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小説・鬼灯館 【憧憬の杜編】  作者: 矢田 圭二
プロローグ・ストーリー
4/12

第四章 図柄の意味

あらすじ


鎌倉市内の高校に通う霞上かがみ時雨しぐれは、祖母宅の遺品整理をしていた際、亡くなった祖母が大切にしていたスケッチブックを母の秋子から渡される。


スケッチブックの入っていた箱の中には何故か得体の知れない一本の鍵が残されていた。

果たして何の鍵なのか?


三つ子だった祖母の姉にあたる檜山小春の親族の家を訪ねた時雨は、三姉妹全員が似たようなスケッチブックを所有していた事実と同時に、残りの二冊とも所在が不明である事を知る。


その場に居た従兄弟の檜山遼平は、再び鍵の事が気になり出した時雨と話しているうちにスケッチブックの図柄の不自然な点に気付くのだった……。

スケッチブックの話が一段落ひとだんらくすると、親達は互いの懐かしい昔話で盛り上がり始めた。

 一人離れて食卓テーブルに座り、黙ってその様子を眺めていた遼平は、椅子からそっと立ち上がると父親がソファーテーブルの上に置いたスケッチブックへと手をばしかけた。

 持ち主である時雨の方へ視線を送ると、秋子をはさんで二人の視線が合った。

 手の仕草しぐさだけでスケッチブックを見ていいか尋ねてくる遼平に時雨はコクリと頷いて見せ、遼平の代わりに目の前のスケッチブックへと手を伸ばした。

 ソファから立ち上がると遼平が座るテーブル近くへと移動する。

 時雨からスケッチブックを渡された遼平は、もうわけなさそうにペコリと頭を下げながら、すぐに木の表紙へと視線を落とした。

「何か意味でもあるのかな……」

 手に持ったスケッチブックの表紙をじっと眺め、小さな声で呟いた。

「え?」

 遼平のつぶやきが聞き取れずに時雨が聞き返す。

「気にならない? ……あ、えっと」

 顔を上げて時雨に一言尋ねた後、続ける言葉に迷って口ごもる。

「あ……、下の名前でいいですよ」

 遼平の口ごもる理由を何となく察した時雨は、自分からそう声をかけた。

「あ……、じゃ、時雨……ちゃん?」

 年下に促された遼平がぎこちなくそう呼びかけると、時雨はニコリと頷いてみせた。

「誰が描いたものなのか、どうして誰にも教えなかったんだろうなって……」

「うーん……」

「教えたくなかったのか、それとも単に知らなかったのか……」

 そう呟きながら木の表紙を捲った。

「ウチのお婆ちゃんは知らないって言ってましたよ」

「けど、小さい婆ちゃんもウチの婆ちゃんも大事にしてたって聞くと、誰が書いたか知らないっていうのは一体どうなんだろうなぁって……」

 時雨がクスリと笑いながら遼平に尋ねた。

「あの……、小さい婆ちゃんって、私のお婆ちゃんの事ですよね?」

 遼平は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。

「なんかさっきから小さい婆ちゃんってフレーズが……」

「……ああ、そうか」

 時雨の笑う理由に気付き、遼平はちょっとだけ恥ずかしそうに頭を掻いて見せた。

「ウチの婆ちゃんがそう呼んでいたから、つい……」

「じゃ、福岡の小夏お婆ちゃんは?」

なかの婆ちゃん」

 遼平の口から出た言葉を聞き、たまらず時雨がき出した。

「分り易いだろ?」

 笑われた事に気を悪くするでもなく遼平が真面目な表情でそう尋ねると、時雨は笑いを堪え気味にウンウンと頷いてみせた。

