氏の妻子はいる。」


 以上は自分のことをいくらか客観視できるようになったH山氏とH山氏の両親(両親は医者から聞いた話も交えている)から聞いた話をエヌ氏が総合したものである。


 原因はストーカーであり、自分の設定を現実が(あるいは現実が設定を)浸食するファンタジーでもあった。


 また、実際には多恵さんも翔光もいなかったが、自身が狂人でなかったとも言い難い、とH山氏の病気による心境を聞いて苦笑するところもあった。


 あの夜自分が立てた仮説が三つともちょっとずつ当たっていたような気がすると思うと苦笑が漏れる。


 H山氏は幸い回復しているようである。

 やつれた顔もふっくらとし、以前の愛嬌をとりもどしている。


 エヌ氏はみずからの半生を顧みる。

 平々凡々とした人生、波打つことのない学歴、就職歴、そこに婚歴がまじっていないことは波では無かろうかと思った。


 エヌ氏はH山氏のような病気の市民をたくさん知っている。

 重篤な者は親族にも見捨てられ終生を病院で送る。

 比較的軽い者で病気を客観視できるようになった者は自分をコントロールして社会生活にとけ込む。


 結婚生活を営む例ももちろん多数ある。そのうち離婚する者もたくさんいる。健常な人々と比べてその割合が多いかどうかまではわからない。


 エヌ氏は最近ツイッターをやめ、通勤中、ずっとH山氏のことばかり考えている。


 病状が回復しつつある彼女の精神は安定しており、私と談笑もしてくれる。ご両親にもなにかにつけ感謝されている。


 もし、もしであるが、私がH山氏と結婚することがあればどうだろうか。

 H山氏もまんざらではなさそうなのだ。これは設定ではなく、事実そう感じるのだ。


 しかしもし結婚したら・・・その際の問題は二つある。 

 H山氏の下の名前が多恵でないことと、第1子が息子でなかった場合、設定と違ってしまうということだ。


 まあ、そこはエヌ氏の腕の見せ所である。

 なにか納得のいく設定が見つかるだろう。

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