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小説・鬼灯館 【憧憬の杜編】  作者: 矢田 圭二
プロローグ・ストーリー
8/12

第八章 もう一人の来訪者

あらすじ


鎌倉市内の高校に通う霞上かがみ時雨しぐれは、祖母宅の遺品整理をしていた際、亡くなった祖母が大切にしていたスケッチブックを母の秋子から渡される。


スケッチブックの入っていた箱の中には何故か得体の知れない一本の鍵が残されていた。

果たして何の鍵なのか?

手掛かりを得ようと動く時雨を待っていたのは更に深まる謎だった。


そんな中、祖母との最後に旅行先となった木想庵もくそうあんを訪れた時雨は、そこが祖母の所有していた旅館だと知らされぬまま、敷地内にある六角館ろっかくかんという名の洋館とスケッチブックの関係を疑っていた。

大丈夫だいじょぶそうじゃね」

 玄関先で時雨と挨拶を交わした初老の男性は、そう言うと時雨の前を通りすぎて目の前の洋館を見上げた。

 東の空から斜めに差し込む朝の日の光に、花の咲き誇る庭や洋館が色鮮やかに映え、まるで絵画のような緑美しい風景が二人の目の前に広がっている。

 かなり緩やかな勾配こうばいとはいえ、山の中腹に建てられているせいで手前の花壇や奥の洋館が立体的な遠近感をもって独特の景観を生み出していた。

「それにしても、ここへの道はお客様には分からんようになっとるんに、ようおじょちゃんはあの縦垣たてがきに気ぃいたなぁ」

 男性がいきなり背後から現れた瞬間、さすがの時雨も驚いて叫び声をあげそうになった。

 しかし、宿を出る直前に会って顔を覚えていたおかげで叫ぶのだけはせずに済んだ。

 そのあとすぐに両親が宿で心配している事と女将さんから言われて様子を見に来た事を説明された時雨は、男性がそこにいる理由わけを理解してすぐに自身の行動を詫びたのだった。

