(38)
晴れの土曜日です。九月末で朝晩の空気は秋らしくなってきている。日中はまだ暑いけど。
朝、ラティの散歩をして帰ると浩貴も起きていたから朝ご飯は一緒に食べた。小枝子さんが「バイト無い日に珍しいわねあんた」ってびっくりしてて、これから出掛ける旨を零したらにやっにやし出したのが僕としてはびっくりだった。
「二人で仲良くお出掛けなのね〜そっかーいいわねぇ」
小枝子さん、息子さんがものすごく嫌そうな顔してますんでにやにや顔は仕舞った方がいいと思いますうん。
そんなに言うほど珍事かなと思い返してみると、確かに浩貴と僕とで出掛けるのは数えるほどしかなかった。ラティの散歩は行くけれどそれはご近所をぐるっと周ってくるだけだしね。家では割りと同じ空間に居る事が増えた気がしてたけど外ではそんなに、かな。
「進歩したわねぇ……ホントに、涙出そうだわ」
「えっ、そんなにですか?!」
ううん、もうちょっと早く歩み寄るべきだったかな。でもなあ……夏休みだって浩貴は忙しかったし、今日だって彼が言い出さなかったらいつも通り別行動な休日になったと思う。
「あ、そういえば」
ふっとわいた疑問を投げかける。
「どこ行くの。今日」
「ん?……お前欲しいもん何か考えたか?」
「いやあ――……それがねぇ……ホント、いいのかなあ……と、」
改めて考えてみたものの欲しい物もぽんと思いつかず、予算だとか余計な事をあれこれ考え出してしまい決まらずじまいなのだ。だって浩貴がちゃんと働いて稼いだお金だよ? 本人が使うにあたって他の予定だってあるはずで――もしかしたら本当にちょっとしたプレゼントのつもりだったら悪いし。そんなに高い物を要求する気は無いけれど。
「遠慮してんのか」
ズバッと言い切られた。
「う、まあ、平たく言えば」
「いいのよシャオちゃんこの際どーんとおねだりしちゃっても。この子相当貯め込んでるはずだし、シャオちゃんたってのお願いなら多少無理してでも叶えちゃうわよ〜ねえ?」
ねえ? というのはさくっと無視して、浩貴はカフェオレを啜っている。眉間の皺がちょっと深いよあああぁぁぁ……!
「――まあいいや。気になるもんがあったら見りゃいいし、別に今日無理して決めろとも言わねえから」
「ううん……わかった。ありがとう」
実際、僕の誕生日は来週半ばだ。10月9日日で17歳になります! 同時に、友龍も17歳なるわけで.――あ。誕生日プレゼント考えなきゃ。毎年お互いに渡してたけど、今年は別々の場所で誕生日を迎えるのかそうか。
家での誕生日はケーキも用意してもらっていた。僕はほとんど食べられないのを知ってて、友龍が「一口ぐらい耐えろよ誕生日なんだし」と笑いながら口に突っ込んできて半泣きしてた。(すぐに水飲んで凌いでましたよええ。)誕生日でも、母は同じ食卓にはつかなかった。もっと小さい頃は家族四人揃っていて、プレゼントも直接貰えていたのに、いつからだったかな、三人になったの。――今年は友龍、父さんと二人きりになっちゃうのかな。
「シャオちゃん、どうしたの?」
小枝子さんが心配そうに覗き込んできてはっとした。いや、何でも、と慌てて返事をしたが相手の表情は変わらず。
「体調悪いの? 大丈夫?」
「いえ! 元気です! すみません。ユウの事考えてて」
「ああ――……そうよね、いつもならユウ君も一緒にお誕生日よね」
