サンタが1匹やってきた
サンタが1匹、サンタが2匹……
私は目の前を行き交う宅配ピザのバイクを見ていた。
サンタの衣装を着てヘルメットを被ってバイクに乗る姿は、仕事とファンタジーが混ざっていてちょっと面白い。
差し詰めバイクは現代のトナカイなのかな。
そういう私もサンタクロースの衣装を着ているんだけど。といっても、下はズボンではなく白い縁取りの赤いスカート。定番のサンタガール。
私が今いるのは、大通りをちょっと入った住宅街に繋がる道沿いにある洋菓子店。……のすぐ隣の駐車スペース。
今年の9月に開店したばかりの洋菓子店は口コミで評判になりお客さんが絶えない。クリスマスケーキの予約も大量。予約当日に店内では捌ききれないとの店長の判断で、お会計済のお客さんには店外の駐車スペースでケーキの引き渡しをすることになった。駐車スペースに設置した引き渡し用の長机の背後には仮設の大型冷蔵庫が2台。
こういう状況では店員の数も足りなくて臨時バイトも雇うことになり、店長が店の壁にバイト募集の張り紙を貼ろうとしたのを私が見つけて、志願して即時採用決定。ラッキーだった。
私はクリスマスやバレンタインデーとは全く縁のない女子高生で、クリスマスパーティーをするような人付き合いもない。
寂しいなあと思うくらいだったら、その時間をお金にした方がよっぽど有意義だ。
それに予約の引き渡しならば、大声を張り上げて呼び込む必要もないから好都合。
と思っていたのは12月下旬の寒さを甘く見ていたから。
次々とやってくるお客さんから予約券を受け取り、笑顔で「ありがとうございました」とケーキを渡す。長机の上のケーキが足りなくなったら大型冷蔵庫から補充する。この寒いのに冷蔵庫!!
お客さんとやり取りをするから手袋もはめられない。手の甲が寒さで凍えて赤くなってきた。
お客さんが途切れたた合間に目の前の通りを右に左に走るバイクに乗ったサンタクロースを見て、あっちのサンタの方が絶対寒いはず!! と自分を奮い立たせていたのだ。
普段ならばピザ店のスタッフジャンパーを着ている宅配員。上までファスナーを上げれば風も通さないはず。
それが今日はサンタクロース。冬の風物詩だけど、防寒なんて全く考慮されていないのは自分の衣装でよくわかる。そもそもこの衣装は外で着ることを想定されていない。
サンタが1人、サンタが2人……
さすがに匹は酷いと思って数え方を変えた。
この洋菓子店から一番近いピザ店のロゴが入ったバイクが右から左に走っていた。私は3人接客して、また通りに目をやったらさっきのバイクがピザを届け終えたようで左から走ってきた。
ピザ宅配のバイトもクリスマス手当が付くのかな、なんて考えていたら、バイクが洋菓子店の前で止まった。
サンタクロースがバイクから降りてヘルメットをはずした。まっすぐ私の方に歩いてくる。
「ケーキ1つください」
サンタクロースが言った。違う。サンタクロースの衣装を着たピザの宅配員だ。
「申し訳ありません。今日は予約販売だけなんです」
今日予約無しでクリスマスケーキを買いに来たお客さんに言った科白を繰り返した。
「あ、でも、キャンセルもあるかもしれません。とっときましょうか?」
ここまで言ったのは初めてだ。理由は、サンタクロースがカッコよかったから。
サンタクロースは俯き加減だったけど、私が見上げるくらいの背の高さなので、却って顔がよく見えた。
髪型はペッタリとしていてよくわからない。ヘルメットで押さえつけられていたから。
でも誰でも「おっ?」と目を止めるような整った顔立ちだった。
私は普段カッコイイ人とというより男子と話す機会がない。だからカッコいい人と話すチャンスをラッキーと思う。
ふってわいたラッキーを喜んだのもつかの間。クリスマスに男の人がホールケーキを買いに来るなんて、彼女とプチパーティーなんかやっちゃうからじゃない? そうだそうだ、そうに決まっている。
だって家族でクリスマスを祝うならば、家でケーキを用意しているでしょう?
1人でホールケーキもないでしょう? この容姿でシングルベルでやけくそになるなんて考えられない。
むしろ、なんでこの人、今日バイトしてるんだろう? カッコいいリア充はクリスマスを楽しんでろ!
