その4
午後6時10分頃警察署を訪れたエヌ氏は窓口で当直らしき警官に用件を伝えた。ほどなくヤクザ刑事がくだけた服装であらわれた。
エヌさん、一昨日ですね、別件で出ていた家具の盗難届けとあなたの件を照合できたんですよ。詳細はわからんが、まあこれだろうとあたりをつけて盗難の届け主の名前をみたらどんぴしゃり、H山K子さん。
名字は違うけど、下の名前は同じ漢字のK子さんなんですよ。そこでH山さんに連絡をいれようとしたら逆にH山さんがちょうど警察署に見えられましてね、ご夫婦と娘さん三人で。
家具を盗まれたH山夫人は旧姓がS田で、あれは夫人のお母様のご遺品だそうですよ。
話すと長いんですが、ことのあらましはこうです。
鬱っていうんですか?あるいは何か他の病名かもしれませんが、H山さんの娘さんは今は心の病で仕事を休職しとるそうです。
その娘さん、半年くらい前から妄想の気が強くなっていたそうですよ。
自分が誰かの奥さんだというような言動が日常生活に混じっていたらしいんですね。
医者からは週に一回通院すればいいと言われて自宅療養をしておったんですが、ここ1ヶ月は何をしているものか、外出が目立ったそうです。
そんなある日鏡台がなくなった。誰が持っていったかわからない。
娘が怪しいとは思ったものの娘に聞いても知らないと言うので一応盗難届けは出しておいた。
そうしたら先日医者から連絡があって娘さんが洗いざらいしゃべったと。
ヤクザ刑事がここまで話したところで来客が来た。
上品な老夫婦と三十路くらいのやつれた女性だった。エヌ氏はH山という名前にも、やつれた女性にも心当たりがあった。
心当たりというよりも、数ヶ月前に休職したと聞く、下のフロアで経理をやっていた女性職員だった。
なるほど、単なるストーキング事件だったのか、とエヌ氏はとりあえずがっかりした。