「そうなんですよ。いやあ……離れて過ごすの、初めてなので。何か変な感じだなあって」
あはは、と笑ってみた顔はちゃんと笑えているだろうか。
「シャオちゃんにもだけどユウ君にもちゃーんと用意してるからね。ソウさんも【今年も忘れないで贈って!】って言ってたから」
ふふふ、と柔らかく笑む小枝子さんに、僕もちょっと和まされる。そういえば毎年、壮一郎さんの名前でプレゼントくれてましたよねおばさん。父さんも弥坂兄弟にお祝いだとかしてたみたいだし、実際の血縁者より近い感じ。嬉しいな、と思う。
「わかってると思うけど浩貴は浩貴でしっかりプレゼントしてあげるのよ」
「だから。これから行くっつーのに……」
「お昼も外で食べてくるわよね?」
「そのつもり」
え。そうだったのか。
「っていうかあの、今日どこまでどうやって行くの?」
「シャオが行きたいとこあるならそこだし、無いなら無いで何となくは考えてある」
「ああ、そう。……うーん……」
「とりあえずまあ、出られるように用意してきたら? お洋服見る? 見る?」
隙あらば着せ替えようという小枝子さんの目はきらきら輝いているがそこは丁重に辞退しておいた。迂闊に女の子の格好して外は歩けませんので悪しからず。
荷物といってもボディバッグ一つで収まるし、上着は着慣れた薄紺のシャツでオッケー。真夏の暑さからゆっくりと秋の涼しさに移り変わって、その内寒い寒いと言い出すのだろう。そして先に玄関から出ていた浩貴はというと、ガレージに居た。ガレージ。そこにあるのは小枝子さんの車と浩貴のバイク。……まさか。まさかバイクなのか今日の足。
「こーき、」
恐る恐る声を掛けると、ん? という風に浩貴が顔を上げる。エンジン、かかってますね。音がするなぁとは思ったんだけどねうん。確定事項かなこれどうしよう初めて乗せて貰った時の記憶はあんまりよくないんだけどなあぁぁぁ……!
「……バイク?」
「そのつもりだけど」
ああ――……やっぱりいぃぃい? と胸中で狼狽える。それは顔にもちょこっと出てしまったらしい。
「どうしても嫌だってんなら電車にするけど、……まだ乗ったの一回だけだろお前。だし、最初よりちょっと周り見れると楽しくなると思うし」
「う、ん……そう、」
不安だ。
でも浩貴も乗りたいよねバイク。季節的には走ってて気持ちいいらしいし、僕も慣れておくのもいいかもしれない。これでも絶叫マシンは好きな方なんだけどな……絶叫マシンは安全ベルトがあるでしょ? バイク、無いでしょ?
でもなあ……浩貴も初回と違ってやんわり提案してくれているし――有無を言わせないっていう態度より本当にあたりが柔らかくなったなあこの人――いいかなっていう気にもなっている。
「じゃあ、よろしくお願いします。……あのー頑張り、ます……」
ぺこんとお辞儀をすると、ふはっ、と吹き出してから笑い出す声がしてびっくりした。えっ、笑った。何でだよ! 殊勝な態度だからか!
「おま、何そのおじぎ。――何で絶叫系好きなのにバイクはビビリなんだろーな?」
「だっ、だって安全性がさあっ」
「ちゃんと捕まってりゃ平気だっつーのに。俺が無茶するわけねえだろ」
安全運転なのは当然だ、とまたちょっと笑った。ううぅぅ……そんなにおかしいか僕。
フルフェイスのヘルメットを受け取って装備。うわあ、エンジン音も調子よさげだし今更変更なんか有り得ないよね?
