サンタが1匹釣れました
私、川島菜摘は昨日のクリスマスイブと今日のクリスマスと、洋菓子店で臨時のアルバイトをしている。
仕事内容は予約済のクリスマスケーキの引き渡し。店内は混雑するから、店の隣の駐車スペースに長机と仮設冷蔵庫を置いて、冷蔵庫からケーキを出してお客様にお渡しするのが私の仕事だ。
昨日は北風ぴゅーぴゅーの中、サンタガールの衣装で寒いったらありゃしなかった。
仕事内容に不満はないが、この寒さは辛かった。その辛さを紛らわせる為に、店の前の道路を走るピザ宅配のサンタクロース(の衣装を着た宅配員)の数を数えて気を紛らわせたりした。
そしたら、あろうことか、サンタクロースにナンパされてしまった。
いや、あれをナンパと呼ぶのは私の希望的観測、そう思いたいだけで、実際は……
「近くで見たかったんだ、その足」
とんだ足フェチの変態野郎だったというわけで。
バイトに行く前、私は自宅の玄関先にある鏡の前でしげしげと自分の足を眺めていた。
今日は高校の終業式だったのだけど、登校中の女生徒の足に目がいって仕方なかった。
大勢の女の子が、ふくらはぎも太ももも細くて、スラリとした足をしていることに気づいた。
今まで女の子の足なんて眺めたことなかったもんねえ。
でも世の中にはいるんですねえ。女の足をジロジロ見る人が。
「イケメンはやりたい放題だな」私の一人言。
そう、足フェチのナツメはイケメンだったのだ。チクショー、イケメンじゃなければ怒声の1発でも浴びせて脱兎の如く逃げるのに。
もしくは、私に彼の1人でもいれば!!
しかし、地味な顔、地味なスタイル、平凡な足(私以外の女子高生の皆さんは非凡すぎる!)、無難な性格な私はリア充とはほど遠いところにいた。
大体、この足がイイって言う辺りが趣味が偏っていてマニアックな気がして、本当に危ない人なんじゃないかと思う。
でも、イケメンなんだよなー。
好きな人もいなかった私にイケメンは刺激が強すぎた。
◇◇◇
「なんだよ、その格好は~」
今日は早めに予約の引き渡しが終わったので、19時半になると同時に片づけ始めた。
その時間に合わせたのか何なのか判らないけど、ナツメがやってきた。昨日はピザ店のスタッフジャンパーだったけど、今日は明らかに私服なPコートとデニムだった。特に気合い入れてオシャレしている風でもないのに、カッコイイオーラが出ているのがチクショーって感じ。
来て早々に私の格好を見て文句をつけた。
私の衣装はサンタガール。下は白い縁取りの赤いスカートで、白いタイツにショートブーツ、昨日と同じ服装なのだが、今日はその上からベンチコートを羽織っていた。
洋菓子店の店員さんが、倉庫を兼ねた冷蔵庫に入るときに羽織るコートを借りたのだ。
だって、今日は昨日から何度気温が下がったと思ってるのよ!?
店長もリーダーもそこまで鬼じゃないわ!
そう言い返したら「俺らは今日もサンタ1枚だったっつーの」だって。
「せめてナツミちゃんの足を拝ませて貰おうと思ったのに、こんなん着てるしさー。
通り過ぎざまの俺のガッカリ感わかる?」
昨日の今日で何なの、この距離感の詰め具合は。
「ナツメさんはお仕事もう終わったんですか?」
敢えて敬語を使ってやる。イケメン相手でドキドキしているけど。
「昨日、あれから最終までやったもん。今日は早上がりさせてもらいましたよ」
なるほど、昨日の今ごろは休憩で抜け出していたのか。だからスタッフジャンパーを着ていたのね。
私はナツメに手伝ってもらいながら長机も片づけ、店長に今日の分のお給料と、余り物ではないカットケーキをいただいた。
そして「また忙しいときには手伝ってね」のお言葉付き。働きぶりを認めてもらえて嬉しかった。
サンタガールも着替えて、ダウンジャケットにデニム。足を全く見せない私の姿に、ナツメは露骨にガッカリした顔をした。
何となく、どちらも「帰る」という言葉を出せずに、仮設の冷蔵庫がある駐車スペースに居残っている。
で、この人は何をしに来たんだろう? 聞いたら双六の上がりになってしまいそうで、肝心なことを聞かないまま、ダラダラ会話を続けていた。
それでわかったことは、ナツメも高校生だということ、ピザ屋さんの店長とはご近所さんで繁忙期に手伝っているということ、そのために16歳になってすぐ原付の免許を取ったということ、などだった。
「ナツミちゃんは今日でバイト終わり?」
「うん。クリスマス限定だから」
同い年ときいて、遠慮無くタメ口になった。
「そっかー。ナツミちゃんの足無しで明日から何を励みに頑張ればいいんだろ」
あと1日アルバイトする約束らしい。もう足足言われるのも慣れてきた。
「彼女に励ましてもらえば?」
私が言ったら、今まで軽い口調だったナツメがしばし黙った。そして再び軽い口調で
「……今、カマかけたでしょ?」
恥ずかしいくらいバレバレだった。そりゃ、ナツメの容姿じゃ恋愛沙汰なんて百戦錬磨だろうしな。
いやはや参りました。
「彼女はいないよ。今はね。俺の理想は高いから」
「足フェチかい……」
「よくおわかりで」
ナツメが私の方を向いた。
「貴方の足に惚れました。付き合ってください」
「内面はどうでもいいんかい!?」
「ナツミちゃんも俺の容姿にオチそうでしょ?」
このやろう。
チクショー。
完敗だ。
ひとまず<おわり>