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小説・鬼灯館 【憧憬の杜編】  作者: 矢田 圭二
プロローグ・ストーリー
2/12

第二章 スケッチブックの秘密

あらすじ


鎌倉市内の高校に通う霞上かがみ時雨しぐれは、祖母宅の遺品整理をしていた際、亡くなった祖母が大切にしていたスケッチブックを母の秋子から渡される。


スケッチブックの入っていた箱の中には何故か得体の知れない一本の鍵が残されていた。

果たして何の鍵なのか?

時雨は祖母宅で鍵穴探しを始めるが答えを見つける事は出来なかった。


祖母が箱の中に鍵を残した理由を知りたがる時雨。

秋子は代わりにスケッチブックにまつわる事実を話し始めた……。



「……真鍮製しんちゅうせいの鍵か」

 夕食を食べ終えたリビングでは、時雨の父親の霞上かがみ誠吾せいごが娘から手渡された古めかしい鍵を眺めていた。

「シンチュウセイ……って何?」

 父親がつぶやいた耳慣みみなれない言葉を繰り返すようして時雨が尋ねる。

「鉄や銅のような金属の事よ。正確に言うと真鍮は合金ごうきんだけどね」

 食器の後片付けをしていた秋子がそう答えた後、「トランペットやトロンボーンなんかに使われている金属って言えば分かりやすいだろう」と、誠吾が付け加えるようにして言った。

「昔は学校の教室や倉庫でもこういった単純な鍵がよく使われていたんだ。御領のお婆ちゃんが持っていたんだから恐らくは古いものなんだろうな」

「ふーん」

 その説明にうなづきながら、時雨は父親の手の中でクルクルと回転している鍵をじっと見つめる。

「見た目にも単純な形だしなぁ、何か大事なものをしまうような扉や箱なんかに使われていないだろう……」

「ほらね、別に慌てて探さなくっても全然良さそうじゃない」

 秋子は満足げな表情でそう言うと、食器を両手にキッチンの奥へと姿を消す。

「とりあえずはお婆ちゃんの形見なんだし大事にするといいよ」

 誠吾は真面目な表情でそう言うと、持っていた鍵を時雨に返した。

「うん、それはもちろん」

 時雨も父親の言葉に素直に頷いた。

「お婆ちゃんが時雨に渡した理由だっていつか分かる日が来るかもしれないしな」

「理由……、あるのかな?」

 時雨の目が期待に輝くのを見て、誠吾が苦笑いを浮かべた。

「時雨はどっちがいい?」

「うーん、……良く分かんない」

 少し考えた後、父親の質問に時雨は首を傾げてみせた。

 そこにトレーを持った秋子がキッチンから戻ってきた。

「寝た子を起こすような言い方しないでよ」

 おつまみが乗った皿を誠吾の前に置きながら、困ったような表情を時雨に向けたみせた。

「寝てなんかいないもん」

 時雨がぷいっとそっぽを向く

果報かほうて……か。お婆ちゃんの家で答えが見つからなかったんだ、とりあえずはママの言うとおり深くは考えないほうがいいんじゃないか?」

 そう言って誠吾は笑った。

「ママだって時雨の為にとっておきの子守唄こもりうたを歌ってくれるんだろう?」

 夫の言葉の意味をすぐに理解して秋子も笑顔を浮かべた。

「子守唄? ふふ、そうね、確かに子守唄かもしれないわね」

 互いに可笑しそうに笑い合う父と母のやりとりを前に、時雨ひとりが仏頂面ぶっちょうづらを浮かべた。

「なんだかものすごく子供扱いされてる気がする」

「あら、時雨は私達の子供でしょ?」

 秋子が笑顔を浮かべる。

「そういう意味じゃなくて……」

 時雨が不満そうな表情を浮かべながら前のめり気味に秋子に向かって身を乗り出した。

「ママって最初からこの鍵に興味が無い感じだよね」

 秋子の顔を見ようとはせず、ただ批難めいた台詞を口にする。

「それにママったら……」

 次第にムキになり始めた娘の様子に気付き、誠吾はその言葉をわざとさえぎるように口を開いた。

「そういやママ、もう片付けは終わったのかい?」

「ん? 後は洗い物を片付けるだけよ」

 妻の言葉に誠吾は頷いて椅子から立ち上がる。

「なら今日は僕が洗うから、ママは時雨にとっておきの話をしてあげるといい」

「あら、いいわよ、そんなのすぐに洗っちゃうから」

 キッチンに戻ろうとする秋子を誠吾が制した。

「でも時雨もすっかりと待ちわびているようだしね」

 そう言いながら時雨に向かって頷いてみせる。

 途端に時雨が椅子から立ち上がった。

「お、お父さん大丈夫、わたし洗ってくる」

 そう言うと、二人に有無を言わせぬような素早い動きで誠吾の脇を抜け、キッチンへと姿を消した。

 リビングに残された誠吾と秋子が互いに目を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 テーブルの上には時雨が残していった鍵が置かれていた。