「きっと俺がまだ小さかったから、わざとに分り易くしてくれたんじゃないかな」

「遼平さんの外見がいけんと言葉のギャップが少しだけツボにハマっちゃって」

 時雨にそう言われ、遼平は照れくさそうにまた頭を掻いた。

「ウチの婆ちゃんは俺が小学生の頃に死んじゃったけど、お盆とかで小さい婆ちゃんに合っても面影が一緒だったからなんとなく不思議な感じだったなぁ……」

「若い頃の写真って見た事あります?」

「うん、マジそっくりで見分けつかなかった」

「ですよね」

 二人は目を見合わせて互いに頷きあった。

 そして、遼平は再び開いていたスケッチブックのページに視線を落とす。

「このスケッチブック……、時雨ちゃんが小さい婆ちゃんから貰ったんだ」

 遼平はそう尋ねながら、ページを人差し指で軽く撫でた。

「水彩画……だよね、これ」

 遼平の言葉に時雨が頷いた。

「私、子供の頃から何となくその絵が気に入ってて、これが欲しいって、よくおねだりしてたんです」

「へぇ、そうなんだ。……でもなんとなく分かる気がするな、これ」

 ページを操りながら遼平が言葉を続ける。

「なんか優しい感じがする色だし、女の子とかが好きそうな感じ」

「遼平さんもこういうのに興味あるんですか?」

 そう尋ねられた遼平は苦笑いを浮かべながら首を横に振ってみせた。

「別に嫌いじゃないけど好きとも言えない。どっちかって言うと俺も婆ちゃんと同じで本を読んだりするのが性に合ってる方だから」

「小春のお婆ちゃんって、そんなに本が好きだったんですか?」

「うん、そうみたい。俺もそんな詳しくは知らないけど、小さい時の記憶だとリビングのあっちこっちに沢山の本が積まれていたのは何となく覚えてるんだ……」

 遼平は頭の中の記憶を探るようにじっと宙を見つめた。

「父さんや母さんが言うには推理小説なんかが特に好きだったらしいよ。今でも父さんの部屋には婆ちゃんが持ってた本が何十冊か置いてあるしね」

 そう言ってから遼平は時雨の顔を見た。

「時雨ちゃんは羽住宗一郎って作家、知ってる?」

 時雨は首を横に振った。

「推理モノの小説家としてはかなり有名なんだけど、その人とウチの婆ちゃんが仲良なかよかったんだ」

「ふーん、そうなんだ……」

 小説家の名前を出されてもまるでピンと来ない時雨は、とりあえず愛想あいそ程度に笑顔で頷いてみせた。

「俺の本好ほんずきも時雨ちゃんの絵好えずきも、お互いに婆ちゃん達からの遺伝とか?」

 その言葉に時雨が口元くちもとをほころばせる。

「私は嬉しいかも。お婆ちゃんの事が大好きだったから」

「俺も好きだったよ、小さい婆ちゃんの事。……正月ぐらいしか会う機会はなかったけどね」

 遼平はそう言うと、少しだけ時雨に顔を近づけた。

 少し離れた場所で昔話に興じる両親達に聞こえないよう、小さな声でそっと耳打ちする。

「……でもさ、小さい婆ちゃんの家、実を言うと俺ああいうのちょっと苦手でさ」

 眉間に皺を寄せながら片手を振ってみせる。

「なんかああいう古い建物とかって小さい頃からなんとなく苦手っていうか」

 遼平からの思いがけない告白に時雨は再び小さく失笑を漏らした。

 そしてすぐに頭を下げて笑ってしまった事を小声で詫びた。

「すみません、なんか可笑しくてつい……。でも中学に入るくらいまでは私も怖かったです。お婆ちゃんみたいな洋風の古い家が大好きなアニメ映画とかに出てくるのを観てからは案外いいなぁって思えるようになって……」

