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バランスドール  作者: 冬野灯
12/12

愛を見つけて、残るは。

 彼女は真っ白な空間で目を覚ます。彼の顔が視界に映った。

――ルッツだ。かっこいい。……? ……撃たれて……それから……? 生きてる? 死んでる? 夢?

目に映る彼が、安堵の色を顔に浮かべて微笑んだ。

「生きてるよ」

――生きてる……。そっか、生きてるんだ。……どうして助かったんだろ。


「あー、目ぇ覚めたー? よかったねー」

「心がこもってない」

「こめたこめた」

「サク、俺たち、助かったんだよ。生きてるんだ」

「無視すんなよ」

「あ、何か飲み物いる?」

「それは誰が持ってくるんでしょーかー」

「お前だよクソ医者」

「それが人にものを頼む態度かねー」

「ぐっ、持ってきてください」

「へいへい」


 扉の開く音が聞こえた。彼女は体を起こそうと力を入れる。

「あ、まだ起き上がらない方が」

しかし彼女はなんとしても起き上がりたいようだったので、彼は彼女の背中を支えて上半身を起こすのを手伝った。


「ルッツ」

彼女が名前を呼ぶと彼の顔が綻んだ。

彼女は彼に抱きついて彼の胸に顔をうずめた。鼓動が耳に優しく響く。


「おい、持ってきたぞ」

「ありがと」

寝癖なのか癖毛なのか、髪がぴんぴん跳ねている男から、彼は水の入ったコップを受け取り彼女に訊く。

「飲む?」

「はい……いただきます」

一口飲むと、水が食道を通過して胃に入っていく感覚がした。ああ、生きてるんだ、と彼女はひとりごちる。


「もう歩いて平気なんですか?」

「あまり遠くまでは行けないけど、少しならね。君の方が重傷だよ。俺は全治一ヶ月、君は二ヶ月」

彼女は自身のお腹のあたりを触った。しっかりと包帯が巻かれている。

「あなたは誰? 私たちを助けてくれた人?」

彼女は白衣を着たおっとり顔の男を見つめて問う。

「俺―? そうだねー、俺は君たちの命の恩人だよ。因みに、エルディー家に使われている」

「一応、俺たちを助けてくれたんだ」

「一応を強調すんなよ、しっかり治してやっただろーが」

「まだ治ってねーよ」

「……そうだな、まだ治ってない。だかろこそ、今聞いておく必要がある」


 白衣の男の雰囲気が変わった。さっきまでのどこかのんびりした雰囲気から、冷たい感覚へ。眼鏡の奥の眼が鋭くなって、この部屋の温度が下がった気がした。

 白衣の男に見つめられた彼女は、ヘビに睨まれたかのように身動きできない。

「君、今までに能力を使って罪を犯したことはあるか?」

部屋の中が凍りついた。

「……俺の命令でならある。この子が勝手に手を下したことはない。この子は、なんでも俺の言うとおりに動くだけだ」

「ほう? なんでも言うとおりに、ね? なるほど。君がその子の抑止力になってるってわけか……君の周りに不可解な事件が多かったのは、能力者が絡んでたってことかな。謎が解けたよ」


 彼が白衣の男をうさん臭そうに見やる。

「俺のこと、随分知ってるようだけど? お前ほんとにただの医者か」

「医者だよー」

男が元の気の抜けた口調に戻った。彼女は思わずこめていた肩の力を抜く。

「エルディー家はねー能力者を保護してるんだ。保護する代わりに守れってね」

「また利用されるだけだろ」

「マフィアやレトリア家よりはよっぽどいい待遇だと思うけどー? エルディー家が君たちに気づいていなかったら、今頃2人ともレトリア家で実験台の上だよ? あの孤児院と同じようにね。正直、レトリア家が軍に君たちの情報を流した時はどうなる事かと思ったよ。よかったねー助かって」

「……助かっただと。それをお前が言えるのか。お前らも俺たちを利用する癖に」

「そりゃ利用させてもらうさ。ただ飯ぐらいはいらないからねー。でも君たちはけっこう自由に動けると思うよ? この敷地の中ならどこでも行っていいし、外に行きたいときは言ってくれれば俺や他の奴らがついていく」

「監視付きってことでしょ」

彼は終始医者を睨んでいる。


 医者は困ったように笑った。

「命は完全に保証するぜー」

言いつつ彼の目から逃げるように部屋から退散していった。


「ルッツ」

「うん?」

「私たちを狙ったのは、誰なんですか?」

「ああ、……レトリア家だよ。あの医者が言うには、虫の息の俺たちをレトリア家とエルディー家が取り合ったらしい。とんだ自作自演だよね。サクの秘密を軍にばらしておいて、俺にサクの居場所を教え助けさせた。その後俺たちを撃って、また助けようとした」