 テーブルに座り直すと、誠吾が再び鍵を手に取ってじっと眺める。

 キッチンから時雨が食器を洗う音がし始めると、そのタイミングに合わせるようにして誠吾が口を開いた。

「……別に深く聞くつもりはないけれど、時雨にも話すつもりなのかい?」

 誠吾の問いに秋子は困ったような表情を浮かべながら首を横に振った。

「母さんは私達に思い出を押し付けるつもりはないって言ってたし、私達がそれに縛られてしまうようなことにもなって欲しくはないって……」

「君自身の気持ちは?」

「私? ……うーん、まだ悩んでるっていうのが正直なところかな。いっその事あなたが決めてくれてもいいんだけど?」

 秋子はそう言ってニコリと笑みを浮かべた。

 誠吾が苦笑いを浮かべる。

「僕がかい? 僕だったら、うーん、そうだなぁ……」

 誠吾は天井を見上げて考えるような素振りをしてみせた。

「……やっぱり簡単に答えは出せないだろうな」

 誠吾の言葉に秋子が満足げな笑みを浮かべる。

「でしょ?」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 キッチンからは、まだ時雨が食器を洗う音が聴こえてくる。

 誠吾が手に持っていた鍵をテーブルにそっと戻した。

「お義母かあさんが君や時雨を縛りたくないって言っていたのなら、この鍵の事だって、きっと無理やり意味を探る必要なんてないんだろう」

「うん、私もそう思ってるの」

「でもそれじゃあ時雨には何を話すつもりでいるんだい?」

 誠吾の質問に秋子が目を輝かせた。

「ふふ、スケッチブックに隠された秘密よ」

 嬉しそうにそう言うと、誠吾がちょっとだけ驚いたような表情を浮かべた。

「えっ、あのスケッチブックにも秘密があるのかい?」

「別に秘密ってわけじゃないんだけど、時雨にとってみれば秘密みたいなものかし……」

 途中まで言いかけて秋子が口をつぐむ。

 キッチンから聴こえていた水の音が止み、カチャカチャと食器同士の触れ合う音へと変わった。

 二人は会話を止め、黙ってテレビを始める。

 五分ほどで食器洗いを終えた時雨が二人の待つリビングへと戻ってきた。

 堂々とした顔つきでテーブルの椅子に腰をおろすと、秋子に向かって言った。

「さ、食器の後片付けも終わったし、今度こそ可愛い娘の為の子守唄とやらを聞かせてもらえるのかな」

 皮肉ひにくたっぷりの娘のひと言に、誠吾と秋子が互いに顔を見合わせながら肩をすくめた。

「内容次第では大人しく寝てあげてもいいよ」

 時雨が続けざまに挑発的な台詞を口にする。

 そんな娘の態度に秋子が目を丸くした。

「あら、なんだか随分ずいぶんと上から目線じゃない?」

「そう? ただ早くすっきりしたいだけ」

 時雨は悪びれた様子も見せず澄ました顔を秋子に向けてみせる。

「あらそう」

 十代らしい態度に苦笑いを浮かべつつ、秋子が話し始めた。

「実は話っていうのは、時雨がお婆ちゃんからもらったスケッチブックの事なんだけどね……」

「えっ?」

 秋子がスケッチブックという言葉を口にした途端、時雨の様子が変化した。

「スケッチブックに描かれている絵って誰が描いたものか分からないのは時雨も知ってるわよね」

「うん、お婆ちゃんが知らないって……」

 秋子は時雨の言葉に頷いた。

「そう、お婆ちゃんも知らない。でも、誰が描いたか分からないようなスケッチブックをどうして大事にしていたのかしら?」

 時雨は不思議そうに首を傾げた。

「単に水彩画が好きだったんじゃないの?」

 時雨は、自分の思ったままを口にした。

「そうね、そうかも知れないわね」

 母親の言おうとしている事が読めぬまま、時雨は怪訝そうに眉根を寄せて秋子の顔を覗き込む。

「時雨は純粋にスケッチブックの絵が好きなのよね」

「う、うん」

「じゃあ、あのスケッチブックが他にもまだあるとしたら見てみたい?」

「えっ……?」

 予想外の秋子の言葉に時雨がきょとんとした表情を浮かべる。

「多分ね、あるのよもう一冊は確実に」

「え? あるって……もしかしてあのスケッチブックが?」

 驚いてそう聞き返した時雨に向かって秋子は黙って頷いた。

「それ、どこにあるの?」

 テーブルの上に身を乗り出すようにして秋子に向かってそう尋ねる。

 誠吾は、口元に笑みを浮かべてつつ黙って母娘おやこのやりとりを眺めていた。

「実はね、小春こはる伯母おばさんの家で昔にこれとおんなじモノを見た記憶があって、まだママが小さい頃の事だからはっきりはしないんだけど、小春伯母さんからお婆ちゃんが持っているのと同じものだって教えてもらった記憶があるの」

