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僕とその他大勢と君と  作者: sen
いちについて、
3/75

(3)



 さすがに疲れた、と両手に提げている紙袋をフローリングへ下ろす。買い物ってこんなハードな感じだったかなと途中でへこたれそうになった。



 昨日は着いた時間も微妙だったので買い物は翌日にとなった。小枝子さんが張り切って用意してくれた日本食もおいしくおいしくいただいて、部屋で細々したものを片付けていたらふうっと睡魔に襲われてさっさと寝てしまった。

 朝はすっきり起きられた。日曜の朝はワイドショーや旅番組なんかばかりなんだなと、点いていたテレビを横目に家事のお手伝い。ゆっくりしていいと言われたが、居候の身なのでそうはいくまい。

 浩貴は起きてくるのが遅かった。おはようと声を掛けたのにちらりと目をやって、「……はよ、」としか返さないのはどうなんだろう。やっぱり怖いよ浩貴。しばらくは無言で、目つきが最高潮に悪かった。怖い。ただでさえ睨まれているような気がして落ち着かないのに。

 小枝子さん曰く、低血圧で朝はいつもあんな風だそうな。返事があるのだから嫌われているわけじゃないのかなとプラスに考える事にした。こちらは別につんけんしようとは思っていない。仲良しこよしとまではいかなくとも、普通に会話できる程度には……ねえ? 今のところ日本で唯一の友達なわけだし。


 買い物は小枝子さん先導の元、昨日言っていた鞄からだった。所謂スクールバッグの棚をメインに見ていたのだが――


「あら、それだと乗れないかも」

「へ?」

「あの子通学もバイクなのよねー高校生のくせに贅沢な」

「えっ、そうなんですか?!」

「バイト代で回してるから言わないけどやっぱりあれよねぇ……電車にさせちゃう? シャオちゃんいるし、雨の日なんか最悪でしょう」

「はあ……確かに」


 毎日あの恐怖にさらされるのは嫌だ。

 朝ダメなくせによくもまあ今まで何事もなく通学してたなと呆れ半分に感心してしまう。


「遠いんですか?」

「えーと、駅まで自転車なら10分くらいね。そこから電車で三つ先だから……家から一時間もかからないかな?」


 朝八時前に家を出れば余裕らしい。優さんは電車通学だったからおばさんもその辺は覚えていた。


「できたら電車がいいんですけど……僕だけでも全然構いませんし」

「あらそう? んー……そうねぇ……」


 おばさんは困った風な思案顔だ。何故。


「あの子もシャオちゃんと一緒なら起きるかしらねぇ……」

「や、それはどうかなと……浩貴はバイクでもいいんじゃないですか?」

「うーん……それもねぇ……」

「………」


 どうしても一緒にさせたい理由はどこにあるんですかねホントに。おばさんに言われると何だか強く押し切れないのはこう……立場的な……?

 あまり困らせたくもないし、うだうだしていても仕方ない。


「帰ってから相談してみたら? 鞄はまあ、どっちになってもいい感じので」

「はあ……わかりました」


 じゃあ、と決めたのは肩掛けの鞄だ。黒地のシンプルなやつ。会計を済ませて戻ると小枝子さんは「じゃあ次、服ね」とにっこり。おばさん自分のを見るのかな。喋りながら隣を歩いているとやはり行き先は女性物のショップが並ぶエリアだった。


「さーて、腕が鳴るわ〜」

「バーゲンですか?」

「それもあるけどね。ちょっと早いけど夏物も出てきたからそれも見たいの」


 小枝子さんは雑誌の編集者だ。女性ファッション誌だから流行もよく知っている。ショップの雰囲気も店員さんが「いらっしゃいませ〜」とにこやかに言うのにも、僕は場違いな気がしてもう……男子的にはちょっと、居辛い感じ。きらきらひらひらふわふわな空間に目が眩みそうだ。

 おばさんはそんな中でも目を輝かせあれもこれもとチェックに余念がない。ぽつんと立って待つのも何なので傍で眺める。


「んーこれかしら……こっちの色もかわいいんだけど……」


 淡いピンクと白のを見比べていた。どっちも似合いそうですけど。

 おばさんが片手ずつに持ってこちらを振り返った。


「着てみましょうか」

「……え? 僕がですか?!」


 一瞬何を言い出したのかと反応が送れた。それはおかしいと思う。ぶんぶんと首を左右に振って「無理です!」と返せば、おばさんはああそれもそうかとすぐに引き下がってくれた。


「じゃ、ちらっとあてるだけで」

「ちょ、ええっ……」

「んー……こっちかな。いやでも寒色系のも捨てがたいわね」


 ぶつぶつ言いながら次々とシャツやチュニックをあてがわれ、周りの人も怪訝にこちらを見ていた。店員さんが「何かお探しですか?」と声をかけてきたのはおばさんが上手にあしらってくれたけれど、僕らがやっている事にはやはり不思議そうな顔をされてしまった。ああ、誰か助けて。

