(4) 俺とその他大勢とあいつと
※浩貴視点です。
やぁだ、怖い顔。そう言って母親は眉を顰める。ほっとけ、としか思わない。
「やっぱり女の子はいいわー着飾り甲斐あるもの」
人をあれだけ振り回してしまう母の熱意と強引さはもう病気だと思う。初っ端から飛ばしすぎだ。小龍はあんなに喚いていたのに、悪い事をしたとか少しぐらい反省しろホントに。
「……母さん、やりすぎだろ」
「あら、あんたも言うのそれ。っていうか今のは私だけが悪いわけ?」
じとりと睨まれる。
「着せたのは私だけど、シャオちゃんがあんなになったのはあんたに見られて『ぎゃー!』ってなったからでしょ」
いいからちょっと来いと部屋まで引っ張って行ったのは母だ。自分から見に行ったわけではない。原因はやはり母にあると思う。口には出さないけれど。(言ったらぶちぶち言い出すので面倒くさい。)
「すっかり距離できちゃってるじゃない。かわいそうに」
「何で俺が……」
「バカねぇあんたじゃないわよ。シャオちゃんがかわいそうなの! ホント、無愛想なんだから」
全面的に小龍の味方か、と半ば呆れながら溜め息しか出てこなかった。
かわいそうとか言うな。俺が悪いみたいな言い方、されて面白いわけがない。というか別に何もしていないのにあんなに嫌だ何だと喚かれたこっちの方が――いや、そんな事は言っても仕方がない。
「……ほっときゃいいんじゃねぇの」
その内機嫌も直るだろう。自分の知る小龍は案外単純だった。触らず騒がず、そっとしておけばいい。いちいち口を出すから余計な事を考えてずるずると引きずるわけで。何かの拍子にぱっと切り替わるのは多分以前と変わりないだろう。
「あー心配だわ……学校でもそんなそっけないの、しないのよあんた」
「あいつが勝手にああなってるだけだろ」
「あんたももうちょっといい顔しなさいっつってんの。喋るぐらい普通になさい」
碌に会話をしようとしないのはきっちり見咎められていたらしい。
「……別に喋る事ないし」
「もーシャオちゃんに気ぃ遣わせてどうすんのよ。ホントにもう……優が全部持ってっちゃったのかしらね。愛想とか可愛げとか色々!」
兄を引き合いに出されて思わずむっとする。いつも、昔から、あの兄と比べられてきて。それを煙たがっているのも知っているくせにこの親は……! 今のこれは絶対、わざとだ。
九つ年の離れた兄は名前の通り優しく・優等生のような人間だ。(実は腹黒かったり怒ると本気で怖かったりするけれども……)父の友人が家族で遊びに来た時も、まめにその子ども二人の相手をしてやったりで――当時高校生の兄。自分は小学生だった。そんな頃からずっと、兄には敵うまいと白旗を揚げている。当時の兄と今の自分とを比べてみても敵うような気など起きやしない。
高校生になって、同じ高校に進学したのは兄への対抗心からではない。いい所だよと兄から話も聞いていたし、偏差値と通学距離のすり合わせの結果がそこだった。追いかけているように見られるのが自分としては不本意である。
生まれる順番の逆転なんかできない。自分が先だったらなんて思って歯噛みしていたのはずっと小さい時だ。今は、どうでもいい。……しかしよく出来た兄の存在がちょくちょく気に懸かるのが次男坊の悲しい性。
「シャオちゃん、優、大っ好きだもんねー……見るからに不利だわあんた」
「………」
ここであいつが出てくるのかよ、と苦虫を噛み潰した。不利って何だ。不利って。誰も【勝ちたい】とかいう風には思っていない。
「兄貴は兄貴、俺は俺。……あいつがどう思ってようが関係ねぇし」
「強がりー! 悔しいくせにっ」
「これっぽっちも悔しくない」
「ふーんだ。鼻の下伸ばしてたくせによく言うわ!」
「はあ? 誰がだよ。誰がそんなアホ面するかっつーの……」
「あんたねぇ、親の目甘く見るんじゃないのよ」
にやあっと意味深長な笑みを浮かべる母。断じて鼻の下を伸ばしてはいない。いないが、確かに先ほどのあれを見て、ああかわいいな、とか思ってしまって。でもそんな事を顔にも口にも出すわけにはいかないのでぐっと堪えてはいた。
今も昔も男みたいな格好ばかりで、あんな【まるっきり女の子】な小龍は見たことがなかったから驚いた。だが、その所為で向こうは自分に女らしい格好を見られたのが本気で嫌そうだった。拒否反応激しすぎだろうあいつ。どんだけ嫌なんだ。というか動揺していたとはいえ……さすがにあれだけ言われたら誰だって複雑な心境になる。
「まーね? 息子は応援してやりたいけど。あんたがそれじゃあシャオちゃん、これっぽっちもわかんないでしょうねぇ……」
「………」
兄経由でこちらの事情が漏れているらしいのが腹立たしい。(兄の生ぬるい優しさが弟には激しく迷惑である)
そういうのには鈍そうだもんね、と母は溜め息と一緒にぼやいている。そこだけは同感だ。あれで他人の気持ちに敏かったら詐欺だろう。
「あーシャオちゃんホントにうちの子になってくれたらいいのに〜……ねー、浩貴?」
やたらと絡んでくる母親を半眼でいなして部屋に戻った。本気なんだかからかってるんだか……どちらにせよいい迷惑には変わりない。まったく昨日から騒がしい。母親だけでなく父親や兄すらも小龍小龍うるさい。昔から継続的に。今回の滞在がどうして急に決まっただとかがすっかり頭から抜け落ちているんじゃないのか。危惧するだけ無駄か?
色んな意味で気が重い。顰め面になりながら宿題でもやってるかと机に向かった。
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浩貴は浩貴で、悩みの多いお年頃だそうです。いっつ苦労性←