「小春伯母さんって横浜に住んでたお婆ちゃんのお姉さん?」

 時雨の言葉に秋子が頷く。

「そ、姉妹の中の一番の上のお姉さん」

 それまで黙って母娘の会話を聞いていた誠吾が口を開いた。

「それってつまりは小春の伯母さんがお義母かあさんも同じものを持っている事を知っていたという訳なんだね」

 確認するかのように秋子に向かって尋ねる。

「多分ね。……私は時雨みたいにスケッチブックに興味を持った事が無かったから、あのスケッチブック見て何となくその時の伯母さんとの会話を思い出したんだと思う」

 秋子の説明に誠吾は腕組みをして大きく頷いた。

「時雨、ママの言いた事が分かるかい?」

 誠吾は時雨に向き直ると、娘の顔を覗き込むようにしてそう尋ねた。

「うん分かるよ、スケッチブックはもう一冊あるって事でしょ?」

 時雨がそう答えるのを聞いて、誠吾は意味ありげな視線を秋子に向けた。

 秋子も夫の目を見返しながらゆっくりと頷く。

「時雨、もしかしたらスケッチブックは二冊とは限らないかもしれないな」

 そう話す誠吾は何やら楽しそうな表情を浮かべている。

「え?」

 父親の楽しそうな表情を見て時雨の表情には逆に戸惑とまどいの色が浮かんだ。

 そんな娘の様子にすぐに気付いた秋子が夫に目で合図を送る。

 妻に促されて困惑している娘の様子に気付いた誠吾が苦笑いを浮かべた。

「悪い悪い、うっかり自分のペースで話を進めてしまうところだった」

 そう言うと恥ずかしそうに頭を掻いてみせた。

「結論を急ぎ過ぎ」

 秋子も苦笑いを浮かべる。

「今はおとなしく聞く側にてっするよ」

 そう言うと、誠吾は二人に向かって両手を挙げて見せた。

 秋子は時雨に向き直ると再び話し始めた。

「別に難しく考える必要なんてないのよ。大事なのは小春の伯母さんがお婆ちゃんと同じスケッチブックを持っていたって事」

「それは私にも分かったけど……、パパが二冊だけじゃないって言ったのは?」

 時雨の言葉に秋子も頷いた。

「いい? 有名な画家のスケッチブックだっていうのならともかく、誰が描いたか分からないものを姉妹きょうだい二人が揃って大切にしていたわけよね」

 秋子の説明に時雨も頷いた。

「うん」

姉妹きょうだい二人が偶然にスケッチブックの絵を気に入って同じものを持っていたのかもしれない。でも、もしかしたら何か別の共通した思い入れがある品物なんだとしたら?」

「……思い出の品物って事?」

 少し遠慮がちに時雨がそう言うと、秋子が大きく頷いてみせた。

「その話とスケッチブックの数に何か関係があるの?」

「もしもスケッチブックが思い出の品物だったとして、それってお婆ちゃんと小春伯母さんの二人だけの思い出だったのかしら?」

「あ……」

 時雨が何かに気づいたような表情を浮かべた。

 それを見て秋子も笑みを浮かべた。

「もしかして九州のお婆ちゃんも?」

 そう尋ねる時雨に向かって秋子が大きく頷いた。

「そう、小夏のお婆ちゃん」

 心なしか時雨の頬が紅潮しているように見えた。

「そっか、パパがまだ他にもあるかもって、そういう意味だったんだ……」

 つぶやくような時雨のひと言に秋子と誠吾がようやく安心した笑みを浮かべ、夫婦は互いの顔を見合った。

「どう? その鍵の話なんかに比べれば随分と視界良好な話でしょ」

 母親の言葉に時雨が素直に頷くと、秋子は言葉を続けた。

「スケッチブックの水彩画は全て直筆でしょ? だから何冊あるかっていうよりも小春伯母さんの持っていたスケッチブックには時雨の持っているのとはまた別の絵がかれているかもしれないなぁって……お母さんは単純にそう思っただけ」

「それだったら私も見てみたい!」

 時雨が期待に満ちた表情で目をきらきらと輝かせた。

「お婆ちゃんの四十九日を過ぎたら横浜の檜山さんところにお仏壇のお参りにでも行きましょ、もし稔彦さんが知らなかったらちょっと探すのに手間取るかもしれないけどね」

 母親の提案に時雨が目を輝かせながら頷く。

「小春伯母さんも大事にしていた記憶があるから、きっと捨てられてはいないと思うのよ」

 黙っていた誠吾がようやく口を開いた。

「確かに素敵な子守唄だったようだね」

 父親の言葉に時雨も満面の笑みを浮かべて頷いた。

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