「去年初めてこの旅館に泊まった時、散歩していて偶然あそこがいているのに気が付いて……」

 時雨は洋館を眺める男性にそう言って事情を説明した。

「ほんにしても、この洋館のあるんを知らんと長いこと雑木林んなかを歩けるっちゅうんも珍しいじゃろう」

 男性は感心したような表情でふんふんと頷いた。

 時雨の方へと振り向くとスケッチブックを指差す。

「ところで、おじょちゃんが抱えとる本はまた随分と大きなものじゃが、まさかここで読書しようと思うとったんかの?」

「あ、これですか? これ本じゃなくてスケッチブックなんです」

 そう言ったあと時雨は小さな声で笑った。

「いくらなんでもこんな山奥で読書なんてしませんよ」

「ほなら良かった、最近の若い子はわしらにはよう分からん事を色々とやりよるけ」

 男性は何故か嬉しそうな表情を浮かべた。

 男性と会話しているうち、時雨はふと男性にある事を尋ねたくなった。

「あの、おじさんは旅館で働いて長いんですか?」

「ん、わしか? 長いといっても二十年ちょっとじゃがここが旅館になった時から世話になっとる」

「それじゃこのスケッチブックを見てくれませんか」

 そういうと時雨はスケッチブックを開いた。

 男性がスケッチブックを覗こうと時雨の傍に歩み寄る。

「えらいの張りそうな本に見えるが」

「そんなんじゃないんです」

 男性はあれやこれやと呟きながらスケッチブックを覗き込んだ。

「ほぉー、これはまた上手な絵じゃ! これおじょちゃんが描いたのかい?」

 男性が感嘆の声をあげながら時雨に尋ねる。

 しかし、時雨は男性の質問には答えずに逆に尋ね返した。

「あの……、このスケッチブックに描かれている絵ってここの風景に似てると思います?」

「ん? 似てるっちゅうのはまたどういった意味じゃろ?」

「んとね、この絵がね、この場所を見ながら描いたのかなって……」

 時雨は男性が理解しやすいよう言い方を替えて尋ね直した。

 男性はうんうんと頷きながら時雨の言葉を聞いてくれたが、「ほうほう、この場所を見ながら描いたんか」と感心したように呟いただけだった。

 時雨がそれ以上尋ねるのを諦めかけた時、ページをめくっていた男性がポツリと呟いた。

「おじょちゃんはあそこん池はどうしてかんのか?」

 男性が眺めていたのは建物や庭園らしきものが描かれたページだった。

「あ……」

 男性の呟きを聞いた瞬間、時雨は自分の予想が違っているのを理解した。

 何故なら、時雨が持参したスケッチブックのページには男性が指摘した通り、池らしきものが一切いっさいえがかれていなかったのである。

 スケッチブックに描かれた水彩画と山奥の洋館。

 この二つの風景が何となく似ているように時雨が感じたのは、一年前、初めて雑木林を散策した時の事だった。

 初めて雑木林を歩いた時、何故だかその風景に見慣れた懐かしさのようなものを感じた時雨は、気付けば十分近く山の中を歩き続けて洋館の建っている場所へと辿り着いたのである。

 水彩画のスケッチ自体は仔細しさいな描写とは程遠い筆使いで描かれていたが、建物のある緑豊かな風景という点でモチーフが共通していたせいもあったのだろう、旅行から帰った後で祖母のスケッチブックを眺める機会があった時、その時に時雨の中で二つの風景が重なったのである。

「あの池って昔からあるんですか」

「わしらは昔からさかにわいけっちゅう呼んじょる」

「サカニワ池……」

 時雨が男性の言葉を繰り返すように呟く。

「そんでおじょちゃんはいつまでここにおるんかい? わしもそろそろ戻らんといかん」

 男性から聞かれた時雨はポケットから携帯電話を取り出した。

 洋館に着いた時に確認していた携帯の電波はやはり圏外表示のままである。

 時刻を確認すると画面の文字は七時五十二分と表示されていて、山をくだる時間を考えると時雨自身もそろそろ戻らなければならない頃合だった。  

「次いつ来られるか分からないし、せっかくのお天気なんでもう少し景色を眺めてから帰ります」

 時雨の言葉に男性が頷いた。

「この辺に危ない動物はおらんけど、下ってくる時は足元だけには気ぃつけて降りてきいなぁ」

「ありがとうございます」

 時雨が礼を言うと、男性は旅館へと続く小路を手を振りながら下っていった。



 時雨はメモに書き残したとおり九時前には宿に戻ってきた。

 時雨の取った自分勝手な行動に怒り心頭の秋子は、朝食を食べ終わった後、部屋の中で二十分以上にも渡って娘に小言を言い続けた。普段は二人のあいだに入って秋子の怒りを上手く取りなしてくれる誠吾だったが、今朝は何故だか秋子に対して歯切れが悪く、遠回りな言い方で時雨に非を認めて詫びるよう説得をしてきた。

 時雨にしてみれば、最初は高校生にもなって一人きり出かけたくらいでそれほど怒らなくても良いだろうという考えが強かったが、向かった場所が山の奥という事と旅行先で地理に不案内な土地という事を考えれば、確かに両親が心配しても仕方がない部分はあるのだとようやく理解した。

