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ナツメナツミ  作者: かに
6/25

名前物語

 私は、イケメンで足フェチの夏目君という彼氏がいる以外は、いたって平凡な女子高生。

 ただしお正月だけはちょっと違う。お正月には晴れ着を着るんです。母方の伯母が呉服店に嫁いだので、そのツテで着物をお手頃価格で買えたりします。

 母も着付けができるから毎年初詣は晴れ着だった。でも今年の初詣は晴れ着は却下だな。

 初詣は夏目君と行くから。お正月には友達とも遊ぶ予定だけど、年が明けて初めてお詣りに一緒に行くのは夏目君。

 だから晴れ着は着られない。だって、足がすっぽり隠れてしまうもの。夏目君の目当ては私の足なんだから、足を隠すわけにはいかないのだ。

 というわけで、ゆったりめのトップス、ジャストサイズのデニムレギンスで行ってきます!



 お詣り先は人出の多い神社。近所の寂れた神社でもよかったんだけど、お詣りの後にどっか出かけようかと考えると、大きな街の方が何かと楽しそうで。

 待ち合わせ場所で時間通りに夏目君に会えた。

「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」

 照れくさいけど改まって挨拶した。クリスマスの夜から一週間。おつきあいしてから一週間ですね。

 そっか、一週間しか経ってないんだ。

 出会ったときには冬休みだったから、朝から晩まで時間も自由で会いやすかったけど、学校始まったら2人は違う高校だし、生活リズムも変わってきちゃうんだろうな。

 あと数日後の始業式を思うと少し落ち込んだ。


 まずはお詣りしなきゃ。行列ではぐれないように手を繋ぐ。ごった返しの中、さすがに逆ナンされることもなく行列は順調に進んだ。

 賽銭箱(というか白い布を張った賽銭エリア?)に近づくにつれて、夏目君が何度か「いてっ」と小さく叫んでる。

「どうしたの?」

「お金があたった」

 賽銭箱に辿り着くのにジレて離れた場所からお賽銭を投げつけてくる人がいるらしい。それが背の高い夏目君の後頭部に当たってる。

「気の毒」

「これ、もらっていいと思う?」

 夏目君はダッフルコートのフードに手をつっこんで小銭を取り出した。

 私はケラケラ笑った。

 順番が巡って私たちが賽銭箱の最前列にきた。

 お願いごと、そうだね。やっぱり、これからも一緒にいられますように、かな。

 夏目君は何をお願いしているんだろう。聞いたら教えてくれるかな。

 押し出されるようにお詣りの列から脱出した。


 あとは定番のおみくじをひいて、結びに行ったら絵馬も一緒にさげられていた。

「ねえ! 見てみて!」

 夏目君のそでを引っ張る。私はピンクのハート型の絵馬を指さした。合格祈願、家内安全、の絵馬の隣に並ぶと、色といい形といい浮いている。

「書きたいの?」

「いや、いいですいいです。ちょっとした気の迷いで」

 ハート型の絵馬には相合い傘のように名前を書くところもあった。今更、今更なんですけど、私は気づいた。

「夏目君の下の名前って何?」

 尋ねながら自分にツッコミを入れる。うわー!!こんなことも知らなかったんだ、私。名前なんて基本でしょ、超基本。

 そりゃ出会って一週間だけど、つきあって一週間だよ、ありえない。

 勢いだけで付き合い始めちゃったことをまざまざと実感。


 夏目君は言い淀んでいる様子だった。なんかマズイこと聞いちゃった?いや、だって名前ですよ。

 でも困った顔の夏目君を見たくなくて私は暴走する。

「ナツメとナツミって似てるよね。結婚したらナツメナツミだよ。呪文みたい。

 『ドグラマグラ』って怖い小説しってる? 読んだことないけど。あれにも似てるよね」

 夏目君はボソッと「それはないよ」と言った。


 そうだよ、そうだよ、高校生じゃん!

 結婚とかバカじゃないの!?

 っていうか、夏目君はただ足フェチなだけで、私の上半身とか中身とか興味ないじゃん!