「私の能力を軍にばらしたのも、私の居場所をルッツに教えたのも、レトリア家なんですか?」

「そうだよ。なんか変なピエロっぽいのが来てね、サクがロイアルに捕まったって言ったんだ。最後に、自分はレトリア家の駒だって暴露して帰った」

「ピエロさん……。レトリア家が私の力を欲しがったなら、どうして一度、私を軍に捕まえさせたんですか?」

「おそらくだけど、レトリア家にはサクに敵う奴がいないんだよ。だから力ずくでは奪えなかった」


 彼女は首を傾げて訊いた。

「私に敵う人、ですか?」

「そう、君の能力に勝てる人さ」

彼女は不思議そうに自分の影を見つめている。

「こんな手の込んだことをしてでも欲しいくらい、君の力は強力なのさ」

――サクの力を求めて、これからもいろんな奴らが狙ってくる。なら、鳥籠だとしてもエルディー家で過ごす方が安全なのかもしれない。


「俺たちが調べてた武器商人の情報、覚えてる?」

「はい、カンツィローネに渡しました」

「トーカ村で取引の予定だったらしいんだけど、俺ね、その情報を軍に売ったんだ。サクもあの時の電話 聞いてたでしょ? その情報と交換でサクを解放してもらった。だからカンツィローネから逃げるためにあの街を出たんだ。


 だけど取引のあるはずの日、トーカ村には軍は来たけどカンツィローネと武器商は来なかった。最初から嘘だったんだよ。トーカ村での取引なんて。俺はカンツィローネに嘘の情報を掴まされて、それを軍に売った。


 俺たちはカンツィローネの奴らに殺されると思ってるから、逃げようとするでしょ? そこをレトリア家が銃で撃って、俺たちが死ぬ前に回収すれば、カンツィローネには何の損害もないし、俺たちはさらにカンツィローネの上位組織、レトリア家に雁字搦めってわけだよ。


 レトリア家の言い分はこうだろうね。

 我が傘下、カンツィローネファミリーの情報を軍に売ったことは見逃してやる。その上俺たちの命まで助けてやったんだ。大人しく従え」


「でも、私たちが逃げることが分かってもどのルートを通るかなんて……、」

「……分からないはずだよねぇ」

彼は言葉を引き継ぎ言った。眉根を寄せて、静思する。

「俺たちがアパートから出た後、つけられてる感覚はなかったんだけど。それにもしあのアパートを出てすぐにつけられてたんだとしても、あの仮装連中で埋まってる路から俺たちを見つけ出して後を追うなんて、しかも夜中だよ? ……探知系の能力者がいたのかもしれない」

「探知、ですか。例えば、マーキングされていたとか千里眼とか、……夜だったし、夜眼でしょうか」

「そればっかりは、実際本人に会ってみないとね」

彼は苦笑した。彼女は視線を落としていて、相変わらず表情はないが何かを考えているようだ、と彼は思った。


「エルディー家はどうして私が能力者だってこと知ってたんですか?」

「ああそれね。君がトンネルの下で男を殺した時 見てたみたいだよ? いつから君に勘付いていたのかは知らないけどね」


 彼は彼女の艶やかな髪を一束とって、手でくるくると回す。

――あのピエロ、駒って言ってたけど……、同じ利用される者どうし、反抗か。武力転覆なんて嘘だったんだろうね。軍さえ巻き込んで、全てはサクを手に入れるための自演だった。





 話が一段落ついて、彼は冗談めかして言った。冗談なんかではないのだが。

「あーあー、サク、俺たち今度はエルディー家にこき使われるみたいだよ」

「そうですね。でもルッツがいるならどこでもいいです」

「ふふ、サクはほんとに俺以外興味ないよねぇ」

彼は嬉しそうに笑って彼女の両手を優しく握ると、真正面に立って彼女の額にキスをした。

 彼女は穏やかな目で彼を見上げる。


 小鳥が窓の外で可愛らしく鳴いた。窓から見える空は快晴だ。

 

 彼は愛おしげに、彼女の瞳の奥を見つめる。

――君をもう一度救ってみせる。君の心は、どこにあるのかな。

「ねぇサク、ずっと言いたかったことがあるんだ。聴いてくれる?」

















                                               Fin.


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