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小説・鬼灯館 【憧憬の杜編】  作者: 矢田 圭二
プロローグ・ストーリー
6/12

第六章 木想庵《もくそうあん》

あらすじ


鎌倉市内の高校に通う霞上かがみ時雨しぐれは、祖母宅の遺品整理をしていた際、亡くなった祖母が大切にしていたスケッチブックを母の秋子から渡される。


スケッチブックの入っていた箱の中には何故か得体の知れない一本の鍵が残されていた。

果たして何の鍵なのか?


手掛かりを得ようと動く時雨を待っていたのは更に深まる謎だった。


一方、母親の秋子は小冬の残した遺産の相続にあたって伊豆の修善寺に所有する温泉宿・木想庵もくそうあんの存在に頭を悩ませていた。


死の直前まで娘に隠し通してきた小冬の旅館オーナーとしての顔。

連休を利用して訪れた宿は、実は時雨と小冬が二人きり最後に過ごした場所でもあった……。

「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」

 翌日の夕方過ぎ、西伊豆の修善寺近くにある和風旅館「木想庵もくそうあん」に到着した三人を女将おかみ高綱たかつな香津子かつこが出迎えた。

「はじめまして、今晩からお世話になります」

 正座して出迎えた香津子に向かって誠吾が頭を下げると、秋子と時雨も誠吾の後ろで揃ってお辞儀をした。

「お嬢さんだけはこちらに見えられるのは二度目ですねぇ」

 穏やかな笑みを浮かべてそう言う香津子に時雨もにこやかな表情を浮かべて頷いてみせる。

 六十代には見えない凛とした佇まいは気品漂う老舗旅館の雰囲気そのままで、所作のひとつひとつにベテランの女将らしい風格が感じられた。

「到着時間が少し遅れてしまいましたが、夕食の方はまだ大丈夫ですか?」

 誠吾が腕時計に目やると、時計の針は六時を少し過ぎた辺りを指している。

「ええ、もちろんですとも」

 香津子はそう言って笑顔で立ち上がった。

 三人は揃って玄関を上がり、香津子の案内について旅館の中へと進む。

「娘から聞いてはいましたが、本当に落ち着いた佇まいの宿ですねぇ」

 誠吾が回りを見回しながら小さく感嘆の声をあげた。

「ありがとうございます。皆さんにそうおしゃっていただくのが私どもにとって一番嬉しいお褒めの言葉です」

 香津子はちらと振り返り、誠吾に向かって微笑みかける。

 木造の建物は壁も廊下も見るからに時代を感じさせる造りをしているものの、日々の手入れが行き届いたはりふすま障子しょうじなどは特段とくだん古びた感じがするわけでもなく老舗の高級感を漂わせている。

 客室へと続く広い渡り廊下に出ると、今度は廊下の左手に立派な石造りの庭園が姿を現した。

 夕刻を過ぎて薄暗闇に包まれた庭園は、ライティングに彩られて幻想的な景観を生み出している。

 それを見た瞬間、誠吾と秋子は同時に足を止めた。

「きれい……」

 秋子がぽつりと漏らすようにして感想を口にすると、誠吾も唖然とした表情で「うん」とだけ返事をして返す。

 木想庵には二度目の来訪となる時雨だけが目の前に広がる景観に呆気にとられる両親の様子を嬉しそうに眺めつつ、廊下の中程で待つ香津子と顔を合わせて互いにニコリと微笑み合った。 

