交際開始
私、川島菜摘は地味な顔、地味なスタイル、平凡な足、無難な性格の女子高生。
この度、クリスマスの夜に彼氏ができました。
クリスマスだからといって、想いを告げられたとか想いが届いたとか、そういうロマンチックなことは何もなくて、ただ
「足に惚れた」
のだそうです。
念のために言っておくと、私の足は客観的に見て決して美脚などではなく、何がそんなに足フェチ変態イケメンを惹きつけたのか自分でも全くわからない。
そうです。彼氏はイケメンです。イケメンですが、堂々と「足を拝む」とか言っちゃうような変態野郎です。
でもイケメンなので申し出を断れませんでした。
私も大概だよなー。好きだかどうだかも判らないのに。
夏目君――彼氏なので一応敬称をつけておく――が私の足に向かって堂々と「付き合って下さい」と言いやがった夜。私は即答できずに固まっていた。
ようやく私が発した言葉は「だって、まだ、好きかどうかもわかんないし……」
付き合ってと言われて、胸はドキドキしている。でもこれはカッコイイ人から言われたからドキドキしているだけだと思えた。
しかし夏目君は悪びれることなく「この顔嫌い?」と自分自身を指さした。自分の容姿に絶対の自信がなければできない所業である。
私は首を横に振った。並の顔ならばとっくに逃げてるし、この近辺には2度と足を踏み入れない。たとえ店長に「お店を手伝って」と頼まれてもだ。
「俺はナツミちゃんの足に惚れた、ナツミちゃんは俺の顔に惚れたでいいじゃん。
彼氏がイケメンだと鼻高々だよ。友達にも自慢できちゃうよ。優越感も手に入れられてお得でしょ」
「……自分の容姿にすごい自信があるのね」
そしてその自信は自信過剰でないところが恐ろしい。
「ナツミちゃんも自分の足にもっと自信を持った方が良い」
「それは無理」
彼氏どころか好きな人すらいなかった私にとって、イケメンからの交際申し込みを断る確固たる理由はなく、『嫌いじゃないなら、とりあえず付き合ってみようか』という、流れでお付き合いが始まってしまったのだった。
◇◇◇
今日はクリスマスの翌々日。クリスマスの翌日は夏目君がアルバイトをしていたので、その日を除いて一番近い日に会うことにした。
とりあえずデートでもしてみますか、というノリだ。
交際を始めた日(クリスマス)に、夏目君が言っていたことがある。
「僕に愛想を尽かしたり、好きな人ができたらいつでも言ってね」
なにそれ、と正直思った。去る者追わずってか。何でか「俺」も「僕」になってるし。
こういうノリで交際を始めると長続きしないんだろうなあ。高校の友達が「1ヶ月保った」と喜んだり「1週間で振ってやったわ!」と憤っていた様子を思い出す。私も近いうちにこれに続くんじゃないだろうか。
付き合い早々に別れを示唆する無神経さに腹が立ち「そっちこそ」と言ってやった。
私に好きな人ができるよりも、夏目君が誰かに告白される確率の方が絶対高い。
夏目君は俯き加減で「ハハッ」と笑った。どうせその目線の先には私の足がある。デニムで隠れているけどね。
「君が極端に痩せたり太ったりしない限り、ないよ」
ドキッとした。さっきまで馴れ馴れしく「ナツミちゃん」だったのに急に「君」と呼ばれたことに。
さて、今日のデート。待ち合わせ場所と時間は決めたけど、行き先は未定だ。
正確には夏目君の中ではいくつか候補を絞っているのだが、最終的にどこに行くかは私次第らしい。
「待ち合わせた時に発表するね」軽い口調で言っていた。
何だか余裕綽々で腹立たしい。初デートは私だけか。そりゃそうだ。
待ち合わせ時間よりも10分早く着いたのに、夏目君は既にいた。
今まで会ったのは夜だけで、日中に夏目君を見るのは初めてだ。改めて夏目君が自分の容姿に絶対の自信をもつ根拠がまさに白日の下にさらされた。
夏目君は天然のイケメンだったのだ。
オシャレ指南の雑誌やサイトを参考に、ワックスで無造作ヘアを演出してみたり、眉毛を不自然でない程度に整えたり、かっちり決まりすぎないように服を着崩したり、はたまたキッチリ着こなしたりと、努力すれば皆ある程度ステキに見える。
私の同じクラスでも、パッと目を引く男子生徒は2、3人いる。こういうのは雰囲気イケメン。いわばイケメンに見えるように努力している。
それと比べて夏目のヤツときたら、
無造作ヘアではなく、たぶんマジ寝ぐせ
眉毛は整えた形跡がないのに形がよい
服は流行り物ではないんだけど、どこか垢抜けして見える。それは上背と足の長さのバランスが絶妙、要するにスタイルがいいから。
結局、オシャレも中身が大事なのだよ、の見本みたいだ。
夜に見ていた時もカッコイイとは思っていたが、明るいところでは眩しいくらいだ。
高校は朝から夕方までなわけで、そりゃあ、コイツと一緒の学校にいたら、女生徒はメロメロになっちゃうだろうよ。
更にコイツが最強なのは、自分の容姿の破壊力を自覚していることだ。
この破壊力を武器に今までやりたい放題やっていたのだとしたら……
恋愛遍歴を想像できるようなしたくないような。
来る物拒まず去る者追わずでいたら、どれだけ美味しい思いをしているやら。
夏目君が私に気づいた。
やはり足を見ている。腰から上はオマケですか、そうですか。
「今日の行き先決定。買い物です」
「何でよ?」
「せっかくの足が泣いている」
足フェチの変態彼氏の為にクローゼットを引っ繰り返してスカートを探し出したのだがお気に召さないらしい。
「ミニ? ねえミニじゃないよね? ミニだったら穿かないよ」
「足が生かせる服」
「っていうかさ、「他の男には足を見せたくない」とかそういう気持ちはないわけ?」
「なぜ隠す必要がある?美しいものは万民で愛でるべきだ」
うわー、万民とか変なこと言い出しちゃってるよ。
とりあえず、独占欲とかはないんだね。
普通の彼氏は彼女の足だから大事なわけで、私の彼氏は私の足だからじゃなくて、足についているのが私だから私と付き合っているんだな。
不意に悲しくなって、私は涙ぐんでしまった。
ひとまず<おわり>