 他のショップでもその調子で、何だかよくわからない内に紙袋が増えていった。メンズのショップでは試着の嵐だったので心身共に疲労が!(おばさんは終始嬉々としてましたけど。すっごく元気ですねホントに。)



 やっと帰って来れたとほっとして、自分が買った服と鞄を部屋に置いた時だ。おばさんに呼ばれる声がしたのでまた下に降りる。


「あれ、浩貴いたんだね」


 出がけはぼんやりテレビを見ていて、帰ってきた時にはいなかった。どこか出かけていたのかもしれない。


「バイト行ってたんだよ」

「あ、そう……お疲れさまです……」

「……何で敬語?」


 ……特に意味はなかったんだけどな。


「そういや何してるんだっけ? バイト」

「色々」


 色々ってそんな。

 あるだろうに。こう、接客だとか裏方だとかさ。会話を続けてみようという意志はないのかこいつ。まあいいかと置いておいて、今はおばさんだ。リビングにはいないのかなと廊下に出ると、おいでおいでと手招きされた。行ってみたら寝室だった。はて?


「じゃーん♪ さっきの服たちでーす」


 もうハンガーに掛けたのか! とぎょっとしつつ、いかにも女性らしいラインの洋服に目を瞬かせる。楽しそうですねおばさん、と呻く声は聞こえているんだかいないんだか怪しい。


「さて、お店じゃ着れなかったから早速」


 僕がいたらまずいよなと退散しようとしたのだが、おばさんは「じゃ、最初はこれね」と胸元がレース使いのキャミソールとニットカーディガン・スキニージーンズをちゃっちゃと手にしてこちらに差し出してきた。ち ょ っ と 待 て 。


「僕が着るんですか?!」

「あら? 最初っからそのつもりよ? 私には若すぎるでしょ」


 若すぎるでしょって言われても。顔が引きつって冷や汗が出た。こんないかにも【女の子です♪】な服を今から着ろと?


「いや、あの、む、無理……無理ですっ」

「だーいじょうぶよ〜ちゃんと見立てたんだから」

「そんな無茶苦茶です! 僕こんなの着たことないですもん」


 全力で遠慮したい。いくら相手がイケイケドンドンな人でもこればかりは僕も逃げを打ちたい!

 必死な僕を不思議そうに見やり、小枝子さんはことりと首を傾げて口を開いた。


「でもシャオちゃんも女の子――」

「わああぁぁぁっ! ちょっ、おばさんっ」


 思い切り喚いてしまった。そして、はっとする。


「………………」


 おばさんの目が怖い。ひゅうって冷たい風の音がしそうな冷ややかさ。


「あ、あの……スミマセッ……」

「んー、いいのいいの。びっくりしちゃった?」にっこり。「シャオちゃん。ここ家だし、別に知らない人がいるわけじゃないから、そこ、気にしなくていいと思うのよね」


 もう何も言えない。怖いよどうしよう怒らせたら怖いって前から知ってたのに何やってんだ僕――!


「ウチでは楽にできるから、せっかくだし女の子っぽい格好してほしいなぁって思ってたのね? 私、女の子欲しかったし。……残念ながらウチのは両方男なのね。ソウさん似な男前だけど」

「は、……それは、もう……おばさんにも似てますし……お二人あってのあれなんじゃないかなぁ、と……」

「そ? でもねぇ、そうなると娘みたいな子ときゃっきゃしたいなぁってゆー夢みたいなのがすっごくあるわけね。シャオちゃん大きくなったら絶対絶対かわいいのとか色々着せてあげたいって思ってたわー昔っから」


 ふうっ、と、一息。笑ってるけど笑ってないですよねちょっと、なんて口が裂けてもツッコめない!


「着てくれる? でないとおばさん、泣いちゃう」


 これで嫌です無理ですと言える図太くて強固な精神は、僕には備わっていなかった。



*   *   * 



 僕は生物学上では女だ。けれど物心つく頃には既に男の子として扱われていた。服も弟と色違いとか、髪もショートカットとかいう外見だけでなく、よく女の子に言い聞かせるような【女の子なんだから】という常套句も向けられなかった。男子に混じって遊び、言葉遣いが多少荒くてもご自由にどうぞみたいな。深く考える事もなく、一人称も【僕】のままずっとやってきた。


 ただ体は正直というか、人並みにきちんと育つわけで。成長期には母親に言われるまま胸を押さえるベストを着るようになった。服を着てしまえば見た目はつるぺたである。身長はもうね、仕方がない。女子的には高めだが男子的には中の下。これから伸びてもミリ単位だろうから諦めました。