「昨年に御領ごりょう様といらっしゃった時は、ちょうどあの辺りの花菖蒲が見頃の時期でした」

 香津子がそう言って流水紋を描く石庭の向こう、穏やかな風に揺らぐ池の水面みなもを指差した。

「そうそう、去年来た時は菖蒲の花が素敵にライトアップされていてお婆ちゃんと綺麗だねって話してたんだよね」

 香津子に促されて時雨が池のある方向へと視線を送る。

 一年前の六月初旬、小冬は人生最後の旅行にと時雨を連れて伊豆の修善寺を訪れていた。

 もちろん時雨は宿の事情など知らずに木想庵で三泊を小冬とともに過ごし、今日も何も知らずに訪れていた。

「六月はちょうど咲き始めの時期なんです」

「実は事前にこちらの事をインターネットで調べようとしても全然情報が出てこなくて……、でも泊まった方のブログとかの記事で『渡り廊下から見える石庭がすごい』って書かれているのは読んで知っていたんです」

「私どもの宿はもとから一見いちげんのお客様からのご予約を受けておりませんので」

 香津子がほこるでもなく申し訳なさそうに話すのを聞き、「そうなんですか」と感心したような口ぶりで誠吾が言った。

「こちらはいつから?」

「もとは別荘だったものを宿泊施設に改装したのが二十五年ほど前です。ただ別荘自体は明治中期に建てられたと聞かされております」

「明治ですか」

 その歴史の古さに小さく感嘆の声をあげる。 

「でもねパパ、私が気に入ってるのはこの庭じゃなくて、もうひとつ別の場所にある庭なの」

 時雨は耳打ちでもするような仕草で誠吾にそう言った。

「へぇ、ここよりもまだ立派な庭があるのかい?」

 時雨の言葉にわざと驚いたような表情で誠吾が反応をして見せると、その会話を聞いた香津子が時雨に向かって尋ねた。

「あら? それはもしかして〈ロッカクカン〉の坂庭さかにわの事をおっしゃられてます?」

「〈ロッカクカン〉?」

 香津子の質問に耳慣れぬ言葉を聞き、時雨は聞き返すようにしてその言葉を繰り返した。

「あら、お嬢さんは建物の事は知らないでお話しされてたんですね」

「それって山の奥にに建ってる家の事ですか?」

「ええ、あちらは六角形ろっかっけい六角ろっかくと書いて〈六角館ろっかくかん〉と呼んでます」

 香津子の説明に時雨は頷いてみせた。

「そうですか、お嬢さんは昨年いらした際にあそこいらあたりまで散策されたんですねぇ」

 香津子も納得したように頷いた。

「ちょっと退屈……じゃなかった、ちょっと時間があったから近くを探検してて」

 そう言うと時雨は再び両親に向き直った。

「とにかく旅館の裏に素敵な庭付きの家があるの。それこそお婆ちゃんの家みたいな洋風の建物があって、ここの庭とは違って緑がいっぱいあって素敵な場所なの」

 時雨はその場所の景色を思い出して目を輝かせながら二人に言った。

「こちらの石庭は旅館を始めた頃に整えられたお客様が観賞になられる為のお庭ですが、あちらは逆にこの場所が別荘だった時代のプライベートなお庭なんです」

六角館ろっかくかんと言うのですか?」と、誠吾が尋ねた。

「六角館はこの宿が別荘だった頃の離れみたいなものなんです」

「へぇ、そちらもぜひ見てみたいものですね」

 誠吾はそう言って秋子と顔を見合わせた。

「かなり歩かれないと気付かない場所にあるんですけれど、お嬢さんはよう見つけられましたね」

 香津子は感心したようにそう言うと、ひと言付け加えた。

「お一人で歩いてあの場所を見つけられるという事は、きっと心から景色を楽しまれる素養をお持ちなんでしょうねぇ」

 香津子の言葉に誠吾も秋子も表情をほころばせた。



 一見いちげんの申し込みを受け付けていないと話した香津子の言葉に偽りはなく、その夜、木想庵は確かに大勢の宿泊客で賑わっていた。

 とは言え、客室の数はもともと十室ほどしかなく、全体に広く大きな建物のわりに廊下といい踊り場といい、全てにおいて贅沢な間取りの旅館だった。

 修善寺のいわゆる温泉街からは山側に向かって少し奥まった場所に建てられており、そのせいか通りを行き交う車両の音や他の宿泊施設から聞こえる喧騒が宿まで届く事は殆んど無かった。

