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第2話「亮くんのお昼ごはん」

 こんにちは。桐柳亮きやなぎ・あきらです。

 今日は土曜日、僕の学校はお休みです。

 ただ、部屋には僕一人です。両親はいつも通り外出中。二人のお姉ちゃんは、どっちもいません。

 しぃ姉ちゃん(詩織)は、昨日から泊りがけで旅に出ています。あの人は時々、夕飯までに帰宅~二泊三日とかのレベルで放浪の旅に出ます。

 お母さんとお父さんの影響だと思います。血は争えません。

 ちぃ姉ちゃん(苺)は、友達の家に勉強会に行っています。テストが近いようです。

 この辺は、中学も高校もあんまり変わりません。

 そう考えると、来年の受験を乗り越えても、その先に待っているのはテストという現実を目の当たりにしてしまいます。僕の人生は、しばらくお先真っ暗です。

 壁掛け時計がボーンと鳴って、時間を教えてくれました。

 現在時刻は12時、お昼時です。

 我が家の家事担当はちぃ姉ちゃんです。

 あの人はメシウマです。家事全般もそつなくこなします。

 きっといいお嫁さんになれると思います。ただ、絶対にだんなを尻に敷くと思います。

 ちなみに、しぃ姉ちゃんはメシマホです。

 メシマズではありません。メシマホです。

 料理を作ると何故か料理ではないものが出来上がります。

 この間は、親子丼を作ろうとしていたのに出来上がったのが高さ1mの金属モニュメントでした。なかなか前衛的な狂気の一作でした。

 どう考えても錬金術です。魔法です。

 それも禁呪と呼ばれるたぐいの。

 これについては詳しくは語れません。「そういうものだ」としか言えません。世の中は謎と怪奇に満ちているという好例です。

 さて、僕は現在、台所にいます。

 いつもは、戸棚にちぃ姉ちゃんが作ってくれたお昼ご飯が置いてあるので、今日もそうだろうと思ってきたのですが――

「……あれ?」

 おかしい。

 お昼ごはんがありませんでした。電子ジャーにもお米が炊かれていません。

 いつもおかずが置いてある場所に、紙が置いてありました。何か書いてあるので、読んでみます。


『かわいいあっきーへ。悪い、ご飯作ってる時間なかったから、テキトーに済ませて!

 この借りは、いつか必ず返すから。

 え? 許す? わー、やったー、あっきー太っ腹ー、愛してる。

 じゃあまたね! 行ってきまーす。 苺おねえちゃんより』


「…………」

 反論する機会すら与えられませんでした。

 このパターンには覚えがあります。

 ちぃ姉ちゃんが帰ってきたとき、僕が文句を言っても、「あっきーは許してくれた」と言い張るのです。

 横暴です。

 民主主義は死にました。

 この件については僕は心から遺憾の意を表明すると共に、ちぃ姉ちゃんに対して正々堂々と公の場で決着をつける所存です。

 僕は知っているのです、ちぃ姉ちゃんがご飯を用意できなかった理由を。

 アイツ、昨日遅くまでポンハンやってたから……!

 この上は、家族裁判に提訴した上で――無理だ。裁判長がしぃ姉ちゃんじゃそもそも話しになりません。

 結局、末っ子の僕は、家庭内カースト最下位ということでしょうか。

「……てか、どうしよう」

 おなかが鳴りました。

 人を恨むのにも、自分の現状を嘆くのにも、エネルギーは必要です。

 ただ、どうしようかと考えます。

 僕はお金を持っていません。次のお小遣いまで、もうすぐなので、今月のお小遣いなんてとっくに使い切っています。

 そもそも、大事なお小遣いをお昼ご飯に使いたくもありません。

「あ~……」

 考えた末に、僕はお隣さんに頼ることにしました。

 お隣に住むユウさんは一人暮らしなので、きっと料理もできるはず!

 ――それに、ちぃ姉ちゃんが遅くまでポンハンしてたのは、ユウさんと一緒にプレイしていたからに違いありません。

 つまり、僕のご飯がない理由の一端を、ユウさんが担っているということ。

 僕には、ユウさんにご飯を請求する権利があるのです。

 やった! ユウさんが相手なら話が通じるぞ!

