(21)
※小龍視点に戻ります。+兄さんのターン。
じゃ、家で待ってるから。
ひとしきり浩貴に構ってから優さんは行ってしまった。浩貴がものすごく鬱陶しそうにしていようがお構いなしである。
「……どうしたんだろうね、優さん」
「さあ。……あの人、偶にとんでもねぇから」
就職も結婚もほぼ事後報告だったとは聞き齧り。大事な話がある日何の前触れもなくぶち込まれれば、喜びだとかはすっ飛んでそんな感想にしかならないだろう。
「つか連絡ぐらいしろっつーの……盆休みも怪しいとか言ってたくせにどうなってんだ?」
「だ、だよね? うん、びっくりした。でも嬉しいなー……あ。優さん今日行っちゃうのかな。聞けばよかった」
日帰りだと喋れる時間も限られてくる。今日は片付けだってあるからもしかしたらいつもより帰りが遅くなるかもしれない。あぁー観てもらえたのはよかったけど普通の日に来てほしかった!
メールでだって何かと話はしているけれど、やっぱり直に会って話すのとは違う。文章じゃあのふんわりした笑顔も見られないし、よしよしとかしてもらえない。さっきしてもらえた余韻を噛み締めながらへらっと顔が緩むのも自覚しています。何だろうねこの安心感。優さんには甘ったれなんだよね僕。
「あ。そうだ。浩貴賞品貰った?」
「……忘れてた」
……まあ、頭から飛んでても仕方ないよね。
「行こう行こう。ボトル二本! 大事っ」
ただでさえヘタれているので貴重な水分だ。着順のカードと引き換えに浩貴はクーラーボックスからスポーツ飲料を二本引き上げて――……おい? 何じっとケース見てるのこの人。
「……浸かりてえ」
ぼそっと呟かれた言葉に思わず吹き出してしまった。
「ははは! やっぱり? 僕も思ったそれ」
「皆そう言ってますよー自分らも浸かりたいっす」
「だよねぇ」
係の子なんかずっと生殺し状態みたいなものだ。
プールは授業でもあるけれど僕はずっと見学なので皆が羨ましくなる。泳ぎたいなあと何気なしにこぼしたのを浩貴に聞かれて【自分の立場分かってんだろうなコノヤロウ】と言わんばかりに睨まれたのは記憶に新しい。わかってます学校では絶対入りません。下手に水も被れない。
今年は泳げないかもしれないなと考えながらふっと目を移すと、ふはっ、と横で息を吐いて脱力している友人。え、ちょ、ボトルの中身どこ行った。
「もう飲んだの一本?!」
「あー……生き返る……」
「早いですね先輩、一気すげー……」
「一気に飲んだら体びっくりするって! あー今更かー……」
余程喉が渇いていたのか。そりゃあ100m走よりは疲れただろうし昼前で暑いけれども……目が据わってるように見えなくもない。
「まあいいか……えー、じゃ、戻る?」
「だな」
「あ。それ捨てときますよ」
気が利く子だ。よろしくと一言添え、空けたボトルを渡してから浩貴が先に歩き出す。
「……帰りたいけど帰りたくねーな、家」
「ええ? 何でさ」
久しぶりにお兄さんが帰ってきているのにその言い種って。浩貴は横目でこちらを見やってから眉間の皺を深めた。
「つかお前、顔仕舞えよ。へらへらしてからに」
「へらへらって何! してませんけど?!」
慌てて顔の筋肉を引き締める。が、遅かったらしい。
「どんだけ人の兄貴好きなんだお前」
「だからさああぁぁ……言ったろ? お兄ちゃん欲しかったっていうか憧れがあってさ――」
「あー……お前には優しいもんなあの人」
溜め息混じりの、これ。【自分には優しくない】みたいな言い方なんだけどそんな事ないだろう。さっきだって優さん、自分の事みたいに喜んでいたし褒めてくれてたじゃないか。
「浩貴さあ、優さんともっとちゃんと喋るとかした方がいいよ?」
「その台詞、そのまま返す」
「ええーっ?」
「憧れるのは勝手だけどな、お前のは病気」
「病気?! お、おかしいのコレ」
「わかってないのがな……質悪ぃ……傍から見たらお前犬かって感じ」
はーあ、と今度はわざとらしい溜め息を漏らす浩貴。依存してるとかそういう感覚はないのだけれど、あんまりはしゃぎ過ぎないようにしないと。うん。でも犬って失礼な。僕はれっきとした人間です犬耳とか尻尾とか着ける趣味もありません。
「……まあ、とりあえず生きて帰れればいい」
「そんな大袈裟な」
「終わった奴から帰れるとかねーのかなマジで」
「まだこれからって人もいるんだし、応援してあげなよちゃんと」
「めんどくさ……」
「コラッ! やる気っ!」
きっと睨んでも素知らぬ顔である。浩貴も本当に、駄目な時はとことん駄目だ。普段は全然出さないくせにこうなると態度にも口にも本音がだだ漏れって極端だと思う。少しは取り繕うとかしろよもう。