 そして最後には両親にきちんと詫び、せめて旅行中は両親の了解を得てから単独行動するよう約束させられた。

「ところで時雨、その場所が一般客が入れない場所だって事は知ってたの?」

 表情からまだ苛立ちの色が消え去っていない秋子は、不意に思い出したように時雨にいた。

「え?」

 秋子の言葉の意味するところをすぐに理解ができずに時雨が聞き返す。

「あなたの今朝けさ居た場所はね、本当は一般の客が勝手に入ったりしちゃダメな場所らしいのよ」

 時雨の頭の中を人気ひとけの無い洋館や雑木林の小路こみち、明らかに周囲の草薮に紛れるようにしてあった縦垣たてがきなどが映像として浮かんでは消えた。

 秋子から言われて、確かに合点のいく部分が時雨の中には幾つかあった。

「やっぱり知らないで行ってたのね……」

 秋子が呆れ顔で溜息をつく。

「え、そうなの?」 

 立ち入り禁止だと気付かなかった事へ言い分も時雨には多少なりあったが、まるで気付いていなかったような雰囲気を装いつつ、時雨は驚いた表情をわざとに浮かべてみせた。

 そうであれば時雨が洋館の事を話した時に女将さんがその事を教えてくれても良かったはずだし、様子を見に来てくれた宿の従業員でさえも立入禁止である事は一言も口にしていなかった。

 いつもならここで言い訳のひとつもしたいところだったが、詫びた直後のタイミングでは明らかに時雨に分が悪い。

「その辺も含めて女将さんや迎えに行ってくれた従業員の方にちゃんとお詫びしてきなさい」

 秋子は時雨にそう言った後、「はいっ、この事はもうこれでおしまい!」と言ってパンと音をたてて両手を叩いた。

「今?」

 時雨が秋子の顔を見てそう尋ねると、秋子はコクリと頷いた。

「十時過ぎにはこのあたりを見に行く予定なんだから、出掛ける前にさっさと済ませておきなさい」

「うん、分かった。ちょっと行って謝ってくる」

 そう言うと時雨は二人を部屋に残して廊下へと出て行った。

 時雨が出て行ったのを確認すると、秋子は思いっきり一息吸い込み、それから両肩をガクリと下げて「ふぅー」と大きく吐き出した。

「少しは気が済んだかい?」

 ずっと黙って二人の様子を眺めていた誠吾が秋子に声を掛けてきた。

「今の様子だと時雨も素直に反省はしているようだし、もう勝手に出掛けたりはしないだろうね」

「大人なんだから当たり前よ」

 秋子が疲れたように言う。

「高校生にもなって人に迷惑をかけるって事に気付かないだなんて……」

 秋子の言葉に誠吾が苦笑いを浮かべる。

「でも行き先はちゃんと書き残してあったじゃないか」

「それでもあなただって心配して探しに行こうとしてたでしょ?」

「まあね」

 秋子から事実を問い詰められて誠吾は素直に頷いた。

「しかもお風呂に行くなんて私に嘘までつくなんて」

 追い討ちをかける秋子のひと言にバツの悪そうな表情を浮かべる。

「それにしても時雨があのスケッチブックを内緒で持ってきていたなんてビックリしたよ」

 風向きが自分に向きそうな気配を感じ、誠吾は無理やり話題を変えた。

「この旅館がお義母かあさんや君に繋がりが深い事を時雨はまだ知らされていないけど、もしその事を知っていればスケッチブックに描かれているのがその場所かもしれないと考えても不思議じゃない。もしかしたら時雨なりに何か感じているんじゃないのかな」

「だとしてもこの場所はもともと亡くなった父に関係があっただけで、小春伯母さん達には一切関係がないわ。もしもスケッチブックに描かれているのがこの場所なんだとすれば、母以外の二人がスケッチブックを大切にする理由としては何となく違和感を感じない?」