 木想庵の石庭から見上げる夜空には鮮やかな色の三日月が浮かび、宿全体に静かで落ち着いた雰囲気が漂い満ちていた。

 その庭園の一箇所に小高く起伏した場所があり、そこには小さな茶室が用意されていた。

 そしてその日の夜は茶室から温かみのあるオレンジの光が外に漏れ出ていた。

 茶室の中には女将の高綱香津子と霞上秋子の姿があり、障子越しにお辞儀をする二人の影が柔らかなロウソクの光に揺らめいた。

「……小冬様のご葬儀の折は秋子様にはきちんとしたご挨拶もせずに参列させていただきましたが、改めましてここをあずからせていただいてます、高綱たかつな香津子かつこと申します」

 香津子は秋子に向かって手をついて深々とお辞儀をしてみせる。

 秋子は慌てて居ずまいを正すと、同じように深々とお辞儀をして返した。

「いえ、こちらこそ生前は母が色々とお世話になりまして。わたし、娘の霞上秋子と申します」

 二人は姿勢を戻すと、さっそく香津子が茶道具へと手を伸ばす。

 その所作をじっと見つめながら秋子は緊張の面持ちで香津子に尋ねた。

「あの…、実は茶道の経験がまるでなくて……」

「ただ静かな時間だけをたのしむ方がいれば、作法に心を研ぎ澄ますのを好まれる方もおります。今夜の茶席はわたくしと秋子様の互いの心を近づける為のもの。形式など気になさらずにどうか気軽にお寛ぎ下さい」

 穏やかで厭味の全く感じられ無い香津子の言葉に秋子の表情が少しだけ柔らいだ。

「昨年は小冬様と一緒にこの茶室で一席を愉しまさせていただきましたが、私ごときに何度も秋子様の事を頼まれていらっしゃいましたのを覚えております」

「え?」

「こちらの木想庵の事も含めて色々と秋子様に背負わせてしまう事、その事について随分と深く悩まれていたようで……」

「そうなんですか?」

 小冬について香津子が語る言葉は秋子にとって意外なものだった。

 楽天家でのんびりとした性格のイメージが強かったせいか、深く思い悩む母親の姿が頭の中に浮かび上がってこない。

「はい、秋子様も時雨様もどちらもお金より大切なものを大事になさる性分しょうぶんだから、きっと色々と苦労されるだろうと」

 母親の抱いていた気持ちを思いがけず香津子の口から聞かされて、秋子は黙り込んだ。

わたくし伊納いのうさんがこうして木想庵ここをお守りしてゆけるのも年齢的に見てあと十年程度……。いずれわたくしどもとこころざしの違う者達にこの場所の管理を任さなければならない日が来た時……、それまでにお二人に決めていただかなくてはならないでしょう」

 そう言いながら秋子に向かって一礼すると袱紗ふくささばきを始めた。

わたくし伊納いのうさんも秋子様のお考えについて出来る限りの事をお手伝いさせていただくつもりでおります」

「なぜ私の為に?」

 秋子は香津子に尋ねた。

 まったくの見ず知らずとは言わないまでも実際には生まれてから今日まで一度として面識の無い者同士である。

 その相手が自分に対して忠誠にも似た物言いをしてくる事が、秋子にとってまず不思議でたまらなかった。

「私が母の方針を純粋に受け継ぐだけの立場だというのなら、女将さんや伊納さんが私に協力的になるのも充分に納得がいくんですが、母はこの宿を好きに処分してもいいと私に言い残しています。もし私がそういった判断をしたら女将さんやこの宿の従業員の方々はどうなります? 闇雲やみくもに何でも協力すると言うお二人の考えが私には今ひとつ理解できないんです」