ああでも、帰ったら楽しみが待っていると思うとそわそわする。でも目先にある体育祭を満喫しようと、ゆっくりしか歩かない浩貴の背中を押して皆の元へ急いだ。
* * *
「もー! あんたって子はどうしていきなり出たり戻ったりするのよもうっ」
「あはは、いつもスミマセンね」
実家に帰ると珍しく母親の姿があって、こちらはそのせいで・向こうは長男の唐突な帰省でお互い驚いた。メールの一本が何故打てないのかとぶちぶち言われ、それをやんわり受け流すのも毎度のことだ。
「やー涼しい。クーラー最高」
七月も半ばを過ぎると連日真夏日である。今年は特に暑い。予報士も口酸っぱく「熱中症にはお気を付け下さい」と言うのに患者が続出するのは何でなのかなぁなんて思ったり。あるなら使うべきだろう文明の利器最高。
「恭子ちゃんどうしたのよ」
「え? 実家」
「あら遂に愛想尽かされたのそう。そりゃそうよねーあんたに振り回されっ放しじゃかわいそうだもんまだ若いのにこんなのに捕まってホントもう――」
「ちょっと、ゴメンってば。次は連絡してから帰るから」
「そうしてくれるといいんだけどね」
瞼の裏にでも書いときなさいまったく、と母はまだご立腹のようだ。
「恭子も自分ち当分帰ってなかったし。ほら、それこそいきなりだとお互い気ぃ遣うだろう? だから僕だけ行ってくるよーってなったの」
「あ、そ。で? 何しに来たの今度は」
「酷いよね? 久しぶりに帰ってきたってのに喜んでくれるのシャオちゃんだけってどゆこと?」
「あら会ってきたの?」
「学校寄ってきたんだよ。やーシャオちゃんすごかったよ。男子に混じって2位。浩貴もリレーでアンカーやってさあ……」
「撮った? 撮ったわよね? 動画はな無くても写真ぐらいないの」
母のこの熱意はどこから沸くのかと時々不思議になる。
曰く、観に行きたかったが午後から職場に出なければならないので我慢したそうだ。ちらっとでも寄ってから行けばいいのに。
「そんな間なかったよ。捕まえられただけよかったーってぐらいなのに」
「ええーもー使えないっ!」
「そろそろ傷付きそうなんだけどね? 僕」
「よく言うわ。何言われようがこれっぽっちも堪えないくせして」
多分それはあなたに似たんだよ、というのは胸に留めておくとして。
「あんたのそういうとこ、浩貴に分けてやってほしいわー図太いというか行き当たりばったり人生というか」
「んん? まあ、あいつは繊細だし慎重派だよね、うん」
あれこれ想定して、何かしら傷付いても一人で飲み込んで溜め込むタイプ。痛い時に痛いと言えないで、ずるずる引き摺って――良く言えば我慢強く、悪く言えば執念深い。誰に似たのかなと家族親戚をざっと思い返してみるが誰にも当て嵌まらなかった。
「どうしてる? あの二人」
どちらともメールや電話で近況を聞いてはいるけれど、母から見た二人はどう映っているのか聞いてみたくなった。
「最初はねーシャオちゃんちょっと怖がってたみたいなんだけど……今はまあ仲良しさんな気がするわ。お喋りしてる時もあるし、ラティの散歩一緒に行ったりとかしてるわよ」
「ははは。いきなりデカくなってりゃビビるよね、うん。浩貴は昔ちっさかったもんなあ」
あんなにかわいかったのに今では……と母と自分の抱く感覚は同じである。
長身で仏頂面の相手だと一瞥されただけで何となく怖いというのは女の子らしい感じ方かもしれない。小龍も背がある方だとは思うけれど浩貴と比べればかわいいものだ。
「劇的ビフォーアフター的な? おっかなびっくりなのはお互い様だろうけどさ。……シャオちゃんホントかわいくなったよね」
「そうなのーーー! 良い子なのよホントに! だからあのつるペタベストがもう……!」
勿体ない! と母は心底口惜しそうである。
「写真見て思ったんだけど、あの子結構あるよね」
「あらやだ、そんなとこ見てたのあんた」
「恭子が言ったんだよ、いいなあって。僕は確かにある方だなーって思っただけ」
「駄目よーシャオちゃんはあんたみたいな悪い大人になんか渡さないんだからっ」
さっきから息子をズバズバ斬りまくっているのは意図的なのか、母よ。
悪い大人という呼称は否定できないのでやんわり苦笑を浮かべるしかない。勝手ばかりしてきている手前そう言われても仕方がない立場ではある。
「あのさあ、」
「何」
「浩貴に誕生日プレゼントあげようかなと思うんだけどどう?」
「いいんじゃない。怒らせなきゃね」
「……どうだろう。怒るのかなあいつ」
「シャオちゃん使ってあの子いじるの好きよねあんたは」
「母さんもでしょ」
にんまり笑い合う悪い大人が二人。早く帰って来ないかな学生組、と麦茶をごくり。
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