 秋子がいぶかしげな表情を浮かべながら誠吾にそう尋ねると、そのもっともな意見に誠吾も頷いてみせた。

「そもそもどうして時雨はあんなにスケッチブックの絵を気に入ってるんだろう?」

「それは……」

 誠吾の素朴な疑問に秋子は言葉を続けられず黙り込んだ。

「今の時雨が必要以上にスケッチブックの由来にこだわるのはきっと一緒に受け取ったあの鍵のせいなんじゃないかと僕は思うんだ」

「鍵ってあの鍵の事?」

 誠吾が頷いた。

「うん、あの真鍮で出来た古い鍵が理由のような気がする」

 誠吾が指先で口元をさすりながらそう言うのを見て、秋子は夫のいつものクセに気付いた。

 仕事でもプライベートでも頭の中で何かを思い巡らす時、誠吾は決まってしきりに口元を触るクセがあった。

「ま、鍵に繋がりそうなヒントが全て無くなれば時雨も自然と諦めざるをえないと思うけどね」

 顔を伏せ気味ぎみに一点を見つめながら話す誠吾を見て秋子が苦笑いを浮かべた。

「要するにあなたも見てみたいんでしょ?」

 夫を心を見透みすかしたような笑みを浮かべ、秋子が誠吾に向かってそう尋ねた。

「うん?」

「その洋館」

 ところが秋子の予想に反して誠吾は首を横に振ってみせる。

「小さい頃から何度も眺めていた時雨が見て違うと感じたんだ、絵心の無い僕が見比べたってなおさら分からないよ」

 溜息混じりにそう話す口元に自嘲気味の苦笑いを浮かべていた。

「それよりも機会があったら女将さんと例の……っと何て言ったかな、男の人」

「伊納さん?」

「そう、その伊納さんとかに尋ねてみた方が早いだろうね」

 誠吾がそう提案してきたのはこれで二度目だった。

 夫の言葉を聞いた秋子が、ふっと小さな吐息を漏らす。

「そんなに言うのなら分かったわ、今夜あの二人と会った時に一応聞いてみてあげる」

 仕方なさそうに秋子がそう言うと、誠吾が妻に向かって満足そうな笑みを浮かべた。



 ――ありがとう。


 時雨が初めて六角館を目にしたのは、小冬に連れられて木想庵を訪れた日の三日目の朝だった。

(午前中には戻るからね)

 その日、時雨が目を覚ますと、そう書いたメモを座卓の上に残して祖母はひとりきりどこかへ外出してしまっていた。

 仕方なく一人で朝食を食べ終えた後、小冬が戻るまでの暇つぶしにと旅館の敷地内の散策をしていた時雨は、石庭の奥で旅館の裏へと続く小路を偶然に見つけてしまう。

 開け放たれていた縦垣たてがきの存在に気付かなかったせいもあって、道の向こうがプライベートな場所だとは気付かずに小路へと足を踏み入れていた。

 暖かい日差し降り注ぐ雰囲気の良い雑木林を抜けた先で、時雨は和風旅館の趣きとはまるで正反対の洋館を見つけた。

 しっかりと手入れの行き届いた花壇や花菖蒲が咲き誇る池……、まるで絵ハガキでも見ているかのような辺り一面の景観に時雨はいっぺんに魅了みりょうされていた。

 そして誰に邪魔されるでもなく、気づけば二時間近くをその場所で過ごしていたのである。

 誰にも邪魔される事なく? ……いや、しかし本当はそこにもう一人いた。

 六角館周辺を一般客が足を踏み入れる事のできないプライベートな場所だと時雨が気付けなかったのは、実は時雨以外にもその場所を初めて訪れた別の人物がいたからだった。


 ――ちょっとだけスケッチのモデルになってくれませんか?


 あの時、名も知らぬ青年から時雨はそう言って微笑みかけられた。

 自分の居る場所が一般客はおろか従業員でさえも殆ど訪れる事の無い場所だと知らない時雨にとって、不意に見知らぬ青年が自分の目の前に姿を現したとしても驚く理由は特になかった。

 洋館の脇に立っていたクヌギの巨木の下、目前に広がる庭の草花を眺めていた時雨の前に青年が現れた時、恐らくは自分と同じ木想庵の泊まり客だろうとしか思わなかった。

 青年と時雨は、互いに照れながらもどちらからとなく挨拶の言葉を交わしていた。

 青年はスケッチブックのようなものを取り出して時雨から少し離れた場所に立つと、趣のある洋館を眺めながらデッサンを始めた。

 二人きりの気まずい空気感は多少なり感じていたものの、そのうちまた別の客も現れるだろうと考えていた時雨は、立ち去ることもせずにそのままぼんやりと景色を眺め続けた。

 視界に映る青年は何度か移動しながらデッサンに最も適した場所を探しているようだった。

 ――ここって、誰かいるのかな?

