冬休み最後の日
私は、イケメンで足フェチの斎藤夏目君という彼氏がいる以外は、いたって平凡な女子高生。
前話『名前物語』とほぼ同じ調子で始まったけれど、一点違うのはイケメンで足フェチの彼氏をフルネームで表記できるようになったことだ。
呆れるやらマヌケやらな話で、私は夏目君と交際を始めてから一週間、夏目を名字だと思い込んでいたのだ。フルネームは「夏目何とか」だと。
しかしそれは夏目君が意図して下の名前しか名乗らなかったからで(聞かなかった私も相当抜けているが)、その理由を思い出すと私はニヤニヤと笑ってしまう。自分でも不気味だ。
夏目君は私の足にしか興味が無いのだけれど、付属の上半身と中身もそれなりに大事にしてくれているんじゃないかな、なんて自惚れ始めた。
いや、でもキスもまだしてないし!!
足フェチ、足好きな夏目君のことだから、仕掛けてくるとしたら足なんじゃないか、と思うし、ジロジロ見ているわりには触ってもこないなあと思うし、ご本尊的に崇め奉っちゃう系なのかなとも思ったりする。
何でこんなことを考えているかというと、たった今、学校が始まる前日に会っている夏目君が、私の足を舐め回すように見ているからである。
マジで夏目君じゃなかったら警察呼ぶよ。
夏目君の押しの強さと顔の良さに流されて交際を始めた私。
……ただしイケメンに限る。だったのが、
……ただし夏目君に限る。に変わっていた。
いまならば、夏目君以上のイケメンが現れたとしても、迷いなく蹴り飛ばしてやる自信がある。
夏目君以上のイケメンがいるかは判らないけれど。
私と夏目君がいるのは、先日女子同士でクリスマス報告会をやっていたマック。
安くて長居がしやすいし、夏目君はご近所で誰かに会ったらどうしようって心配をしない人みたいだし(何しろガールズトークに「彼氏でーす」って割り込んできたくらいだから)、ダラダラと喋るのに具合が良い。
そう、私は初めての交際なのに相手は極上の格好良さなのに、普通に出かけて普通に会話している。緊張も気後れもしていなくて、こんなもんなのか? って拍子抜けしたくらい。
何だか普通に気が合うみたいで、それはまるで仲の良い友達付き合いのような。
……気づきたくなかったなー。
いま向かい合って会話していることがとっても楽しいのに、どこかで物足りなさを感じているのは、夏目君が手を繋ぐこと以上のことを何もしてこないからかもしれない。
これじゃまるで欲求不満だ。交際始めて2週間も経っていないのに、どんだけガッついてんだ私は。
私はジュースのストローを咥えたまま夏目君から目を反らした。
気を取り直して
「じゃあ、改めまして自己紹介しましょうか」
「はい」
まんまと名字を隠していた夏目君は頷くしかない。
「私は西高に通ってます」
「知ってます」
「知ってるの?」
夏目君が一瞬ヤベッて表情をしたのを私は見逃さなかった。どんな表情になっても崩れずイケメンなのは賞賛に値する。
「高校名、教えたっけ?」
出会ったときはサンタガールだったし、クリスマス報告会はドタバタして、マックにいた理由(高校の近所だった)も話してなかった気がする。何で知ってるの? と聞こうとしたのと被さるように
「俺は東高。西高にしときゃよかったと、いま後悔してます」
「余計なことは言わんでよろしい」
私の頭の中では(本当は嬉しいくせに)と言っているが無視だ。それより
「東高なの!?」
西高も東高も私たちの住んでいる地域の公立高校である。地域名に高校が所在する方角――東西南北が付いていて、地域住民の間では東高、西高、南高、北高と呼ばれている。
偏差値レベルは東西南北の順。東高が一番で西高は二番。しかし一番と二番の間はかなり離れている。西高のレベルが低いわけではない。東高が飛び抜けてトップクラスなのだ。
夏目君は近所の西高には行かず、わざわざ離れた東高に行っているということは、かなり頭が優秀なのだと言える。
顔が良くて頭が良いとは。
「残念なのは足フェチだけなんだね」
「何が?」
「何で?」何で聞き返すんだ? この人は。
とっても頭が良いはずなのに、夏目君の瞳には『?』の文字が浮かんでいる。しつこいけれども、『?』が浮かんでいてもイケメンはイケメンだ。
「だって変でしょう?」
「何が?」
「いや、だって足……」
「格好良い顔がもてはやされるのと何が違うの? 顔も足も人の外見の一部でしょ」
「う……確かに」
ヤバイ、言いくるめられそう。でも、なんか変な気がするんだよ。
「だってさ」反論に繋ぐ言葉を言ったとき、私は思いついた。
「夏目君、足見てるだけじゃん。何もしないじゃん。足が好きでもいいけど足以外興味無いってやっぱり変だよ」
言い切った次の瞬間、夏目君が身を乗り出してきて、向かいに座っていた私の襟元を掴んだ。
その勢いと力強さに私は反射的に恐怖を感じた。
顔が近い!! 私は力一杯目を瞑った。怒らせた?でも何で?
「俺がナツミちゃんに興味が無いとでも?」
私の耳に囁いた。襟元から手を離し、たった今ささやいた耳から頬にかけて撫でた。襟元を掴んだ乱暴さとは正反対の、壊れ物を触るような優しい手つきだった。
それからは何事もなかったように会話を続けた。
「西高の始業時間はいつ?」
「八時四十五分」
「俺がギリギリ通学時間を遅らせても朝会うのは厳しそうだな」
「私、もっと早く学校来るよ」
夏目君が首を振る。「無理すると続かないよ」
ならば「放課後は?」
「不定期に補習がある」
もちろん、おバカな子の為の補習ではなく、進学校ならではのハイレベル補習だ。
「今までナツミちゃんがこっちの学校なのに会わなかったんだもんな。生活時間が完全にズレているんだろう」
夏目君が結論に達した。そして「奇跡だったんだなあ」と呟いた。
「え?」
「あ、いやいや、うんうん。あ、クリスマスに会えたことがね」
「ホントに? 違う感じがするんだけど」
「サンタの奇跡を信じないのかい?」
何その歯が浮くようなわざとらしいセリフ。ごまかされている気がするけど、ナツメサンタとナツミサンタが出会ったことは事実なのだから、とりあえず納得することにした。
そろそろ夕飯の時間になったので夏目君とはお別れ。
夏目君は駅の改札まで送ってくれた。
「じゃ、明日からがんばって」
私の右手と夏目君の左手をタッチして、その手を振った。
改札をくぐって振り返って夏目君を見た。夏目君も私を見ていた。
私は精一杯の笑顔で両手を大きく振った。
ひとまず<おわり>
お気に入り登録ありがとうございます<(_ _)>
菜摘が西高生なのを夏目が知っていたような雰囲気ですが、ここでは匂わす程度で。
小説はテキストファイルに書き終えてからサイトに更新しているのですが、ファイル名称が「サンタが1匹 1.txt」~「サンタが1匹 7.txt」だったりします。