 僕の頭の中では、すでにユウさんにお昼ご飯をたかるという方向で調整が進んでいました。脳内会議でも全会一致で可決です。

 特に与党おなか党の勢いが凄まじい。

「そうと決まれば、即施行!」

 僕は乱闘騒ぎを起こしつつあるおなかを抱えながら玄関を出て、お隣さんの部屋に向かいました。

 幸い、今日はユウさんがいることを知っているのでの、僕も勢いづきます。

 お昼ごはん。

 お昼ごはん。

 お昼ごはん!

 育ち盛りの中学二年生は貪欲なのです。

 ドアを開けて、中へ。ユウさんがいるときは、大抵、部屋の鍵は開いています。

「たのもー!」

 部屋に入るなり、僕はそう叫んでいました。

 空腹でテンションがおかしくなっていたのでしょう。

 これも全部、桐柳苺ってやつの仕業です。

 しかし、ドアが開いていたのに、ユウさんからの返事がありません。いるにはいるはずなのですが。

 と、物音がしました。場所から察するに、ユウさんがいるのは台所。部屋の造りは僕たちの部屋と一緒なので、場所はすぐに分かります。

 きっと、今まさに、お昼ご飯を作っているところ。

 僕のおなかの暴動が、一斉にシュプレヒコールを上げています。もはや抑え切れません。

 ドカドカと大またに廊下を歩いて、ユウさんがいる台所へ。

 見えてきました。目的地の台所のドアです。

 本日は晴天なり。

 本日は晴天なり。

 目標を視認により補足せり、これより任務を開始する。

 任務内容は「お昼ご飯」!

 吶喊せよ、トラトラトラー!

「ユウさん、ご飯!」

 僕は、叫ぶと同時にドアを開けて、


「勇者、今だ、やれェい!」

「分かりました、剣士!」

 岩肌がむき出しの洞窟を、勇者が疾駆する。

 目標は眼前の火竜。爛々と輝くその瞳は、傷つきながらもなお力強く、そして憎悪と殺意を湛えて、向かい来る勇者を睨んでいた。

 勇者の身体は、もはや限界に近い。

 すでに、二時間にも及ぶ死闘。

 全身に傷が刻まれていない箇所はなく、疲労により身体のいたるところが悲鳴を上げている。意識を確と保たなければ、今すぐにでも気絶してしまいそうだ。

 だが――!

 前に出た剣士が壁となって踏ん張って、僧侶と魔法使いの練り上げた作戦に従って、盗賊と賢者がやっとの思いで作り上げたこの道筋、失敗は許されない。

 何より、ここで仕留めなければ、また多くの犠牲が出てしまうだろう。

 それだけは!

 勇者として、許すわけにはいかないのだ!

「これで、終わりですッッ!」

 勇者が、大きく地を蹴って跳躍。大上段に振り上げた聖剣より、まばゆい光が溢れる。

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 火竜が、咆哮と共に、鉄をも融解させる炎のブレスを勇者めがけて吐き出し――パタン。


「お邪魔しました~」

 僕は異世界に繋がったドアを閉めました。

 そして部屋に戻ります。

 見てません。

 何も見てません。

 勇者の決死の一撃とか全然知りません。

「ちぃ姉ちゃん早く帰ってこないかな~」

 部屋に戻って、僕はちぃ姉ちゃんの帰りを待ちます。

 はぁ、おなかすいたなぁ……。


 追記――

 その日の夜のユウの部屋。

「だから! どうして回復の指示出してるのに攻撃しようとするの!?」

「え、アイテムってこのボタンじゃなかったですっけ?」

「違う! その操作は前にも教えたってー!」

「あれ? あれ? あ、死んだ」

「うがー! 何なの、どうしてそんなに下手なの? ねぇ、ユウ? どうして始めてから一週間以上経つのに基本操作も覚えてないの? わざと? わざとなの?」

「ち、違いますよ! ちゃんと練習してますよ! あ、でも今日はちょっとあっちでお仕事が長引いちゃって……。いや~、ドラゴンを倒したんですよ、ドラゴン! 苺にも見せたかったですね! 凄いでしょ、エッヘン!」

「こっちじゃ未だにボスダギャア一匹倒せないのにね」

「……僕に、ハンターの素質はないんでしょうか」

「(あ、深刻に悩み始めちゃった……)」

 異世界の勇者が過ごす日常は、こうして過ぎていくのだった。

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