ああ、だから今日のバイト上がりにケーキを買って彼女と祝うのか。
そうかそうか、バイトがんばれよ。
イケメンサンタが下を向いたまま言う。
「お店何時までですか?」
「19時半までです」
「どうしようかな……」
少し迷った素振りをして「やっぱいいです」とサンタクロースが言った。
「わざわざとっとかなくていいです」
もう1回言った。
声までイケメンで、なんかもう、チクショーって気分になった。
サンタクロースは小走りでバイクに戻り、店の方向に走っていった。
◇◇◇
19時半になった。閉店間際になってお客さんが次々とやってきて、バイトの終わり時間を超えてしまいそう。
時間を超えた分は残業代として別途もらえるので、はい、喜んでの気分だ。19時半に終わろうが20時に終わろうが、予定のない私には全く問題無い。
それに、もう1度イケメンサンタと話ができたらなあと思っていた。
サンタクロースはあれからも何度か店の前を走っていた。通り過ぎざま手を振られて、私も振り返した。
もしかして「ケーキあった?」の合図だったのかなあ。
残念ながらケーキは余らなかった。さすが人気店。
最後のお客さんにケーキを渡して、片づけを始めようと道路に背を向けたとき、背後から聞き覚えのある声がした。
その声はさっきのイケメンサンタ!
「すみません。ケーキはあまりませんでした」
振り向きざま謝った。イケメンサンタはサンタではなく、ピザ店のスタッフジャンパーを着ていた。
「お店、閉店?」
「はい、すみません」
イケメンの「ありがとう」を聞きたかったなあ。残念残念。
「川島さーん、そろそろ外片づけちゃって」
店内からリーダー格の店員の大きな声が聞こえた。
店の方に首をひねって返事をした。さあ片づけてお給料もらってお家に帰ろう。
「川島さんっていうの? 下の名前は?」
うわっ!イケメンまだいたのか!? すっかり立ち去ったと思っていたから驚いた。
イケメンは下を向いたまま「下の名前は?」ともう1度言った。
いつの間にかタメ口になっているくせに、下を向いているとは態度と言動がチグハグではないかい?
でもイケメンに名前をきかれて悪い気はしない。
「ナツミ。小川菜摘の菜摘。ダウンタウンの浜ちゃんの奥さん」
私もつられてタメ口に。
「俺はナツメ。夏目漱石の夏目」
「明日もクリスマスケーキは予約販売なんですけど、キャンセル待ちします?」
イケメン、いや、ナツメさんは首を横に振った。
「ケーキは口実だから。近くでちゃんと見たくて」
下を向いたまま喋る。
私はナツメさんと喋りながらも手は動かしていて、長机の上の予約リストや包装用品もまとめ終わっていた。これらを持って一旦店内に入り、また駐車スペースに戻った。
ナツメさんはまだいた。そういえば話している途中だった。
「何の話でしたっけ」
「ケーキは口実で」
それはさっきも聞いた。
まさか、『一目惚れです』なーんて。恥ずかしい妄想をしていたら、イケメンの答えは私の妄想の斜め上をいっていた。
「近くで見たかったんだ、その足」
私の今日の衣装はサンタガール。サンタの帽子にサンタの上着、下は白い縁取りの赤いスカート。用意された長いブーツはふくらはぎがキツくて、代わりに持参したショートブーツと白いタイツを穿いていた。
「細すぎなくて、ほどよく肉付きがよくて、見とれて危うくコケるとこだった。
ちゃんと拝ませて貰おうと思って、ケーキの注文にかこつけてきただけ。
今日が予約販売だなんて知ってたよ。俺、しょっちゅうここ通ってるし、ていうか家、ここで予約して買ってるし」
はあ!? コイツ、さっきから下を向いていたのはシャイなんじゃなくて、私の足を見てたっつーのか!?
ドン引きだよ! とんだ痴漢野郎じゃないか!
コイツが並の顔だったら、私は即座にこの場を離れたと思う。
しかしコイツ、ナツメはイケメンだった。
イケメンがわざわざ私に話しかけてきた理由がわかって、むしろホッとしちゃっている自分を、張り飛ばしてやりたい。
だって、私、浮かれちゃってるもの。
ひとまず<おわり>