「ん。後ろ」
促されて変に緊張した。そして前みたいにいざシートの上に落ち着くと更に心臓の音が速まる。どれぐらい乗ってなきゃならないんだ今日これから。ぎゅっと浩貴にしがみつくと驚いたのかびくっとされた。おい! と焦った声に今度はこっちがびくっとする番だった。
「しがみつかなくても落ちねえから。つぅかしんどいだろ前屈みになるし――もうちょっと身体離して、上体起こせ」
「うん、わかった……こう? これぐらい?」
「そーそー。……あー……走ってる間そんな声聞こえないから、何かあったら停まってる時服でも引っ張るか肩叩け」
「信号の時とか?」
「そう。何もない予定だけど一応な」
おお……何だか今日は優しいな浩貴。初回にこれがあったらもうちょっと怖くなかったと思うんだけどまあいいか。
そんじゃあ、と一声あってからゆるゆるとバイクが動き出す。おおっ、とビビリ虫が騒いだのは一瞬だった。
* * *
何かあったら――と言われたけれど、信号に引っ掛かる度に浩貴の方からちらりと様子を窺ってくれたのでそれはせずに済んだ。本日、マメですね君。周りが見れたら楽しくなるというのも、心掛けてみれば案外楽しめた。これはドライブの時と一緒だ。偶々隣に停まった車の後部座席からひょっこり顔を出した犬に「わうっ!」と吠えられたのだけは驚いたよ。ハスキーは迫力あるねやっぱり。
そして行き着いた先の地下駐車場である。ここどこ? 状態なんですけど。
「大丈夫だったか?」
「うん。おかげさまで」
ついて歩きながら風が気持ちよかったとか犬にはびっくりしただとかを喋る。二回目のバイクはなかなか好感触だったのがちゃんと伝わったらしく、浩貴も「よかったな」とほっとした風だった。でもさあ、頭またぐしゃぐしゃってしないでくれたらもっとよかったんだけどね?!
地上に出ると高いビル群の真っ只中だった。住んでいるのは所謂住宅街なので、背の高い建物が並んでいるといかにも都会だなと感じる。……さて、ここからどこに?
「こーき、どこまで行くのさ」
「ん? もうすぐ」
……ぼかす意味はあるのだろうか。何だか面白がってる風なのは一体。この人にもこんな所があったのか。
この際何でもいいやと完全に浩貴に任せて隣を歩く。土曜日なだけあって僕らみたいな学生や家族連れも行き交う交差点。スーツ姿の人がいると社会人って大変だなと頭が下がる。――まだだ。僕は、まだそんな立ち位置に引っ張り上げられたくない。過ぎった母からのメールの文面をさっさと振り払って、人にぶつからないように気を付けつつ歩く。この辺は来たことがないので土地勘はさっぱりだ。
「結構遠いとこまで来たよね?」
「そうか? 一時間はなってないだろ」
「バイクでそのぐらいって、結構だと思うけど」
運転手と乗っているだけの人とは感覚が違うのかな、と唸る。
「疲れてんならどっか入ってもいいけど」
「いやいや、そういう意味じゃないんだよ。大丈夫ありがと」
なんだかんだでお昼前だがまだお腹が空いたとかそういう感じでもないし。浩貴は燃費がよろしくないからどうかわからないけどね。(言及しないって事はまだ平気なんだろう。うん。お腹が空くと言うからねこの人。)
何気なしにあちこち視線を向けながら歩いているとショップやカフェも目に入る。ああいう服は友紀が好きそうだなとか、おばさんがこの前着せ替えでって用意したやつはここのだったのかもなとか、楽しい。浩貴は「休みまで白石の話すんなよ」とか「またやってたのかお前……」と反応をしてくれたのがまた……うん、楽しかった。普通に会話のキャッチボールができるって本当に素晴らしい。
十分少々歩いた所で浩貴が「あれ」と指差して目的地をようやく明かしてくれた。あれとはどれか。……ビルですね。何これ人がものすごく多い。人混み嫌なんじゃなかったのか君。
そして更にきょとんとしてしまった原因はそのビルの掲げている看板だった。
「……水族館?」
こんな街のど真ん中に水族館なんかあるのか?!
そして僕にしては珍しくこんな事も考えた。【男子高校生二人で水族館】って絵面としてどうなの、と。
*
※作中の水族館にモデルはありますが立地等各所創作しておりますすみません。