 遼平は申し訳なさそうに鼻の頭を指先でポリポリと掻いた。

「俺、アニメとかそういうのって全く観ないからなぁ」

「大丈夫ですよ、私だって一人でお婆ちゃんちに泊まれるかって聞かれたら、そこだけはちょっと無理だと思うし」

 二歳下の女の子から気遣きづかわれ、遼平が苦笑いを浮かべる。

「このスケッチブックじゃないけど、なんとなく謎めいた品物しなものが隠されていても違和感いわかん無い雰囲気っていうか……そういう雰囲気が苦手かな」

 そう言ってスケッチブックを指先でさすった。

 遼平の口から出た〈謎〉という言葉を聞いて、時雨は真鍮製の鍵の事を思い出す。

「あ、謎めいた……っていえば」

 今度は時雨が遼平に顔を近づけると、秋子達に聞かれないように小さな声で耳打ちするように尋ねた。

「……あのですね、私が今から話す事を遼平さんだったらどう考えるかちょっと聞かせてもらえませんか?」

「うん、いいよ」

 遼平がすんなり返事をして返すと、時雨はすぐに鍵の話を始めた。

 最初はぼんやりと相づちを打っていた遼平だったが、時雨の話が進むにつれ次第に身を乗り出し始める。

「……なんだかそれってメチャクチャ意味ありげじゃん」

 時雨の話が一通り終わると、遼平は真剣な面持ちでそう言った。

「やっぱり気になりますよね」

「うん、すごく気になる。だとしたらその鍵は確実にこのスケッチブックとセットで考えるべきだよ」

 そう言ってスケッチブックを指先でつついてみせた。

「そもそもこの中の絵を描いたのは誰なのか、でしょ、それから婆ちゃん達3人がどうして大事にしていたのか、でしょ、しかも今は二冊は行方が分からないうえに、トドメはスケッチブックと一緒に渡された鍵……」

