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バランスドール  作者: 冬野灯
9/12

 ロイアルに連れてこられた牢の中で、彼女は鎖に繋がれ項垂れていた。

 首と手を鎖で繋がれ天井からぶら下げられて、両足にも重い枷が取りつけられている。


 もう何時間もこの状態で、身体を唯一支えている手首からは細く幾筋もの血液が流れ出ていた。それは腕をつたって服にしみ込み、吸いきれなかった血液は地面に赤い斑点を作っていく。

 足も首も枷と擦れて真っ赤になっていて、まだ皮膚は切れてはいないようだが非常に痛々しい。


 拘束具など、彼女にとっては何の意味もない。力を使えばあっさりと全てを切り裂けるのだから。しかし彼女はそこから動かない。たった一人の人を守るために、彼女は死を選んだ。はずだった。



――おかしい。どうしてまだ刑が執行されないの。私はとっくに死んでいるはず、どうしてまだ牢に入れられたままなの、



 ロイアルは国民には隠された機関だ。疑わしきは殺せ。能力者にしてもただの力のない人間にしても、一度捕まれば二度と陽の目を浴びることはない。

 ロイアルが処刑した者は、事故死などの理由で処理される。

 国民はこの世に能力者などというものが存在することさえ知らない。一部の貴族を除いてだが。



――ルッツが人質になっているというのが嘘かどうかも分からない。でも、嘘でも本当でも、私が死ねばルッツの危険は減るのよ。


 私は、私が死ぬ、この時を、……待っていたのかもしれない。

 ルッツと過ごした日々だって、ただの時間の浪費だったんだから。……でも、ルッツが名前をくれたから、私はルッツの隣では、生きていられた。


 この世に思い入れなんてないな。あるとしたら、ルッツの幸せかな。

 私はルッツの支えになれていたかどうかわからないもの。

  だって私はきっと、ルッツに依存していて、それはきっと、ルッツが求めるものとは、違っていた。


 世界をくれたあなたを、何かに絡まってもがいてるあなたを、私は。……私にしてくれた、みたいに、救い上げたかったのに。私では、だめ、だった、……今に、なっても、わかんないよ。ねぇ、ルッツ、ルッツは、私がいなくなっても、大丈夫、だよね?



 彼女は泣いていた。水滴が床に染みをつくるまで、気づく余裕もなかったが。

――ルッツ、せめてあなたが何に苦しんでもがいていたのか、それを、私は、分かりたかった……。





「夜分遅くに失礼します。ジェノア・ルイフォード指揮官ですね」

『誰だ』

「以前シュガー密売の件で情報提供させて頂きました、フリーライターのヴェルマーと申します」

『……貴様か。何の用かね?』

「白々しいですね。軍には今、私の連れがいるはずですが」

『ふん、お前の女は能力者だ。庇えばお前も処刑することになるぞ』


――サクはロイアルに。能力者という事もばれている。あの男の言ったことは嘘ではなかった。


「いいえ、あなたは私を処刑できません。もちろん彼女も」

『何を言っている』

「近頃レトリア家が不審な動きをしているとか」

『……なに?』

電話の奥で息を呑む音が聞こえた。


「武器をたんまり蓄えているようで。まだまだ集めているようですよ?」

『……!! なぜ、お前がそんなことを知っている』

「取引をしましょう」

『取引だと』

「今すぐ彼女を解放すれば、カンツィローネファミリーと武器商との取引日時を教えましょう」

『っそれは』

「解放しないなら、お前ら軍はレトリア家と戦争だろうな」


『……お前から聞き出せばいい事だ』

「俺は拷問には慣れている。聞き出せる自信があるならやってみろ。ただ彼女が死んだ場合、二度と俺からは情報を得られないと思え」

彼が殺気だった声で言い放つと、考え込むような間の後に返事がきた。


『わかった。彼女は解放する。その代り』

「俺は取引を守る」

相手の声を遮って、彼は電話を切った。





 「出ろ」

 地下牢に響く靴音が彼女の牢の前で止まった。錠が外される音がする。

 彼女が顔を上げると看守が入ってきて、彼女の身体の拘束具が全て取り払われた。


――処刑場はどんなふうだろう。なるべく痛くないのがいいな。

「お前の疑いは晴れた。ここから出て家に帰れ」

――……? 

「は?」

彼女はぽかんとした顔で看守を見つめた。

 しかし看守は取り合わず、彼女の腕を掴み牢から引きずり出す。

「え、あ、あの、処刑は?」

「無しだ」

 看守は彼女の腕を掴んだまま地下牢から地上に続く階段を上がる。


 彼女は状況が呑み込めない。

「あの! ルッツは! 彼は無事なんですか!」

彼女は看守の腕を両手で掴みこみ、引き留めた。答えを聞くまでここから出そうにない。

「っ無事だ! 手を離せ!」

看守は荒々しく手を振り払うと、華奢な背中を突き飛ばした。

 彼女はいきなりの衝撃にあっけなく転ぶ。手や足に擦り傷ができていそうだ。

「突き当りを右に曲がってまっすぐ行くと出口だ。さっさと出ていけ」


 彼女は痛む手首をさすりながら立ち上がり、走り出す。

――なんだかあの日と同じみたい。後ろに火はないけれど。ここを出れば、ルッツに会える!


 彼女はロイアルの地下牢を出る。土を踏みしめ、裸足で彼のもとへ駆けていく。月もない闇夜の中、彼だけが彼女の唯一の道標、光だった。

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