再会
彼は部屋をひたすら歩きまわっていた。彼女が生きて帰って来るまで落ち着いて座ってもいられないようだ。何かを考え込むように立ち止まっては、すぐに嫌なイメージを払拭するように頭を振って歩き出す。
彼は胸中の不安を押し込めるように水を一気に飲み干した。グラスを音を立てて机に叩きつける。そのまま机に手をつき頭をたれて、両目を閉じた。
夜半を過ぎても、壁を一枚はさんだ向こう側の祭囃子が止む気配はない。
――このまま逃げるしかない。俺が軍に武器商の情報を流したってのはすぐにばれるだろ。あいつらの取引は3日後。それまでに逃げればいいのかもしれない。だけど。そもそもなぜサクは捕まった。誰かがばらしたに違いない。
彼は顎に手をそえてまた歩きまわりだす。
――サクを攫ったのは軍だった。それを、レトリア家の駒だといったあいつが俺に教えた。……なぜ、俺に情報を与えた? なぜ俺にサクの居場所を教えた。俺がサクを軍から取り戻せば、何かレトリア家の利益になるのか。
しかし、俺はレトリア家にとって不利な情報を軍へ流したぞ。……俺が武器取引の情報を軍へ流すとは思わなかったのか?
あいつらの、レトリア家の狙いはなんだ。俺にサクを助けさせて、何をしようとしている。
1時間ほど走り通して、彼女はようやっと慣れ親しんだ街に帰ってきた。
真夜中にもかかわらず、街の至る所にぶら下がっているランタンのおかげで足元は明るい。行く手には彼女を邪魔するかのように――昼間の混雑に比べればましと言えるが――まだ大勢の人たちが祭りの熱に浮かされていた。年に1度のこの日を心行くまで楽しんでいるのだろう。しかし彼女にとっては厄介なことこの上ない。この人混みをかき分けて進むには大分骨が折れそうだ。
佇む彼女をなんとなしに見た若者が、ぎょっとした顔で立ち止まる。何せ彼女の腕やら足やらが血だらけだったのだ。服も擦り切れて血に塗れ泥が付き、ところどころ掠り傷もある。これを仮装というには生々しすぎた。若者が声をかけようとした矢先、彼女はまるで猫のように壁や柱を使ってスルスルと屋根に登り、走り去ってしまった。
彼が今日何度目かの嘆息を漏らした時、窓を控えめに叩く音が鳴った。彼は呼吸を忘れて窓に駆け寄る。 開けると、血だらけの彼女が窓の上の縁から部屋の中へ滑りこむように転がってきた。彼は彼女が床に落ちる前に抱きとめる。そして、彼女の身体を見て苦しそうに声を詰まらせた。
「よかった……ルッツ、無事だった」
泣きそうな声で彼女は言った。彼は心底安心したような彼女の顔を見て、自分も泣きたくなった。
「俺より自分の心配しなよ。こんなに怪我して、帰って来なかったらどうしようとっ、」
彼は泣くまいと、彼女の肩に顔を埋め強く抱きすくめた。
彼女は彼の体温を感じ、2つの意味で安堵する。
――よかった。ルッツ、無事だった。それに私、……帰ってきても良かったのね。ルッツの隣に、私、居てもいいのね。
やはり居場所は此処にしかなくて、私は彼の隣でしか生きられなくて、そしてそのことが嬉しくて仕方がないんだと、彼の背に腕を回して微笑んだ。
「いっ」
「あ、ごめん! 痛かった!? どこが痛い!?」
「っう、大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ! まったく、こんな時まで……痛いなら痛いって言うんだよ。そうしないと怒るよ」
「う……すみません。足が、痛いです、手首も、っ、痛くて」
彼は血と泥にまみれた足を見て、鎖の跡が残る手首と首に目をやった。沸々とロイアルへの憎悪が込み上げてくる。しかし彼女の怪我の治療が先だとやけに冷静なもう一人の自分が、その煮えたぎる憎悪を内に秘めた。
彼女を抱き上げてソファーへ座らせる。
「待ってて、今消毒液とタオルと、いっぱい持ってくるから」
彼女はバタバタと走り去った彼を見送り、心身ともに疲れ切った身体をソファーに預けた。
窓から差し込む月明かりとランタンの灯りを頼りに、傷を一通り消毒した。彼女の足に最後の包帯を巻き終えて、彼は呟く。
「ねぇ、」
ソファーに座る彼女の前に膝をついたまま、包帯に血の滲んだ手を取る。彼女の黒い瞳を見つめて、静かにその言葉を口にした。
「俺と一緒に逃げてくれ」
「はい、分かりました」
「ほんと、いつも即答だよね」
彼は苦笑して勢いよく立ち上がると、ちょっと待っててと言い、タイプライターの脇にある電話を手に取った。
――何から逃げるんだろう。……ロイアルからは何故か解放されたけど、何か私たちは嫌なことに巻き込まれてるのかな。そうしたら、私がルッツを守らなきゃ。
彼女は密かに彼に誓う。
「ルイフォード指揮官だな? 一度しか言わない。よく聞け。11月2日午後11時、カンツィローネファミリーとカルド武器商との取引がトーカ村の廃校舎で行われる」
彼は荒々しく電話を切ると寝室に向かった。
寝室から戻ってきた彼の両腕には、奇抜な衣装が抱えられていた。