 茶碗に湯を注ぎながら香津子の口元には笑みがこぼれていた。

私共わたくしどもの事を気にかけないお人柄であれば、今この場所でもそのような事を口にされる事も多分ないのだろうとわたくし自身は感じます」

 香津子の言葉に秋子は何も言い返せない。

わたくしの口からせめてお伝えができるのは、御領様から全てを託された小冬様が今また秋子様に全ての意思を託された……、それに従う事と御領の旦那様の想いにわたくしどもがお応えする事とに何か相違があるのでしょうか……」

 その口ぶりからは決意にも近い香津子の強い意志を感じ取る事が出来る。

「いかがですか? 木想庵ここは?」

「ええ、落ち着いた雰囲気でとても素敵なお宿だと思います」

 秋子はニコリと笑みを浮かべてそう答えた。

「二十五年前、私の父である高綱たかつな具視ともみは御領の旦那様からこの場所の景観を守る事にのみ専心するよう仰せつかったそうです」

「父に……ですか?」

 秋子が聞き返すと香津子が小さく頷いた。

わたくし自身も父が亡くなる際に何より『儲けは二の次』だと強く念を押されたのを覚えております」

「伊納さんからは宿の営業は順調だと伺いました」

 香津子は秋子の言葉に控えめな笑みを浮かべた。

「一意専心の思いのみでかたくなに御領の旦那様の言伝ことづてをお守りしておりましたら、さて、知らぬうちに訪れるお客様のお世話に日々を追われる宿となっておりました」

 そう言うと、茶筅ちゃせんを洗い終えた湯を建水けんすいへとそそぎ流し、茶杓ちゃしゃくを手に取って茶入へと差し入れた。

 それから暫くの間、香津子の茶をてる作業を秋子は黙って眺め、茶筅ちゃせんを使って泡点あわだてを始めた頃に香津子が「和菓子をどうぞ」と秋子に声をかけた。

「こういうのは父や母の趣味だったんですか?」

 楊枝ようじで切り分けた和菓子の欠片かけらを口元へと運びながら、秋子は香津子に向かってそう尋ねる。

「この茶室の事をおっしゃられてるのでしょうか?」

 香津子は逆にそう聞き返したあと、秋子の質問を否定するように首を左右に振ってみせた。

「ここの茶室は木想庵がまだ別荘として使われていた頃からのものです。でも小冬様が木想庵ここの管理の仕方に口をお出しになられた事は一度もありませんでした」

 香津子の言葉に秋子は少し納得をしつつ質問を重ねた。

「それではここの経営者として母は一体何をしていたのでしょうか?」

 泡点あわだてを終えた香津子は秋子の質問に答えぬまま茶筅を置くと、「お菓子はお口に合いましたでしょうか?」と秋子に尋ねた。

「え、ええ、甘くてとても美味しいお菓子でした」

「今宵の秋子様との夜噺よばなしにと修善寺にあるお店のお菓子をご用意させていただいたんです」

 そう言ったあとて終えた茶碗をたおやかな手つきで回してから秋子の前へとスッと差し出した。

「どうぞ」

 香津子から差し出された茶碗を前に秋子が小さくお辞儀をして返す。

 色の濃い抹茶が秋子一人に程良い具合に茶碗の中にてられていた。

 香津子は顔を僅かに伏せ、秋子からわざとに視線を逸らすようにして茶道具を丁寧に並べ直し始める。

 香津子の意図を感じ取った秋子は両手で茶碗を持ち上げると、「頂戴いたします」とひと言添えると、茶碗に口をつけた。

 口の中に僅かに残る和菓子の甘さによって、口の中へと流し込まれた抹茶の苦味が丁度良い心地のもの感じられる。

 日頃はコーヒーや紅茶ばかりで、日本茶すらなかなか飲む機会の少ない秋子だったが、香津子のお点前てまえは、飲み慣れないながらも秋子が残さずに飲み干すのには丁度良いりょう加減かげんと濃さだった。