 洋館を眺める青年からそう尋ねられた時雨は、「さっき入り口まで行ってノックしてみたんですけど、誰も居ないみたいです」と丁寧に答えて返した。

 ――ここ、とっても素敵な場所ですよね。林の中の小径こみち見惚みとれながら歩いてたら、まさかこんな場所に辿たどけるだなんて……。

 青年が感激した様子でそう言うと、青年の言葉に同意するように時雨も頷いた。

 青年から風景画のスケッチモデルになって欲しいと頼まれた時、小冬が戻ってくるまでにはまだ時間がありそうだった時雨は、場所の居心地の良さも手伝って青年の頼みを素直に引き受けた。

 時雨が旅館に戻るまでの一時間、結局は二人以外にその場所を訪れる人はだれ一人ひとりとしてあらわれず、青年は黙って筆を走らせ続けた。

 そして、時雨は青年が真剣にスケッチをしている様子を眺め続けたのだった。


 ――ありがとう。


 最後にお礼を言われて別れたものの、てっきり同じ旅館の宿泊客だと思っていた青年の姿を木想館で見かける事はそれきり一度も無いまま宿を後にした。

 その時に一般客が立ち入りを禁止されている場所なんだと知っていれば、時雨も多少なり青年に対して警戒感を抱いていたに違いなかった。

 もし今朝のタイミングで青年の事を誠吾や秋子に話していたら……。

 恐らくは二人にもっときつく注意されていたに違いなかった。


「別に気にしなくてもいいんですよ、お嬢さんはあそこの場所が気に入って見に行かれたのでしょ?」

 玄関先で出発客の見送りをしていた女将の姿を見つけ、秋子に言われた通り時雨が朝の件を詫びると、香津子はそう言いながら笑顔を見せた。

「でもわざわざ草薮で隠してあった扉も勝手に開けたりして……」

「あの扉ですか?」

 香津子は笑みを浮かべた口元を左手で隠しつつ、もう片方の手を胸の前で左右に振ってみせた。

「うふふ、確かにあの場所はかまわず気安きやすられないようにはしておりますが、石庭の奥の扉自体は旅館の裏手うらてわたくし達が出入ではいりする為のものですから……。そもそもあの扉を抜けたところで裏手にある雑木林を十分近くも登ってゆく方なんて、そうそういらっしゃらないですよ」

「そうなんですか?」

 真剣な表情でそう尋ねる時雨に向かって、香津子は微笑みを浮かべてみせた。

「ええ、そうですとも」

 香津子の返事を聞いた時雨の頭の中にほんの一瞬だけあの時の青年の顔が浮かんだ。

「……ところであの洋館って誰か人が住んでるんですか?」

 時雨の質問に香津子は首を横に振る。

「いいえ、六角館には誰も住んでおりません」

「やっぱりそうなんですね、あの中に入る事って出来るんですか?」

「あら、あそこにお入りになりたいのですか?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて香津子が尋ねると、時雨は慌てて手を左右に振った。

 今朝の秋子の状態を想像するに今は建物の中に入るどころか洋館に近づく事すら許してもらえそうになかった。

「ごめんなさい、やっぱり今の話ナシにして下さい!」

 秋子の眉間に皺がよる姿を想像した時雨は、懇願するようなポーズで香津子にそう言った。

「こんな事尋ねたのがバレたらママに全然反省してないってしかられちゃう」

 かすかに焦りの表情を浮かべる時雨の言葉に香津子は小さく笑い声をあげた。

「かしこまりました、今のお話は聞かなかったことにいたします」

 香津子がそう言うと、時雨は照れくさそうに頭を掻き、そして苦笑いを浮かべてみせた。

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