 僕がずっとこうなのは母親や親戚連中の意向だ。近い身内以外この話は内緒で、くれぐれもと釘を刺され続けている。ただ弥坂家の人達は前から知ってくれているから【シャオちゃん】なんて呼んだりする。小枝子さんなんか、もう、ずっとこの調子なので周りがあたふたしてしまうくらい。



 鏡に映る自分は服に着られている感満載だった。似合わない。こんなふわっとした洋服、着たの何年ぶりだか覚えていない。


「やーんもうっ! これもかわいいっ」


 小枝子さんの機嫌はすっかり直って、再びイケイケドンドン状態だ。まだいっぱいあるからと次々着替えては写メを撮られ、もうどうにでもして下さいと半ば投げやりである。 ひらっとしたワンピースにニーハイ。穴が空れば入りたい! むしろ自分で掘って自分で埋まりますからここいいですか。


「シャオちゃんスタイルいいから選び甲斐あるわ〜ここも結構あるし」


 ここ、と胸をぽんと叩かれて悲鳴が上がりそうになった。いきなり触るのはやめてほしい……!(予告されても困るが。)


「うー……も、もういいですかコレ? すーすーするの落ち着かない……」

「あ、ちょっと待って。靴! ちょうどいい靴があるから!」

「ええっ!?」


 靴まで履かされるとかどんだけだ? ここ室内ですけど気にしないの? 小枝子さんホント落ち着いて下さい。

 驚いている間におばさんはさっさと玄関に行ってしまった。この、待たされる間すら早く脱ぎたくて堪らない。裾が膝上までで短いのだ。(僕にとっては!)


「うぅー……短いっ……」


 裾を摘んで下にやってみても伸びるわけがない。でも太腿が覗いている状態はそわそわする。女の子はよくこんなのでいられるなぁ……っていうかかわいい服も僕が着るとかわいくないよねと姿見の中の自分を残念な心地で見ていた時だ。


「ほらー、ねっ? かわいいでしょ」

「は?……っ! ちょっ、何でっ」


 おばさん誰に言ってるんだろう、と振り返ったらその横に浩貴。無理矢理引っ張ってきたらしく腕を掴んできていた。あわあわと姿見を盾にして隠したがもう遅かったかもしれない。 恥ずかしい。


「な、何してるんですかあぁぁっ」


 こんなひらっひらな服着てる所なんか見られたくなかったのに!(写真はもう諦めた。)おばさん一人でも恥ずかしいのに何故、浩貴まで! 羞恥プレイにもほどがあるよ今日!


「これはもう絶対かわいいから見せなきゃと……ほら、この子今のシャオちゃんがどんなのか知らないし」


 浩貴は激しくどうでもいいと思っているに違いない。おばさん。横にいる息子さん、ぽかん顔なんですけど見えてますか。微妙に眉間に皺寄ってるし。嫌そうなんですってば。っていうか見てるよ浩貴。見なくていい時に限ってこっち見ないでくれホントにもう……! 


「知らなくていいー! むしろ嫌です! こんなの見られてっ……これっぽっちも嬉しくないですっ」

「えー? いいものはシェアしなきゃ♪ が我が家のスタンスなんだけど」

「スミマセン。知りませんよそんなスタンス!」

「ほらーあんたがちゃんと褒めないからダメなんじゃない」

「そーゆー理由(わけ)じゃないです褒めとかもいりませんからホント勘弁して下さいぃ」

「あららー嫌われちゃってまあ……」


 何ですかねそのおかしな感想は。おばさんはもう少し自分の子どもがどんな子かとかを知った方がいいと思うんだ、僕。


「でっ、出て下さい! もう着替えますからっ!」


 後々何か言われてももういいから今はとにかく出て行っていただきたい。一刻も早く通常営業に戻りたかった。僕があんまり強く言ったからか、今回はおばさんも素直に従ってくれた。


「ざんねーん……じゃあ今日はこれでおしまいね」


 ドアが閉まり足音が遠ざかってからようやく、はあっと息が吐けた。

 女の子扱いなんか、されても、嬉しくない。逆に困る。慣れていないし緊張するし、どうしていいかわからないのだ。僕はずっとこうだったから、こんな風に女の子の格好でいるのを「かわいい」と言われても違和感の方が断然大きい。男の子としての立ち居振る舞いの方が自分にとってしっくりくる。


「……うぅー……」


 似合わないんですよとにかく。

 女の子ってもっとこう、にこっと笑ったりしてもかわいいなぁって思うでしょう。僕がそんなの、変だ。おかしい。

 さっさと着替えよう。微妙にダメージを引きずりつつ、僕は置いておいた自分のデニムとシャツに手を伸ばした。



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