「とてもお美味しく頂戴いたしました」

 飲み終えた茶碗を膝元へと置き、秋子は心からのお礼の言葉の口にした。

「普段、茶席のお菓子は藤枝の和菓子屋から取り寄せておりますが、一度だけ小冬様がの店の和菓子で愉しんでみたいとおっしゃられた事がありまして……。先ほどのご質問について小冬様がこの宿に対してどういうお立場であったかと尋ねられれば、わたくしの口からお答えできる事は既にお伝えしたとしか申し上げられません」

 和菓子の話が続くのかと思いきや、脈絡のない方向へと唐突に会話が進む。

 まるで禅問答のような言葉を口にする香津子の表情は、しかして秋子の目から見る限り柔和にゅうわさと穏やかさで満ちていた。

「既に伝えている……? それは私にですか?」

「はい。わたくし伊納いのうさんだけでなく、小冬様も小冬様なりのお立場で御領の旦那様が望まれた事に専心されておりました」

 香津子の言葉の意味を理解するのに秋子はほんの少しの間黙り込む。

 そして、秋子が頭の中を整理している間、香津子はじっと秋子の目だけを見つめていた。

 秋子が口を開く。

「……なんとなくですが女将さんの仰りたい事が分かったような気がします。母が初めてこの宿の事を私に話した時に私や娘を縛るつもりが無いと言った意味も女将さんの言葉と何かしら重なるところがあるのかなって」

「お二人を縛るつもりが無い……? 小冬様がそんな風に仰られていたのですか?」

「ええ」

 頷く秋子を見て、香津子の口元に初めて苦笑にがわらいのような笑みが浮かんだ。

 その表情は木想庵もくそうあんの女将としてではなく、その日初めて見せた香津子自身の素の感情のように秋子には感じられた。

「やはり小冬様にとってもこの宿の事はお伝えしずらかったのですね。ところでお嬢さんには?」

 香津子の質問に秋子は首を左右に振ってみせる。

「主人にだけはすぐに話しました。ただ、娘に関しては私も主人もどう判断して良いか正直まだ迷っています」

 秋子の返答に香津子は黙って頷いてみせる。

「この宿の経営者だったとか会社の株を相続するだとか、とにかく話があまりにも唐突すぎて……」

 秋子が包み隠さず本音を吐露すると、香津子が小さな声で呟くように言った。

「実は二年ほど前にわたくし伊納いのうさんに病気の事を明かされた時、小冬様の中には今とはまた別の結論がおありになられていたように感じました」

「えっ? そうなんですか?」

「ええ。以前はこの宿の事で秋子様や時雨様の事を口にされる事が全く無くて、わたくしにも伊納いのうさんにも普通に『出来る限りここを守っていって欲しい』としかおっしゃられませんでした。それが昨年、急にお二人の事を口にするようになって……。もしかしたらわたくしどもが気付かなかっただけで最初からそう考えられていたのかもしれませんが、少なくともわたくし伊納いのうさんもそうは感じておりませんでした」

 香津子の言葉を聞いていた秋子がある事に気付いた。

「あの、女将おかみさん? もしかして母から今後の宿の事について具体的な話を何も聞かされてなかったりします?」

「ええ」

 香津子が質問にあっさりと答えたのを見て、秋子が唖然あぜんとした表情を浮かべる。

 秋子は、これからの宿の事や秋子自身の立場について香津子が小冬から細かく指示を受けているものだとばかり思っていた。

「ご様子から見て、どうやら秋子様のご算段さんだん通りにはなっていらっしゃらいないようで」

 予想と違う事態に戸惑とまどいの表情を浮かべる秋子を慰めるような口調で香津子は言った。

今宵こよいわたくしが秋子様にお伝えしたかったのは、御領の旦那様が何より大切に思われていたこの場所を許される限りお守りしたいと願っている。ただただその気持ちのみででございます」

 そう語る香津子の表情に一切の迷いの色は無かった。

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