 指折ゆびおかぞえるような仕草を時雨にして見せながら、遼平は気になったポイントを次々と挙げていく。

「この中で確実に意味不明なのはそのカギなんじゃないかな、見つからない二冊は単に時雨ちゃんのように気に入った誰かに譲ったって可能性があるわけだし」

「そう……、なのかな?」

 時雨は自信がなさそうに頷いた。

 遼平は少し身を乗り出すようにして時雨に顔を近づける。

「普通はさ、……普通はだよ、理由も聞かされずにカギを受け取れば、その理由を知りたいと思うよね?」

「うん」

「それって小さい婆ちゃんがカギを渡した目的のひとつだろうと思うんだ」

「ん? どういう事ですか?」

 時雨には遼平の頭の中の考えが全く理解出来ていなかった。

「だって可愛い孫だろ? 理由も無しにそんな意味深な渡し方はしないんじゃないかな、小さい婆ちゃんが意地悪な人だったていうのなら話は別だけど……」

 遼平がいたずらっぽい笑みを浮かべて時雨にそう尋ねると、時雨は真剣な表情で顔を左右に振ってみせた。

「だからきっと意味はあるんじゃないかって……」

 自分自身に言い聞かせるように呟く遼平を時雨がまじまじと眺める。

「……なんだかうちのパパみたい」

「え?」

 今度は遼平が時雨の言葉の意味を理解できずに聞き返した。

「パパみたいって、時雨ちゃんのパパの事?」

「うん、うちのパパもちょっと話したり聞いたりしただけで大体理解しちゃうから」

「時雨ちゃんのパパって確か大学の教授とかじゃなかったっけ?」

「うん、そう」

 頷く時雨に遼平が頭を掻きながら言った。

「単に想像して話しただけで理解なんか全然してないよ」

「でもすごい」

 素直に驚く時雨を見て、遼平は恥ずかしそうに笑った。

「とりあえず話を戻すけど、小さい婆ちゃんが時雨ちゃんにカギをスケッチブックと〈一緒に渡した〉って事に大きな意味があるかもね」

「スケッチブックがヒントって事?」

 遼平が頷いた。

「スケッチブックを渡すついでって可能性もあるにはあるけれど……。カギに関して思い当たる事って本当にないの?」

 遼平にそう尋ねられ、時雨は悲しそうな表情を浮かべながら頷いた。

「お婆ちゃんでは、家の中をかなり探してみたんだけど……」

 首を左右に振る時雨に向かって遼平が言った。

「いやそうじゃなくて、例えばスケッチブックが欲しいって言っていたのと似たような会話が全くなかったのかどうかって事なんだけど……」

「あ、そういうのは本当に無いんです」

 時雨に強く否定された遼平は残念そうに頷いた。

「そう、じゃあやっぱり今のところの手がかりはこれひとつきりなんだ……」

 遼平はそう言うと、開いていたスケッチブックをパタリと閉じ、表紙をじっと眺めた。 

「例えば誰が描いたかを探し当てたられたら分かるとか、スケッチブックが三冊揃えば分かるとか、考えられるとした……」

 そう呟きながら木製の表紙の彫刻をなぞっていた遼平の指が急に止まる。

「ん?」

 木の浮き彫りの下にある模様の上に指先を置き、とんとんとリズミカルにつつく。

「ねえ、時雨ちゃん?」

「なんですか?」

 遼平が時雨に表紙のある箇所かしょを指し示しながら尋ねた。

「表紙さ、これ……、この模様って気付いてた?」

「模様……ですか?」

 遼平のしめす場所には、半円状はんえんじょうに引かれた一本の線上に六つの小さな円が等間隔とうかんかくに並んだ図柄が彫り込まれていた。

 木製の表紙には、全体の三分の二近くに植物の葉をモチーフにしたレリーフが施されていて、遼平が指し示す図柄はレリーフの下に配置されている。

 表紙全体のデザインは至極しごくシンプルな構成で、手にとって見た時に見落としてしまうような図柄ではなかった。

「気付いてたって……どういう意味ですか?」

 遼平の質問の意味が分らずに、時雨は聞き返す。

 時雨に分るように図柄の一部分を指差した。

「これ。六個ある丸のうち、この一個だけ何故か大きさが違うんだよね」

 時雨は遼平の指差した部分を覗き込む。

 確かに他の五つと比べると、左端から数えて二番目の丸だけが明らかに大きい事に気が付いた。

「確かにこれだけ大きさが違いますね……」

 遼平は、時雨が頷くのを見て言葉を続けた。

「別に左右さゆう対称たいしょうじゃなきゃダメってワケじゃないけどさ、六個の丸の位置自体は中心から三つずつで左右対称に配置されてるよね?」

 表紙をじっと眺める時雨の眉間に皺が寄る。

「基本的に左右対称のデザインにしているのにどうしてこんな規則性のな……」

「あ、あの、ちょっと待ってください」

 時雨は慌てるようにして遼平の言葉をさえぎった。

 遼平がきょとんとした表情を浮かべる。

「なんか急に遼平さんの言葉が難しくなって……」

 時雨が恥ずかしそうにうつむきながら遼平にそう告げると、すぐにその理由に気付いた遼平は「あ……そっか、ごめん」と、済まなそうに頭を下げた。

「六つの内、この一つだけが大きい事に何か意味でもあるのかなぁって……」

「意味ですか?」

「うん、……例えばだよ、小さい婆ちゃんの持っていたスケッチブックはこの丸が大きいけど、ウチの婆ちゃんが持っていたスケッチブックだと他に別の丸だけが大きくて、真ん中の婆ちゃんのも別の丸がって……、そういう可能性があるとかって思わない?」

 遼平からそう尋ねられた時雨は困惑気味の表情を浮かべる。

「うーん、どうなのかなぁ……」

 首を傾げつつ悩む時雨に向かって遼平が言葉を続ける。

「ま、同じものが確実に三冊あるって事だから、もしかしたらそういう可能性もあるかなって事なんだけどね。でももしそうだとスケッチブックの数も三冊じゃなくて六冊あるって事になっちゃうのかな」

 遼平はそう言って楽しげに笑った。

「えー! 六冊ですか?」

 遼平が語る予想外の話の内容に時雨はただ驚きの表情を浮かべる。

「それぞれに丸の大きさや場所が違っていたらの話だよ」

「うーん、三冊に増えたと思ったら今度は六冊……、もしかしたら次は十二冊?」

 大切な祖母との思い出をかき乱すように増殖するスケッチブックの数を前に、時雨は少しうんざりとした表情を浮かべて皮肉まじりの冗談を口にするしかなかった。

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