 だってキスもしてないじゃん!

 恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかる。頭に血が上ってクラクラする。目には涙。やだもう。恥ずかしい恥ずかしすぎる、ここにいたくない。

「ごめん。私、帰るね」

 これ以上ここにいたら泣く。

 夏目君は「あ、」と何かに気づいたように呟いて、「違う、そういう意味じゃ……」逃げる私に手を伸ばした。


 そのとき


「サイトー!」

 少し離れたところから男の人の声が聞こえた。

「サイトー、無視すんなよ」

 え?誰?

 回りを見回しても誰もいない。夏目君は私に掴みかけていた手を下ろした。そして声がする方向を向く。

 声の主は私たちと同じ年くらいの男の子だった。

 男の子は夏目君と私を見比べた。

「もしかして、おデート中?」

 夏目君は憮然とした顔をしている。

「わかってんなら、ジャマすんな」夏目君の遠慮無い口調。

「連中と来てたんだけど俺はぐれちゃってさー、誰か見た?」

「見てない」

「じゃあ、一緒に遊ぼうか」

「なんでだよ」

「もちろん、彼女さんも一緒に」

「なんでだよ」

 夏目君はバッサリ断っているのに、男の人は怯まず私に話しかけた。

「サイトーの裏話いろいろ教えてあげるからさ」

「あの……」私はさっきから気になっていることを聞いた。

「サイトーって誰ですか?」

 私の横で夏目君が頭を抱えているのが見えた。


 男の人は驚いてひどくまぬけな顔をして、笑い出した。

「なに、お前、偽名とか使っちゃってるの!?」

 夏目君の肩をバンバン叩く。いいや、この人が『夏目』君なのかも、もはやアヤシイ。

 出会ってノリで付き合うから、こういうことになるんだ。

 楽しい思い出ありがとう。もう、これでサヨナラですね。

「夏目君、今までありがとう。さようなら」

 一晩泣き明かしたら晴れ着を着て出直そう。


「待って!!」

 腕をガッシリと掴まれた。「夏目は下の名前なんだ! 名字は斎藤」

 私は逃げ出すのを止めた。本当に?と思って夏目君の友達を見た。

「こいつの自己紹介、

 『斎藤茂吉の斎藤に、夏目漱石の夏目で、斎藤夏目です』

 国語の授業かよって」

 私は夏目君を見た。「なんで?」どうして下の名前だけ名乗ったの?


 私たちに一波乱(?)を起こしてくれた夏目君の友達は、一緒に遊びにきていた他の友達に連行された。

 友達みんな私を見てワイワイガヤガヤ。「あとで結果報告な」とか言い合ってる。結果ってなんだ。



 二人だけに戻ってから夏目君は大げさに溜息をついた。

 私は「どうして名字を教えてくれなかったの?」ときいた。

 夏目君がかすかに頬を膨らませた。

「フルネーム名乗ったら名字で呼ぶでしょ」

 そうだね。げんに私は夏目を名字と思って夏目君と呼んでいたのだから。

「最初から名前で呼んで欲しかったんだよ」

 夏目君は拗ねた目で唇をとがらせていた。頬も赤い。

 もしかして照れているのかな。

「でもちゃんと名乗っておけばよかったよ。

 そしたら、さっきみたいな行き違いもなくて……」

「偽名?」偽名使っているって勘違いしたもんね、私。

「違うよ。絵馬のとき。俺、言い方間違えて」


 ――「それはないよ」――


 ナツメは名前なのだから、ナツメナツミになることはない。

 そう言いたかったんだね。

「俺はね、ナツミちゃんの名前をきいたときに、漫才コンビみたいだなって思ったんだ。『ナツメナツミ』って」


 ナツメナツミ

 私は私1人の名前のことを言っていたけれど、夏目君は二人並んだ名前を想像していて、そっちの方がステキだなと私は思った。

「『ドグラマグラ』よりもいいね」

 私は今度は幸せな恥ずかしさで顔が真っ赤になっていて、照れ隠しでそう答えた。





ひとまず<おわり>

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